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今日は天逢学園の始業式のようだった。
中等部のままのエスカレータ式だから安心だ!なんて思ってたけど、どうも俺は外部からの入学生らしい。見知った顔が一人も居なかったので、保護者席にいる母親に覚えている名前を三人くらい喋ったけど「前の学校の子達よね?」と怪訝そうに言われてしまった。
これ以上怪しまれるとマズイので苦笑いで席へと戻る。そうか、中学は別の学校だったのか。
自分の席に大人しく着席すると、周りの子達を確認する為辺りを伺う。周囲は金持ち学校らしい上品そうな生徒が沢山で、耳を澄ますとやれ別荘がどうとか、海外に旅行だとかそんな単語が聞こえてきた。
ーーー俺はこの学園で上手く伊織を演じきれるだろうか。心配になってきたぞ。
そんな事を考えながら小さな溜息を吐いていると、目の前の女の子がこちらへと振り返った。
「緊張するね」
そう言った女の子は、サラサラの淡い栗色の髪の毛が特徴的な可愛らしい子だった。肩のあたりで綺麗に切り揃えられた茶髪に、目はクリクリと黒目がち。肩や手首は女の子らしく細くて華奢だ。
本当に可愛い子だな、なんてマジマジと顔を見ていたら、ある事に気が付いた。
この子、BLOOMの主人公、”朝河雫”ちゃんじゃないか!?
まさかこんなに早く遭遇するなんて、と思ったが、そういえば雫ちゃんも外部入学だったんだっけ。ちなみに俺の座ってる席の列は全員外部入学生。そりゃあ、出会うこともあるよな……。
それにしても、本当に可愛い。顔も可愛いけど、それよりもオーラが凄い。やっぱり主人公は違う。
俺はまるで、芸能人に会ったような気持ちになった。
「大丈夫?さっきからボーっとしてるみたいだけど……」
「だっ、大丈夫です。少し緊張しているだけで」
決して嘘はついていない。
貴女に緊張していますよ。なーんて思っていると、雫ちゃんはクスッと笑った。
「私朝河雫っていうの。宜しくね、西原さん」
そう言って花が咲いたように笑う。くそっ、可愛い。
あれ?そういえば。
「名前…」
名乗ったっけ?と思っていたら、雫ちゃんが胸の辺りにある自分の名札をトンと指で示す。
あ、そうか。それで。
俺は気を取り直した。
「そういえば名札をつけてましたね。改めまして、西原伊織と申します。よろしくお願いします」
顔に笑顔の仮面をへばりつけて挨拶をする。口調もスラスラと出てくる辺り、やっぱり伊織はお嬢様なんだろう。
そう返すと、雫ちゃんは「わーっ」と顔を手で覆いながら言った。
不思議に思っていると、「西原さん、すっごく綺麗な笑顔だね!お嬢様って感じ!」と言われた。
ははっよせよ、可愛いのはお前だぜ?
すると雫ちゃんが「西原さんさえ良ければ、伊織ちゃんて呼んでいい? お友達になりたいな?」と、小動物もしっぽ巻いて逃げ出すレベルの可愛い上目遣いで言ってきた。
んんんんんんたまらねえええええ!!
プレイしてた時は大して興味もなくゲーム画面を見ていたが……ほほー、そりゃあ攻略対象も好きになっちゃうね、こりゃ。
俺は撫でまわしたい衝動に駆られたが、顔はニッコリと笑って「ええ、構いません。よろしくお願いします」と返した。
それとほぼ同時に、始業式が始まるアナウンスが鳴ったので、雫ちゃんはピッと背筋を伸ばし前を向いた。後ろ姿も可愛らしいなんて変態みたいな事を考えていたが、式が始まると俺はそちらへと意識を集中させた。