嫌われ王女は辺境の地でたくましく生きていきます
税金から回すとメラニーさんには説明しましたが、税金を使う気はありませんでした。
私は、トーリ様に頼んで、離婚の慰謝料を前払いでいただいたのでした。
それを使わせてもらうつもりなのです。
税金はダラハーの村のためのもの、村の今後のために使うものですから、今ここで使ってしまうわけにはいきません。
私は待っていました。
アンテナショップを作った本当の目的のために。
ひたすら、待っていました。
そのために、今日も笑顔で接客いたします。
試飲も遠慮なくしていただきます。
試飲されるお客様には、ダラハーで取れたハチミツやチーズ、ハム、ダラハー産の小麦で作ったビスケットを惜しげなく振る舞います。
アンリさんの絵に興味を示した方には、ダラハーがいかにのどかで静かな村なのかをアピールします。
空気がきれいで水が澄んでいて可愛いコテージに泊まることができる、療養や旅行に、いかにふさわしい土地であるかを伝えます。
そして、王都の王宮医でもあった優秀な(これは本当です)医師も常駐していて、村人の健康だけでなく、飼っている牛や馬、羊たちの衛生管理にも気を配っていることを付け加えるのを忘れません。
当然、日を追うごとに、出費は増え続けます。
持ち出しは増えるばかりです。
でも、サービスを落とすつもりはありませんでした。
税金で今の状態を続けられるのがオカシイことにメラニーさんも薄々気付いているようでした。
でも、何も言いません。
笑顔でお店に出てくれます。
毎晩、涙が出て止まりません。
不安で、不安で。
村の山奥に聳える隣国との崖よりも、崖っぷちの心境でした。
私は待っていたのです。
ひたすら、待っていたのです。
「……リーナ様……、また来られました」
メラニーさんが私に小さく囁きます。
視線の先には昨日も一昨日も見かけた上品な紳士がいらっしゃいます。
間違いないと思います。
食品の卸事業をされている商会の方なのだと思います。
うちのお店をチェックに来られているのだと思います。
まるでミシュランの調査員みたいですけど。
けれど、星を獲得するためにシェフがどれくらいの表には現れてこない苦労をしているのか、垣間見たような気がいたしました。
上品な紳士は穏やかな物腰と口調で尋ねられます。
お茶の木のことだけでなく、ハチミツやチーズやハム、小麦のことを。
お茶のことについては、ヨゼフさんから叩き込まれています。
その他の産物についても、その生産者から聞き取りをしています。
実際に畑や牧場へ出て作業をしていますし。
何を尋ねられても、よどみなく答えられるように勉強したのですから。
アンテナショップの本当の目的は、ダラハー産の商品の魅力を伝え、商会へ売り込み、販路を開拓するためなのでした。
こんな小さな店で売っているだけでは、儲かりませんからね。
大きな店の流通経路に乗っかるのが手っ取り早いじゃありませんか。
「私は王都で王宮や主だった貴族の屋敷と取引をさせてもらっております、バラディ商会のものです。マロの街で大変評判になっている金の月茶が気になりましてな」
「どうぞよろしくお願いいたします」
お茶を淹れる手が震えます。
「ほう、何度見ても美しいものですな。それに、このお茶は何とも言えない優しい味がいたします。毎日足を運ばせていただきましたので、お気づきのことと思いますが。リーナ様、商談に入る前に、一つ確認があるのですが、よろしいでしょうか」
何でしょうか、怖いです。
「リーナ様は商談が整った後はどうなさるおつもりですか?」
やはり、バラディ商会の後ろには、陛下やザッカリー家が見え隠れしているようです。
「私は、全部ザッカリー侯爵に領地経営をお返しして、村の外れで畑でも耕しますわ。侯爵さまがそれも嫌だと仰るなら、そうですね、ガスパールを出ていかなければと思います。でも、できたら、ダラハーで暮らすのをお許しいただきたいと思っております。ダラハーは本当に良いところですから」
「そうですか。わかりました。では商談に入らせていただきますが、よろしいでしょうか」
バラディ商会の方が帰られました。
お見送りをした後、私はへたり込んでしまいました。
ダラハーは王都へ商品を卸せるようになったのです。
経済が回ります。
その内、学校も保育所もできます。
何か工場でも作ろうかという事業主も出てくるかもしれません。
ダラハーは豊かになるのです。
「……リーナ様!」
メラニーさんが涙を浮かべています。
おそらく、トーリ様はダラハーへはいらっしゃらないと思うのです。
離婚もしない内に、慰謝料をねだった業突く張りの女がいるのですから。
後のことはヒュージェットさんに全部任せようと思います。
メラニーさんが領主館の切り盛りはしてくれるでしょう。
私の役目はほとんど終わりました。
後は、帳簿をまとめておくだけです。
来た時は、派手なドレス姿でしたが、今は村娘のような質素な姿です。
トーリ様にお願いをして、村はずれの、もう使っていない狩猟小屋を直して、そこに住むことを許してもらいましょう。
その周りの小さな畑を耕すことも。
出来るなら、牧場の手伝いや診療所の下働きをすることも見逃して欲しいです。
私も生きていかなければなりませんので。
トーリ様、約束の一年が経ちました。




