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好きな相手は涙を隠して突き放す。これ、女のプライドですわ

 盛り下がってしまったピクニックを早々に切り上げ、お屋敷へと戻ってきました。

 そこへ宰相夫妻が、つまりトーリ様のお父様とお母様がいらっしゃったのですが。

 トーリ様のお顔が急に曇ってしまいました。

 息子のそんな様子には頓着せずに、宰相が言います。

「リーナ様が屋敷に戻られたと聞いて、急いできたのだ。トーリ、騎士団なんぞは辞めて、ザッカリー家の跡継ぎとなって欲しい」

「何ですか、いきなり……」

「ローリがまた倒れたのだ。あいつは体が弱くていかん」

「次兄上がいるでしょう」

「ユーリは聖職者になるなどと言い出して、先月から神学校へ行ってしまったのだ。残るはトーリ、お前ただ一人。リーナ様が戻られたのだから、離婚するなど言わずに、ザッカリー家の」

「勝手なことばかり言わないでください! 長男、次男の代わりですか、俺は! 今までほったらかしだったくせに!」

「……トーリ、お父様のお気持ちも少しはわかってちょうだい。ザッカリー家のためですよ。ね、言うことを聞いてちょうだい。騎士団なんてすぐ辞められるでしょう?」

「母上まで……」

 トーリ様は、小さい頃から宰相家の期待されない三男坊として過ごされていたようでした。

 遊び相手はリーナ様だけのようでしたから。

 それから、ヒュージェットさんと出会って剣の腕を磨き、騎士団長までになれたのは、トーリ様が努力をされてきたからです。

 それをザッカリーという家のためなら、すぐ捨てることができる、何でもないことのように捉えている両親。

 トーリ様が気の毒でなりません。

 けれど、トーリ様自身もご両親の愛情を求めていたのではないかと思いました。

「ローリ兄上のご様子は?」

「いつものことだが熱が高いのだ。今回は特に酷い。ザッカリー家の長男ともあろう者が情けない」

 トーリ様の手が腰に佩いていない剣を抜くような仕草を、一瞬、仕掛けました。

「そんな家、途切れてしまえばいいじゃありませんか! ローリ兄上はいつも長男という鎖に縛られて可哀そうでした。本当は学者になりたかったのに、領地経営ばかり学ばされて! いつも言ってましたよ、ローリ兄上は。私が死んだら、父上が何と言おうと家を出て、お前たちの好きなように生きろと」

「馬鹿者! 何も知らない若造が! 一人前の口を利くんじゃない! 貴族が家から離れて生きていけるものか! どうやって食べていくのか言ってみろ!」

 宰相の言うこともわかります。

 親というのは、何だかんだあっても子どもの心配をしないではいられないのですから。

 家のためと言いながら、実は子どもを守るための苦しい言い訳だったりします。

 だったら、トーリ様も少しは歩み寄るべきだと思うのです。

 宰相も頭ごなしではなく、子どもの言い分を聞いてやるべきだと思うのです。

 どこの家庭でも同じです。異世界だろうと、どこだろうと。

 これは親子の永遠のテーマなのでしょうね。

 私にはケンカをする相手さえいないのですから。

 さて。

 私が考え事をしている間に、更に、ケンカはヒートアップしていたようです。

「それでは家を捨てます!」

「この親不孝者!」

 そして、ついに親子ゲンカでは定番のビンタが飛んだのです。

 私の出番です!


「痛ったあああい!」

「リーナ!」

「リーナ様!」

 ひ弱そうに見える宰相ですが、やはり男の人ですね。

 唇の端を切ってしまいました。

 ジンジンする頬をさすりながら、私は言います。

「トーリ様はローリ様を助けてザッカリー家のために働くべきです。そして、宰相様ご夫妻には、トーリ様のご両親解任を申し渡します」

「は? どういうことです? リーナ様」

「リーナ! 何を余計なことを!」

「二人とも、お黙りなさい!」

 父親に殴りかかったトーリ様も、息子の胸倉を掴んだ宰相も動きを止めました。

「今、一番辛い思いをされているのは、ローリ様ではありませんか?」

 二人が手を降ろし、私を見ます。

「体が弱いのはローリ様の責任ではありません。トーリ様、どうぞお兄様を助けてあげていただきたいのです。屁理屈をこねずに」

「……」

「そして、宰相様!」

「う……」

「いい加減、子離れなさいませ! 全部任せて、最後の責任だけは取る。これが親の務めではありませんか! 出来ないのなら、親などやめておしまいなさい!」

「要するに!」

 すーはー、息を吸います。

「お二人とも、もっと大人になられませ!」



「私はダラハーへ戻ります」

 そうでした。

 ダラハーを豊かな村にして、トーリ様に渡すことを忘れてはいけません。

 私も大人にならなくてはなりません。

 人に言う前に。

 リーナ様

 私への罰はこれで許してくださいますか?

 でも、トーリ様の可愛いところを見ることができました。

 幸せです。

 リーナ、と呼ぶ声や優しい瞳を覚えておきます。

 これは、私へのご褒美ですからね。

 ダラハーへ戻ります。

 私の帰るところです。


「取引なのですが、宰相様」

「……取引?」

「親子ゲンカを仲裁したのですもの、その見返りですわ、もちろん」

「聞くのが怖いような気がいたします……」

「まあ、ほほっ! 首をくれなんて言いません、いくら首切り姫と呼ばれていても」

「なななな、何でしょう?」

「ダラハーのための予算を特別に組んで欲しいだけですわ。学校を作ったり、保育所も欲しいですし、交通の便も図りたいのですよ。そのためには……、おわかりでしょう? もちろん、陛下には内緒で。お出来になりますわよね? そのために国で一番高い給金をいただいているのですもの。ね?」


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