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1-Aの教室前に到着すると、周りに人が居ない事を確認し扉から教室を覗く。教室内にはまだ下校していない生徒がチラホラと残っている。
雫ちゃんは廊下側の前から二番目の席のようで、机の前でお行儀良く座っている。俺と同じく誰とも会話らしい会話は出来ていないようだ。
「(やっぱ肩身狭いよなあ……)」
少し俯き気味の雫ちゃんを見て、心が痛む。年頃の女の子だし、かなり辛いだろう。
俺は悟られないよう、たった今到着した体でドアを開けた。
「雫さん、遅くなってごめんなさい。帰りましょうか」
声をかけると、即座に顔を上げパアッと目を輝かせた。まるで子犬みたいでとても可愛い。
生徒達の注目を少し浴びてしまったが、気にしない。だって俺中身は25歳だし。少しぐらい図々しくなるってもんだ。
「伊織ちゃん、わざわざ教室まで来てくれて有難う!」
「いいえ、そんなに慌てなくて大丈夫ですよ、転んだら危ないですから」
駆け寄ろうとする雫ちゃんに声をかけ、2人で教室を出る。今にもスキップしそうな勢いで俺の少し前を雫ちゃんが歩いていたので、それを見守りながら、玄関へと向かう。お互い靴を履き替え、外へと出るとポカポカ暖かい陽気に包まれた。
目を細めた雫ちゃんが隣に並ぶ。
「いい天気だね~、私春の匂いって大好き!」
「奇遇ですね、私も春が大好きです」
「本当?……えへへ、伊織ちゃんとお揃いだね」
お互い顔を向かい合わせ笑った。
何か、甘酸っぱいようなくすぐったい様な……、そんな気持ちになる。
久しく忘れていたような、そんな感情だった。これが青春てやつか。
感激に胸を打たれていると、雫ちゃんが急に「あっ」と呟き立ち止まった。
「何か忘れ物でもしましたか?」
俺がそう尋ねると、雫ちゃんが考え込む。
「ううん……物じゃなくて……」
物じゃない、とすると……
何かあったっけ?と考えている俺の様子を見て、雫ちゃんがへら、と困ったように笑う。
「今日、廊下で会った男の子居たでしょ?天逢坂昴って名前なんだけどね」
……あ。
すっっっっかり忘れてた。
後で話し合え、なんて偉そうに言った俺を許してほしい。ごめんね、天逢坂クン。
「昴は天逢学園の理事長の息子で、私の幼馴染なんだ」
「幼馴染なんですか?」
「うん、3歳の時から近所に住んでて、仲良くしてもらってるの」
ハイ、知ってますなんて口が裂けても言えないのでそう返事をすると一層眉毛を下げ、困った顔で笑う雫ちゃん。
足元の小石を小さく蹴ると、ポツポツと天逢坂の話をし始めた。