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私はだあれ?

「リーナ様! どうなさいました!」

「ひゃあっ!」

 私の悲鳴を聞いて、先ほどまで暖炉の前で寝ていたはずの人物が、今は剣を片手に私をベッドの上で抱きしめています。

 あ、あなた、暖炉の前で寝ていましたよね? 

 何て素早い身のこなしなのかしら。

 それに。

 細身の割に引き締まった筋肉、硬い皮膚、ごつごつとした腕、接触したところから伝わってくる体温……これは……

 男です!

 トーリにも触られたことがないのに、どさくさに紛れてこの私を抱きしめるとは!

 不埒もの!

「何をするの! 手を離しなさい!」

「しかし! 今の悲鳴は!」

「自分の顔を見て驚いただけよ!」

「へ? 自分の顔……あっ! 見ないでください! リーナ様! また気絶します!」

 ということは皇帝陛下?

 陛下は物凄い速さで私を抱きしめていた手を離すと、顔を背けてしまいました。

 二人で並んでベッドに腰掛けたまま、顔を背け合う私たち。

 暖炉の炎しか灯りがない薄暗い部屋の中なのに、私を怖がらせないようにとの配慮でしょうか、ついに背中を見せておしまいになりました。

 気絶する前に見た陛下のお顔を思い出します。

 長い前髪の陰に隠れていたのは、酷い疱瘡のあとが残る顔でした。

 正直、びっくりいたしました。

 でも。

「あの……、私は陛下のお顔が怖くて気絶したのではありません。わけもわからずハトゥーシャに来てしまったことと、続けて仮面をお取りになったから驚いてしまって、自分の中で気持ちがついていけなかっただけなのです」

「私の顔が怖い、のではなかったということですか、リーナ様?」

 陛下は相変わらず、背中を向けたまま私に尋ねてきます。

 広い背中です。

「はい、当然です。そのような些末な理由で人を差別するものではないと教えられましたし、本当にそうだと思っておりますもの」

 ベッドに腰掛けたまま、陛下は剣を床に突き立てて、柄をつかんだ手にアゴを乗せました。

 そして深いため息。

「はああ、良かった。聖女様に嫌われたらと思うと生きた心地がいたしませんでした」

「あの、私、聖女様ではありませんが……」

「ああ、気が動転していらっしゃるのですね。あなたは確かに聖女様です。ハトゥーシャの神官が五百年ぶりに聖女召喚の儀式を行ったのです。その儀式が成功して、あなたがどこからか飛んできたのですから。もっとも、受け止め損なって額がぶつかってしまいましたが。あれは痛かった……はは」

「でも、私、本当は」

「いいえ!」

 陛下が大きな声で遮ります。

「あなたは私が召喚した聖女様です。黒髪に黒い瞳の聖女様で間違いありません! 違うなんて言わないでください!」

「それは確かに黒髪に黒い瞳ですが、あの、自分の口から言うのも何ですが……とっても不細工な女ではありませんか。こんな不細工な聖女を求めていたわけではないでしょう? 私を元に帰してから、もう一回召喚の儀式をやり直してはいかがかしら?」

「何を仰います! こんなに可愛い聖女様なのに! それにあなたを帰すことはもうできないのですよ。あと五百年待たなければ召喚の儀式は執り行えないのです」

「ひっ……五百年……」

「あなたはご不満かもしれないが、私は聖女様に会えてとても嬉しく思っております。あなたがハトゥーシャにずっと留まっていただけますように、毎日神殿で祈りを捧げたいと思っております」

 陛下は視力検査をされた方がよろしいのではないかしら。

 確かに外側は黒髪に黒い瞳ですが、中身は違いますから。

 私の外側はどこへ行ってしまったのでしょう。

 おそらく、おそらくですよ?

 香坂利衣奈という、あのおへちゃが中に入ってしまったのではないかと思われるのです。

 本当は内も外も香坂利衣奈がハトゥーシャに召喚されるはずだったのです。

 どこで手違いが起きてしまったのでしょう。

 五百年も前のやり方で聖女召喚なんてしたからかしら?

 元に戻す方法はないようですので、ガスパールの王女リーナがどうなったのか確認するべきです。

 でも、忌々しい。

 もっと美人と入れ替わりたかった。

「あの陛下、ガスパールの王女リーナがどうしているか調べることはできます?」

「え? ガスパールですか。ハトゥーシャとは国交を開いていませんので、少し時間はかかると思いますが、出来ないことは」

「是非! 調べていただきたいの!」

「かしこまりました、聖女様。何なら一気に攻め入ってガスパールを征服しても」

「だめーっ! そこまでは望んでいないのよ。リーナのことだけ調べてください。いいですね? 決して攻め入ったりしてはいけませんよ! 陛下!」

「わかりました、聖女様」

「それと、聖女様って呼ぶのは止めていただきたいわ。どうぞリーナと」

「心得ました、利衣奈様」

 ちょっとニュアンスが違うようですが、許しましょう。

 気付くと、陛下はすっかり私の方へ顔を向けています。

 本人には内緒で陛下をじっくりと観察させていただきます。

 お顔の痘痕は酷いですが、顔立ちは整っています。

 きりりと引き締まった口元、きかんぼうのような眉。

 そして何より印象的なのは綺麗な碧の瞳です。

 意思の強そうな深い、深い森の奥を見るような碧です。

 じっと見ているうちに、陛下の碧の瞳に黒い瞳が映っていることに気付きました。

 まあ、いつまでも見ていたいような黒い瞳だわ。

 おへちゃなだけではないようですね、香坂利衣奈。

 あなたはどんな女の子なの?

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