5 異世界でサッカー!?
5 異世界でサッカー!?
フィーナが商業区へと戻っていった後、ケンジは家の中をぐるっと見て回った。
居間の他に部屋は二つ。寝室のようであったが、ベッドは埃を被っていたので、少し掃除をしていたのだ。
そのあと、流しの近くに落ちていた手桶を拾って、家の外へと出る。
「夕日が綺麗だ……」
西の空を見ると、日が沈むところであった。
どこの世界でも沈む夕日は綺麗なものだ。
ケンジは目を細めながら、居住区を見下ろす。
小高くなった丘からは居住区もある程度見渡せた。
眺めていると、居住区のほぼ中心あたりに水場を見つける。
「なんだか視力も良くなった気がする。これもマナのお陰って事か」
現世の人間の身体能力を大幅に向上させるらしいマナ。それはケンジの視力にも影響を及ぼしていた。
いつもよりも良く見える。元の世界にいた頃はパソコンやスマホなどで目を酷使し、視力もかなり落ちていたのだが、ここに来てからそれを忘れるほどに目が見えるようになっていた。
遠くの景色もはっきりと見える。
「遊牧民族ってこんな感じなのかな。……ん?」
居住区を眺めていると、通りに見覚えのある姿を確認する。
森の中で出会った、あの少女だ。
「アイツ、ここらに住んでるのか」
ここはレデニアの居住区。あの少女もレデニアの住人であるならこの居住区に住んでいても全く問題はない。
だが、また近付くと変にトゲのある言葉を浴びせられそうだ。出来ればヤツの行動範囲を把握しておいた方が良いかもしれない。
そう思って、ケンジは少女の様子を探る事にした。
「フィーナさんもまだ戻らないだろうし、ちょっとぐらいは良いだろう」
そんな風に自分にいい訳をしつつ、丘を駆け下りていった。
先ほど少女を見かけた辺りまでやってくる。
ここまで来るのに若干迷ってしまったので、当然のように少女の姿はなく、どこへ行ったのかも見当がつかない。
「くそぅ、見失ったか……。まぁでも、見つけたところで行動範囲を確認するなんて無理っぽかったけどさ」
目論見の甘さに自省しながらため息をつく。
考えてみれば少女の行動範囲を探るなんて、ストーカーまがいの行動である。
実行に移らなくて正解だった、と考えれば助かっただろうか。
「わー! そっちに行ったぞー!」
「ん……?」
建物の壁に反響して、どこからか子供の声が聞こえてきた。
かなり幼い声に聞こえたが、よくよく耳を澄ませると数人の声である。
ケンジは暇潰しがてら、そちらの様子を見に行ってみる事にした。
狭い路地を幾つか抜けていくと、急に視界が開ける。
今までそこらじゅうに建物が立ち並び、路地を形成していたはずなのに、そこだけはポッカリと何かの広場のようにスペースが確保されていたのだ。
加えて石畳がスッパリと途切れ、土の地面となっている。
その広場に踏み入った瞬間、ケンジはふと懐かしい感覚を思い出す。
それは彼が幼少の時に遊んでいた近所の公園の記憶。
「そうか……ここはレデニアの町の公園なのか」
遊具こそないものの、子供たちが走り回るのには十分な広さである。ボールの一つでもあれば充分遊べるであろう。
そこでは子供たちが木の枠だけで組まれたボールを蹴って遊んでいた。恐らく、この世界でのサッカー……と言うか玉蹴り遊びなのだろう。
「変わったボールを使ってるな……ゴムを加工する技術はないって事か」
とは言っても竹らしき木材をあの形に加工し、蹴り飛ばしても分解されない程度の強度を保つというのも、それなりの技術が必要そうである。
子供たちはそのボールを蹴っては団子になってそれを追いかけ、また蹴り飛ばしては追いかけている。
元の世界で様々な娯楽を覚えているケンジにとって、その遊びの何が楽しいのかはわからないが、きっと箸が転げるのも面白い年頃、と言うことなのだろう。
「アンタ、なにやってんの?」
子供たちのはしゃいでる様子をほっこりしながら眺めていると、急に後ろから声をかけられる。
「なっ!?」
「邪魔だからどいて」
振り返ると、そこには件の少女がいた。
彼女はケンジを押しのけて公園へと入っていく。
手には大きな四角い籠を二つほど重ねて持っていたが、あれで何をするのだろうか。
「まさか、子供を攫うつもりじゃ!?」
「聞こえてるわよ、クソ野郎」
思い切り睨みつけられてしまった。冗談のつもりだったが、酷く神経を逆撫でてしまったようだ。
まぁ、だからと言ってケンジのほうに彼女に対して呵責を覚える良心などないが。
そんなケンジを無視して、少女は公園の両端に籠を置く。
「さぁみんな、道具が揃ったわよ!」
「お姉ちゃん、これでどうするのー?」
「まず、みんなは二手のグループに分かれるわ。丁度あのボンクラを含めて十人よ。五人ずつで分かれましょう」
「は!?」
急に話に巻き込まれたケンジ。
話の流れすら追いかけていなかったので、全く内容がつかめない。
「な、何の話!?」
「アンタも知ってるでしょ、サッカー」
「サッカー!? 君、サッカー知ってんの!?」
「知ってるわよ。んな事ぁ良いから、さっさとポジションにつきなさい。アンタと私はキーパーよ」
勝手にポジションまで決められてしまった。
だが、彼女がサッカーを知っているのは甚だ意外だ。
サッカーとは元の世界で流行っていた球技であるが、まさか異世界にまで波及しているとは思ってもみなかったのである。
「いや、そんなわけないよな!? どうしてサッカーを知ってるんだ!? どうやって知った!?」
「うるさいって言ってるでしょ! ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと位置につく!」
グイグイと背中を押され、強引に籠の前に立たされる。
きっとこの籠がゴールなのだろうが、籠は籠。大き目とは言ってもケンジが前に立つと半分近く隠れてしまう。
「わかってると思うけど、適当にわざとゴールさせなさいよね。ガチで守ったらタダじゃおかないからね」
などと少女からも小声で釘を刺されてしまった。
「な、何でボクがこんな事を……」
「さぁ、じゃあみんな、始めましょうか!」
「「「はーい」」」
ケンジのぼやきを黙殺しながら少女はさっさと話を進めてしまう。
子供たちの中にボールが投げ込まれ、サッカーとも呼べないようなサッカーが始まるのだった。
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「子供のバイタリティ……恐るべし……」
元々インドア派であったケンジ。幾らマナによる強化が始まっているとは言え、まだまだスタミナには問題があるようである。
子供たちにもみくちゃにされながらサッカーもどきの遊びをしていると終盤にはヘバってしまって、最後には座り込んで立ち上がるのも億劫になってしまうほどであった。
「だらしないわね、アンタ、ホントにストライダー?」
対して、未だに足腰カクシャクとしている少女は、帰っていった子供たちを見送り終わり、冷たい視線をケンジに向けてきた。
子供たちにはあれほど暖かい対応をしていたのに、ケンジに対する塩対応は一体どういう事なのだろうか……。
「いや、まぁもうどうでも良くなったけどさ」
「何の話よ?」
「独り言だよ」
少し呼吸も落ち着いてきたところで、ケンジは立ち上がって手桶を手に取る。
最早上空では濃紺の占める割合の方が多くなり、夜が近付いてきているのがわかる。このままサボっているとフィーナが待ちぼうけを食らってしまうだろう。
「急にサッカーをやらされるハメになるとは思わなかった……」
「あ、そうそう。アンタ、何でここにいるの?」
「……サッカーに巻き込む前にそれを尋ねるべきだったんじゃないのか?」
「うるさいわね……その手桶を見る感じ、水汲みってところかしらね?」
「そうだよ。すぐに終わるはずだったのに、どうしてこうなった……」
「って言っても、水場はこっちじゃないわよ? アンタ、もしかして方向音痴?」
「違うっ!」
「じゃあなんでこんな所にいるのよ」
そう問われてしまうと、口ごもるしかない。
少女を追いかけてここまで来ました、なんて後ろめたい事など口が裂けても言えようものか。特に、この少女を相手にするとどれほど口汚く罵られるかわかったものではない。
押し黙っているケンジの相手をするのも勿体無い、と思ったのか、少女は籠を片付けながらケンジに背を向けた。
「まぁ、あまり興味もないもの。別に答えなくたって良いけどさ」
「そりゃどうも……」
「でもま、付き合ってくれてありがと。またお願いしようかしらね」
急にお礼を言われ、ケンジが面を食らっている間に少女は路地へと消えてしまった。
その後姿を眺めながら、ケンジは呆ける。
「子供たちに対してはあんな顔出来るのに、どうしてボクには……」
遊んでいる間の少女の笑顔を思い出しながら、ポツリと呟いた。