嘘つきの罰は何でしょうか? リーナ様
結局、三人でザッカリー団長のお屋敷に帰ってきました。ここは結婚のお祝いとして、トーリ様のお父様、つまり宰相ですね、が用意されたものだそうです。
今は、客間でお茶をいただきながら、寛いでいるところなのですが。
「でも、ヒュージェットさん、ひどいわ。何もかも知っていて黙ってたなんて」
「聞かれませんでしたからね」
そうなんです。
ヒュージェットさんはトーリ様の剣の師匠であり、相談相手であり、友人であり、父親役もこなすという人物だったのです。
それに、ガスパールの伝説の騎士とも呼ばれた、凄腕の剣の使い手だったのでした。
「ヒュージェットさん、素敵です! カッコイイですわ! まさにイケオジ……」
アブナイ、アブナイ。女子高生に戻りそうになりました。
「ただの、くそジジイだぞ……リーナ」
不貞腐れるイケメンも眼福です。
何だかとても幸せです。
おばあちゃんがよく言う、盆と正月が一緒に来た状態、とでもいいましょうか。
私的には、右手の抹茶アイスぜんざいと左手の塩バタースコーンのどちらから食べようか迷っている状態とでもいいましょうか。
無理です!
選べません!
トーリ様は私のために休暇を取ってくださったそうです。
その上……
結婚式をやり直そうかとか、親父の用意した屋敷だから、リーナの好みの屋敷に引っ越そうかとか、ドレスをプレゼントさせてくれだの、俺の瞳と同じ色の宝石を見に行こうだの、素直になってくれたのは嬉しいのですが、その反動でこんなに激甘になるとは思ってもみませんでした。
カルピスの原液に砂糖と餡を練りこんだくらい、甘いです。
考えただけで歯がうずきそうです。
屋敷の中でもどこでも、大体、手をつないでいます。
何もない時でも、アイスブルーの瞳が私を優しく見つめています。
色気がダダ洩れです。
特に、リーナ、と耳元で囁くのはやめてほしいです。宇宙まで意識を飛ばしそうですから。何とか地球に残してもらいたいものです。
そんな激甘さんなのに、私が文句を言うと、まだ俺の仕打ちを忘れてないんだな、根に持っているんだなと、イジケテしまうので対応に困ります。
あんまり可愛くて。
お屋敷のメイドさんたちも、使用人の人たちも、みんな生温かい目で私たちを見ているんです。
「お仕事をしてください、トーリ様」
「リーナは俺と一緒にいたくないのか? 騎士団のことは副団長のオスカーに頼んであるし、ダラハーへは爺をやった。やっと取れた休暇なのに仕事へ行けというのか、リーナは。なんて酷い奥さんなんだ」
この奥さんという言葉に弱いのです、私。
今日は、王宮の中にある小さな森にピクニックに来ています。
トーリ様がバスケットと敷物を片手に抱え、空いた方の手で私の手を握って歩きます。
木立ちの間に青空が広がり、いたずら書きのような白い雲が浮かんで、ゆっくりと流れて行きます。
木陰に敷物を広げ、二人で並んで寝ころびました。
「懐かしいな」
木を見上げたトーリ様がつぶやきます。
「この木に登るとリーナの部屋の窓が見えるんだ。俺が手を振ると、リーナが部屋を脱け出してやってきて、ここでよく遊んだよな」
それから、ふふっと小さく笑いました。
「今は横で寝っ転がってる。もう手を振らなくてもいいんだ。いつでも会える」
それからトーリ様は体を横向きに起こすと、そっと啄むようなキスを私にしてくれたのでした。
アイスブルーの瞳が私を慈しむように見てきます。
でも、その深い瞳の色が、なぜか私の心にさざ波を立てるのでした。
何かを忘れているような不安な気持ちに追い立てられます。
何なのでしょうか。
私は何を忘れているのでしょうか。
「ほら、陛下の誕生日のケーキを二人で倒してしまった時のこと、リーナは覚えてるだろ? 侍女のセアルが鬼のように怒ってさ、俺たちを追いかけまわして」
トーリ様は思い出し笑いをしながら続けますが、私は笑えません。
私は、やっと、とんでもないことをしでかしたことに気付いたのでした。
私は、リーナ様ではありません。
トーリ様が見ているのは、小さな頃から遊んできた、本物のリーナ様なのですから。
「池に落ちた時のことを覚えてるか?」
寒くもないのに、肌が粟立ちました。
「リーナは深くもないのに慌てて尻もちついてさ、可笑しかったなあ」
やめてください。
「俺が小鳥の巣を見ようとして木から落ちた時は、トーリが死んじゃうって、大騒ぎしたよな」
やめてください。
私には、あなたと共有できる思い出は何もないんです。
「リーナ?」
突然、涙があふれてきました。
トーリ様との思い出に、そうだったね、と相槌を打ちたかった。
「リーナ?」
リーナ様、私、あなたになりたい!
リーナ様、私、嘘をつきました。
『私』が、トーリ様を幸せにしたかったのです。
ごめんなさい。
嘘つきの罰は何でしょうか? リーナ様。




