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さよなら、ダラハー

「それで、それでレネ先生、ローリ様との馴れ初めは?」

「ち、ちょっと、メラニーさん。ご迷惑だわ、そんなことを聞いては。ね、レネ先生?」

「馴れ初めと言われても、特に珍しい出会いではないんだが……」

 え?

 迷惑じゃない?

 もしかしたら語りたい?

 え? そうなの?

 そうなんですね! レネさん!

 三週間ほどダラハーにいらっしゃったザッカリー家のイケメン兄弟は今は王都に戻られています。

 そして、レネさんが女性だとわかってからは、メラニーさんと私の三人で、お茶の時間にガールズトークに花が咲いているのです。



「私が当直の夜に、公爵家から往診の依頼が来て、初めて会ったんだ。ローリが私の顔を見るなり、『遅くにすまないね』と言ったのは衝撃的だったな」

「え? どうして衝撃的なんですか?」

「まあ、リーナ様。高位の貴族が格下に対して、お礼や謝罪をすることはまずないんですよ」

「そうなの? ならローリ様はとてもできた方だったというわけね!」

 レネさんが嬉しそうに頬を染めます。

「ローリは朝まで我慢しようと思ったらしい。でも、肺炎になりかけていたから、呼んで下さって良かったと言ったら」

「言ったら?」

 メラニーさんと声が揃ってしまいました。

「それでも、女の子をこんな夜更けに呼びつけて申し訳ないと」

「女の子!」

「ああ、ローリには私が女の子に見えたらしい」

「ローリ様はレネ先生を正しく理解していたのね! 凄いわ!」

「それから、名指しで屋敷へ呼ばれるようになったんだ。本当の診察だけじゃなくて、仮病の時もあった。お菓子を用意させたから休憩していけばいいと言って……。私が医薬院で当直ばかり言いつけられているのを知っていたみたいで、ローリのベッドで仮眠したこともあるよ」

「うんうん、それで? レネ先生!」

「どんどん惹かれて行ったな。当然だけど」

 外の方で、レネせんせー、と呼ぶ声がしてきました。

 診療所の休憩は残念ながら終わりのようです。



 かなり怪我の状態が良くなってきたので、アレクサンド様は領主館へと移られました。

 メラニーさんとマシューくんも一緒です。

 反対に、私はあの小屋へと戻ったのです。

 今度はレネ先生と一緒に、メラニーさんにアレクサンド様との馴れ初めを白状させなければなりませんね。

 ヒュージェットさんとも打ち解けて、アレクサンド様も剣の話で楽しそうにされています。

 それをメラニーさんが見守っていて。

 穏やかな日常が戻ってきていました。



 ある夜のことでした。

 小屋の扉がバリンと割れるような音で目が覚めたのです。

 ベッドに起き上がって、ショールを肩に引き寄せた時には、既に黒い大きな影が二つ、部屋の中に立っていました。

 闇夜にギラッと閃光が走ったと思ったら、次の瞬間には、喉元へ冷たい金属の感触がありました。

「騒ぐな。騒ぐと殺す。いいな?」

 私は頷きます。

 一人は私に剣を突きつけ、もう一人は外へと走って行きました。

 ガシャガシャと重い鎧の音がいくつも、いくつも響いてきます。

 低い話し声も。

 ヒュージェットさんの恐れていたことが起こったのでしょうか。


「領主のところへ案内しろ。そうすればお前の命は助けてやる」

「私が領主よ」

「何? いい加減なことを言うとぶっ殺すぞ!」

「陛下からの書簡を見せましょうか?」

「どこにある?」

 そう聞いてきたのは、装備の立派な大男です。

 私に剣を突きつけていた男が大男に向かって言います。

「ウイラードタイチョウ、デマカセニキマッテマス。コンナヒャクショウノムスメガリョウシュナンテ」

 ハトゥーシャ語です。

 やはりハトゥーシャ兵が崖を降りてきたのです。

 私にわからないようにハトゥーシャ語を使ったようですが、私には迷い子特典があります。

「ウイラード隊長、ベッドの下に箱があるわ。書簡はその中よ。でまかせじゃないわ」

「言葉がわかるのか!」

「ええ、わかるわ。それより、あなたたち、怪我をしているのではなくて? さっきから血の匂いが酷くて、倒れそうよ」

 そうなんです。

 怖いのですが、血の匂いのせいで、診療所の手伝いをしているような気分になってくるのです。

「お医者様を呼んだ方がいいわ。私が手紙を書くから、使いを頼めるかしら? それとも、私が呼んできましょうか?」

「そうやって逃げるつもりだろう?」

「あのね……ウイラード隊長、一時休戦よ。あなたたち、一体何人でやってきたの? 怪我人は何人? 状態は? 把握していないとレネ先生は怖いのよ。動ける人に指示を出して、報告させてちょうだい、ウイラード隊長! って、あなたも酷そうね。灯を近くして、見せてごらんなさいな」

 隊長の様子を見ようとした時でした。

「痛い、痛い、痛い、おい何とかしろ! 私は上官だぞ! 私から治療してくれ! 早く! 痛い、痛い、痛い!」

 のっぺりとしたヒョウタンのような顔つきの男が運び込まれてきたのです。

 着ているものは上等です。

 恐らく、この作戦の指揮官に違いありません。

 ありませんが。

「うるさい! お黙り! お前は一番最後よ! あっちへ行って静かにしていなさい!」

「私は貴族だぞ! こいつらより上の人間だぞ!」

「トリアージ! 怪我人に身分はないわ! これ以上うるさく言うと、傷を増やすわよ! ああ、あなた、動けそうね。隊長命令よ。怪我人の人数、状態を見てきて、すぐ報告よ! 行って!」

「はい!」

 ヒョウタンを運んできた兵士の一人は比較的軽傷のようなので、頼みます。

 ショールを引き裂いて、隊長の腕に巻き付けます。

 とにかく隊長は出血が酷いのです。

「動ける人は火を熾して! お湯を沸かすのよ! それから物置からワラを持ってきてベッドを作ってちょうだい! 手紙を書くから応援を頼んで!」




 白々と夜が明けてきました。

 怪我人は診療所へ運びました。

 重傷者はレネ先生が付きっ切りで治療をしています。

 軽傷者は私とメラニーさんで手当をしています。

 村中、総出でハトゥーシャ兵を助けたのです。

 あのヒョウタン、いえ、うるさい指揮官は領主館へ送り、ヒュージェットさんに見張ってもらっています。



「リーナ、これで最後かい? お茶を淹れてもらえるかな?」

「レネ先生! お疲れ様!」

「当分、縫い物はしたくないな。指がつりそうだ。それから全員に破傷風の薬湯を飲ませておいて。全員にだよ」

 私はベッドの上の隊長に言います。

「ウイラード隊長、よく聞いて。総勢三十名、うち三名は既に死亡、動かせない重傷者が八名、あなたを含めて使い物にならない怪我人が十三名……。ね、誰なの? こんなくだらない命令を出したのは。あのヒョウタン顔の人?」

「……皇帝陛下だ……」

「兵の一人に聞いたのだけど、ウイラード隊長は親衛隊長なのですってね。親衛隊って言えば皇帝陛下の右腕、いわば親友も同じよね? 親友にこんな無茶な命令をするなんて! 諫める人は皇帝陛下の周りには誰もいないみたいね」

「リーナ様……」

「ハトゥーシャに誰かいないの? ウイラード隊長。ハトゥーシャの未来を託せるような立派な人物は!」

「先帝の皇子が宮殿に囚われているが」

「ヒュージェットさんに頼んでみるわ。独自のネットワークを持っているらしいから。その皇子を慕う一派と連絡を取って、ハトゥーシャを中からぶっ潰すのよ!」

「ダラハーを制圧したら、領主を人質にとり、ガスパールの王都へ行く予定だったのだ。ハトゥーシャの本隊と落ち合うために」

「ダラハーは制圧できたじゃない、ウイラード隊長。こんな怪我人に何かしようなんて人はダラハーにはいないわ。亡くなった方は埋葬するとして、ご家族にはお知らせしたいわね。ウイラード隊長、本隊の中で信頼できる人はいる? 何か形見の品も渡してあげたいから、その方に書状を書いていただける? 私が届けるわ」

「えっと……、リーナ様。お一人で?」

「やだわメラニーさん。私、剣も使えないのよ。一人でノコノコ本隊なんかへ行ったら殺されてしまうじゃないの。何とか動ける六人の人たちと行くのよ。もちろん、私が人質になってね」

「残りのウイラード隊の人たちは、どうなるんでございます? リーナ様」

「さあ、無理な作戦の尊い犠牲者なんじゃないかしら? ダラハーの農民が抵抗して激しい戦いがあったそうだから」

 診療所の中がシンとしてしまいました。

「あのヒョウタンからハトゥーシャのことをできるだけ聞き出す役はアレクサンド様にお願いしてもいいかしら、メラニーさん」

 私は、本当に頭にきてしまったのです。

 昨夜、レネさんがこっそりウイラード隊長に告げていましたが、隊長の腕はもう元のようには動かないらしいのです。

 親衛隊の隊長が剣を使えない。

 それを聞いた時、ハトゥーシャの皇帝に対する怒りがマックスに達してしまいました。

「リーナ様、済まない。本当に済まない。敵である私たちのために」

「いいえ! これはトーリ様のためです!」

 ダラハーで誰かが不幸になるなんて、私は許せません。

 敵であろうと、味方であろうと、誰であろうと。

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