ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね
一週間経ちました。
明日には、ウイラード隊の六人の方たちと王都に向かうべく準備を整えていました。
レネさんと診療所でお昼をいただいていた時のことです。
マシューくんがメラニーさんを引っ張ってやってきたのです。
「ねえ、りーな。あのヒョウタンおじさん、ようすがおかしいよ」
「え? おかしいって?」
「なんかね、ごはんがたべれないみたい」
「私はワガママだからって言ったんですけど。マシューくんが違うって」
「そうね。贅沢そうな人だったものね。質素な食事が気に入らないのかしら」
「気になる症状だな。マシュー、ごはんがたべれないって、どういうことだい?」
「おくちがあかないの、レネ」
「まさか……、リーナ! あのヒョウタンに破傷風の薬湯を飲ませたか?」
「えっ! そう言えば……、飲ませてないわ! どうしよう! 私のせいだわ! レネ先生!」
お昼ご飯どころではなくなりました。
レネさんが鞄を持って走ります。
私のせいです。薬湯を飲ませるのをすっかり忘れていたのです。
領主館へレネさんと走り込みました。
ヒョウタンは……
ベッドの上で体を反り返らせています。
「ぐぎ、ぐぎ、ぐぎ」
意味不明の声を発しています。
呼吸がおかしいのは明らかです。
でも、顔は笑っているように見えます。
「笑ってるのかしら」
「違う! 顔の筋肉にけいれんがきてるんだ! 傷を探して切開してみるが、ダメかもしれない……」
レネさんの言葉通り、ヒョウタンはけいれんを繰り返して、その夜のうちに亡くなってしまいました。
「私、私が薬を忘れたから、嫌な人だけど、死んで欲しいなんて思ってない。私が、私が殺した……」
「誰が悪いわけでもないよ、リーナ。元々、こんな作戦を考えたヤツが悪いんだよ」
「ここへ来た時は、とても元気でうるさいくらいだったのに。変な歌を歌ってご機嫌だったんですよ」
「変な歌?」
マシューくんがメラニーさんを見ながら口ずさみます。
「ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだねっていうの」
これは。
スマホで見ていたあのカレーのCMの最後に流れる歌です。
杉坂トーリが出てくるあのCMです。
ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね
それから杉坂トーリが画面一杯に微笑むのです。
「ハトゥーシャにきたせいじょさまにおしえてもらったんだって。せいじょさまは、とってもとおいせかいからきたっていってた」
「聖女さま?」
「あのうた、うすいいたからきこえてきたんだって。せいじょさまはまほうがつかえるんだよ。だからハトゥーシャのこうていはせいじょさまのいいなりだって、ヒョウタンおじさんいってた」
薄い板……
スマホのことでしょうか。
まさか。
では、では……
私の恰好をしたリーナ様が、聖女として召喚されてしまったというのでしょうか。
本来なら召喚されるのは私で、あの曲がり角でトーリ様とぶつかるのは、リーナ様だったというのでしょうか。
異世界に召喚された私と、角を曲がりかけていたリーナ様が、中身だけ入れ替わってしまった?
なぜなんて理由はわかりません。
私はスマホを持ち、下校の制服姿でハトゥーシャに召喚されてしまったのです。
中身は違うままで。
でも、さすがです、リーナ様。スマホを使えたのですね。
どこの世界でも女子高生は侮れませんね。
異世界では充電はできないでしょうが、あのカレーの動画を繰り返し見ていたのでしょう。
ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね
黒い髪に黒い瞳を受け入れ、短いスカートを受け入れ、スマホを使いこなし、鞄に入っている教科書や生徒手帳で『自分』を知る。
一年以上かけて、リーナ様は『自分』を知り、受け入れ、『本当の自分』を取り戻そうとしているのかもしれません。
では、ハトゥーシャ兵がダラハーへやってきたのは、皇帝ではなくリーナ様の命令だというのでしょうか?
リーナ様はガスパールに対して、いいえ、ダラハーに対して、いいえ。
多分、私に対して憎しみを抱いているのではないかと思います。
自分を騙る『リーナ』に対して。
王都へ行くのは、もしかして避けなければならないことなのかもしれません。
でも、行かないという選択肢はないのです。
だって、リーナ様を不幸にしておくのは、嫌だから。




