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第17話 永遠の無い夜に




 黙ったまま夜空を眺めた私は、感動して開いたままの口を閉じて。本当に届きそうな星空に手を伸ばしてみた。決して届くことは無い事を理解してはいたのだが何故だかこの動作をする事が私の中ではとても楽しかった。


「ねえ。タニハラくん。」


「何だよ。」


「『星の王子さま』読んでくれた?」


「読んだよ。今は帽子だと思った物が、ゾウを飲み込んだウワバミだった所。」


「少しでも読んでくれて嬉しいわ。ありがとう。」


「何か読んでいて水本の事を思い出した。」


私はその言葉がとても嬉しかった。それは、その本の持つ意味がそう言ったものであったからだ。私はマサトにもっと話し掛け様と、マサトの方を見ると。ペタンと腰を降ろし、そのまま仰向けにゴロンとなった。


 私はそんなマサトの隣へ腰を降ろし体育座りをした。家でも床に寝転ぶだなんてやったとが無かったが、涼しくやわらかい夜風と、心地好さそうなマサトの顔が私をその場に寝転ばせた。そんな私を見てマサトは


「水本もこんな事するんだな。」


「こんな事って何よ?」


「真面目そうなのに、夜に家から出てきたり。貯水タンクの上で寝転んだりさ。」


「それは、タニハラくんが私の事を思い込んでただけでしょ。帽子だって。」


私はそんな自分が言ったが可笑しくて笑った。するとマサトはハッとした顔で


「それって『星の王子さま』じゃん。」


そう言ってきたので、私は頷くとマサトも笑い出した。仰向けに寝転んで見上げた夜空は私とマサトを包み込んで宇宙に投げ出された様にふわふわと浮かんだ。目線で追う毎に星々の間を抜けていく様に私は空を飛んだ。


このドキドキする夜の中で


マサトはボーッと空を眺めながら


「なあ、水本。俺達って大人になると色んな事を忘れていってしまうのかな?大切な事を。こんな星空の事なんかも。」


「きっと忘れるんじゃないと思う。要らない物が増え過ぎて判らなくなったり。見えなくなったりするんだと思う。散らかったオモチャ箱みたいに。」


「なんだかよく解らないけど。何となく解るよ。大人って楽しく無さそうだもんな。」


「タニハラくんはずっと子供のままな気がする。」


「馬鹿!俺だって大人になってさ。社長なんかになるんだぜ。」


「うんそう言うところが子供っぽい。」


私がマサトをからかうと、マサトは頭を掻きながら照れ臭そうに目を逸らした。私はそんなマサトの隣で星空をみながら


「タニハラくんありがとう。」


と感謝の気持ちを伝えた。マサトは私の方をキョトンとした顔で見て


「えっ?俺何かお礼言われる様な事した?」


私はこの人は何も考えずに素の自分で、私の心を開いてくれたのだと思うと。私の人生の中でマサトは掛け替えの無い様に思え、自然と笑みが溢れ落ちて。このまま自然な姿で居て欲しいと思い私は言葉を飲み込んで


「なんでもない。」


マサトにそう返して微笑んだ。マサトは素っ気ない顔をして、自分の頭の後で手を組んで枕の様にして星空を見上げた。私はその時に理科の教科書とノートを持ってきている事を思い出し


「ねえタニハラくん。私、出てくる時に理科の教科書とノートを持ってきたんだ。だからね。大人の人に見付かったら。『星の観察に私が行きたがって。タニハラくんが女の子一人じゃ危ないから付いてきてくれた。』って事にしといてね。それが一番、大人の人達を納得させられると思うの。」


「水本って色々考えてるんだな。疲れねーか?そんなに考えてて。」


そのマサトの返答に、私の中で図星である部分も有り。実際に私は人と話をする時に、こんな事を言ったら相手を傷付けてしまうかもしれない。または相手の人から傷付けられるかもしれない。そんな事を何度も繰り返し考える内に、考えが深くなっていき。私は人と話す時に体が固まり喉に言葉が詰まって声が出なくなっていた。


 その事は私の中で大きな心当りであり、気付くと同時にマサトの奔放さを羨ましく思いながら。


「昔からの癖だから馴れているけれど、たまに疲れるわ。」


「だろうねぇ。もっと気楽でいいんじゃない?他の人間は水本程は考えてないよ。」


そう言いながら、マサトは欠伸をしながら起き上がった。私はそんなマサトに遅れて上体だけを起こしてマサトの方を見て


「そうなのかなあ?でも、タニハラくんはもう少し考えてもいいんじゃない?」


とからかうと。マサトは振り返り笑いながら私を指差して


「水本から借りた本を読んで少しは考えてみるよ。」


そう笑顔で言った。私はその言葉を受けて心の中で

(この人は何て私が嬉しくなる言葉をくれるのだろう。)

そう思いながら、立ち上りマサトの方へとゆっくり一歩ずつ近寄り


「慌てなくて良いからちゃんと読んでね。そろそろ帰ろうか?」


「そうだな。そろそろ帰らないとな。」


マサトはそう言いながら私の手を握り、階段の方へとゆっくりと引っ張って行ってくれた。私は指先でマサトの手のひらを記憶に残るように確認して離れない様に強く握った。確かなのかは判らないけれどマサトが力強く握り返してくれた気がした。


 マサトと私は手を繋いだまま、ゆっくりと一段ずつ降りて行った。私にとってこの時間はとても信じられない程幸せな時間であった。


 しかし、その後。私とマサトは竹下公園のベンチで座っている所を、二人の両親や警察の人達に発見されて凄く怒られた。その後、私とマサトは家から出して貰えず。1週間程経った頃に、私が小学校へ登校すると学校にマサトの姿は無くて。それから1週間後にマサトが転校した事を知った。



人の本当の別れの時は『さようなら』何て言えない事を私は初めて知った。



 私はそれから毎日学校から帰ると、部屋の中でマサトの事を思い出すと溢れ落ちる涙の理由を探した。沢山の本を読んだり、多くの映画を観たり、色々な音楽を聞いたり。たまに、悲しい物に出会いはするが、マサトの事を思い出す時ほどの胸の苦しみは無かった。


 ただその事で悲しい事ばかりでは無かった。私はマサトとの1日のお陰で前程に人と話す事に感じなくなり。人と話すうちに、知合いや友達を作る事もできた。




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