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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

荒野にて、針金と熊

作者: etunama


 この物語の登場人物は全て死ぬ。さらに、残酷な行為、性的な行動なども含まれる。もしあなたがそのようなものを心底嫌悪しているのならば、私は読むことを勧めない。なぜならこれから私が記述することは、どのように捉えたとしてもそれらを含むからだ。


 しかし、勘違いしてもらいたくはない。私の警告はあくまで極端に血と暴力が苦手な者たちへ宛てたものだ。下劣で悪趣味な者達の期待に応えられるほどのものではない。事実として、そのような場面が存在するという話である。


 念のための但し書きといったところだ。少々神経質に過ぎたのかもしれない。私自身、読者となるあなたを侮るつもりなど微塵もないということも書き記しておく。


 さて、幾分か長かった前書きも以上である。上記を了承された諸君のみ、先へ進まれたし。






 よろしいか。

 では、諸君。私の話に、少々付き合ってもらおう。






 ここは荒野、弱肉強食の荒野。

 吹き荒ぶ風が砂を舞わせ、照りつける日が命を枯らせる。しかし逞しく生きる者もいる。わずかではあるが茂る草木、それを食む大鹿エルク、そしてそれを狙う狩人。

 強さのみが法の荒れた大地である。

 その荒野の貧村にて、事は起こっていた。


 村を横断する道を挟むように、赤茶色の家が立ち並んでいる。日差しは燦々と降り注ぎ、風が吹けば土埃が舞い、玉枯草ダンブルウィードが転がった。この荒野において、よくある光景である。

 ただ、しかし、異常はあった。真昼にしては、あまりに人の気配がない。耳をつく物音は空気とゴミが動く音だけである。

 異常ではあるが、またこれも荒野ではよくあることだ。順番に家を覗いてみよう。


 ひとつ、血塗れの床に転がる中年男性。頭部は砕けた頭蓋を露出させていた。

 ふたつ、目玉を潰された少年。肘は関節が外れ逆向きに折れ曲がっていた。

 みっつ、首に青痣を残す全裸の中年女性。股間からは酒瓶が生えていた。


 いわゆる強盗の襲撃である。大半の村人は逃げ出したようだが、間に合わなかった者もいるようだ。

 さて、よっつ。ここでようやく生きている者を確認できた。


「シケた村だな」

「ああ、まったく、女も酒もろくなもんがねえ」


 部屋の中央にある小さな卓を囲むのは、ふたりの男。どうしようもない悪党であった。

 右の椅子に座る者は、細身の筋肉質。落ち窪んだ目と硬そうな頭髪が印象的だ。特に頭髪、それはまるでぐしゃぐしゃにした針金を連想させる。

 針金は、短かくなった紙巻煙草を投げ捨てた。


「ドブみたいな酒に、枯れ草みたいな煙草。だが、ま、あるだけマシか」


 そして杯を手に取り、中身を一気に呷った。


「女、女、女だよ。もっとわけえ女だ。年増犯したってちっともすっきりしやしねえ」


 と、声の大きい巨漢。針金の対面の席に、どっかりと腰を下ろしている。

 この男は熊を連想させた。腕や足は丸太のように太く、襟ぐりからは黒い胸毛が覗き見える。頭髪は短いものの、もみあげから顎までひと繋ぎの髭は、見事なものであった。


「散々やっといて、よくいうよ。股、裂けてたんじゃないのか」

「いい感じに濡れてよかったぜ」


 熊は下品に笑った。先程行なったであろう行為を思い出すかのようだ。

 針金は煙草に火をつけた。そして煙草をくわえたまま、腰の回転式拳銃リボルバーを取り出し、弾倉を回す。特に意味のない手癖のようである。


「よく素人抱く気になるな。土臭さでなえちまうよ」

「お前の潔癖さにはほとほと呆れちまう。その女臭さがいいんじゃねえか」


 熊は酒瓶を掴み、直接口に含んだ。中身が勢いよく減っていき、いよいよ空となる。

 投げつけられた空瓶は、鋭い音を立てて砕け散った。


「そういえば、そんな潔癖のお前がめずらしく、抱いたよな」

「ん、ああ。先月のか」

「あれは、いい女だった。すべすべもちもちの肌によ、やっこい胸、一突きするたびに髪振り回してよ、へ、へへ」

「悪くなかった。旦那の反応も含めて、はん、なかなか笑えた」

「ぼこぼこになった旦那の目の前で、犯されてんだ。そりゃ泣いて叫ぶよな。あんまりにもうるせえから何度も殴っちまって、きれいな顔が腫れてよ」

「しまいにゃ、ふん」

「あんあんよがって腰ふりやがった」


 熊が卓をばしばしと叩く。あまりの勢いに、卓は倒れ、煙草や酒瓶が床に落ちた。


「笑いすぎだ、馬鹿。酒が割れちまったじゃねえか」

「ひ、ひへ、悪い。いやしかし旦那がかわいそうだぜ。ほんと女ってのは根っからの淫売だな。へへ。首絞められながらも、俺の一物を離しやがらねえ。あんまりにもよかったもんだから、首にも力が入る入る。そんでそのままひっでえ顔でくたばりやがった」


 終わらぬ話に針金は眉をひそめる。腹を抱えて笑う熊に勢いのある蹴りを放った。


「いてえ、やめろ」

「てめえはしつこいんだ、馬鹿」

「け、うるせえ」


 熊はしぶしぶと卓を戻した。


「しばらくしたら次行くぞ。金もたいしてなかった、これじゃ町にいっても遊べやしない」

「商売女が恋しくなったんだろ、へへ」


 針金は熊に向けて煙草を吐き出した。しっかりと先端に火が点っているそれは、熊の頬にぶつかった。頬の熱さに身体をびくりと跳ね上げる熊。


「あ、お前、くそ」

「ん、おい、俺の銃がねえぞ」


 熊を無視して針金がぽつり。自前の拳銃がなくなっていることに気がついたようだ。

 先程卓が倒れた時に、弾け飛んでしまったらしい。


「謝れよくそ、おい」

「探せよ馬鹿」


 何度も舌打ちをする熊は、しかしそれでも針金のいうとおり、銃を探し始めた。

 ふたりの悪党が、屈んでいる。ひとりは拳銃がない。




 いよいよ決定的な瞬間がやってきた。


 私は静かに拳銃を引き抜き、照準を合わせ、撃鉄を起こした。

 引き金を引く。装弾数六の回転式拳銃は、撃鉄を倒し、雷管を叩き、火花を散らして爆発。弾丸は螺旋溝のある銃身を通って回転を得て、窓ガラスを砕きながらもそのまま進み、熊の背中に潜り込んだ。


 悲鳴と同時に二発目。倒れた熊の背中へ。


「てめ」


 三発目。振り返り立ち上がった針金の額に命中。

 私は窓から部屋に侵入した。

 針金は完全に沈黙している。熊は、くぐもった呻き声を漏らしていた。


「あ、ああ、お前、旦那か。へへ」


 四発目。熊の太股を貫く。


「あの女、よかったぜ。ガキみたいに、なん十発も出しちまった。ま、でもおあいこだな、お前のかわいい奥さんも、さんざよがってたからよ。旦那の粗チンじゃ満足できなくて、へ、欲求不満だったんだな。死ぬ前に天国にいけたってわけだ」


 五発目。胸を突き刺す。


「後ろからついてもよ、前から覆い被さってもよ、あん、あん、つってよ、足なんかすっかり開いて、爪先を天井に向けて、おい、知ってるか、お前のかわいい奥さんは、イクとき爪先をぎゅっと閉じるんだ。よっぽど俺のがよかったん」


 熊の顔面を蹴飛ばした。何度も、何度も、際限なく、足の感覚がなくなるまで。熊の白い前歯は血に塗れて弾け飛び、顔面はぱんぱんに膨れ上がって、ようやく言葉はなくなった。


 果たした。私は義務を果たした。

 妻の名誉が奪われた。ならばそれは取り返さねばならぬ。


 恐ろしい出来事だった。腸を抉られることさえ生温く感じられるほどの、悪夢。


 ふたりは何度も妻を恥かしめた。泣き叫ぶ声、笑い声、啜り泣く声、笑い声、嬌声、失笑。

 犯され、踏み躙られ、心を壊されてなお、命まで。残されたのは私ただひとり。


 なぜだろう、怨敵を討ったというのに、なにも感じられない。君を失った悲しみも、奪われた怒りも、果たした喜びも、なにも。

 ああ、そうか。心を壊したのは君だけではなく。

 ひとつ、息を吐き出して、拳銃を握り直す。

 すぐ、そっちに行くよ。


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