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6 鉄の相棒

6 鉄の相棒


 翌日。

 慣れない匂い、慣れない感触の中、ケンジが目を覚ます。

「はぁ……やっぱり、夢じゃない」

 あまり長い時間眠る事は出来なかった。とは言っても既に窓の外には太陽が昇りきっている。

 そもそも興奮からか不安からか、昨日の夜もあまり寝付けなかったのだ。

 眠ってしまえば、異世界へやってきたのも夢と消えてしまうかも知れない。そう思うと易々と眠る事すら躊躇われたのだ。

 その上、寝慣れないベッドに、なんだか変な匂いのする布団。そんな状況で悶々と過ごす夜は、しかし思ったより早く過ぎていった。

 いつの間にか外で一番鶏が鳴くような時間になり、その頃になってようやく、ケンジが寝付く事が出来た。

 短い時間の睡眠でボーっとした頭を掻きつつ、ケンジは寝室を出る。

 居間にはテーブルに書き置きがあり、暖炉には鍋が引っかかっている。

「……読めない」

 書き置きは文字が全く読めない。

 エストから貰ったブレイヴでは文字の読み書きは教えてくれないようであった。いっぺんに詰め込むには、まだ脳のキャパシティが足りないと言うことなのだろう。新しいブレイヴを貰うか、もしくは一から新しい言語を習得する羽目になるだろうか。

 そんなことを考えつつ鍋の中を見てみると、そこにスープが入っているのが確認できた。

「多分、フィーナさんが作ってくれたんだろうな」

 スープを一口飲み、昨日の夕食を思い出す。

 夕食もフィーナが作ってくれた。その味付けに似ている気がする。

 そうでなくとも、こんな親切に朝食を作ってくれる人物に関して思い当たる節が少なすぎる。

 これでフィーナでなかったとしたら、知らない人間が勝手に家の中に入り、そのまま朝食を作り、ご丁寧に書き置きを残して出て行った事になる。ある意味怪談話だ。

「朝ごはんを食べたら庁舎に行ってみよう。今日の行動についても相談したいし」

 戸棚から器を取り出し、スープを注いでテーブルにつきつつ、一人で食べる朝食について一抹の寂しさを覚えた。


 朝食を食べ終え、外に出ると既に太陽は高い位置まで上っていた。

「随分ゆっくりしすぎたみたいだな……」

 居住区の水場には井戸端会議をしている婦人が幾人か見える。その数が少ないのも、町の人口が少なくなっている証拠と言うことだろうか。

 ケンジは家のある丘を下り、居住区を抜け、商業区までやってくる。

 昨日は見かけなかったが、今日は幾つか店も開いているようであった。

 生活に必要なものを売っている店が必要最低限のみ開店しているようであるが、それでも昨日の閑散とした様子よりは賑わいがある。

 野菜を取り扱っている店を見ると、店頭にはそれほど時間の経っていないような野菜が見受けられた。

 種類も大根やにんじんに似た根菜、ジャガイモのような芋っぽいものなど、さらにはキャベツのような葉野菜も幾つか並んでいる。

 これも見た目どおりの味をしており、元の世界と同じような外見と栄養を備えているようであった。

 実際、フィーナや店の主と会話してみても、その会話の中では大根、にんじん、ジャガイモと聞こえている。この言語はどうやらケンジの頭の中で自動的に翻訳されているようで、これもブレイヴによる恩恵なのだろう。便利と言えば便利だ。この世界固有の名詞で会話されてもケンジにはちんぷんかんぷんだ。

 そんな野菜たちを見たり、干し肉や獣脂などを取り扱っている狩人の店などを見ながら大通りを歩いていると、横にそれる道から見覚えのある人影が現れた。

「フィーナさん!」

「あら、ケンジさん。おはようございます」

 そこを通っていたのはフィーナ。その手には布に巻かれた荷物を持っているようであった。

「お使いか何かですか?」

「ええまぁ。ケンジさんは庁舎へ?」

「そのつもりです。今日の行動について相談をしようかと」

「では、一緒に向かいましょう。私もこれから庁舎に行く予定でしたので」

「そうですね。……その荷物、持ちましょうか?」

「ふふ、ありがとうございます」

 布に包まれた荷物を受け取ると、それは思いの外重たく、ズシッと腕に重量が感じられる。

「これ、なんなんですか? 思ったより重たいですけど」

「それはあとのお楽しみです。中を見ちゃダメですよ?」

 イタズラっぽく微笑むフィーナは、今までお姉さんっぽく振舞っていたフィーナらしくはなかったが、それはとても魅力的な笑顔であった。

「……ケンジさん? どうしました、顔赤いですよ?」

「い、いえ、何も……」

 女子に対して免疫のないケンジにとっては致命傷にも近い会心の笑顔であった。


 庁舎にやってくるとグラナル町長がお茶を用意して待っていてくれた。

「おおフィーナ、そしてケンジさんも。一緒だったんですな」

「こんにちわ、町長さん」

「ただいま戻りました」

 応接間にて三人分のお茶がテーブルに置かれ、三人が揃って椅子に座る。

 その前に、フィーナが持っていた荷物をグラナルに手渡した。

「これが依頼していた物か。タイミングが合ってよかった」

「それはなんなんですか?」

 ケンジが尋ねるとグラナルはニコニコ笑いながらその布を取る。

 そこに現れたのは、ケンジがゲームや漫画などでしか見た事のない代物であった。

「こ、これは……剣!」

「ええ、いつか来るストライダー様のために用意していたものです」

「って事は……」

「この剣はあなたの物です」

 グラナルにそう言われ、ケンジはその鞘に収まった剣に手を伸ばす。

 先ほど、この庁舎に来るまでその手に持っていた重みが、また別のプレッシャーを伴ってのしかかってくる。

 ズシリと重たい鉄の塊。

 ゲームや漫画では軽々と振るっていたように見えた剣だが、考えてみれば当然、鉄の塊である。これが軽いわけがない。

「ぬ、抜いてみてもよろしいですか?」

「どうぞ、ご自由に」

 グラナルに許可を取り、ケンジはフィーナにも視線を送る。

 フィーナは黙って頷き、その行動を促してくれる。

 ケンジはゴクリ、と唾を飲み込み、柄に手を触れた。

 ごわごわとした布の感触、そして布を通して伝わってくる鉄の冷たさ。

 その感触を確かめつつ、ケンジは剣を、抜く。

 鈍い、鉄の刀身がその姿を現す。

 フィクションで聞いたような『シャラン』と言う抜刀音はなかったものの、確かに鋭そうな刃が窓から入ってくる陽光を照り返す。

 その妖しい輝きに、ケンジは少し見惚れた。

 これが、剣。

 何の変哲もない、鉄の剣である。

 だが、だからこそと言うべきか、何の飾り気もないシンプルな出で立ちが逆に武器である事を雄弁に語りかけてくるようで、その魅力を十二分に引き出しているようにも見える。

 自然と、ため息が漏れた。

「どうですかな、ケンジさん」

「なんか……すごいですね。ボクの世界ではあまりお目にかかれなかったもので、緊張してしまいます」

「レデニアでも随一の研ぎ士によって砥がれた逸品です。切れ味は保障しますよ」

「新品なんですね……」

 何か伝説や曰くつきの剣と言う方が気持ちが盛り上がりはしたが、しかしそう都合よく伝説の剣が転がっているわけもない。ここはこのシンプルな剣で我慢しておこう。

 というより、最早この簡素な姿に心酔してしまっていた。これ以上の物はないのではないかというくらいに。

 ケンジはその剣を鞘に収め、長くため息をつく。

「ありがとうございます、町長さん。ボクは必ず、この町を助けてみせます」

「頼みます」

 決意を改めて口にしたケンジ。それに対してグラナルも恭しく頭を下げた。


「さて、これからの行動方針についてでしたな」

 剣の話も終わった所で、グラナルが切り出す。

 壁際にあった棚からグラナルが持ってきたのは一枚の紙。

 大きな紙のロールをテーブルの上に広げると、そこに描かれていたのは付近の地図であった。

「周辺の地図です。ここがレデニア、そしてここがアグリム・ドゥガルのいる山脈です」

「で、南の森とエストがいた湖か。他にも幾つか印がありますね」

「ええ、レデニアの付近にある農村と、東西に通っている街道、そして北には元々はレデニアの管轄地域だった場所が記されております」

「元々は北の山付近まで勢力があったんですね……」

 地図を見る限り、山の麓付近にまで印がついている。これが元々のレデニアの領地なのだとしたら、かなり広範囲を支配していた事になる。

 レデニア自体も堅固な防壁や町の広さなどを考えてみても、かなり発展した町だったのが窺えるし、山の麓あたりまで勢力を広げていたのも頷けるか。

 また、南側にも多くの農村や森の付近には狩人の小屋などもあり、南北に領地が広がっていたのがわかる。

「これからの大まかな方針としては北の山から下りてくる瘴気を押し返さねばなりません。瘴気を抑えなければ、アグリム・ドゥガルの洞窟に入るまでに、瘴気の毒でやられてしまうでしょう」

 瘴気は人体にとって毒。すぐさま体調を崩すほどではないが、長い間、その中にい続けると間違いなく体調を崩し、最悪の場合は死に至る。

「レデニアから山にあるアグリム・ドゥガルの洞窟までは急いでも二日はかかるでしょう。それほど瘴気の中で過ごせば、瘴気の毒に身体を蝕まれ、さらには魔物の脅威にまで晒されます。そんな消耗した状態ではアグリム・ドゥガルを倒す事は出来ないでしょう」

「なるほど、では瘴気を抑える方法ってなんなんですか?」

「それが……」

 色々と饒舌に説明してくれたグラナルであったが、ここにきて少し表情を曇らせる。

「我々には瘴気を抑える方法がわからんのです」

「えっ!? そ、それじゃあどうするんですか!?」

 この世界の人間でもないケンジにその方法はわからない。グラナルやフィーナにもわからないとなると、どうしようもなくなる。

「何か古文書的なモノとかないんですか?」

「情報源には心当たりがあります。湖の精霊様です」

「あ、そうか。そういえば昨日、そんな話をしましたね」

 エストは湖の精霊とも呼ばれている女神的存在。彼女ならば瘴気を抑えるための良い案を出してくれるかもしれない。

 そうでなくとも、昨日からマナを摂取し続けて脳のキャパシティも増えたはずだ。ブレイヴを貰う事が出来れば、ケンジ自身の能力アップも見込める。

「じゃあ、エストのところに行ってみます。きっと良い報せを持ってきます」

「頼みます。全て任せてしまって申し訳ない気持ちもありますが……」

「いいえ、これがボクの仕事なんでしょう。気にしないでください」

 本当に申し訳なさそうにするグラナルに、ケンジは笑顔で返した。

TIPS


レデニアと貿易

 レデニアは近隣の町などと貿易を行っている。

 レデニアが主に輸入しているのは食品などが多いが、その中には遥か南の海を越えた場所が原産のものまで含まれている。

 これは現在の貿易路がかなり広いことを意味している。

 即ち国家間では海を越えたものも普通に取り扱っているし、大陸の遥か東側との交易も行っているとかなんとか。

 現在、レデニアなどで見られる遥か南が原産の野菜などは、近所で品種改良され、栽培されているものである。

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