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イケメンの幸せのためなら、異世界に飛ばされた悲劇も喜劇にしてみせます

さすがに寝間着は不憫だということで、私は自室に連れて行かれ、一番いいドレスを着せられてしまいました。今度はピンク地に七色の薔薇の花が刺繍されており、花の中央には色に応じた宝石が縫い付けられています。

 私は、段々と不安になってきました。どう考えてもドッキリ企画ではないように思えてなりません。

 だって、この部屋、真っ暗なんです。窓という窓には重たいカーテンが引いてあるのです。かろうじて灯っている蝋燭の灯りでドレスの色がわかったのですから。それに鏡がありません。

「あの、カーテンを開けませんか? まだ明るいと思うのですが」

 私の髪を結っていた侍女の手が止まります。

 心なしか、ブルブルと震えています。

 年かさの侍女、つまりプロの方ですが、セアルさんと仰います、その方が背後から私に尋ねてきます。

「リーナ様、よろしいのですか? このカーテンは九年前から引かれておりますが」

「九……年も? あの、それは私が言ったのかしら?」

「ええ、そうです。私、今でも覚えておりますよ。リーナ様は幼馴染のトーリ様と遊んでおられて、男勝りのリーナのブス、少しは女らしくしろ、と言われたと仰って、泣きながら戻って来られました。あの日から、この部屋のカーテンは引かれたままです。鏡もいらないと仰って」

 重い設定を聞かされてしまいました。

 早く企画を終わらせないと。

 私は窓辺へ走り寄り、カーテンを思いっきり開けました。九年分の埃は舞うことなく、眩しい太陽の光が差し込んできました。

 ほうら、見なさい。外には見慣れた風景が……、広がっていませんでした。

「何なの、これ……」

 大きな窓の外に広がっていたのは、深い緑が続く森や、きらきら光る大きな川、色とりどりの屋根をのせた石造りの家並みだったのです。馬車や人が行き交うのが見えました。

 でも、プロジェクションマッピングかもしれません。

 私は窓を苦労して開けました。九年分の錆が逸る心を邪魔します。

 開けた窓から流れ込んできたのは、濃い空気の塊、酸素一杯の鮮烈な風でした。

「ここは、どこ?」

 冗談でもいい、地球よ、でもいい。日本の地名を言って欲しかった。

「まあ、ガスパール国の王都、リザじゃありませんか、リーナ様」

 私は異世界に飛ばされてしまったのでした。

 スマホを見ながら角を曲がったばっかりに。

 スマホなんか欲しがらなければ良かった。

 そうすれば、きちんと前を向いて角を曲がり、今頃は家について、テレビでも観ながらポテチをつまんでいられたのに。

 お母さんの小言さえ懐かしく思い出されます。お父さんの『利衣奈は風呂が長い!』と毎日言われる可愛い文句はもう聞くことはできないのです。今日の夕飯は何だったのかな。

 思わず、ポトリと涙が落ちました。すると、我慢できなくなって声が出てきました。

「うわあああああああああん、おかあさーん、おとうさーん、帰りたいよー、帰りたいよー! おかあさーん、おかあさーん、こんなの嫌ーっ!」

 泣き叫ぶ私をセアルさんが抱きしめてくれます。

「あーーん、あーーん」

 どれぐらい時間が経ったでしょう。

 力いっぱい泣いて、優しく背中をさするセアルさんの手になだめられて、私は段々と落ち着いてきました。

「リーナ様、用意ができましたら聖堂までお越しください」

 扉の外の声に私は、我に返りました。

 騎士団長との結婚! 早く阻止しなければなりません。あれはうっかり口を滑らせた冗談なのだとわかってもらわなくては。

「セアラさん、セアラさん、冗談なのよ! うっかり口にしてしまっただけなのよ! 団長は婚約者がいらっしゃるのでしょ? 結婚なんてできないわ!」

 私は、必死に訴えました。でも返ってきたのは冷たい言葉でした。

「陛下の決められたことですよ。もう、後戻りはできません。それに、うっかり口にした言葉のあげ足を取り、何人もの侍女や騎士を解雇したのは、リーナ様でしたよ! 首切り姫が今更何を言い出すのです。辞めさせられた者たちも必死に訴えましたけれど、耳を貸さなかったのはリーナ様の方ではありませんか! 王女たるもの、軽々しく一度口にしたことを撤回なさらないことです!」

 横っ面をはたかれたような気がしました。

 後は、刑場に引かれる罪人のようでした。

 聖堂は墓地のように静まり返っています。

 団長は騎士団の制服姿です。先ほどと同じなので、間違っても礼装ではない、つまり普段着。なのに私は派手なドレス姿。

 恥ずかしい。

 神官の言葉で式が始まりました。団長は前を向いたまま、私を見ようともしません。

 儀式は二人の頭の上を滑っていきます。

「誓いの口づけを」

 乱暴に振り向かされると、団長の顔が落ちてきました。

「いた……」

 思わず口に手をやると、指の先に血がつきました。初めてのキスは唇に噛みつかれてしまったようです。

「…ふ、」

 泣きません、私。泣くもんですか。

 この後、こんなことがどれぐらい出てくるのかわからないのですから。こんなことで、こんなことで、泣いたりなんかしません。

 聖堂の出口へと腕を組み、歩きながら団長は小声で仰いました。

「お前のその気取った物言いが嫌いだ。自分のことしか考えないその態度が嫌いだ。俺は団の宿舎に移るからな、お前は屋敷で暮らせ。一年経ったら離縁する。いいな、首切り姫」

「……はい」

 その後、陛下に呼ばれました。王女を降嫁したことで、団長は侯爵の爵位を賜り、領地としてダラハーの地を授けられるそうです。

 でもザッカリーはそれを断ってきた。それでは王室の面目が立たないので、リーナがダラハーへ行って土地の管理をせよと。離縁までの一年間、立派に管理してザッカリーに示せよと。そうすればザッカリーもリーナを見直すであろう。もしかすると婚姻も継続できるかもしれぬ。

「……、陛下の仰せの通りに」

 陛下は一度も私を見ようとはされませんでした。薄々、私も感じていました。

 体のいい厄介払いなのだと。

 リーナ様、ひどいじゃない、と思いました。 あなたのせいで……。

 違います。私のせいでもあります。

 トーリ様を婚約者から奪い、結婚させる羽目にしたのは、間違いなく私なのですから。

 ダラハーに行こうと思いました。どんなところかわかりませんが、ここにいるよりはマシなように思えます。

 それに。

 誰もが私がいない方が幸せなように思えますから。

「では、陛下。私はダラハーに参ります。ご寛大なる処遇、ありがとうございました。トーリ様にもよろしくお伝えくださいませ」

 さすがに陛下も私が可哀そうに思えたのかもしれません。何か言いたそうになさっていましたので、私は思いっきり不敵な笑顔を浮かべて、言い放ちました。

「これでザッカリーとも会うことはありませんね。清々しましたわ! 笑いが止まりません! では、御機嫌よう、陛下、皆様!」

 首切り姫は首切り姫らしく、去るのです。

 でも、ダラハーに向かう馬車の中で少し、泣いてしまった私です。

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