私、仕事に生きるんです。強がるのは乙女の意地ですわ
「リーナ様、大丈夫でしょうか……」
「大丈夫よ、メラニーさん。きっと沢山売れるわ。皆であんなに頑張って準備したじゃないの」
「そ、そうでしたよね。近所のお茶を売っているお店にも、まーけてぃんぐりさーち、に行きましたものね」
メラニーさん、口が回っていませんよ。
緊張しているのですよね。
私もそうです。
そうなんです。今日がマロのアンテナショップ開店の日なのです。
お店のコンセプトは、いつもとは少し違う日に飲みたいお茶を売っているお店、なんです。
自分へのプチご褒美、仲直りのご挨拶、お疲れ様の言葉の代わり、ありがとうの感謝、ごめんなさいが言えない日、そんないつもとは少し違う日に飲みたい、そんなお茶を売っているお店なんです。
ターゲットは女の子、内装もロマンチックに森の中のコテージ風にしました。
でも、ダラハーなんて、そんな小屋ばかりなんですもの。
村の男性方は建て慣れたものです。
一軒でいいのかい、なんて言われてしまいました。
価格はほんの少し高めに設定しました。
そのために、メラニーさんと市場の中にあるお茶を売っている店を制覇しましたから。
価格帯を調べて、平均より少し高めに。
特別感を出したかったのです。
私たちのようなお店は市場の中にはありませんでした。高級茶を売っているところはありましたが、若い女の子が気軽に入れるようなお店ではないのです。
競合する相手は今のところ、無いのです。
これ、強みです。
「だ、大丈夫よ、メラニーさん。ヨゼフさんにお茶の育て方も教えてもらったじゃない。どこを丹精したのか、いつ肥料をやるのか、水はどうするのか、お茶を明日から育てられるくらい勉強したもの。大丈夫よ、大丈夫」
さあ、『金の月茶』開店です。
お客様がいらっしゃいません。
お仕置きされるのは、どうやら私のようです。
朝から開けていますが、店の前を通るのは男性と主婦ばかりです。
ちらちらと覗くのですが、中へ入って来ようとはしないのです。
何が間違っていたのでしょうか。
メラニーさんとお店の奥でぼそぼそと、味気ないお昼ごはんをいただいている時でした。
「あーっ、あった、あった! ここだ! おーい、こっちだぞー!」
にわかに店の前が賑やかになったのでした。
「やあ、首切り姫。僕を覚えているかな?」
そう言って馬から降り立ったのは、騎士団の建物で会った、少し長めのプラチナブロンドにハシバミ色の瞳をしたあの美形です。
「あ、え、と……」
お名前は確か。
「オスカー、覚えてる?」
もちろん、こんな美形を忘れるわけがありません。
「どうしたの? 待ち望んだお店の開店日じゃないか。可愛い顔がしょげてるね」
「……オスカーさま……」
「え! まさか……」
「はい……、お客様がいらっしゃらなくて……」
そう言った途端に、気が緩んだのでしょうか、それとも、言いたくても言い出せなかった言葉を口に出来たせいでしょうか。
涙をこぼしてしまいました。
「ああ、やっぱりね。トーリから聞いた時に、こうなるんじゃないかと恐れていたことが、本当になっちゃったんだね」
「恐れていたこと?」
「あのね、首切り姫。君は違うかもしれないけど、淑女は自分で買い物したりしないんだよ。大体、お金なんか持っていないよ」
ぽかーん、としてしまいました。
「でも、それじゃ、欲しいものがあったらどうするんです」
「あー、何て新鮮な反応なんだ。あのね、男に貢がせるんだよ。甘えてね。私、あそこのお茶がどうしても飲みたいの、買ってきてくださるぅ、ってね? もしくは、使用人に買いに行かせる。市場に行くのは男の役目だから、この店はちょっと入り辛いかも」
「それじゃ……」
「そう、若い男も入れるような店じゃなきゃダメだよ、首切り姫」
事業戦略は既に第一ステップでオオコケしていたようです。
「でも、今から内装を変更するわけには……時間もありませんし」
「フリルとリボンを取るだけでいいんじゃないかな。そして」
オスカーさまは、腕を差し出してきます。
「え?」
「僕と腕を組んで、首切り姫。恋人同士が噂のお茶を買いに来たってことにするんだよ」
おずおずと差し出された腕に手をかけました。
オスカーさまがニヤリと笑って、叫びます。
「さあ、リーナ! ここがそのお店かい!」
お芝居はもう始まったようです。
いわゆるサクラになれということなのでしょう。
「そ、そうよ! 綺麗な金色の環ができるお茶なんですって! 入っているスミレの花の数で恋占いもできるのよ!」
私も声を限りに叫びます。
「ほら、お前、そこのお姉さんと腕を組んで! 残りは彼女への土産を買え!」
オスカーさまの指図で、一緒に来ていたもう一人の騎士さまが、メラニーさんに腕を差し出します。
残りの方たちも叫びます。
「可愛いお店だなあ! 彼女に買って帰ろう!」
「妹の土産にちょうどいいなあ、これ!」
オスカーさまたちのおかげで、一日目は完売できました。
「ありがとうございました! みなさん!」
騎士さまたちはマロの宿舎に戻って行かれました。
一人残ったオスカーさまにお茶をお出しして労います。
「わお、本当に金色の環ができるんだ、これ。良かった、嘘じゃなくて」
「本当にできるんですよ、綺麗でしょ?」
オスカーさまはカップを手に、ハシバミ色の瞳を私に向けてきます。
「トーリはね、もう白騎士団の団長じゃなくなったんだ。家に戻って兄上の手伝いをしてる」
「ええ、そう聞きました」
「じゃあ、ビクトリアとの縁談が復活するのも聞いてる?」
「ビクトリア……」
「元婚約者」
「ああ、いえ、聞いていません」
「随分、冷静なんだね」
「冷静なんて」
足元に真っ暗な穴が、突然口を開けたような気がしただけです。
「私、お店を成功させるので精一杯ですもの。トーリ様が誰と婚約しようと、私には関係ないですから」




