ビクトリア様の秘密を教えてやろうか、と誰かが言った BYトーリ
トーリ視点です。
「兄上、大丈夫ですか? 薬なら私がもらってきましたのに」
俺はローリ兄上とともに王宮に来ていた。
処方されていた薬が無くなりそうだったからだ。
「レネがダラハーから王都へ帰ってきているそうなんだ、トーリ。もしかしたら医薬院へ来ているかもしれないから行ってみたいんだ。頼むよ、トーリ」
レネというのは、腕は良いが思ったことをズバズバ言う、要するにお世辞や媚へつらうことができなかったためにダラハーへ飛ばされてしまった医師で、ローリ兄上の主治医でもあった。
俺がこうして家に戻り、ローリ兄上の手伝いをする羽目になった一因を作った人物でもあるのだ。
リーナを『もっと大人になられませ!』と怒鳴らせるほどに兄上が体調を崩してしまったのは、レネが兄上に黙ってダラハーへ行ってしまったせいだ。
元々、体が弱く、すぐ熱を出す体質だったが、レネの処方する薬が合ったのだろう、執務をとれるほどに元気になっていたのに。
医薬院にレネが来ているかもしれない、というだけで無理を押して外出する兄上。
レネという男、それほどまでに魅力的な人物であるのだろう。
会ってみたいものだ。
しかし、レネとは入れ違いで会うことはかなわなかった。
ただ、レネの方も兄上の薬のことは気にかけていたようで、医薬院には薬が準備されていたのだ。
思うに、レネはそのためだけに嫌な思い出しかない王都へ帰ってきていたらしい。
けれど、兄上の落胆は凄まじいものがあった。
「レネは私を避けているのだろうか……」
まるで、恋する乙女の愚痴のようである。
俺は邪な考えが、ふと頭をよぎったが急いで打ち消した。
しかし、兄上をまじまじと見ることをやめられない。
母上に似た俺たち三兄弟は、いわゆる美形と小さな頃から言われてきた。
ため息を繰り返す兄上をみる。
俺とは違う透けるような色白の肌、俺とは違う澄んだ藍色の瞳、俺とは違う絹糸のような赤茶の髪。白く細い指で俺の腕にしがみつく様子は、守ってあげたいような儚げな色気が漂っている。
まさかレネも……兄上に恋?
レネは、この不毛な恋に終止符を打つため、ダラハーへ行ったのでは……
いやいや。
しっかりしろ、俺。
「騎士団の団長室へ行きましょう。そこでお薬を飲んで少し休まないと、ローリ兄上」
「……済まない、トーリ……」
団長室にはオスカーがいた。
俺が白騎士団の団長を退いたので、副団長だったオスカーが団長におさまったのだ。
「ああ、ローリ様。今日もお美しい」
「いてっ!」
変なことを言うから、机の角に足をぶつけてしまったじゃないか、オスカーの馬鹿たれ!
「すまないが、兄上に薬を差し上げてくれないか? それから奥の部屋で少し休ませてもらいたいのだが」
「ああ、ローリ様。お顔色がすぐれませんね。すぐ用意をさせましょう」
この色気過剰男はなぜかローリ兄上を気に入っている。
やはり、ローリ兄上は男を惹きつけるナニカを持っているというのだろうか。
だから、父上の持ってくる縁談に見向きもしないのか?
俺に家のことなど捨ててもいい、自由に生きろと言うのも?
そうだ、縁談。
「オスカー、黒騎士団の団長から、また娘との婚約を検討してもらいたいと話がきているんだが。リーナの時はあんなにアッサリ引き下がったのに、なんでまた蒸し返すのか、何か聞いてるか?」
「ビクトリア様だろ?」
「もう知ってるのか? 早耳だな、オスカー。でも、ビクトリア? そう言えばそんな名前だったか?」
「ああ、つれない男だな、トーリ」
兄上が眠るのを見届けてから、オスカーと団長室を出た。
当番の騎士に談話室へ行くと告げておく。
ここではお茶が飲めるし、焼き菓子や軽食を取ったりできる。
ここで使っているのも金の月茶だ。
「ほ、金の環が出来てる。凄いな、これ」
一口、含む。
優しい味だ。
リーナの味だ。
「今、マロの街では女の子の間で大層な人気らしいぞ。首切り姫は頑張ってたよ。いいねえ、一生懸命な女の子は」
「そうらしいな。爺からも時々連絡が来るよ。マロのタウンハウスを使いたいというから返事を出しておいた」
「ところで」
オスカーが急に声を潜めたので、同じように声のトーンを落とす。
「何だ、オスカー」
「ビクトリア様のことなんだが」
「うん、それで?」
「人には言えない秘密を抱えている」
「じゃ、聞かない」
「バカ! そこは聞いておけ! お前に関することだ!」
「俺?」
「お前はビクターというロマンス小説の作家を知っているか?」
「知らん。聞いたこともない。有名な作家なのか?」
「ある分野では非常に有名な作家だ」
「はは、まさかエロ小説?」
「当たらずとも遠からずだな。エロ小説ではないが女子の間では不動の人気を誇っている。僕の妹も愛読者だ。その伝手で最新刊が出るとの情報を入手した。団の新人に徹夜で書店に並んでもらってやっと手に入れたのだ」
「ほう、凄いな」
「最新刊のタイトルを聞いて驚くなよ、トーリ」
「まだ聞いていないので、驚くのは無理だぞ、オスカー」
「『病弱兄上を攻略したい! ツンデレ弟の悩める日々』というのだ」
ぶふーっ。
本気でお茶を吹きだした。
オスカーはそれをものともせずに続ける。
「これは新シリーズでな、この前がイケメン騎士団長シリーズだった。激ニブでツンデレのイケメン騎士団長が同僚や部下を次々と落としていくという人気シリーズだった。ちなみに第一巻の相手は僕だ。妹が好きな描写を教えてやろう。何度も聞かされて耳タコだ。『それからビクトールは体を横向きに起こすと、そっと啄むようなキスをオスカルにしたのだった。』妹はここを読んで胸キュンしたらしい」
カップを落とした。フカフカの絨毯のおかげで割れずに済んだ。
「この作家がまさか……」
「そうビクトリア様だ。お前の婚約者だった時の作品がイケメン騎士団長シリーズ、そして今回は病弱兄上シリーズを書き上げるために再びお前と婚約したいんじゃないのかと思っている」
「俺から離れるという選択肢は」
「ないようだな。お前が書きやすいんじゃないのか?」
「どうすればいいんだ! 来週、黒騎士団長の屋敷に食事に招かれているんだ! 兄上と一緒に! 兄上は俺がお世話になった人の招待だから行くと仰っている。どーすればいーんだ! え? オスカー! その変態娘の思惑通りじゃないか!」
「変態、だなんて。世の乙女たちにケンカを売る気か? トーリ」
「俺はともかく! 兄上をそんな茶番に巻き込むことはできない!」
「トーリ? 私がどうかしたか?」
「ああああああ兄上! いつからそこに! 眠っていらしたんじゃあ……」
「ああ、うん……。枕が違うし、目が覚めたらトーリの姿が見えなかったから不安で。当番の騎士が談話室だと教えてくれたから」
「か、か、帰りましょう! 今すぐに!」
「うん、少し疲れた。手を引いてくれるか、トーリ」
いつもの兄上だが、オスカーの視線が痛い。
そして、どこかでこの様子を見ているであろうビクトリア嬢が怖い。
第二巻もノリノリで執筆するのだろうな。
何気にタイトルが少し、気になる。
少しだけな!




