35 伝説の剣
35 伝説の剣
地下水脈と併走している通路の先にあった階段をなお下る。
その階段の行き着く先は、また開けた部屋。
だが、それは先ほどの模様が描かれていた部屋とは様相を一変していた。
「うわ、明らかに危険そう」
マリナが一歩退く。
部屋の入り口の両脇にはレリーフが一対彫られてあり、それは邪悪な顔をした魔物を象っていた。
さらに、そのレリーフの間には文字も彫られてある。
「なんて書いてあるんだ?」
「ここから先は立ち入り禁止、ですって。お宝の匂いがしてきたわよ」
なるほど、ここからが本番と言うわけか。
思い返してみれば、確かにこれまでの道のりはレデニアの運営には深く関わっている部分ではあっても、どこか設備点検のルートと言う趣があった。
水場や動力に異常があれば、上にあった部屋か通路のどちらかを見れば原因がわかるようになっていた。
だが、これ以降は今までとは違うのだろう。
「急に魔力の流れがきつくなったし、敵意に近い感情も感じるわね」
「それでも先に進むの?」
「当たり前でしょ。ここまで来たのは地下水脈を見学するためじゃないのよ!」
「ですよね……」
ケンジの背中をぐいぐいと押してくるマリナ。
どうやら自分から先へ行くつもりはないらしいので、仕方なくケンジが前を歩く。
そして、ケンジが入り口に足を踏み入れた時であった。
『立ち去れ』
「うぉ!?」
二人のものでない声が、どこからともなく聞こえてくる。
『ここから先は我らが英雄と比肩する者しか通ることは出来ない。その力のない者は立ち去るがよい』
「な、なんてベタな……」
この手の決まり文句と言って良いほどの、良く聞くセリフが届いてくる。
しかし、そんな忠告を受けても後ろからぐいぐいと押してくる圧力は変わらない。
「ちょっとマリナさん? 背中を押すの止めてくれます?」
「後ろがつっかえてるのよ! さっさと行きなさい!」
「だったらマリナが前に行けよ!」
「アンタ、女の子を盾にするつもり!? サイテーね!」
「こんな時だけ女の子って立場を利用するんじゃないよ!」
マリナの言い分は横暴ではあったが、しかしケンジとしてもマリナを先に行かせるつもりはない。
ここは諦めて自分が先行するべきか。
覚悟を決めて、ケンジがもう一歩踏み出す。
「待って!」
「うぉ!」
同時にマリナが制止をかける。
ケンジが慌てて足を止めると、彼にも『それ』が感じられた。
「魔力の流れ……いや、魔術が発動したのか!?」
「ええ、でもすぐにどうこうなるってワケじゃなさそうね」
マリナがケンジの脇から部屋の中を覗き込む。
部屋の大きさは最初に見た模様の部屋と同じぐらいだろうか。
ここにも壁には模様が描かれており、魔力の流れは感じられる。
だが、上の部屋とは模様が違う。
「魔力を供給する模様、ってワケじゃないわね」
「じゃあ、一体何なのさ?」
「私にわかるわけないでしょ。専門外だもの。……って、ケンジ、あれ!」
何かを見つけたマリナが暗闇を指差す。
そこに光るものを、確かにケンジも見た。
「なんだ……!? 動きが早い!」
「注意して、ケンジ。魔力の流れが多すぎる!」
ケンジも気を張り詰める。
魔力の流れはなんとなくでしか感じ取れないが、しかし何者かの敵意はびしびしと感じられる。
帯びていた剣に手を伸ばし、周りに気を配る。
「天を渡る光の鳥よ……ッ!」
マリナも明かりを大量に呼び出し、それを部屋の中へと放り込む。
幾つもの明かりが部屋中に散らばり、その様子が見えるようになった。
「な、なんなの、これ!」
「まさか、こんな……」
部屋の中にいたのは大量の獣。
四足の狼のような獣が、ざっと見ても十五匹はいようか。
それらがせわしなく動き回り、こちらの様子を窺っている。
「歓迎しているわけではないよね……」
「バカなこと言ってると、すぐにエサになるわよ!」
「わかってるよ!」
ケンジも剣を抜き放ち、臨戦態勢を取る。
それを見て獣は牙を見せて低く唸った。どうやらあちらも襲い掛かってくる気満々のようだ。
「気をつけて、ケンジ。周りの床一面に魔術の罠が大量に張り巡らされてる」
「魔術の罠!? なにそれ、聞いてない!」
「巧妙に隠されてるもの。アンタじゃ到底見破れないわ」
「ど、どうするのさ。まともに足がつけないんじゃ、突破も出来ないよ!?」
「……それは、私がどうにかしてみる」
「どうにか、って……」
「術式を見破れば、解除することは可能よ。それまでは、何とか耐えて」
「……無理を言ってくれるよ」
目の前には大量の敵。そして背後には魔術解除に一生懸命のマリナ。
彼女を守りつつ、大量の敵に対処しなければならないというのは、かなりのハードワークだ。
「でも、やるしかないんだろうね!」
「期待してるわよ、ストライダー様!」
二人の準備が整うや否や、獣たちが殺到してくる。
入り口を背にしているケンジとマリナにとっては、この布陣は好都合であった。
マリナはまだほとんど部屋の中へ入ってはおらず、入り口を突破されなければ、マリナに獣が襲い掛かることはない。
ならば、ケンジの仕事は出来るだけこの場を動かずに、獣を返り討ちにすることである。
「実戦はしばらくぶりだけど、訓練なら積んできたんだ……ッ!」
気を張り詰め、獣の動きを注視する。
獣たちの動きは緩慢ではあるが、隙は見られない。
敵はケンジたちを品定めするかのごとくゆっくりと左右へ広く展開し、こちらを包囲するつもりだろう。
数的には敵の方が有利。壁が邪魔で完全包囲は出来ないだろうが、それでも広く展開して数を生かす戦法を取るのは道理である。
敵が広く展開した場合、ケンジはそれだけ広い範囲を警戒しなければならなくなる。そこに死角は出来やすくなるだろう。獣もそれを理解しているのだ。
しかし、それでも気後れしてはいられない。
「どこからでも来いよ! 全員斬り伏せてやる!」
ケンジの啖呵を聞いて、獣が一匹、勇敢にも走りこんできた。
今までの緩慢な動きからは想像できないほどの鋭さ。四足を使って地面を蹴ることで生み出されるスピードは、到底人間には出せないものだ。
しかも、床を滑るように走る姿勢の低さは、ケンジの経験したことのない状況である。
今まで戦った魔物はもう少し背が高かったし、訓練相手であった人間も、大概ケンジよりも背丈は高かった。
自分より背の低い相手と戦うのは、経験不足である。
「くっ……」
剣を構えなおし、獣の攻撃に備える。
足の踏み場がわからない以上、この場から動くのは危険である。
そんな状態で足元を狙われるのはとてもつらい。
機先を制して、相手の行動を止めなければ。
「おりゃ!」
剣先を獣の鼻先に突きつける。
こうしていれば、突進は防げるはずだ。
そう思っていたのだが、それは既に敵の術中であったようだ。
獣は強く床を蹴り飛ばし、ケンジを飛び越えるほどの跳躍を見せる。
そうして爪を剥き出しにし、空中から襲い掛かってきたのだ。
「このぉ!!」
だが、それに甘んじるわけにもいかない。
ケンジは剣を振り回し、獣の前足を払いのける。
前足ぐらい斬り飛ばすつもりだったのだが、どうやら存外、毛皮が固いようである。
空中で軌道を変えられた獣は、そのまま着地し、ケンジから距離を取るようにして離れた。
見事な引き際である。こちらに深く突っ込んでこない。
数的有利を維持しつつ、危険を冒さない。巧妙な手段だ。
「くそ、厄介だな」
少しでも隙があれば数を減らしてやろうと思ったのに、これでは思うようには行かないだろう。
だが、ふと思い当たる。
「マリナ、今、獣が着地した場所に罠はないの!?」
「いいえ、多分、あいつらだけ罠に引っかからないようになってるのよ! アンタの周りは大体罠ばっかりだから、出来るだけ動かないで!」
「くそ、そりゃそうか……」
こんなところで群れている獣がまともな生物であるとは考えにくい。
恐らくこの部屋全体に渦巻いている巨大な魔力の流れを起源とした、魔術生物的なヤツだろう。もしくは召喚魔法的なヤツか。
そんなヤツらに特殊能力の一つや二つ、あってもおかしくはない。罠に引っかからなくても不平は言っていられない。
そんな問答の最中にもう一匹、ケンジへと突進してくる獣が。
「こっちだけ不利な状況ってのは、こんなにやりにくいのか……ッ!」
獣の攻撃に対応するため、ケンジは大きく身をひねる。
剣は獣を捉え、床に叩き落すことには成功したが、バランスは多少崩れてしまった。
(足の踏み場を考えないと……ッ!)
マリナが言うには、周りは大体罠だという。
魔力の流れを大雑把にしか把握できないケンジにとっては、隠れた罠を見破ることなど出来はしない。
そのため、出来ることといえば半歩ほど足の位置をずらすぐらいだ。
姿勢を保つためには、これぐらいは許して欲しい。だが、罠にはこちらの事情など関係あるまい。
この半歩ずらした先に罠がないとも限らない。そこはケンジにとって賭けでしかなかった。
今、罠が発動しなかったのは単なる偶然である。
「ふぅ……ッ!」
息を抜くと同時に、殺気を感じ取る。
背後から一つ、足音も聞こえた。
完璧な死角から獣が走りこんできているのだ。
だが、対応できないわけではない。
「おらぁッ!」
振り向きざまに剣を振りぬく。
水平に走った剣閃は、マリナの魔術が作り出した光を受けて、美しい三日月を描いた。
しかもそれはストライダーの身体能力によって繰り出された斬撃。その鋭さたるや、常人のそれとは比較にならない。
飛び掛ってきた獣畜生などには、回避することなど到底無理であった。
斬撃は見事獣に命中し、敵を壁へ叩き付けた。獣は苦しげな声を一声上げて、床に沈む。
だが、それで攻め手は止まない。
またも別方向から獣が駆け込んでくる。しかも同時に二匹。
「マリナ!」
「まだもうちょっと待って!」
これ以上は対応できない。
多方向からの同時攻撃は、どうしても足の踏み場を変えなければ、いくらストライダーとは言え、腕が何本も生えているわけではないのだ。魔術もまともに扱えないケンジでは、この同時攻撃への対処は、ほぼ不可能であった。
「……そうだ、魔術!」
そう思った時、ケンジは持ち物に一つ、使えそうなものがあるのを思い出す。
「地の底におわす炎の主よッ!」
ケンジがそれを取り出すと同時、魔術の決まり文句を一つ叫ぶ。
「我に輝く火の粉を授けたまえ!」
ケンジが取り出したのはたいまつ。
魔術で発生させた火花は、たいまつの先についていた油をしみこませた布に着火し、勢い良く燃え上がる。
煌々と照るたいまつは、更なる明かりとして使うのではない。獣への牽制に使うのだ。
獣は火を嫌う。そうでなくとも、両手に武器になりえるものを持てば、ある程度対応出来る範囲も変わってくる。
多方向からの攻撃でも、対応しやすいはずだ。
それは結果的に功を奏する。
獣は急に現れた炎にたじろぎ、迫ってきていたうちの一匹は足を止めた。
「よし……ッ!」
だが、それで安心もしていられない。
もう一匹は炎を気にせずにこちらへ突進してきている。
だが一匹だけなら、最早ケンジの敵ではない。
「そこッ!」
気合と共に一閃。
炎にひるまず飛び掛ってきたもう一匹は、ケンジの振るった剣によって両断された。
その死体にビビッたのか、それとも炎にたじろいだのか。
獣たちの攻め手がぴたりと止まる。
「は、はは。ビビッたかよ、チクショウめ」
窮地を脱し、ケンジは息を抜く。
たいまつを高く掲げるだけで牽制になるのだから、これほど楽なことはない。
そしてそんな丁度良いタイミングで、背後からマリナの呟きが聞こえる。
「読めた……」
「どうした!?」
「術式が大体読めたわ。……でも、おかしい」
「何が!?」
「対応する精霊が異界の門番ばかり……それに新手を召喚すると言うよりはこちらに影響を与える内容ばかりだわ」
「かいつまんで言うと、どういうことさ!?」
「罠を踏めば、また地下水脈に流されるって事。それ以外に影響はないわ」
「……結構重いペナルティじゃないか」
また風邪の症状に苛まれる事を思うと、どうしてもその罠は踏みたくない気持ちになってしまう。
「解除は?」
「楽勝よ」
マリナが指を鳴らすと、すぐに魔術罠が解除される。
ケンジでもわかるほど、魔力の流れが滞った。
「今よ、ケンジ!」
「おうよ!」
マリナの合図と同時、ケンジは強く床を蹴る。
獣と同じほど鋭く、速く。
目の前に展開している獣の、手近な一匹に対して剣を向ける。
超速の踏み込みで獣との間合いを詰め、一閃にて斬り伏せた。
「こうなったらこっちのもんだ!」
どこの床を踏んでも罠が発動する気配はない。
自由に移動できることが、どれほどありがたいことか、今思い知った。
自由のありがたみをかみ締めつつ剣が二度閃く。
一撃で一匹ずつ、獣は物言わぬ肉塊と化した。
その動きは既に超人の域。ストライダーと言う名前に申し分ない動きだ。
さらに、部屋の中に声が響く。
「東におわす風の竜よ、我に風の加護を授けたまえ!」
マリナが魔術を行使するための決まり文句。
部屋の中の空気まで吸い込むかのように、入り口で小さな風が逆巻いている。
どうやら風の魔術が得意らしい彼女が操るのは、不可視の空気の刃。
「薙ぎ払えッ!」
風の刃は獣たちを横薙ぎに振り抜かれ、軽々と一蹴してしまった。
切り払われた獣たちを見て、ケンジは剣を収める。
「これ、ボクが何かする必要なかったな?」
「いやいや、役に立ってくれましたよ、ストライダー様?」
茶化すように笑うマリナに、ケンジは口を尖らせた。
****
「おかしいのは、あの罠の回りくどさよ」
部屋の奥にまた現れた下り階段を下っている間に、マリナが零す。
「罠を張るなら、踏んだ瞬間に火柱が吹き上がる、みたいなわかりやすいものだと思うじゃない? でも、単に転送するだけなのよ」
「転送って、それはそれで高等魔術だって聞いたけど」
小石を一つだったとしても物を一瞬で移動させる魔術は、かなり高度なものだ。
それはマリナにだって使うことが出来ない術式である。
それが人間大のものを一瞬で、しかも地下水脈のある場所まで移動させるとなると、とんでもなく高等魔術である。
そんな難しい魔術を罠として張るよりは、もっと簡単に侵入者を殺す魔術の方がコストも遥かに軽い。部屋中に敷き詰める罠ならば後者の方が色々な面で優れている。
首をひねっていたマリナが、一つ推察を挙げる。
「あれってもしかして……侵入者を殺すつもりはなかったってことなんじゃ?」
「あの獣はどう説明するのさ?」
「普通、アレだけの数に囲まれたら突破しようなんて考えないでしょ。それに、まともに戦えば、罠を踏んで水脈にポチャン、よ」
マリナの言うとおりだ。どれだけ動きづらかったのかはケンジが身をもって味わっている。
獣に対処しようとすると罠が発動し、獣から逃げれば先へは進めない。
罠を解除するには魔術の知識と技術が必要になり、獣を突破しようとなるとそれなりの戦力を必要とする。
部屋に入る前に聞こえてきた声、『ここから先は我らが英雄と比肩する者しか通ることは出来ない』と言うのはそういうことなのだろう。
レデンは優れた剣士でありながら、類稀な魔術師でもあったと聞く。
武力と魔力、どちらも兼ね備えた存在でなければ、あそこは突破できなかった。
マリナとケンジは結果として二人で突破してしまったのだが、それも一つの解として認められるだろう。
「まぁ、レデンも他人を傷つけたくはなかったってことでしょ」
「ふん、だったら最初からあんな罠なんか仕掛けるなっての」
悪態をつくマリナをなだめつつ、ケンジは先を進む。
階段を下りきると、また部屋が見える。
しかし、今度はまた雰囲気が違う。
「なんだ、ここは……」
部屋の中に入ると、その装飾に目を奪われる。
壁や天井には細やかな彫刻が施されており、部屋の中央には祭壇の様に小高い場所がこしらえられている。
その祭壇の上には奇妙な箱が一つ、置かれてあった。
「あれが宝箱って事か?」
「魔術の罠は……ないっぽいわね」
マリナが魔力を探るが、上の階のように罠が張り巡らされているようなこともない。
壁に模様は彫刻されているが、それが魔力の供給源になっているようでもない。
ここは侵入者を追い返す部屋と言うよりも……。
「ピラミッドや古墳みたいだな」
「ん? なに?」
「ボクの世界に存在してる、かなり昔のお墓さ。偉い人が埋葬される、巨大なお墓」
その玄室に良く似ているように思えた。
ケンジはテレビ番組などでしか見たことがないが、装飾を施された壁や天井、床に飾られた人形などは映像で見たような気がする。
だとしたら、あの祭壇に置かれている箱は……。
「棺、なのかな」
「死体が入ってるって事? 一体誰の……」
「そりゃあ、レデニアの地下に埋まってる死体ってなれば……」
この地下施設は間違いなくレデニアが町としての形が出来る前に作られたものだ。そうでなくても設計時には予定されていたものだろう。
そこまでレデニアの過去に関われた、身分の高い人物。
思い当たるのはたった一人だ。
「開けてみましょう」
「え、マジで!?」
「確かめてみないとわからないもの」
「顔見たってわからないだろ!?」
「死体が入っているかどうかはすぐにわかるわ」
そう言ってマリナはつかつかと歩いていき、祭壇を登る。
全く物怖じしない少女は、棺らしき箱の蓋に手をかけた。
「開けるわよ」
「やめとけよ! 呪われるぞ!」
「解呪だったら私も出来るわよ」
「そういう問題じゃ……」
「そーれ、オープン!」
ケンジの制止を聞かず、マリナは箱の蓋を勢い良く開け放った。
長い時間、放置されていたにも関わらず、全く埃も砂も積もっていない箱の蓋は、静かに持ち上がり、その中身を晒す。
そこに入っていたのは、やはり死体。
すでに白骨化している死体と、そしてそれに抱かれるように収められた――
「これは……剣?」
「剣? ホントに!?」
ケンジも祭壇を登り、棺の中を確かめる。
最初に目に入った白骨死体には若干顔をしかめたが、すぐにその腕に抱かれた剣を見てため息を漏らす。
そこには太めの刀身が淡く輝く、不思議な剣があった。
その刀身の美しさは、無骨な幅広剣のイメージとは対照的であり、幻想的であるとすら思えるほどであった。
それを見てマリナが呟く。
「レデニアン・グリムに書かれてあったのを読んだ覚えがあるわ。これは多分、レデンが愛用していた剣ね。そうか、私の半分の結晶ってそういう意味だったのね」
レデンは魔術の才と巧みな剣術を併せ持った魔法剣士であったと聞く。
その半分が魔術であったのなら、もう半分は剣術。
レデニアン・グリムと対を成すレデンの半分とは、この剣だったのだ。
「じゃあ、これが地下に眠っているお宝って事か」
「多分ね。これを持って帰れば、きっとみんな驚くわよ」
「英雄の使っていた剣かぁ。そりゃさぞ名品なんだろうね」
「銘もあったはずよ。確か――」
記憶に残っていた銘を、マリナがそらんじようとしたその時。
「霊剣ファニア」
またも二人のものでない声が響く。
「だ、誰!?」
声のした方は背後。二人が振り返ると部屋の入り口に見覚えのない人物がそこにいた。
フードを目深にかぶったマント姿。
レデニアの人間に、あんな人物はいなかったような気がする。
「誰だ! どうしてここにいる!?」
ケンジはマリナを庇うようにして立ち、剣を構える。
あの人物から敵意は感じられないが、只者でない雰囲気は感じられる。
男はケンジの問いに答えず、一歩踏み出して手を差し出す。
「その剣、俺が貰い受ける」
「なに……!?」
「私たちが見つけたお宝を横取りする気!?」
堂々と横取り宣言をする男に対し、マリナはケンジの陰から吼えた。
だが、それにひるまず、男はスッと重心を落とす。
足に力を溜めている。それが一目でわかった。
「やる気か? ボクが誰だか、わかってるのかよ?」
「……あぁ、もちろん」
不遜な態度の男。それにケンジも少しカチンときた。
言葉を解さない魔物や獣に襲い掛かられるのはわかる。だが、ケンジがストライダーだとわかっていて挑んでこられるとなると、その名を貶されているように思えたのだ。
「だったら、手加減しないぞ」
ケンジも少し重心を落とし、剣を握る手に力を込めた。
相手のどんな動きも見逃さない。なんならそれにあわせてカウンターでも決めてやろうと思っていたのだ。
だが、
「なっ……!?」
視界から男が消えた。
全く音も立てず、入り口の傍から消えてしまったのである。
(移動したのか!? 一体どこに!?)
魔術の発動も考えたが、それはない。
マリナはこの場に魔力の流れを感じていなかったようだし、あの男自身が魔術を行使するには決まり文句も聞こえなかった。
この世界の魔術は声に出さなければ発動しない。だとしたら、あの男が魔術を使ったとは考えられない。
つまり、これは物理的な移動である。
(目でも追いきれない……なんなんだ、アイツ!?)
いっそ幻だったのでは、と思うぐらいであったが、すぐにそうではないと悟る。
「これは頂いていく」
背後から聞こえた声。
すぐに振り向くと、棺から剣を持ち出しているマントの男がそこにいたのだ。
(速すぎる……)
対応できない。ケンジは直感で思い知った。
今、自分とこの男では力量に差がありすぎる、と。
ケンジも力をつけてきたからこそ、この差を体感できてしまうのだ。
だが、だとしても抗わなければならない。
何せ、ケンジはストライダーなのだから。
「このっ!」
ケンジはマリナと立ち位置を入れ替え、さらに男へ斬りかかる。
上段から振り下ろされた剣。だが、それはマントの男の素手で止められた。
「素手で!?」
受け止めた男の指には、切り傷一つついていない。
剣のメンテナンスはエニが責任を持って行ってくれている。
この剣の切れ味が、先ほどの獣との戦闘で鈍ったとも思えない。いや、仮に切れ味が鈍っていたのだとしても、ストライダーの攻撃を易々と受け止められる人間がいるとは思っていなかった。
男は余裕を見せるかのように、剣を弾き返す。
その所作すら悠々としていた。
「君と争うつもりはない」
「なんだと……ッ!?」
自分など歯牙にもかけないと言うことか。
ケンジの頭に一気に血が上る。
冷静ではない頭で、次の一撃を振りかぶったのだが、
「すまない、粕谷」
男の言葉に動きを止めてしまった。
「……ッ!? 今、なんて……!?」
不意に呼ばれたのは、ケンジの苗字であった。
耳にするのも懐かしいその音を聞いて、ケンジの思考が見事に吹っ飛ぶ。
その隙を突いて、マントの男はまた視界から消える。
振り返ると、部屋の入り口に男がいた。
「ケンジ、あそこ!」
「くっ……」
マリナに服を引っ張られたが、もうケンジには剣を振るう気力もなくなっていた。
「お、お前……まさか」
「……近いうちに、また会おう」
それだけ言うと、マントの男は階段を駆け上っていった。
「あ、こら! 待ちなさい! ケンジ、追いかけるわよ!」
「……無駄だよ。アイツには追いつけない」
ケンジですら手玉に取られる身体能力を見せ付けたマントの男。
彼との追いかけっこでの勝率など皆無だ。
「何よ、腹立つわね! 私が頑張ってここまでの道を切り開いたってのに、後から来たヤツにお宝を持っていかれるなんて!」
「……とにかく、一度外へ出よう。ここにはもう、何もないよ」
「う、うん……。アンタ、大丈夫?」
「多分、平気」
一瞬で覇気をなくしてしまったケンジが、よろよろと帰路につくのに、マリナも心配そうにして後を追った。




