曲がり角でぶつかるのは、出会いの王道です
私は気の小さい女です。今は晴れていても一時間後には雨が降り出すかもしれません。友達だっていつマウンティングしてくるかわかりません。もちろん、自分に自信なんかありません。目立たないように、周囲に溶け込むように慎重に、慎重に暮らしてきました。
唯一の楽しみはアニメ映画とコミックと少女小説です。
……三つもありました。欲張りな私です。
そして、スマホを親に拝み倒して手に入れた今は、大好きな俳優『杉坂トーリ』のブログをチェックすることも加わってしまいました。ますます欲張りさんです。欲が張り過ぎて弾けるのではと心配しています。
しかし、先週、私はテレビで悲しいCMを見てしまいました。
それはトーリ様が出ているカレーのCMなのですが、中々凝っていて、月ごとに彼女との仲が進展していくというストーリー重視のものなのです。先月は都会に出ていた彼女が『帰って来ちゃった』と言って、トーリ様が一人暮らしをする山小屋に現れる、というものでした。
まさか、今月は。
そう、そのまさかです。心配した通りになってしまいました。タラバガニを持った友人が結婚祝い、と言って二人を山小屋へと訪ねて来るのでした。
そのCMはネットでも結構、話題になっていて、『トーリ様ロス』などと騒がれていました。
私もショックでした。よく小説で、『心の半分を引きちぎられた』とか書いてありますが、まさにそんな状態でした。でも、スマホでトーリ様を探すことはやめられません。
その日も、学校からの帰り道、件のCMを動画で見ながら歩いていました。何回見ても涙が出てきます。
そのまま、青木さんちの角を曲がります。
私の家まではすぐそこです。
私は人生だけでなく、現実でも前を向いて歩くべきでした。
動画にうるうるすることなく。
「トーリ様、どうして結婚してしまったの? トーリ、痛っあぁいっ!」
角を曲がった瞬間、出会い頭に誰かと正面衝突してしまったのですから。
相手も何か考え事をして俯いていたに違いありません。デコチン同士がぶつかってしまったのです。
二人とも尻もちをついてしまいました。
相手は手に持っていた書類をぶちまけましたが、私は命より大事なスマホを放り投げてしまいました。
動画ではあの後、トーリ様が大写しでニッコリと微笑む大好きなシーンがあるのです。
スマホは何処へ!
「ああっ! トーリ様が!」
「私が何か? リーナ様」
私のぶつかった相手は、すっげえ不機嫌、という心の闇を隠すことなく私に見せてきます。
私はマジマジとその人を見ました。
外国の方なのでしょうか? 赤茶の髪にアイスブルーの瞳です。控えめに言っても物凄いイケメンです。オデコを撫でている指も長く細いイケメン指です。でも、服装が変わっています。
『野獣騎士ハイランダー』という少女小説の挿絵にあった騎士そっくりです。イベントの帰りなんでしょうか。その人は体を起こすと、私の前に立ちはだかります。黙って手を差し出してきました。
背も高い。
ぼーっと見上げていると、その人は、ふん、といった感じでまた手を出してきます。
握手? 外国の方ですものね。
私が手を差し出すと、ぐいっと握ってきます。かなり積極的な方のようです。
「いつまでも廊下に座り込むんじゃない」
そう言って、私を引っ張り上げてくださいました。握手を求められた訳ではなかったようです。
「ありがとうございました」
私がそう言って頭を下げると、その人は大変驚かれて、集めていた書類を再び落としてしまったのです。
「落ちました」
私が拾おうとすると、その人は大きな声で言いました。
「触るな! また何か嫌味のネタにする気だろう!」
さっきは不機嫌でしたが、今は激怒に近いようです。私の何が彼をこんなに怒らせているのかわかりませんが、それにしても酷い拒否の仕方です。気の弱い私はもう涙目になってきました。
「ごめんなさい」
その場を離れようとして、私はまた転んでしまいました。
自分のスカート、いえ、これは俗にいうドレスというものでしょうね、その裾を踏んづけてしまったのです。
ドレス?
なぜ? こんなものを着ているのでしょうか? 結構、贅沢な品のようです。光っているのはダイヤでしょうか? 刺繍も凝っているし、リボンやフリルが満艦飾の国旗のようにこれでもかと飾り立ててあります。ちょっと派手過ぎると思うのですが。ま、私の好みではありません。それとコルセットがきつくて、まな板とはいえ、お胸が苦しゅう存じます。こっそり後ろに手を回し、コルセットの紐を引っ張ってみました。コルセットはちっとも緩みませんでしたが。
騒ぎを聞きつけて、人がたくさん集まってきました。
みなさん、ベルサイユのばらに出てくるようなコスプレをされています。
「リーナ様! どうされました?」
「王女殿下が怪我をされたようです! 王宮医をお呼びして! 早く!」
女たちの熱気でムンムンします。
胸も息苦しい。
ここは宝塚ですか?
私は、そう叫んだような気がしましたが、そのまま気が遠くなってしまったようです。
香坂利衣奈、十七歳、人生初の失神です。




