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7 勇気の力

7 勇気の力


「動きづらくはないですか?」

「剣を帯びるのは初めてなので慣れませんけど……動きづらくは、ないです。多分大丈夫」

 フィーナから受け取った剣を吊るためのベルトを装着し、グルグルと歩き回る。

 身体の左側に不自然な重りを付けられたような感覚があるが、ストレスを感じるほど気になる! ってワケでもない。

 ケンジは剣の感触を確かめながら、ニコリと笑う。

 自分専用の剣がこれほど嬉しいものなのか、と思った。まるでクリスマスや誕生日に欲しかったおもちゃをプレゼントされた子供のような気持ちだ。

「ではケンジさん、道中お気をつけて」

「大丈夫ですよ。一度、湖の場所は確認してるわけですし」

 心配そうな様子のフィーナに対して、ケンジは軽く返す。

 ケンジは最初、あの湖のほとりに召喚されたのだ。大体の位置は覚えているし、先ほど地図でも確認した。道のりを間違える事は多分ないだろう。

 それよりも注意するべきは、あの時、不意に現れた魔物である。

 四足獣のような獣が案内の少女を襲っていた。あの魔物が現れるとなると、少しは警戒しなければならない。あの時は不意打ちで倒せたが、正面から戦って勝てるとも限らない。

 剣を振るった事のないケンジは、パッと武器を渡されてもその扱いには不安が残る。いくらブレイヴによって剣術を植えつけられたとしても、経験がない事はかなり心配の種である。

「本当なら案内をつけて差し上げたいのですけど、私は別の仕事がありますし、父も手が放せませんし……妹がいればその役を言いつけたのに」

「妹さん、そう言えば未だにお目にかかれてませんね」

 フィーナには一人、妹がいるのだと昨日話していた。しかし今日になって庁舎に行っても妹の姿は見当たらない。

「妹さんはフィーナさんのように庁舎で働いているのではないんですか?」

「ええ、フラッと現れて手伝いをしてくれることはありますが、仕事として庁舎に出入りしているわけではありません。そもそも私とは少し歳が離れていますので、あまり仕事を頼めるような感じでは……」

「歳が離れてる……まだ幼いんですか?」

「いえ、そうですね……ケンジさんくらいの年恰好です」

 と言うことは中学生くらいと言うことか。

 昔の日本では十五歳くらいで元服、つまりは成人と見なされていた事を考えると、中学生は割りと大人であるとも考えられる。

 時代柄、この世界でも元服のような制度があってもおかしくはない。

 となると妹さんとやらは、十三、十四ぐらいの年頃であろうか。

 フィーナが二十歳くらいの年頃に見えるので、恐らくは彼女を一回り小さくした少女なのであろうか。

「フィーナさんの妹って言うと、さぞお綺麗なんでしょうね」

「ふふ、お世辞を言っても何も出ませんよ」

 ケンジの軽口は、軽々と避けられてしまった。


****


 レデニアの南に広がる森。

 木々の隙間から降ってくる陽光が柔らかく、土と葉の匂いが濃い。

「元の世界じゃ、あんまりこう言うところには来られなかったな」

 デコボコする道を歩きながら、ケンジは剣が鞘すべりしないように押さえつつ、南を目指す。

 元の世界では都会暮らしだったケンジ。たまに学校の遠足などで大きな公園等に出かけることはあったが、それでもここほど自然が豊かな場所ではなかった。

 足元の石を蹴飛ばすと、その影でうごめいていた虫たちが慌てて隠れだし、木を叩くと枝の上でガサリと何かが動いたような音がする。

 耳を澄まさずとも鳥の鳴き声と木の葉が擦れ合う音が聞こえ、深呼吸をしたなら清い空気が肺に満たされる。

「美味しい空気ってのはこう言うのを言うんだろうな」

 新鮮な感覚を幾つも確かめつつ、ケンジは森の中をひたすら歩く。


 昼をすぎた頃になり、ようやく湖へとたどり着いた。

 大きな湖は青々とした水を湛え、風に水面を揺らしては小さく波音を聞かせてくる。

 このままここで寝転がればすぐに昼寝をする事が出来そうだな、なんて考えながらケンジは口を開く。

「おーい、エストさま! いますかぁ!?」

 ケンジの言葉が湖に、森にと染み渡り、ややしばらくすると水面が不思議に輝き始める。

 少し盛り上がった水面から姿を現したのは、美しい女神、エストであった。

『そろそろいらっしゃる頃だと思っていました』

「エストさまに聞きたい事があります。瘴気を抑える方法を知っているなら、それを教えて欲しいんですけど」

 単刀直入な問いに、エストはただ静かに頷く。

『まずは、これを』

 そう言って取り出したのはひし形の石、ブレイヴであった。

『このブレイヴにはあなたの体術の強化、そして特殊な技術が封印されています』

「特殊な技術……?」

『口で説明するよりも、実際に体得してもらった方が早いかと』

 そう言われ、ケンジはエストからブレイヴを受け取る。

 少し恐ろしさは感じたが、すぐにその石を割る。すると、目の前がパチパチと火花が散るほどに閃光が走り、一瞬、眩暈がするほどに衝撃を受ける。

「うっ……ぐ!」

 頭を鈍器で殴られたかのような感覚。酷い頭痛が襲い掛かってきて、ケンジはまともに立っていられず、地面に膝をついた。

 ややしばらくして、その頭痛や衝撃、眩暈なども収まり、ケンジは荒い息を整える。

「はぁ、はぁ……な、なんだったんだ、今のは」

『少し早いかと思いましたが、あなたの脳のキャパシティギリギリのブレイヴをお渡ししました。これで、強いブレイヴを無理矢理使用する危険性が体感できたかと思います』

「な、なるほど……」

 それを説明したかったのなら、事前に何か言ってくれれば覚悟や心の準備も出来たのに、と心中で呟く。

 だが、強いブレイヴの危険性は文字通り痛いくらいに理解が出来た。

「これで、ボクの体術は向上したんですか?」

『ええ、無意識的に身体の動かし方を学び、そして経験として身体が覚えているでしょう。それを身体に馴染ませるために、一つ一つ確認しながら反復練習をすると、なおさら効果が望めます』

 ただブレイヴを使用しただけであれば、それは計算ドリルの解答を見て丸写ししたのと同じだ。答えや解き方はわかっても、応用が利かない。

 それを実際に技術として自分の力にするためには相応の努力が必要なのだろう。

 町に帰ったらこれまでのブレイヴの項目を一つ一つ確かめてみよう、と思ったのだった。

「それで、話を戻しますけど、瘴気を抑える方法について、何か心当たりはありませんか?」

『今、あなたに渡したブレイヴには体術の他にももう一つ、特殊な技術があると言いましたね。それこそ、瘴気を抑える術となりうる技術、名をトーメントと言います』

「トーメント……?」

 その言葉が不思議とケンジの身体に染み渡る。

 どこかで聞き覚えがあるかのような感覚。すでにその技術の何たるかすら詳細に知っているかのような……いや、事実、それを知っている。

「これは……ブレイヴを作り出す技術!?」

『その通り。ブレイヴを作り出す技術であるトーメントは、私の女神としての能力、つまり神技の一端。それを使えるようになったと言うことは、あなたはまた英雄に一歩近付いたと言うことです』

「神技……ッ!」

 その言葉の響きに、なにか心の奥の純粋な部分を刺激される。

 人はそれを中二病と呼んだりもする。

 感動に打ち震えるケンジを他所に、エストは説明を続ける。

『トーメントはブレイヴを作り出す事も出来ますが、本質はそうではありません。それは『刻む』能力です』

「刻むとどうなるんですか?」

『あなたの世界にも特殊な文字と言うモノがあるでしょう。それは綴るだけで不思議な力を発し、声に出して読む事で強力な力となる。確か、ルーンと言いましたか」

 それは神話にも語られる言葉、ルーン。

 一文字一文字に魔法の力が宿っており、それを刻む事でその中に眠る力を発揮する事も出来ると言われる。

「じゃあ、このトーメントの力でルーンを刻めば、瘴気を抑えられる、と?」

『この世界でルーン文字に造詣の深い人間はおりません。それは神であっても同様です。もちろん私もルーンについては良く知りません』

「ボクもその存在については知ってても、内容についてはあまり……」

『そこで、ここでは私たちの神の言語を用いて、その言葉を刻む事でその土地を祝福し、神の力によって瘴気の侵入を防ぐ事とします』

「神の文字……ッ!」

 また中二心がうずく。

『瘴気を抑えるための神字は先ほどのブレイヴに含めました。これであなたは、神字を刻む事である程度の範囲の瘴気を抑える事が出来るでしょう』

「……それは、制限なく刻めるんですか?」

『よく気がつきましたね』

 試すような笑顔で、エストが笑う。

『神字を刻む時に必要なのは大量のマナです。マナは空気中に多く存在していますが、神字を刻むトーメントを使用した場合、周囲のマナを大量に消費します』

「じゃあ、マナが少ない場所では使えない……? でも、瘴気の多い場所ってマナの量はどうなってるんだ……?」

『瘴気とマナは相反する存在。どちらかが多い場所にもう片方が多く存在する事はできません。当然、瘴気の溢れている場所にマナは少ないのです』

「じゃあ、いったいどうしたら? 瘴気を抑えるためにマナが必要なのに、そのマナを得るために瘴気をどうにかしなきゃいけない。これじゃあどうしようもないじゃないですか」

『そこで役に立つのが、この湖の水です』

 エストは足元でたゆたう水を指差す。

『この水は私の力を存分に吸い込んだ祝福された水。この水を持てばある程度の瘴気を退ける事が出来ます』

「じゃあ、それだけ持っていけば良いんじゃ?」

 水をバケツにでもくみ上げ、それを持って瘴気の中に突っ込めば、それだけで瘴気問題は解決するのではなかろうか?

 と思ったのだが、エストは静かに首を振る。やはりそんな簡単な問題ではないようだ。

『この水に宿る女神の力は有限。マナの中では効力を保ち続けますが、瘴気に触れればそこから急激に神の力を消費し始め、トーメントによる長期間の祝福に比べれば瞬く間にその効果を失います。そうですね……効果の持続は数十分から一時間ほどだとお考えください』

「そんなに短いのか……」

 ケンジがレデニアから湖にやってくるのに、二時間ちょっとかかっている。

 もしこの一帯が瘴気に包まれていたならば、この距離を歩くだけでも、路程の半分程度でその水は神聖な力を失ってしまうらしい。

「じゃあ、水を瘴気の中に持ち込んでから、最大で一時間程度の範囲にコツコツと神字を刻んでいくしかないんですね」

『神字による祝福では、かなり広範囲に渡って瘴気の侵入を防ぐ事が可能です。一度トーメントを使用したなら、そこから行動範囲はかなり広がるでしょう』

 なるほど、やはり基本は神字を刻む事をメインに考えなければいけないようだ。

 まとめると、湖の水を持って瘴気の中に突入し、一時間ほどの距離の場所に神字を刻む。これを繰り返してアグリム・ドゥガルの洞窟までの道を確保し、そして竜を討ち取る。

「……ん? 待てよ? 例えば、町の中に神字を刻んで、そこからジワジワと短い距離に神字を刻んでいけば、瘴気に触れる事もなくアグリム・ドゥガルの洞窟まで行けるのでは?」

『……神字同士は影響しあいます。近所に神字が存在している場合、互いに効果が影響し合い、効力の減退、あるいは消滅……最悪の場合であれば反転等もありえます。あまり賢い選択とは言えませんね』

「なるほど……ズルは出来ないって事か」

『それと、最初にも言った通り、トーメントはブレイヴを作り出す技術である事もお忘れなく。これを使えば、あなたは私の力を借りずとも、永遠にその力を増強させる事が出来ます』

「そうだ! ブレイヴ! それはどうやって使えば良いんですか?」

『神字を刻むのと一緒です。大量のマナがある場所で、あなたの得たい技術や知識を持った人間に対しトーメントを使用しなさい。そうすればその能力に反応したマナが凝縮され、お渡ししたようなひし形の石の形を取ります』

「あの石はマナの結晶だったのか……」

 普通にその辺に転がっている石だとは思っていなかったが、まさかマナの結晶なんていう、名前だけ聞けば結構なレアアイテムっぽい代物だとは思ってもみなかった。何せ、見かけは変わった形をした石なのだ。そんなすごいものだとは誰も思うまい。

『重ねて注意しますが、強力な能力を有したブレイヴは、あなたの脳を蝕む可能性があります。得ようとする技術がどの程度のモノなのか、それをよく吟味するよう、ご注意ください』

「は、はい。わかっりました」

 釘を刺すように言われ、ケンジは先ほどの頭痛を思い出す。

 あの痛みや気持ち悪さを味わうのは、二度とごめんだ。


****


 ケンジがまた来た道を戻る。

 その手にはエストから渡された小ビンがあった。

「こんな量で一時間も持つのか……」

 中に入っているのは湖の水。日の光を浴びてキラキラと輝いてはいるが、見掛けは普通の水である。しかも、小ビンが小さいが故に一口分くらいの量しかない。

 これで一時間も瘴気を避けられるのだとしたら、バケツ一杯分くらい持っていけばかなりの時間、瘴気を抑えられるのではないかと思ってしまう。

 そんなことを考えながら、ようやく森の切れ目までやってきた。

「さて、もうすぐレデニアに帰れる……ん?」

 平原の向こうにそびえている防壁。あれに見えるはレデニアの町。

 だが、以前にこの場所から見た時と様子が違う。

「なんだ、あれ……!?」

 町の上空に紫色の煙が漂っているように見えた。

 あれは、見覚えがある。

 鐘楼の上から町の北側を窺った時に、ケンジはそれを見ていた。

「まさか、瘴気が町を!?」

 そう、あの紫色の煙は瘴気。

 町のすぐ手前まで侵蝕していた瘴気が、一気に町を飲み込もうとしていたのだ。

 それに気付いた瞬間、ケンジは弾かれたように地面を蹴った。

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