立つ鳥跡を濁さず、と言いますわ
「ガスパールの王都近くまでハトゥーシャの本隊が来ているということはトーリ様へ知らせてくれたわね? ヒュージェットさん」
「はい。王都の市民には気取られることなく、有事に備えるようにと、騎士団には知らせております」
「私が人質として潜り込むことは言ってないわね?」
「……、はい。でも知らせた方がいいのでは、リーナ様」
「ダメよ! 知らせては。トーリ様は絶対に私を助けにくるわ。そうなると国と国との戦いになってしまうから。それは絶対に避けなければならないの。それにね、私、聖女様を知っているのよ。これは私と聖女様との話し合いで終わりにしないといけないことなのよ。トーリ様を巻き込んではダメ」
「メッラニーッさん!」
「はい、リーナ様。何でございましょうか」
「あのね、王都へ人質の振りをして行くのだけど、もしかしたらダラハーへは当分、戻って来れないかもしれないの」
「ええ、そうでしょうね。久し振りの王都ですし、ザッカリー侯爵もいらっしゃいますしね!」
「ふふ、そうなのよ。トーリ様にも会いたいし、オスカー様や騎士団の方たちともお会いしたいの。それにね、もしかしたらトーリ様と王都で暮らすようになるかもしれないの! だから、私がいなくなっても困らないように、メラニーさんに引き継ぎをしておこうと思って」
「そうですね! リーナ様もそろそろご自分の幸せを考えて、ダラハーにいるよりはトーリ様のおそばにいた方がいいですわね」
そして、私はメラニーさんへ引き継ぎを始めたのです。
まず、アレクサンド様に領主代行になっていただくこと。
やはり統率力がありますし、下の者の話も聞き入れる懐の広さと公平さを持った方だと思うからです。
領地経営にも明るいようですし。
ヒュージェットさんとメラニーさんが補佐につきます。
医療部門は変わらずレネ先生に、村の警備や道路・水路の整備については、ウイラード隊長にお願いすることにします。
そうして全てを皆に託すと、私は王都へと向かったのでした。
「リシャール副隊長、他の方もお怪我の様子はどうかしら? レネ先生に大丈夫とは言われていても無理をしてはダメよ? 辛くなったらすぐに言ってね。それとお薬はきちんと飲んでる? 不足はないかしら?」
私は馬車の窓から、馬で並走しているリシャール副隊長に声をかけます。
「リーナ様、十分ですよ。あなたこそ、女性の身で大変でしょう? 辛くなったらすぐに言ってください」
「私は馬車に乗っているだけですもの。平気よ?」
リシャール副隊長がにっこりと笑います。
「リーナ様は大切な人質ですからね」
「そうでした! 私は人質だったわ!」
王都へ近くなったところで、大きく街道を迂回し、脇道へとそれました。
ハトゥーシャの本隊へと近づくためでしょう。
深い森の中を進みます。
リシャール副隊長が最後の休憩が終わった時に、私に言いにくそうに告げました。
「リーナ様、そろそろ本隊と接触しますので、その、リーナ様を……」
「あ、そうね。のん気にしていてはダメね。いいのよ。人質らしく縛ってちょうだい」
「恩人を縛りたくはないのですが……」
「ダメよ。あなた達が疑われてしまうし、ダラハーにいるウイラード隊の人たちにも迷惑がかかるわ。それにね」
「何でしょう?」
「私、聖女様を知っているのよ。聖女様も私を知っているし、無体なことはされないと思うから」
私はリーナ様にお願いして、ハトゥーシャとガスパールとの戦いを回避してもらおうと思っているのです。
皇帝を言いなりに操っているという聖女様。
でも、私が隠れずに名乗りをあげれば、戦いを避けることができるのでは。
リーナ様とてガスパールを火の海にはしたくないと思うのです。
憎いのは、ニセモノである私一人のはずですから。
私はとりあえず、苦労はありましたが王女として平穏無事に過ごせてきました。
でもリーナ様は……
いきなり日本の田舎町の女子高生にされてしまったのです。
その上、敵国であるハトゥーシャに召喚です。
受け入れるには物凄い葛藤があったと思うのです。
誰が悪いわけでもない。
あえて言うなら、変な召喚儀式を行ったハトゥーシャの神官であり、それを命じた皇帝であったのでしょう。
けれど、ウイラード隊長が言うには、聖女召喚なんて五百年はしたことがないし、神官も大昔の書物を見よう見真似でやったに過ぎないとのことでした。
皇帝だって現状打破を願って、苦し紛れに考え出した聖女召喚のようですから、本気で召喚できるなんて思っていなかったようなのです。
何かやってみたら、聖女様が本当に現れてしまった、くらいの軽いノリだったのでしょう。
でも、聖女様はスマホを持っていて、それが使えた。
魔法だと思ったに違いありません。
一気に祭り上げられてしまった聖女様。
私は、リーナ様に会わなくてはなりません。




