No.2
No.2
「どちくしょう……! 昨日買ったばかりの二十六回払いのローンが残ってるスマホだったんだぞ! 壊しやがって、俺の代わりに金払えよ!」
男泣きをするトウマ。しかしそれもしばらくして。
「あ、俺異世界に連れてこられたから、金払わなくても良いのか」
壊れたスマートフォンの代金をもう自分が払わなくても良いんだと思うと、今度は何も壊れなくてもいいんじゃないかと口に出す。
「でもあれかな? 地球の機械とかそう言うのは持ち込み駄目とかだったのかな?」
ならメールの内容に書いて欲しかったと思うトウマである。
しかし何時までも暗くなって落ち込んでいてもしょうがないと。先程ので自分自身に不思議なパワーが宿ったのであれば、それを試さなくてはと。先程まで男泣きしていたのが嘘のように収まる。
そしてその二メートルオーバーの巨体が立ち上がる。
角刈り頭に武骨ながらもどこか愛嬌のある顔立ち。
首は太く。肩はガッチリ。胸板は厚く。腕も女性の腰ほどの太さを持ち。足なども丸太か!? と言うほど太かった。
そんな背広を着ていても隠しきれないような筋肉の盛り上がりがわかるトウマ。
元プロレスラーか何かの格闘技でもやっていたかのような体つきだが、本人はいたってインドア派の人間。
運動等これと言ってやってなく。体を動かしていることと言えば、自転車で30分程の距離にある会社に自転車での通勤をするのと。子供の頃ら今尚毎日続けてやっている。天地武神流の体幹トレーニングと呼吸法のみである。
それだけでこのマッスルぶり。本当は隠れてRI〇APでもやっているんじゃないのかと同僚に疑われた日々であるが。休日ともなれば気ままな独り暮らしな故、溜まった家事を済ませたあとは。これまた溜まったアニメや漫画を読みふける怠惰な生活を送って、ぐうたらしていたくらいである。
「ちゃんと機能してくれよーーーオプション!」
心配しながらも取得したが使い方もわからないものな、取り合えずスキルの名前を言ってみる。
言葉にして、駄目か、と思った瞬間。目の前に半透明のウィンドウが現れた。
そこには先程のスマートフォンに転写されていた。トウマのステータスが記載されていた。
「よし! 当たった! ええっと、機能機能~♪」
スマートフォンの時のように出来るかと調べるも。半透明のウィンドウに指先が通り抜けていく。
これはどうすれば良いんだ? と思い悩むが、画面を操作したいと思うと、自分の思うように画面が動いた。
「ちょっと慣れは必要だけど、考えるだけで動くのは便利だな」
スマートフォンの時と同じように名前から順に何か変化するかを試していく。
「名前ダメ。自由民もダメ。種族、性別、年齢もダメか、まあ性別が俺の体で代わったら気色悪いだけだな」
一瞬自分の女体化姿を想像しそうになったが、慌てて頭から消し去った。
そして職業欄のところで変化があった。
「おっ職業は変更できるのか。ええっと、無職……。要らねえよ!」
職業欄のところに新たに何か増えていると言うことはなかった。
そのまま何もなかったかのような職業欄は飛ばし。次にユニークスキルへと移る。
画面に変化は現れるものの、空欄以外は存在してなかった。
「何で空欄だけなんだ? まあいいや。次のエクストラスキル欄だ。こっちには大分期待してるぞ」
カーソルをオプションのところに合わせた。すると更に画面が開き。先程のその他の項目が出てきた。ただし言語系以外のものだけであったが。
「戦技。魔技。教技。特技が無くなってるな。それでも在るだけマシかぁ……」
無くなった項目が残っていれば、また違ったことが出来ただろうと思うも、この項目だけでもかなりのチート能力がある筈だと己を納得させる。
そんなオプションの機能の方はきちんと使えるのかと試そうとするが、全ての文字が灰色に薄く消えていた。
これは『GP』が『100』以上無いからであろうと思った。
「どうやって貯めるのかが、今後の課題だな」
そして次のエクスチェンジにカーソルを合わせると。
「『交換する『晶石』を選択してください』? 晶石ってなんだ? 何と交換するんだ?」
説明文が無いため、どの様なものが晶石なのか分からない。その為、エクスチェンジは現状保留となった。
「ふふふっふー。次はお待ちかね。ファンタジー世界ではなくてはならない。鑑定さんの番です。では鑑定さんよろしくお願いします! 鑑定!」
鑑定を使用する。すると目の前に新たなウィンドウが現れ。
『鑑定物の指定をしてください』
の文字が現れた。
トウマはそりゃあそうかと、どれを鑑定するかも考えずに使った自分に恥。改めてそこらに転がっていた石を鑑定してみることにした。
【石】
出てきたのはこれだけである。
「……ええっと、そりゃあ石だからだよな。うん。なんか納得できないけど、そうだよな」
今度は別のもので試してみる。
【草】
【木】
『鑑定物の指定をしてください』
『鑑定物の指定をしてください』
草。木。地面。空を鑑定したら以上の様に出てきた。
「……つかえねぇ。鑑定さん、つかえねぇよ……」
せめて物の名前とかくらいは分からないものかと、愚痴る。
「人もこうなのか? 鑑定……」
自分自身を鑑定してみると名前。種族。性別。年齢。職業の表示のみが出てきた。
「完全にハズレだなこれは……」
外すかと鑑定を取り外すようにするも、先程の時とは違い。固定になっているのか、外すことも出来なかった。
「一度決定したら外すことも出来ないのかよ!?」
完全にクソだと、罵る。
しかし最早どうにもならない以上は諦めるしかないと、次に移る。
「あとはアブラクト言語と治癒の才能。それと体術の才能か。これらはパッシブ系な気がするんだが、どう試せばいいんだ?」
カーソルを合わせてみるもののなんの変化もなかった。
【???】ところも空欄が現れるだけでなんの変化もない。最もこちらはオプションで、何か取得しないと駄目だろうと言う事ぐらいは理解できたが。
全ての確認が終わると、なんか自分が思っていたものと違うなぁと、思い悩む。
しかし思い悩んでも何かが変わるわけではないと、己の精神を落ち着かせるために、気分転換変わりに、幼き頃より続けている気功術。天地武神流の呼吸法をする。
するとその時、不思議なことが起こった。
独特の呼吸法を始めたトウマ。
空気を吸い。その空気を腹に納めるようにした時、腹の下。丹田にポッと火が灯ったような熱を持ち始めたのである。
「ーーーなんだッ!?」
初めて起きた違和感に驚き。途中でやめてしまうと、その熱も急速に冷めていく。
しかしトウマの脳裏には、今の現象が何であるかが、朧気ながら理解できた。
「……まかさ『気』、なのか……」
『竜の勾玉』の主人公が初めて『気』を扱い始めた時の感覚が描かれている場面がある。それは丁度今のような出来事であった。
そう思ったらトウマの頭には、そのアニメの主題歌が大音量で流れ始めた。
チャララ。チャチャチャチャ。チャラチャララ~♪ ズバァーーーーーチャン!!!
「すうぅぅぅ…………ーーー天地武神流ーーー」
頭の中で流れる主題歌と共に再び一呼吸。
然れど今度の一呼吸は驚いても止めることなく。呼吸を続ける。
再び丹田の辺りに熱を持ち始める。物理的な熱ではなく。感覚的なようにも思える熱。
その熱がぐんぐんと高まっていき。暴れるように燃え高まる。
トウマは右足を大きく後ろへ下げ。腰を中腰にし。両手を上下に構えた。
「ーーー気功闘法術ーーー」
『竜の勾玉』の主人公。その主人公が使う技の代名詞とさえ言われる必殺の技の構え。
子供の頃幾度となく構えた姿勢。
何百何千と『気』が扱えるんじゃないかと試してきた。
だからこそ、その構えに不足はない。寧ろ堂の入った構えである。
「ーーー竜ーーー」
いまこの体の内で暴れるモノが『気』なのかどうかはトウマには分からない。
しかしこれが『気』であるとトウマは確信していた。
扱い方などは真の意味で理解していない。
だがそれがどうした。
何万何億と『気』を扱うためのイメージトレーニングはしてきた。
であるならば、あとはこの流れに身を任すだけだと。トウマは上下に構えた両手を右腰の辺りに持っていき、己の体で無軌道に暴れていた『気』を掌握して掌へと誘導していく。
「ーーー吼ーーー」
『気』は掌へと集まり。
さらに高密度になり。不可思議なエネルギーであったものが、物理的な力を持つエネルギーと、その姿を形を変えた。
『気』がトウマの掌から弾き出ようと暴れまわる。
トウマはその暴れまわる『気』に不適な笑みを浮かべる。
これだ! これこそが『気』の力だ! と。
「波っーーーーーー!!!!」
掌に溜めた『気』を一気に押し出すように両手を前方へと出す。
竜の顎の様に模された両手から物理的な力を持った『気」が、トウマの掌から解放され。飛び出していく。
光り輝くレザー砲のように撃ち出された『気』は、先程トウマが鑑定を試した。人の胴ほどの太さのある木の幹にぶち当たる。
ーーーDOKAAAAAAAAAAッッッ!!!
木は折れるのではないかと言うくらいにミシッミシッと大きく揺らぎ。繁っていた葉が吹き荒れる様に枚散る。
『気』を撃ち出したトウマ。呆然としながらも自らの掌を見つめ。
「……くっ………くはは、はっはっはっはっはっーーー!!」
握り拳を作り。今の力に改めて確信した笑い出す。
そして作った拳を天へと掲げ。
「やったぞおおおお! 俺ついに! 『気』を、『気』を扱えるようになったぞおおおおおお!!」
天に向かって吼えるトウマ。
その目からは感無量と言うように涙が溢れていた。
☆★☆★☆
真っ白な空間。上下左右どこもかしこも真っ白な場所に、ぽつんと青々とした芝生がある場所があった。
その場所に意匠を凝らしたテーブルとイスが置かれ。そのイスに一人の女性が座っていた。
テーブルの上にはティーセットとノートパソコンが置かれ。その女性はノートパソコンを操作している。
その女性は太陽光のように美しく輝く長い髪を持ち。
その光を受け反射する月の様に黄金色の瞳がノートパソコンの画面を眺める。
自然豊かな大地を思わせるような双丘が緩やかに、そしてリズミカルに上下する。
それの肢体を覆い隠すは純白のドレス。
そのドレスから流れる水流のように優雅に伸びる指先がティーカップを持ち。真っ赤な花びらの様な唇がそのカップに口をつけ喉を潤す。
そしてーーー。
「ーーーふぅ」
口から漏れ出す吐息さえ、命芽吹く春の風を思わせた。
そんな女神かくもやな女性は、もう一方の手でノートパソコンのキーボードを奏でるように叩く。
流れる画面上の情報を見ながら、ひとつの結果が終わったことを知らせるアラーム音が鳴ると。
「……どうやら全員、自分の望みを形にしたみたいね。ふふ、深読みし過ぎた子もいるみたい。逆になにも考えないで選んだ子もいるみたいね。でもそれも貴方達が望んで選んだ形」
優雅に座るこの女性こそ、トウマ達を自らの管理する世界に呼び込んだ張本人。『管理人』その人である。
百名以上の名前とバストアップの映像が写されている画像に切り替え、それをスクロールさせていく。
勿論その中にはトウマの姿もあった。
「この中から誰かが一人でも世界の発展に繋がるものをーーー」
期待するようにスクロールさせていた女性のノートパソコンから緊急の電子音が鳴り響く。
「あら? もうなにか新しいものを作り出した子がーーーぶッふぅぅうううううう!!??」
操作しながら再びティーカップを口にする。
そして反応があった人物のデータを呼び出すと。それは奇しくもトウマが『気』を扱い。ビーム砲の様に撃ち出していた瞬間であった。
その映像を見た瞬間に女性は口に含んだ液体が孤を描き空を飛ぶ。そんな姿も美しかった。
そして飛沫のあとは綺麗な虹が現れたのであった。
「げほっ! げほっ!」と、噎せながら女性は何があったのかを調べる。
「な、何をしてるのこの子!? 何でレベル1の状態で、何の触媒も無しに、人体のエネルギーだけで、物質化するほどのエネルギー量が作り出されるの!?」
両手を使い。どうしてああなったのかを急ぎ調べる。
「ウソッ!? ユニークスキル!? 何でもう発現してるの!?」
トウマの経歴を改めて調べ直す。
そこには『虚仮の一念は岩をも通す』。いやこの場合は『バカの一念は岩をも通す』であろうか。その方が漢としては名誉に思う事であろう。
そんな男の願いが形となった結果を知ると。
「……しかも『C+』……達人級じゃない。信じられない。向こうの世界じゃ普通絵空事なんてものは途中で諦めるものなのに、この子は惰性もあるけど。それでもなお真剣にやり通し続けた。だからこそ願いの形へと発現した……」
ため息を吐く女性。そこには感心と呆れが混ざっていた。
「想いや願いが昇華した時、ユニークスキルに成ることはあるけど…。まさかそれがこうも早く現れる子が要るなんて。……いいわ。貴方のそのスキルを、私の世界に取り入れましょう」
女性はノートパソコンのキーボードを操作する。
「名前は、そうね。ユニークスキルから登録するには、まだ流派としては認知は無いし。気功術? だったかしら? それにしておきましょうか」
すると画面上に『承認』のマークが現れる。
こうしてこの名も無き世界に新たに【気功術士】と言う職業と、【気功術】と言うスキルが誕生したのであった。
「やっぱり人を呼ぶと考え方が違うから、こちらが思っても見なかったものを作り出してくれるわね」
画面上に『我が生涯に一片の悔いはない』と、言うように天に拳を突き上げているトウマを見る。その様子に苦笑する女性。
「この世界で貴方達の生が終わった時、貴方達は元の世界に戻される。それがあの人達との約束……。
帰る時も一時の夢と同じ。時間も世界から消えた次の瞬間に戻される。そしてーーー」
この世界で叶えた夢さえ、元の世界に戻れば忘れてしまう。
そんな言葉を飲み込むようにカップを手にして、一息つく。
「まだまだ改良も見直さなくちゃいけないこの世界。私一人では隅々まで行き届かない。その手助けになってくるのを期待しているわ」
そして気持ちを切り替え。カップを置き。改めて画面を見る。そして首をかしげる女性。
「それにしてもいつも思うのだけれども。なぜ彼らは始めはあんなに怒っているのかしら? あの人に説得文を頼んだけれど、やっぱり自分の文じゃないと礼儀に欠けると言うことなのかしら?」
彼らに送られた文章が、まさか頭のおかしな文章とは知らない女性。
「そう言えば向こうの人で、『アイツ』だけには頼むなって言っていた気がするけど、『アイツ』って誰のことだったのかしら? 私が頼んだ人じゃないわよね?」
『知らぬが仏』と言うことにしておこう。
でなければあんな頭のおかしな文章を自分が書いていると思われてると知った日には、彼女の精神は崩壊することに為るだろうから。
「ああ、そうだもうひとつ。ーーーねえ、そこの貴方」
願わくはそんな日が来ない、え? ああ、はい。何でしょう? と言うか、私に声を掛けないでもらいたいのですが……。
「そんなことは良いじゃない。あの人に聞いたのだけれども。私の出番がもう無いって本当?」
え? はい。そうですね。今後の予定はありません。
「なんでよ!? 私この世界の『管理人』よ! 重要なポジションじゃないの!?」
ええ、ですから出さないようにするんですが。
貴女は所謂デウスマキナ的存在。ご都合主義は嫌いではないですが、『ここぞ』と言う時以外に貴女が出てくるのはちょっと……。
「それだと私最後まで出てこない可能性もあるじゃない!? 何のために私出てきたのよ!?」
え? 何って、今回の説明?
「ちょっ!? あの人が言っていたように、『あの作者はなにも考えないで物語を構築から、下手するとおまえの出番もただの思い付きだから気を付けろ』って言っていたのは本当だったの!?」
それを誰が言ったのかは、あえて問いませんが、ええ、間違いではないですね。
と、言うわけで、貴女の出番はここで終了です。お疲れさまでした。
そうしてこの真っ白な世界は照明を落としたように暗闇の世界へと変わっていく、筈であったのだが。芝生の世界。つまり女性がいる場所だけは、スポットライトが当たっているかのように、光が留まっていた。
……あの、出番終わったんですけど。
「ま、まだこっちの話が、終わって、ないのよ!」
女性は両手を広げ。暗闇を押し出すようにしている。しかしそれも徐々に押し狭まっていく。
「何でも良いくぁらあ! 私をもう一度出しなすわああいぃいいいぃぃぃ……! ああぁ…! ダメ! 閉じちゃう! 閉じちゃうううう!」
暗闇は女性一人分の範囲にまで狭まっていった。
わかりました。わかりました。そんなに必死にならなくても機会があればそうします。
「ホント!? 言質とったわよ! 嘘ついたら承知しないからね!」
ええ、機会があれば……。
「やったー! あっそうだ! こんな時はこう言いなさいって向こうの人が言ってたんだわ! ええっと、たしか……」
じゃあ、そろそろ〆ますよ。
かくして地球より呼び出されたカンザキトウマと百数名の者達。
彼らはこの名も無き世界で、己の奥底に眠っていた願いをスキルへと変えた。
しかしそれはいまだ形になっただけのモノである。
彼らはスキルに奢れること無く。夢に向かい邁進をしていくのか?
はたまた己がスキルに溺れ。純粋さは腐り。いつしか己の世界に帰っていくのか?
そんな彼らの行く末は誰も知り得ない(作者も知らない)のであった。
「思い出したわ! 『あいるびーばっく!』よ!」
彼らの歩む道に乞うご期待!
ダダン! ダンダダン!!