意地を張った手前、泣き言を言えないのは悲しい女の性ですわ
「やあ、首切り姫。今日もお手伝いに参上したよ」
「オスカーさま! ご協力は大変嬉しいのですが、あの、騎士団のお仕事は……」
「新人騎士の研修でマロに来てるんだよ。剣ができればいいってもんじゃなくてね。対人スキルを学ばせようと、見てくれのいいのを見繕ってきたから、今日一日、ここで使ってやってくれないか?」
「接客研修ということですか?」
「そうそう、また明日は違う騎士を連れてくるよ」
「そんな贅沢な……」
「それから、僕も色々考えてみたんだけど」
思わず、メモを取る用意をしてしまいました。
ちらりと横を見ると、メラニーさんもスタンバイできています。
「おおっ、やる気があるね、二人とも」
オスカーさまが仰るには。
飾り付けはあっさりと。
男客がいる、もしくは男の店員がいること。
入りやすくオープンな雰囲気を出すが、中が丸見えだと男は恥ずかしいので、植木などでチラ見せ。
が、良いのではとのことでした。
早速、ダラハーのヒュージェットさんに使いを出します。
この使いはヒュージェットさんが使われていたツナギと呼ばれる伝令係です。
空を飛んでいるのではと思うくらい速いのです。
リボンやフリルを取ってしまった後が寂しいので、アンリさんの絵を何枚か持ってきていただこうと思ったのでした。風景画をお願いしたのは、ダラハーの宣伝にもなるからです。
後はお茶の木をヨゼフさんに持ってきてもらうように頼みました。
そして、もう一人のツナギの方には、王都にいるトーリ様への言伝をお願いいたしました。
必ず、ツナギの方には心付けを一緒に渡します。
「お気をつけて。お願いいたします」
「トーリへ何を聞きたいの? ビクトリアのことかな?」
「まあ、オスカーさま。秘密ですわ。でも、当たらずとも遠からず、とだけお答えしておきますわ」
「むむ、意味深だねえ、首切り姫」
一週間など、あっという間に過ぎてしまいました。
オスカーさまたちは、マロでの研修を終えて、既に王都にお戻りになっています。
研修などきっと無かったのだと思いますが、走り出したからには、なりふり構ってはいられません。
利用できるものは、利用する。
妙に腹が座ったのは、トーリ様へお願いしたものが、手元に届いたからでしょうか。
お茶は少しづつ、人気が出て来たようで、お店にはお客様が確実に増えてきています。
でも。
「はあ、忙しい割には意外と儲からないものですね、リーナ様」
メラニーさんが愚痴をこぼしたのは、そろそろひと月が経とうとしている頃のことでした。
「想定内よ、メラニーさん」
「ええっ! そうなんでございますか! リーナ様」
「いくらお茶を売り上げたところで、たかが知れているわ。売上の二、三割が利益になるかならないかでしょう。そこから、お店の借地代や人件費、諸経費を差っ引くと、当然赤字だわね。赤字は私のドレスを売ったお金や、使いたくないけど税金で穴埋めするしかないわ」
「そ、それでは、お茶の販売なんかしない方がマシだったのでは、リーナ様」
「それではダメなのよ、メラニーさん。ここでやめてしまっては、元も子もないわ。今はじっとガマンするの。そのうち」
「そのうち?」
「……それにね、もし、失敗しても大丈夫よ、メラニーさん。手は打ってあるから心配しないで。さ、もう寝ましょう。明日も笑顔で頑張らなきゃ。ね、メラニーさん」
ここはザッカリー家のタウンハウスです。
ヒュージェットさんが泊まるように勧めてくださったのです。
ザッカリー家は王都にカントリーハウスを構えていますが、大きな街にもひとつずつタウンハウスを持っているのでした。
トーリ様の一番好きなマロのタウンハウス。
客間のベッドにもぐりこんで私は寝ています。
本当は不安で不安で、押しつぶされそうです。
ダラハーのみんなを担ぎ出して、始めたお茶の販売。
うまく行くのでしょうか。
ダラハーの未来を賭けたこの勝負に勝てるのでしょうか。
「リーナ様、あの、こちらのお客様が……」
「まあ、メラニーさんどうしたの?」
恰幅の良い、上等な衣服を着こんだ中年の紳士が酷くご立腹なのでした。
「何ですって? 金の環ができない? まさか、そんなはずは」
「何が金の月茶だ! よくもこんなまがい物を売りおって! 詐欺だ! ペテン師め!」
そう言うと、お茶の袋を私に向かって投げつけてきたのです。
お茶を入れていた袋は中身をこぼしながら、私に当たって落ちました。
「あっ、リーナ様!」
急いで床にしゃがみ込みます。
ヨゼフさんが丹精したお茶です。一葉たりともムダにはできません。
拾い集めて、土ぼこりを落とします。
ひとつまみ、口に入れて噛んでみました。
「メラニーさん、この袋のお茶を淹れてみてください。それから、お店のお茶も」
紳士が叫びます。
「お前の店で買ったぞ! 因縁をつけると言うのか!」
「この葉は金の月茶ではありません。噛んでみてください。味が違います。因縁をつけているのは、あなたの方でしょう! もしかして、ご同業の方なのではありませんか? だって、この葉もいいお茶の葉ですもの」
「……わかるのか? 良い葉だと……」
「上品な良い葉です。こんな良い葉を扱っていらっしゃるのに、なぜこんなことを、なさったのですか」
「……遊びで始めた店に客を取られるのが許せなかったのだ……」
聞けば老舗の店主なのでした。
「うちのお茶とあなたのお茶では、客層が異なるではありませんか。私こそ、しっかりと商売されているあなたが羨ましくて、仕方ないのに」
「すまなかった。でも、まさか、土まみれの茶の葉を口に入れるとは思わなかった……。考えてみれば、私も昔はそうであったな……、すまなかった」
紳士は帰って行かれて、一件落着……、ではなかったのです。
「リーナ様……、今月分の地代が払えません。もう売るドレスもないし、どうしましょう」
「う……、仕方ないわ。税金から回すことにいたしましょう」
「リーナ様……」
「ガマン、ガマンよ、メラニーさん」
「いつまですればいいのです! リーナ様!」
「あと少し、あと、少し……」




