私、イケメンを拾ってしまいました
「きゃあっ! マシューくんったら!」
「りーな、りーな、こっちだよ!」
「こらっ! やめなさいってば! きゃあ、やめて、やめて、濡れちゃう!」
診療所の前に花壇を作ったのです。
水やりは交替でしているのですが、マシューくんの当番の日はふざけてばかりいるので、いつも私は濡れネズミです。
騒ぎを聞きつけてレネさんがやってきます。
「こらあっ! マシュー! リーナを困らせるとおやつ抜きにするぞ! いいのかなあ。今日はスコーンに赤スグリのジャムだったのになあ、確か。うまいぞー」
「やだやだ! レネのいじわる! ぼく、ぼく、うえええん」
「もうやめたものね。さあ、手を洗っておやつにしましょうね」
「ごめんね、りーな……」
「いいのよ。でも今日はことのほか、ひどいわね。レネ先生、家へ戻って着替えてきてもいいかしら?」
「いいよー」
レネさんはマシューくんに向かって片目をつぶりながらささやきます。
「マシュー、このスキに、リーナのスコーンも食べちまおうぜ」
「小声で言ってもちゃーんと聞こえてますよ! レネ先生!」
「レネ、どんくさいなあ」
マシューくんの声に大爆笑です。
ロバに引かせた農作物を運ぶ荷車が私の移動手段です。
村はずれの小屋まで、のんびりと走らせます。
アッシュグリーンの髪は目立つので、後ろでお団子にしてボンネットの中に入れています。
すっかり日に焼けて、木綿のブラウスにエプロンと、どこから見ても王女さまには見えません。
もともと、田舎町の女子高生ですからね。
こんな田舎暮らしは性に合っています。
電気もガスもスマホもありませんが、のびのびと暮らせています。
太陽が昇れば起き出して、沢から引いた水で顔を洗います。
それから竈に火を熾してミルクを沸かしたり、豪勢な時は卵やベーコンを焼きます。
チーズをナイフで切ってパンにのせ、かぶりつきます。
無いものは無いし、あるもので暮らせばいいのです。
お金はありませんが、とても贅沢だと思います。
雨の日の静けさ。
晴れの日の有り難さ。
寝る前には膝ずいて、今日一日を過ごせたことを感謝してしまいます。
心の中にいる神様に。
神様は時々、トーリ様の顔をしていらっしゃいます。
ある夜のことでした。
バリバリバリと千切れるような、引き裂くような音が聞こえ、叫び声を聞いたような気がして目を覚ましました。
雷? でも雨は降ってはいません。
動物かしら……
何しろダラハーは辺境の村ですから、人よりクマやタヌキのほうが多いのです。
クマだとちょっと怖いかも……
めったに人里へは降りてきませんから、油断していたのかもしれません。
クマだったら食べられてしまうでしょうね。
痛いのは嫌だわ……
私にとっては、マロでお茶を売っていた時の方が、よっぽど怖い日々でしたので、恐怖に対して多少鈍くなっていたのかもしれません。
お茶が売れるかどうかでキリキリしていたあの時より、クマに襲われるかもしれない今の方が安全に思えるのです。
だって、クマに襲われて死ぬのは私一人で済みますが、あの時はダラハー全ての人の運命を握っていましたから。
そんなことを考えていた時でした。
扉の外に何か重い物を引きずるような音が聞こえてきたのです。
クマでしょうか。
心臓がドキドキします。
思いついて寝間着の上にショールを羽織りました。
少しでもハシタナイ恰好で死にたくない、バーゲンセールなみの乙女心です。
息を詰めて時間を過ごします。
音が段々と近くなってきます。
ああ、もうダメ
そう思ったら、いきなり扉がドンドンと叩かれたのです。
掛け金がはじけ飛んでしまいそうな乱暴な叩き方です。
人間?
肌が粟立ちました。
クマの方が良かったと、思いました。
開けるわけにはいきません。
この叩き方、たぶん男性です。
真夜中、村はずれの一軒家、女一人。
何の用があるというのでしょう。
何か、武器になるようなもの……
でも、ドシンと大きな音がしたと思ったら、外が静かになりました。
扉に恐る恐る近寄ります。
ホラー映画だと、扉を突き破ってオノか何かが目の前に出てくるシチュエーションです。
耳をすませば。
うう、とか、あう、とか、呻き声が聞こえます。
怪我をしているようです。
演技かもしれませんが、微かに血の匂いがします。
本当の怪我人のようです。
ええい!
心を決めました。
襲われて死ぬのなら、それだけの運命だったと受け入れましょう。
扉を開けます。
「大丈夫ですか!」
「……、アントワーヌ、さまを返せ……」
そう言ってその人は倒れてしまいました。
それからが大変だったのです。
大怪我の若い男性一名、小屋に収容いたしました。
彼は、今はワラ布団の上で眠り込んでいます。
重くてベッドまで運べなかったので、床にワラ布団を敷いています。
汚れを取り、血止めを致しました。
ざっと見たところ、腕と足は骨折、もしかしたらアバラも折れているかもしれません。
それから、擦過傷、切傷、打ち身が酷いです。
額と目の上の切り傷は思ったほど深くありませんが、痕が残りそうですね。
イケメンなのに、可哀そうです。
衣服は上等です。ブーツもしっかりとした仕立てです。
まあ、どちらも今はビリビリに破れ、引き裂かれて、端切れ状態ですけど。
レネさんの診療所の手伝いが役に立ちます。
農作業は常に危険と隣り合わせですからね。
骨折の治療で大の男が気を失うなんて日常茶飯事です。
この方も大怪我ですが、命に別状はなさそうなので、様子を見ることにいたしましょう。
それにしても綺麗な金髪の巻き毛です。
瞳は海の底のような濃い青色でした。
もう一度、目を開けてくれないでしょうか。
そしてアントワーヌさまの謎を教えて欲しいものです。
私も眠くなりました。




