無愛想なイケメンが本当は優しいのは、少女小説のお約束です
金の月茶を飲まないなんて、月にかわって首切り姫がお仕置きよ?
思わず、飲んでいたお茶を噴き出してしまいました。
「リーナ様、汚いです……」
「だ、だってメラニーさん……このキャッチコピー……けほけほけほ」
「え? ダメですか? アンリさんと一緒に考えたんですが」
どこかで聞いたようなセリフですが、まさかこの世界で聞くことになろうとは。
ま、セーフですよね?
著作権の侵害には抵触しないと勝手に思うことにします。
それに、アンリさんの腕がいいのか、絵姿が超可愛いです。
フェルメールのあの真珠の耳飾りの少女と同じような構図で振り向いています。
私が。
おまけにウィンクしています。
恥ずかしいです……
でも、ちょっとニマニマしたりしています。
アンリさんがフェルメールを知っているとは思いませんが、芸術というものは世界を超えて広がるのかもしれません。
とにかく、メラニーさんが紹介してくれたこのアンリさんという画家さんは、田舎においておくには惜しい才能の持ち主のようです。
「アンリさん、こんなに可愛く描いてもらえてとっても嬉しいです。王都で個展が開けそうですね」
「リーナ様。中央では受け入れてもらえないんですよ、ダラハーの人間は。ダラハーは元々、政治犯や思想犯を集めた村でしたので」
だから陛下の直轄領だったわけです。
でも、それはもう何十年も昔のことです。
今のダラハーは素晴らしい所なのですから。
自由に才能を伸ばしてあげたい。そう思ってしまいます。
「それでですね、リーナ様。お茶の袋の中に乾燥させたスミレの花の砂糖漬けを入れてみたらと思いまして。一つ入っていたら片思い、二つ入っていたら両想いとか」
「あ、それいいかも。付加価値をつけるわけですね。メラニーさん、女子力高いです。女の子って占いが好きですものね。それにお茶の中でムラサキ色の花が広がるのも可愛らしいわ」
今では領主館はすっかり『金の月茶』の製造工場と化しています。
お手伝いの方たちも何人か雇っています。
お給金はドレスを売って捻出しています。
マロにいるヒュージェットさんからも市場の出店許可が下りたと連絡がきました。
まずはマロにアンテナショップを作り、そこで売って様子を見ることにしています。
でも、『金の月茶』にばかり時間を取っているわけではありません。
住民名簿も完成したし、村の山奥付近は怪しいですが、地図も何とか完成しました。
あとは、診療所にお医者さんを呼びたいのですが、先立つものが心細いのです。
『金の月茶』だけでなく、何か考えなくては。
そう思っていた矢先のことでした。
「リーナ様! 大変だ! この間生まれたばかりのヨゼフのとこの末っ子の様子がおかしいんだ! 早く来てくれ、リーナ様!」
呼びに来た村の男性の後を走ります。
ヨゼフさんの家の場所は頭に入っています。
女の子が三人続いた後の待望の男の子でした。
「リーナ様! リーナ様! 熱が高くて下がらないんです! どうしたら、どうしたら」
小さな体は火のように熱っています。浅く荒い呼吸を繰り返しています。
「マロへ使いを遣ってお医者様をお呼びして! 症状を書いた紙を持たせるのですよ!」
でも誰も動こうとしません。
「何をしているの! 早く!」
「……リーナ様……、金が、無いんです」
お金がない。
頭が真っ白になりました。
考えるのよ、考えるのよ
ドレスを売るような悠長な時間はありません。
「館へ行って恩賜の短剣を取ってくるのです! それを持って行きなさい。それを見せて、私の命令だと言って、医者を連れて来なさい! ほら、すぐ行って!」
「でもあの短剣は陛下から下賜された、リーナ様の身分を証明する大切なものじゃありませんか! 百姓の子どもになんか使っていいものでは」
「命より大切なモノなんてありません! メラニーさんが場所を知ってます。早く!」
それに、あの短剣は何かあれば私の命を捧げるという意味もあるのですから、今、使うべきなのです。
結局、小さな命を救うことはできませんでした。
私は泣きませんでした。
私の仕事は悲しむことではありませんから。
私は残っているドレスの中から、一番上等なドレスを着せてもらいます。
「リーナ様、どうなさるおつもりですか?」
メラニーさんがコルセットのひもを締めながら聞いてきます。
「王都へ行ってザッカリー団長に会ってきます。私との事情なんてこの際、目をつぶっていただきます。大体、ダラハーはザッカリー団長が領主となって治める予定の土地なのですから。診療所の件、有無を言わせません。援助をお願いしてきます」
「リーナ様……」
「大丈夫よ、メラニーさん。私の言うことを聞かないのなら、お仕置きよ。そうでしょ? ね?」
「リーナ様ったら……」
メラニーさんが泣き笑い顔になって、私は馬車の御者席に座ります。
このまま、マロまで行って、マロから王都へはヒュージェットさんにお願いするつもりです。
「リーナ様、ザッカリー様のお屋敷へ行かれますか? それとも王宮の騎士団の方へ?」
「王宮へ行った方が会える確率が高そうですから、王宮へお願いいたします」
「承知いたしました」
ヒュージェットさんは幾つもの門をくぐり抜けて奥へ奥へと迷わずに進んで行きます。
門番へも、会釈だけのフリーパスです。
「凄いわ! ヒュージェットさん! 話が終わるまで待っていていただけるかしら? 私、一人では帰り道がわからないと思うのよ」
「……、リーナ様……、いくら何でも帰りは旦那様が送って下さると思うのですが」
「まさか! 有り得ないわ。もし、ザッカリー団長が送って下さったら、そうね、ヒュージェットさんにキスしようかしら?」
「……はは、できもしないことを言うものではありませんよ、リーナ様」
「だから、言ったのよ。絶対、ここで待っていてね? 帰ってはイヤよ? ヒュージェットさん」
ヒュージェットさんに念を押して、私は馬車から降りました。
騎士団の事務局になっている建物へ入ります。珍しいので、ぐるりと見回してしまいました。
きょろきょろする私は不審者に思われたに違いありません。
気付くと周りを騎士たちに固められていたのです。
トーリ様には遠く及びませんが、皆さんお顔が整っていらっしゃいます。
騎士の第一条件は顔なのでしょうか。
もう少しで、訪問の主旨を違えるところでした。
「あ、の、ザッカリー団長にお会いしたいのですが」
「あなたは?」
「え、と、私は、私は……」
妻、だなんて言ってもいいのでしょうか?
もしかしたら結婚したことを秘密にしているのかもしれませんし。
と、いうのも、ザッカリー団長の列席者は、結婚式に立ち会ったのは、お父様である宰相だけだったので。
「お前は誰だと聞いている!」
「ダラハーのリーナと申します。ザッカリー団長にお取次ぎを。あの、領地のことでご相談したいことがあるのです」
やっと言えました。
入口のベンチで座って待つように言われ、ベンチに腰掛けます。
騎士団の制服を着た人たちが何人も行き交います。
その中の、通り過ぎかけた一人の騎士が、また、私の前に戻ってきました。
少し長めのプラチナブロンドにハシバミ色の瞳をした美形です。制服には沢山の徽章がついています。俗に言う、お偉いさん、なのでしょうか。
その美形がにっこりと微笑みかけてくれます。つられて、私も微笑みました。
また美形が微笑みます。
私もつられて。
まるで微笑み合戦です。
でも、突然、目の前が真っ暗になり、微笑み合戦は強制終了されてしまいました。
上から声が落ちてきました。
「オスカー、何をやってる……」
この不機嫌そうな声は。
トーリ様です。
「あ、団長。可愛い人が退屈そうにしていたので、つい」
「はっ! 可愛い? これが? 視力検査に行け、オスカー」
「はっ! 団長こそ! この人が可愛く見えないなんて視力検査が必要なのでは?」
仲が良いのでしょうね。
無愛想の塊のようなトーリ様にこのような軽口を言い合うお友達がいらっしゃったなんて。
意外です。
二人はまだ、あーだこーだと言い合っています。
でもお友達ごっこに付き合っている時間はありません。
村へ帰ってお茶の出荷準備や下草刈りの手伝い、帳簿調べもあります。ヒュージェットさんを待たせていますし。
それに何より、久々のコルセットが苦しくてなりません。
胸が痩せた分、メラニーさんにぎゅうぎゅうに締め上げられてしまったのですから。
思わずため息をついてしまいました。
「リーナ、大丈夫か?」
「えっ! まさか首切り姫?」
やっと気づいてくれたようです。
「わかった。診療所の件は了解した。こちらで手配する。その、すまない。全部リーナに背負わせてしまって。大変だったな。頑張ってるんだな、リーナ」
「はい?」
今、何と仰いました?
すまない?
大変だったな?
トーリ様が謝った?
私に感謝した?
私、もしかして天に召される日が近いのかもしれません。
トーリ様が優しい笑顔で仰います。
「今日は屋敷へ泊るだろ? 送って行くから一緒に帰ろう」
「えーーっ! 今、なんと?」
「何で、そんなに驚くんだ……」
一気に不機嫌になりました。
これでこそ、トーリ様です。
「俺が送って行くと都合の悪いことでもあるのか! まさかマシュー……」
「マシュー? マシューくんがなぜ問題になるのですか!」
「いい機会だから、ハッキリさせよう、リーナ。マシューって誰だ!」
「メラニーさんの息子さんです!」
「む、息子……?」
「今、四歳です。マシューくんが一体何をしたって言うんですか! トーリ様の仰ることは訳が分かりません!」
トーリ様のアイスブルーの瞳が私を見つめています。
初めて会った時も思いましたが、綺麗な瞳です。
私が目を合わすと、アイスブルーの瞳がすっと逸らされました。
少し俯くと、赤茶の髪がサラッと顔にかかります。そのまま、長い指が眉間を揉むように額に当てられました。
しばらく動きません。
「あの、トーリ様?」
「一人でそんなに頑張るな。もっと俺を頼れ、リーナ」
何だか涙が出そうです。
「……はい、トーリ様……」
「送って行く。屋敷へ帰ろう、リーナ」
「ダメです!」
「だから! 何で!」
「だって、だって、私……」
「ん?」
「ヒュージェットさんにキスしないと、いけません……」
「どうして、そうなるんだ!」




