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思いを寄せるお相手に婚約者がいるのは、少女小説のお約束です

「う……ん……」

 棺桶に寝かされていて、目を開けたらこんな感じなのでしょうか。物凄い人数が私が寝ているベッドの周りを取り囲んでいたのです。

「リーナ様!」

「はい、あの、様はよろしいので、普通に呼んでいただければ」

「そんなことできるわけありません!」

 そう言って、首をブンブン振るのです。ねじ切れるのではないかと心配してしまいます。

「リーナ様はザッカリー団長とぶつかって気を失われたのですよ」

 白髪のお医者様が私のオデコのたん瘤を撫でながら仰います。あのアイスブルーの瞳をしたイケメンはザッカリーという名前のようです。この人たち、ドッキリ企画でもしているのでしょうか。こんな田舎町で。この大勢のどこかに青木さんのおじいちゃんが隠れているのかもしれません。

 そうと決まればノルしかないですね。

「えー、こほん……、そのザッカリー団長は大丈夫だったのかしら? 書類もたくさん持たれていたし。お怪我はなかったのでしょうか」

「えーーーーーっ!」

 周囲がずざざっと引きました。

 何か、企画の設定上マズイことをしてしまったようです。私は気が強いという設定なのかもしれません。

「あの、私の設定は確か……王女? でしたよね?」

「そうです! そうです! リーナ様は王女殿下です!」

「では王女である私に怪我をさせたザッカリーには罰を与えなければなりませんね」

 ついでに不敵な笑いも浮かべてやりました。

 みんなの顔に『ああ、そうなるのか』という肯定と落胆が滲み出ています。

 やはり、この対応で間違ってはいないようです。

「ザッカリーへの罰は……」

「打ち首でしょうか! リーナ様! それだけは! ザッカリーは優秀な騎士です。国のためにそれだけは!」

「そんなことするわけないでしょう!」

 たん瘤で打ち首なんて、私はどういう王女なんでしょうか。

 私は考えます。罪がなくて、ちょっと困るようなこと。団長があのイケメン顔を少し曇らせるような、種明かしをしたら、もう、やめろったら、デレデレなーんてなるようなこと。それにあの団長の笑顔も見てみたいですし。そう思ったら、スマホで見る予定だったトーリ様の笑顔が思い出されて悲しくなってしまいました。私は気付かないうちに呟いてしまったようです。

「……トーリ様、結婚するなんてひどいわ」

 その時の周りの反応といったら。葬式が一ヵ月続いているかのような悲壮感に包まれてしまいました。年かさの侍女らしき人が涙を浮かべて言います。プロの方でしょうね、芸が細かいです。

「リ、リーナ様は、トーリ様が結婚するのがお嫌なのですね?」

「ずっと好きだったのよ。それより、私のスマホはどこかしら?」

 もういい加減、このお芝居にも飽きてきました。プロデューサーとか、どこなのでしょう、ドッキリでしたーって、出てきて欲しい。

「わかりました。息子には王女殿下と結婚するよう伝えます。誰か、トーリを連れてきなさい。陛下にもそのように伝えて手続きを」

「宰相さま! そんな惨い! トーリ様には婚約者がいらっしゃるではありませんか!」

 え? トーリ様がここにいらっしゃるの?

 何て気の利いた企画なんでしょう!

 本物に逢えるなんて! あのカレー、死ぬまで食べ続けてもかまいません。

「嬉しいです! すごく嬉しいです! もう死んでもいい!」

「そ、そんなに、トーリ様のことを。リーナ様のイジワルは、大好きの裏返しだったのですね」

 待っていると、足音が聞こえてきて、部屋の扉がバーンと開きました。

 きゃー! トーリ様! ト、トーリ様?

 トーリ様ではありません。入ってきたのは、ザッカリー団長です。

「違います、この方は。トーリ様ではありません。ザッカリー団長じゃないですか」

 私が落胆して、つい不貞腐れて言うと、先ほどのプロの方が今度は号泣しながら教えてくれました。

「いいえ、トーリ様で間違いございません。トーリ・エステファン・ザッカリー様、ザッカリー宰相の三男、騎士団長ですわ、リーナ様……。ああ、おいたわしや、おいたわしや、トーリ様……」

 団長は親の仇にでも遭ったかのように私を睨みつけてきます。

 私、こんなに悪意を持った目で睨まれたこと、ありませんでした。

 ちょっと怖いです。

「あの、これ、ドッキリ企画ですよね……」

 ふ、と団長が笑みを浮かべました。まるで殺し屋のようです。

「貴族は一年たたないと離婚できないんだ。これからソッコーで結婚してやるから、聖堂まで来い! その寝間着で十分だ!」

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