人族の世界と魔族の世界の真ん中にて。
人族が魔族と争いを始め50年、他種族は住処をおわれ木々は枯れ果て河川は血で染まり大陸は荒れ果てた。見かねた創造主は人族と魔族が出会わないようにと大陸の中央で空間を分かち、お互いに往来が出来ないようにした。人族と魔族は他種を排斥した後、それぞれの空間内で繁栄していったのである。さて、この空間の壁が出現してからはや800年。人族と魔族の子孫たちはお互いの存在やこの壁の意味すらも忘れ、そここそが自分たちの生きる世界の果てであると思い込んでいた。
ところが、800年という長い年月を経て、創造主の施した空間魔法は崩れかかっていた。空間嵐が各地で起こり始めたのである。空間嵐とは、魔法によって強制的にねじ曲げられた空間がよりを戻そうとして空間の壁に穴が空いて様々なものを転移させてしまったり、別の小さな空間を創造してしまったりする魔法の副作用である。大陸の空間を隔てるというあまりにも大規模な創造主の魔法の副作用は大きく、木々や動物などが根こそぎ移動させられたり、それこそ何人もの人族、魔族がこの空間嵐によって強制転移させられてしまった。各々の転移者から上がった証言により、壁が魔法であったことや魔法が崩れかけていること、お互いの存在、そしてさらなる土地があることを知った人族と魔族。来るべき創造主の魔法の消滅に向けて両者は動き始める_
「魔族はこんなに進んでいるのか…。」
俺はひとり闇夜に呟いた。
俺は、まぁ所謂スパイとかいうやつだ。生贄ともよんでいいかもしれない。そんなご立派な能力を持っているわけでもないしな。貴族家に生まれ、魔法力を僅かしか持っていなかった俺は7つの時にお家を勘当され、王家の雑用に格安で売り出されたのだ。プライドの高い王家である。ほかの召使いたちで晴らせないストレスを発散するが如く俺のことをゴミのように使い潰してくれた。殴る蹴る生ゴミを食わさせられることなど日常茶飯事。王城全ての床を雑巾がけさせられたり近衛騎士の魔法練習の的にさせられたり、挙句には空間嵐で向こうから送られてくる強力な動物 たちと闘わさせられたり。景色を記録する魔法具ひとつ持たせられて空間嵐の中に放り込まれたのが3ヶ月前か。どうも我が国は土地欲しさに魔族を攻めたいらしい。向こうの様子を知りたい王家が納得する写真を撮るまで消さないという時限式即死魔法の刺青付きで俺はひとり魔族の世界を奔走したのである。いやまぁ即死魔法云々以前に敵地にひとり放り出された時点で死はほぼ確定みたいなものだったけれど。次の空間嵐が起こるまでの間を何とか生き延び、こうして空間嵐に絶賛巻き込まれ中なのであるが…
(今回の空間嵐は少し面倒くさそうだ…)
行きのときはすんなり反対側の方へと転移したのだが、今回はどうも揺り戻しが大きく別空間が発生したようだ。少なくとも数時間はこの場にとどまらざるを得ないだろう。
(疲れた…即死魔法がいつ発動しても可笑しくないのに…)
今回生み出された空間は木々が生い茂っており、何処かの森林の一部をそのまま切り取ってきたかのようだ。
(まぁ空間嵐に常識は通用しないしな…)
何度か木の根っこに足を引っ掛けながら歩いていると、小さな洞窟があった。
「あそこで休憩するか…」
今日は朝から動きすぎた。森の中で何度も動物に襲われたからだ。3時間くらいなら寝ても文句は言われまい。
(誰が見ているわけでもないけれどな…)
しかし、こうしてゆっくり寝るのも随分久しぶりのような気がする。王城では寝る=死にかけるだったし、こっちの世界ではもはや寝る=天国へ召されるだったからな。あれ、どこにいても変わんなくない?
(俺はなんのために生きているのやら…)
写真の方は自信があるし、とりあえずミッションはほぼクリアでいいだろう。刺青消してくれるかはわかんないけど。火を起こしながら俺は考えをめぐらせていたが、どうもよろしくない。思考が嫌な方へ向かうのを阻止すべく俺は洞窟の中に座り目を閉じ…
「誰だっ」
俺は立ち上がって、動物との戦闘によってもはや使いものにはならなくなった刃こぼれたらけのナイフを構えた。
「人族はこんなに進んでいるのね…」
私は魔族の王家に連なるものである。この度、国をかけた一大プロジェクトである壁の向こうに住む人族への侵攻の前段階として調査を行うこととなり、その調査人に私が抜擢されたというわけね。
(まぁあわよくば王家は私に死んで貰いたかったのかもしれないけど。)
そもそも王族がひとり敵地に送られる時点である程度の想像がつくだろう。妾腹の私を疎む者は多いのだ。まぁそんなこんな理由により、どこにいても後ろ指を指されながら私はまるで召使いのような日々を王城にて過ごしていたのである。が、今回のプロジェクトが立ち上がった際に誰が命懸けの調査に向かうか揉めているのを知った現魔族王の本妻が無理やり私を調査人として何だかよくわからないが無理やり外そうとすると爆発する首輪を私に付けたのちに空間嵐に送り込んだのだ。あれから3ヶ月か。腐っても私は王家のものである。魔法の扱いは一流である私は次の空間嵐が起こるまで姿を隠しつつ人間の世界の様子を通信魔法で送り続けたのよ。使い捨てである杖はもはや使用限界を超えて使い物にならなくなったけど。そしてやっと今朝から発生し始めた空間嵐に飛び込んだのだが。
(今回の空間嵐は面倒なようね…)
今回起こった空間嵐は穴が開くタイプではなく小さな空間が発生するタイプのようだ。これでは最低数時間は嵐の中から抜け出せないだろう。
(疲れたわ…この首輪がいつ爆発するかもしれないのに…)
首輪を付けられてから安眠出来た日など1日もない。さらに、敵地である人間の世界では一瞬たりとも気が抜けなかった。生い茂る木々(なんで今回の空間嵐はこんなにも動きづらいのよっ)に足元を取られないよう警戒しながら空間嵐の中を歩いていると、小さな洞窟を発見した。
「あそこで休憩にしようかしら…」
疲れたままで歩き続けるのも良くないだろう。魔法も使いすぎた。残り魔法力も心もとなさすぎる。かすかな眠気と久しぶりにゆっくりできる喜びを感じながら私は洞窟の中へ1歩踏み出…
「誰!?」
私はもう一度放てるかどうか怪しいほどの魔法力をかき集め、折れかけた杖を構えた。
相手の可愛らしい声が耳に届く。(これでもし男だったら俺は泣くね。)洞窟の入口に立つ杖を構えた女を見て、俺は呟く。
「同族…か?」
魔族は全身から強烈に魔法力を放出しているのだが、女からはそれが感じられなかったからだ。魔族の世界で知った方法である探知の魔法力を込めた声かけをしてみたが、どうやら杞憂だったらしい。
相手も俺の事を同族だと認識してくれたのか、こう続けてきた。
「どうしてこんな所にいるの?」
「それはお互い様だ。とにかくしばらくの間は戻れないだろ?こっち来て座りな。」
「変なこと…しないわよね?」
「は?するか、こんな時に。それともなんだ、して欲しいのか?変なこと。」
「そんなわけないじゃない。バカ。まぁいいわ、あなたの言う通り座らせてもらうわね。」
俺が起こした小さな焚き火の明かりでも相手が相当な美人であることくらいしかわからないほど洞窟の中は暗い。ぼんやりと火を眺めながら俺と女はしばらく沈黙を続けた。いや、決して相手のあまりの美人さに惚けていた訳ではないと言っておこうか。
向こうも同時に声を発したようである。静かな、しかし僅かに魔力を載せた声。探知の魔力を感じる。調査中に人族が会話に魔力を載せるなんてことしている様子は見なかったし、どうやら同族で間違いなさそうね。
「同族…か?」
向こうも私が同族であることを認識してくれたようだ。声から察するに男性ね。私はつい口に出してしまう。
「どうしてこんな所にいるの?」
「それはお互い様だ。とにかくしばらくの間は戻れないだろ?こっち来て座りな。」
た、確かに…私も他人のことを言えたものじゃなかったわ。あまり詮索するのもよろしくないわよね。しかし、洞窟という空間、異性と2人…
「変なこと…しないわよね?」
「は?するか、こんな時に。それともなんだ、して欲しいのか?変なこと。」
「そんなわけないじゃない。バカ。まぁいいわ、あなたの言う通り座らせてもらうわね。」
思ったことを口に出してしまう癖を早く治さないといけないわね。まぁ魔族の世界ではそもそも声を出せないようにするマスクをつけるから(本妻が私の声を聞きたくないんだって怒)こんな会話がちょっと楽しくあるんだけれども。
言う通りに座ると起こしてくれていた火に僅かに相手の顔が照らされる。結構な美青年ぶりに少し惚けてしまったのはここだけの話。
さて、あんまり黙っているのもちょっと気恥しいから何かお話でも…
「あんた、極大儀式魔法って知ってるか?」
俺はつい女に話しかけてしまう。魔族の貴族みたいな奴らが使っていた凄い火力の魔法だ。ホントはよろしくないのかもしれないが、知ったことを他人、特に美人に話したくなるのは男のサガというやつだろう。
「え、えぇ少しは。」
「な、知ってるのか?ま、まぁなんにしろ、あの規模といい、魔法陣の複雑さといい、術者といい、凄いよなぁ。」
え、この情報もしかして古いのか?!せっかく無理して魔族の王城の近くまで行って撮れたのが極大儀式魔法の訓練の写真だっていうのに…
「えぇ、確かに凄いわ。ミサイル程ではないだろうけれど…っ!」
「えぇ、確かに凄いわ。ミサイル程ではないだろうけれど…っ!」
私のバカっ!ミサイルなんて機密も機密な情報を漏らしちゃうなんて!まぁ恐らく相手には何のことかすらわからないだろうけど。
しかし、極大儀式魔法を知っているなんて、男性はもしかして貴族家に関わるものなのかしら。少しづつその存在が魔族民衆に広がりつつあるとはいえ名前だけで、貴族家の一部の者以外まだ殆どの者が見たことすらない魔法なのに。
「いや、まぁミサイルは凄いけど…」
「え、ちょっと待って、あなた、ミサイル知っているの?」
「ど、どうした?ま、まぁそれなりには。」
ど、どういうこと?もしかして既にミサイルで魔族を攻撃…いや、私が伝えた情報が既に広く流布されたと考えるべきかしら。あれは王家にも手に余るくらい厄介な兵器だ。私たち魔族はどんなに頑張ってもMAX3キロメートルくらいである魔法の射程圏外の物体には攻撃すら出来ないのに、あのミサイルとやらは数千キロメートルも先の標的に攻撃出来てしまうもの。さらに、ミサイルの先にくっついている核?とやらも厄介だわ。ミサイルを止めるために爆発させてしまうだけで辺り一面死の海になってしまうくらいだって盗み見た論文に書いてあったもの。きっとそうだわ。
「ど、どうした?ま、まぁそれなりには。」
俺は答えてから少し首を傾げる。確かミサイルの情報は王家の者が貴族たちと共にかなり厳重に秘匿していて民衆には名前くらいしか明かされていないはずだが…もしかして相手は貴族家のものなのか?しかし、あの一撃が大きい極大儀式魔法にミサイルは通用しないだろうし、先端に装着予定の核とやらはまだ理論だけで実物が出来ていない。王家が権力をアピールするためにそれっぽい物体をくっつけてアピールしてるけど、ありゃただ古い小麦が詰め込まれただけの鉄容器だし、大体の貴族家はそれを知ってる。まぁ変にいざこざになりたくない貴族家は黙っていて絶対に触れないけど。
うむ、話題を間違えたらしい。話しの流れもよくないし、ここはひとつ…
「なぁ、あんたが首に付けてるのなんだ?随分無骨だが…」
「ふぇ、え、こ、これは…(考え事してたわ!え、えっと、なんて答えたら…)」
「何か言いにくものか?(なんかまずかったか…?ワケありか…?くそ、女と何話せば…)」
「(誤魔化さないと…あら、何かしら男性の首に…これだわ!) いえ、これは母から頂いたもので、そ、それよりもあなたも首筋に何かみえますわ。よく見せなさいな。」
「ちょっとまて、これは…(女が近づいてくる!首のゴツイ何かが目の前に…)」
「なにを恥ずかしがっているのかしら?ただ首筋を少し…」
「|なぁ、それって…(、、 、、、、 )」
「爆弾じゃないか!」
「即死魔法刻印ですわ!」
「え、?」「え、?」
「あなた、この首輪のことご存知ですの?!」
「あんた、この刺青のこと知ってるのか?!」
気がつけば2人して大声で叫びあっていた。ミサイル次いで秘匿されているはずの爆弾を見て俺は酷く驚いていた。まぁこれの性能テストの時に必死に解体した記憶があるからこそだが。爆弾は数年前に発掘された遺跡から出土した兵器であり、約800年前に争いがあったことを示す重要な証拠であるとともに、現代でもかなり強い殺傷能力を持ちうることから即情報統制が敷かれることになった1品だ。製法は未だ未解明の筈なのだが…
何故か固まったままでいる女の顔が目に入る。その頭には綺麗な角が2本…
「あ、あんた、もしかして魔族、か…?」
「ねぇ、あ、あなた、人族、なの…?」
うっかり大声で叫んでしまった。だって即死魔法よ!約800年前の遺跡調査で出土した古代の魔法辞典の解明を頑張った私が発見した凶悪な魔法。その刻印に刻印者の魔法力を流し込むだけで命を奪うもはや強く美しくあるべき魔法への冒涜としか思えない魔法。クソババアに言いたくなくて私が存在を隠した魔法。なんでここに、その魔法刻印が!?ど、どうして???驚いて顔を上げてしまった。やっぱり男前、サラリと流された髪、角は無くて…え、魔族が誰しも持つ角がな、ない?!
「ねぇ、あ、あなた、人族、なの…?」
「あ、あんた、もしかして魔族、か…?」
しばらくの間、俺たちは見つめあっていた。いろいろとびっくりすることが重なると人は動けなくなるらしい。この、綺麗な女は魔族、首に爆弾。とりあえずナイフを手繰りよせ、女から距離をとり、
「っ、ま、待って!」
「っ、は、離せ!」
女が腕を掴んできた。
…パキッ
反動で持っていたナイフが地面に落ち、砕ける。その瞬間、俺は生を諦めた。そもそも、ナイフを掴んだのも反射的に、だ。魔族と知った時点で抵抗は出来ないとわかってたのに。
俺は女に逆らうことをやめて、ひとこと。
「はっ、どうにでもしてくれ」
「もう、どうにでもしてちょうだい」
しばらくの間、私たちは見つめあっていたらしい。びっくりしすぎると何も出来なくなることをこの身をもって体験する非常に貴重な瞬間だったわ。とりあえず、目の前のイケメンは人族、首に即死魔法刻印。右手にナイフ…
「っ、ま、待って!」
目の前の殺気に思わず右腕を掴んでしまった。
「っ、は、離せ!」
男が振り払おうとする。
…パキッ
男が動いたせいで、ポケットの杖が落ちて完全に折れる。この瞬間、私は生を諦めた。今日はもう杖なしで魔法が放てるだけの魔法力も残っていなかったからだ。もう、私に打てる手はない。
私は、男性に逆らうことをやめて、ひとこと。
「もう、どうにでもしてちょうだい」
「はっ、どうにでもしてくれ」
そこから、俺たちはぽつぼつとお互いのことを話しはじめた。抵抗する気の無くしたもの同士、似た境遇に立つもの同士としてどこか心通じる部分を感じていたのかもしれない。
自分達の世界では生きづらいこと。相手の世界の進んだ技術のこと。そして、相手の首にくっついている忌々しいブツを解決出来ること。気がつけば俺は女の爆弾を解体していて、女は俺の即死魔法を解呪していた。
「…なぁ。」
「…何よ。」
「…俺、どうやって生きて行けばいいのかわかんなくなった。」
「…私もよ。敵だと思った人に助けられて、味方だと思う奴らに殺されかけて。」
「…これからどうしようか。」
「…これからどうしましょうか。」
気がつけば、空間嵐が収まり始めていた。空の色が虹色になり始めているからである。新たな空間が創造されるタイプの空間嵐から抜け出す方法はただ一つ、自分の行きたい場所を強く願うことのみ。転移魔法の原理がそのまま応用されるみたいなのよね。空が虹色になる間だけ、この方法が使えるの。
「…ねぇ、もう時間みたい。」
「…そうだな。」
「楽しかったわ。あなたとお話するの。」
「俺も楽しかった。久しぶりにゆっくりしたさ。」
「…あなたはどうするつもり?」
「…あんたもどうするつもりさ。」
「「あぁ、あんた(あなた)と共に平和に暮らせる世界があればなぁ。」」
その後、2人の姿が互いの国、そして世界で見られることはなかった。お互いの世界のことを知れなかった人族と魔族。数年後、創造主の空間魔法が崩壊することとなる。再び始まる人族と魔族の争い。やがて、世界は滅亡へと歩みを進めて行く…
わけでもなく。突如興った国、和の国が人族と魔族双方の国家に向けて宣戦布告。争わないことを選択した人族、魔族の民のみを受け入れ、急激に国力を増して行った。これに人族、魔族の国家がそれぞれ対抗。三つ巴の勢力争いとなるも和の国の圧倒的な強さの前に人族、魔族国家は敗れ、遂に大陸平定が人族魔族共存の形で成し遂げられたという。
初代和国国王は人族の美青年。王妃は魔族の美女であったそうな。
どうも。猫とミカンです。
なんかパッと浮かんじゃったので投稿。
処女作ですがどうぞよろしく。