嫌われ者って、結構、使えそうですわ?
いつもながら、王都から遠く離れた辺境の地ですね、ダラハーって。
一番近いマロの街でさえ馬を飛ばしても半日、子ども連れで馬車ならほぼ一日、つぶれてしまいます。
何かいい方法はないのでしょうか。
それに、宰相には特別会計をねだりましたが、まあ、早くて一年後でしょう、予算がつくのは。
その頃には、私はいないかもしれません。間に合えばいいのですが。
なので、やはりお金を稼ぐ方法を編み出さなければならないのです。
考え事をしていると時間のたつのが速いです。領主館が見えてきました。
「リーナ様! お帰りなされませ!」
「りーなさまぁ!」
「メラニーさん! マシューくん! ただいま!」
二週間ぶりです。
やっと我が家へ帰ってきたような気がします。
「リーナ様、お帰りなされませ」
領主館ではヒュージェットさんが奥から出てきました。
でも、なぜかお顔が渋くなっています。
「もうお帰りになるとは。トーリ様が何か不埒な振る舞いに及んだとか? 弟子のしでかしたことは師匠である私の責任。何でしたら、私の剣のサビにしましても」
「違います、違います! ヒュージェットさん! 早まらないで!」
宰相家の件をかいつまんで話します。
「そうでしたか、ローリ様が。私もローリ様を助けるように言ったことはあるのですが、聞く耳もたずで。リーナ様の言うことは聞くのですな」
最後に、むふふ、と笑ったように思ったのは気のせいでしょうか。
いきなり、領主館に走りこんできた人がいます。
背が高く、長い黒髪を後ろで一つにしばっています。白衣を着て、腕まくりをしているところを見ると、この方がダラハーへ来てくださったお医者さまなのでしょうか。
「ヒュージェット、頼んでいた薬品がまだ着かないんだが、どうなってる?」
やっぱり、そのようですね。切れ長の、これも黒い瞳が魅力的な方です。
そして、私と目が合いました。
「お、カワイ子ちゃん! どこから湧いてきたんだい? 後で村の案内をしてあげよう」
「え、村の案内はいりません。多分、私の方が詳しいと思いますよ」
「ほう、では君が噂のリーナ様? 僕はレネ。専門は外科だが、クマだって診てあげられるからね!」
「頼もしいわ! よろしくレネさん!」
レネさんは、手を振りながら診療所へと帰って行かれました。
はきはきと喋る、気持ちの良い方です。
「レネは、元々、王宮の医師だったのですよ。ただ、あんまり愛想がないんで貴族の方々に嫌われましてな。ヒマそうにしていたので誘ったんですよ」
「愛想が無さそうには見えませんでしたが」
「おお、これは失礼した。ご機嫌をとるお世辞が言えないということですよ。でも腕はピカ一ですからな、リーナ様」
「嫌われ者なんて、誰かと同じですね、ヒュージェットさん!」
「ま、私も中央の人々からは嫌われた、言わばハグレ騎士ですからな。リーナ様と同じですよ」
「嫌われ者にハグレ者ですか? ここはとんでもない者たちの集まるところのようですね、ヒュージェットさん! 何だか楽しくなってきたわ!」
その夜。領主館に人々が集まりました。
メラニーさん、アンリさん、ヨゼフさん、ヒュージェットさん、レネさん、そして私です。
それぞれが、現在、気にかかっていることを話していきます。
メラニーさんとアンリさんはお茶の売れ行きです。ついにマロのアンテナショップで売り出すのです。私も楽しみな反面、どうなるか不安です。ヨゼフさんは生産者の立場から、売れ行きもですが、その後のフォローの仕方ですね。お茶の質は落としたくないけれど、生産量が少なすぎては儲けになりませんから。
レネさんは、まだダラハーへ来てから日も浅いこともありますが、住民の栄養状態を気にしておいででした。
ヒュージェットさんからは、少し驚くような言葉が出てきました。
ダラハーの防衛問題です。
元騎士だからなのか、山岳地帯が気になると言うのです。
ダラハーはガスパールでもかなり辺境にあり、村の後ろに聳える高い尾根を境界にして隣国と接しています。
隣国は騎馬民族として有名な国です。最近、特にあちこちで小競り合いを繰り返しており、いくら険しい峰であるとはいえ、そこから攻め込まれては人数も少ない農村であるダラハーはひとたまりもない、援軍も頼めないというのです。そして、ダラハーは隣国にとってはガスパール攻略における足掛かり、つまり前線基地として重宝する土地なのだそうです。
王都から遠いからです。
「でも、いくら何でもあの斜面を、ほとんど崖ですよ。あそこを降りてくるでしょうか? 人間は何とか降りてこれても、馬は無理ですよ。馬がなければ戦うこともできないじゃありませんか」
メラニーさんが言います。
「それに、今まで、あの斜面を降りてきた者などいませんよ」
アンリさんとヨゼフさんも口を揃えます。
でも、私は思い出します。義経の一の谷の戦い。日本史は好きでした。
あれも奇襲でしたよね。
それにヒュージェットさんの騎士の勘も侮れませんから。
「見回りを増やしましょう、ヒュージェットさん」




