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香坂利衣奈? このおへちゃな娘が私だというの!? みんなまとめて斬首よ!

ハトゥーシャ編、リーナ様視点になります。

 それは突然の出来事でしたわ。

 トーリが、ずっと好きだった幼馴染のトーリが、婚約したと聞いた時よりも衝撃的な出来事でしたわ。

 あの日。

 私は一人でぽつねんとテラスにもたれて宮殿を見るともなく見ておりましたの。

 私が一人ぼっちなのは、今更始まったことではありませんわ。

 もう慣れっこですのよ。

 そのテラスからボンヤリと眺めていると、たくさんの書類を抱えたトーリが回廊をやって来るのが見えたのですわ。

 トーリは背が高いし、あの赤茶の髪、間違いありません。

 私は急いで彼を迎え撃とうと走り出したのでしたわ。

 ぐるっと回れば、ちょうど彼と曲がり角でぶつかるはず。

 あの抱えているたくさんの書類は宙を舞い、アイスブルーの瞳が慌てる所を見ることができますもの。

 今、思うとあんなつまらないことでしか彼と接触できなかった自分が痛々しいですわ。

 でも、あの頃は彼も私を鬱陶しく思っていたことは確かですし、私も何をどうしていいか、よくわからなくなっていたんだと思います。

 ただのいじめっ子でした。

 でも、とにかく今は曲がり角です。

 足音が聞こえてきました!

 今です!

 私は勢いをつけて走り出しました。

 ゴン!

 結構な音がしました。

「痛っああああいぃ!」

 何てデコチンの硬い男なのでしょう!

 お互い、ぶつかった衝撃で地面に四つん這いになりました。

 何て無様な転び方をしてしまったのかしら。

 おでこも痛いですが、膝がとても痛いです。

「……トーリ、何て硬いおでこなの……」

 そう言って私はキッと顔を上げました。

 トーリも顔を上げます。

 え? 仮面?

 なぜ仮面を付けているのでしょう?

 トーリも私を驚かせようと、あの手この手で臨んでいるというのでしょうか。

 小賢しいこと、この上ありません。

 ちょっとびっくりしてしまいましたけど。

 気を取り直してトーリを睨みつけてやります。

 アイスブルーの瞳が……

 いいえ。

 仮面からのぞくのは碧の瞳です。

 髪も赤茶でなく、灰色。

 トーリではありません!

 間違えた?

「あわわわ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい……あの、大丈夫?」

 相手はデコチンが相当痛いはずなのに、片膝をつき左手を胸に当て、深々と一礼したのです。

 戦士が従順を誓う礼です。

 そして、思いのほか若い声で答えたのです。

「ええ、大丈夫でございます、聖女様。ハトゥーシャにようこそ御出でくださいました」

 ハトゥーシャ!

 ハトゥーシャは騎馬民族で鳴らす隣国です。

 周辺各国に攻め入り、属国としたり、果ては滅ぼしてしまったりする戦好きな国です。

 我がガスパールとは国交を開いていません。

 曲がり角の向こうはハトゥーシャ?

 もしかすると、これもトーリの仕業?

「私をリーナと知っての狼藉なの!」

 首切り姫を怒らせると怖いですわよ!

「聖女様はリーナ様と仰るのですね。私はエルトゥール、ハトゥーシャの皇帝でございます」

「はあっ? いい加減にしなさい! トーリ! 仮面を取りなさい! 早く!」

 私が怒鳴ると仮面の若者は何やら傍にいる神官らしき男に小声で囁いています。

 手の込んだお芝居ですね、トーリ!

 そう言いかけた時でした。

「仮面を取りますが、驚かれませぬよう……」

 若者は仮面を結んでいる紐をほどきます。

 仮面が取り払われて現れた顔は……

「……」

 私は悲鳴を上げることもなく、その場へ倒れてしまったのでした。



「う……ん……」

 ここはどこでしょう?

 医務室でしょうか?

 医務室の方がもう少しマシですね。

 とてつもなく殺風景な部屋です。

 ベッドは大きいですが、簡素な作りです。

 これも大きな机と硬そうな椅子、石の壁にはハトゥーシャの国旗と書き込みがされている地図が掛かっています。あと、ソファの上にガウンと傷だらけの盾が無造作に置かれ、鎧が部屋の隅に投げてあります。

 パチパチと燃える暖炉の前に人影があり、どうやら敷物の上に直に寝転んでいるようです。

 規則正しい寝息がするところをみると、こういう生活には慣れているのでしょうね。

 私がベッドを取ってしまったからなのでしょうか?

 ベッドから降りようとしてスリッパを探します。

 ベッドから足を降ろして声を上げてしまいました。

 何! この短い夜着は! 

 太ももが丸見えではありませんか!

 そして濃紺の膝下までの靴下。

 絹ではありません! 安物の木綿です!

 我が身を見返します。

 ペロペロのブラウスにヘロヘロの上着、おもちゃのようなリボン・タイ……

 ファッションにうるさい私がこんな安物を身に着けているなんて!

 怒りがフツフツと湧いてきます。

 トーリですね。

 間違いありません。

 私の嫌がることをして今までの鬱憤を晴らそうというのでしょう。

 枕元に汚い鞄が置いてあります。

 そういえば、これを握っていましたね。

 もう一つ、薄いピンクの板も持っていたように思います。

 あ、上着のポケットに入っていました。

 まずは鞄です。

 書類や本が入っています。

 学生? のようですね。

 あら! 生徒手帳がありました。

 異国の文字ですが、読めます。不思議。

 どんな技を用いたのかわかりませんが、芸が細かいですわね、トーリ。

 生徒手帳には『香坂利衣奈』と名前が刻まれ、絵姿が貼り付けてあります。

 なんてぶちゃいくな顔なのかしら。

 この世の不幸を一身に背負っているようなおへちゃです。

 そのまま、鞄を漁っているとポーチが出てきました。

 中を開けると、櫛や鏡、化粧品が入っています。

 一応、女子なのですね、香坂利衣奈。

 鏡を覗き込んで私は叫びました。

「きゃああああああああああああっ!」



 そこには、香坂利衣奈、先ほどのおへちゃが映っていたのです。

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