11 レデニアの至宝
11 レデニアの至宝
「と言うわけで、何か妙案はないでしょうか」
『そうは言われましても……』
ケンジがやって来たのはエストの湖。
あまり町の運営に関して案を出せなかったケンジはエストに助言を求めたのであった。
『私もそちらの知識に明るいわけではありませんので……』
「そっか……やっぱり女神でも万能ってワケじゃないんですね」
『それはそうです。神と言っても、私はこの一帯を支配下に収めているにすぎません。いわゆる小神、マイナーゴッドです。神としての力も強いわけではないのです。……それに関して言えば、確かに町を発展させてくれるのは嬉しい事ですね』
「どういうことですか?」
『神の力は信仰心に比例します。レデニアが発展してくれれば、きっと私を信仰してくださる信徒も増えるでしょう。そうなれば私の力も強化され、湖の水で瘴気を祓う効果時間も延長される可能性はありますね』
「な、なるほど」
町の発展がエストの力の増強に繋がり、さらにはそれが瘴気を祓う事に繋がる。
遠回りにはなるが、レデニアの発展はケンジの使命の助けにもなるのだ。
「そうなると本気でレデニアの発展を考えないといけないな」
『……そうですね。では私から一つ、提案させていただきましょう』
****
「グラナルさん!」
町長室のドアを勢いよく開け、ケンジが中に飛び込んでくる。
「おぉ、ケンジさん。どうかなさいましたか」
「町の発展に繋がる案を持ってきました!」
そう言って、ケンジはテーブルの上に地図を広げる。
「元々、レデニアの北の山からは良質な石材や鉄鉱石などが手に入ると聞きました。その採掘を再開するのはどうでしょう」
「そ、それが出来れば町の発展には繋がりますが……しかし、町の北は瘴気が広がっています。いかにストライダー殿がいるとは言え、すぐに鉱山を解放するのは難しいのでは?」
瘴気に沈んだ山の中、地図に記された鉱山の位置は瘴気のど真ん中である。
そこを手に入れるためには、かなりの危険と労力を覚悟しなければならないだろう。
「確かに、今のボクの力ではまだまだ鉱山までの道のりを切り開くのにはハードルが高いと思います。なので、それは最終目標です」
「最終目標……では、他にも案があると?」
「はい。最終的には鉄鋼業を再開するのを目的にしますが、それ以前に工房区を再稼動させなければなりません。工房区では鉄の加工を行う設備があると聞きました」
「確かに板金の製造や防具の加工、武器の鍛造や加工などの武具工房がありますし、そもそも鉄鉱石からインゴットの精製を行う設備など、色々と取り揃えております。鋳物の製造などもしておりましたよ」
レデニアで行っていた鉄の加工は多岐に渡る。
ケンジの使っている剣もレデニアで作られ、砥がれたものであったし、武具の製造加工の工房はある。しかしそれ以外にも鍋ややかんなどの調理器具を作ったり、鍬や鋤などの農業用具も作っていた。
生活に根付くものから仕事道具、ひいては戦闘に関するものまで、鉄の加工は街の一大産業であったのだ。材料も近くから採れるのだから、そこから得られる利益は結構なものだったはずだ。
そんな鉄加工産業が復活したならば、レデニアが復活したと宣言しても間違いではないだろう。
鉄加工産業復活を最終目的にするならば、そこにいたるステップとは何か。
「鉄加工の工場を動かすためには、強い火力が必要だと聞きます。本来なら薪を燃やして火力を得るものでしょうが、この世界にはもっと便利なものがあります。それが、魔術!」
「魔術師を町に集めるのですか? それは難しいのでは……」
魔術師の大半は自分の魔術研究に躍起になっている。他の事に関してはとんと無頓着だ。
工房の手伝いをしてくれ、などと頼んだ所で、彼らが素直に頷くような事はないだろう。ヨネスですら苦い顔をするはずだ。
しかし、それもケンジは織り込み済みである。
「ええ、大体の事情はエストさまからも聞いています。ですから、彼らにも利点を作ってあげれば良いのです」
「利点……?」
「レデニアン・グリム」
「……な、何故その名を!?」
ケンジが呟いた言葉、レデニアン・グリム。
それはレデニアに伝わっている貴重な書籍。魔術書である。
エストは当然、その存在を知っており、ケンジに知恵を授けたのである。
「レデニアの町を興した英雄、レデンが書き残したとされている、超がつくほどレアな魔術書、それがレデニアン・グリム。それを一部開放し、工房の手伝いをしてくれる魔術師の研究に使っても良い、と契約するのです!」
「し、しかしレデニアン・グリムは町の至宝です。そう簡単に外の人間に開放するわけにはいきませんよ」
「グラナルさん……ボクの世界のコトワザを一つ教えましょう。……背に腹は、代えられない!」
「なっ!」
「このまま至宝を抱えたまま町と一緒に滅びるつもりですか! それよりも、レデニアン・グリムを使って町を再建し、人々の故郷を守る方が大事ではないですか!」
「……確かに、ケンジさんの言う通りだ。私は間違っていたのかもしれない」
「話は大体聞かせていただきました!」
そこへ、ヨネスが乱入してくる。
「レデニアン・グリムが開放されるとなれば、私も協力は惜しみませんよ! なんなら協会に掛け合い、魔術師がすぐに入植できるように話をつけましょう! レデニアン・グリムほどの貴重な魔術書が研究できるとあれば、魔術師は多少の貧乏を無視して町に住み着くはずです」
「さっすが~、ヨネスさんは話がわかるッ!」
「レデニアン・グリムの原本を開放するのに抵抗があるのならば、私が写本を作りましょう。開放したい部分だけを抜き出すことも厭いません。レデニアン・グリムが少しでも研究できるのならば、それだけの価値はあります!」
ヨネスのテンションはかなりのものであった。
それだけレデニアン・グリムと言う魔術書が貴重なものなのが窺える。
実際の所、ケンジにはその本のすごさが良くわからなかったのだが、ヨネスがこれほど張り切るとなるとその程度もかなりのものなのだろう。
「ふむ、そうですな。ケンジさんやヨネスがそれほど乗り気なのでしたら、私が渋る事もありますまい」
「それでは……!」
「ええ、魔術師を呼び込みましょう。しかし、急激に人口を増やすのは良くない。農民のように段階を踏んで、数を増やしていきましょう」
「素晴らしい! では、協会には研究材料の提供に関して補助金を出してもらうように打診しましょう! きっと町の運営の助けになるはずです!」
「ありがたい。是非そうしてください」
かなり乗り気であったヨネスの言葉も手伝い、とんとん拍子で話は進んだ。
****
鉄を加工するための火の調達はできた。
次は職人だ。
「工房の設備はどこでもすぐに整う、と言うモノではありません。工房を格安で提供する事を約束すれば、職人がやってくるのはすぐでしょう」
と言うグラナルの言葉を信じれば、世界各地に存在している魔術師協会を通じて各町へと情報を流し、職人を募る事も可能だろう。
こうして、レデニアは再生へと動き始めたのである。
始めはレデニアの南側に広がる広い平原。
そこに田畑を耕し、作物を育てる農奴を雇い入れる。
数人の農奴はすぐに仕事を覚え、一端に野良仕事をこなす農民となった。
すぐに次の農奴を雇い、最初の農奴にも手伝ってもらって農業の教育をする。
そうして倍々に数を増やす農民は、瞬く間に平原の中に広大な農場を形成するに至った。
次に町の中へと入ってくる魔術師。
音に聞くレデニアン・グリムを研究できると聞いて、おっとり刀で駆けつけたと言う者までいた。
写本の作成には、ケンジがヨネスからブレイヴを作り出し、文字の読み書きのスキルを覚える事でその作業を手伝う事となった。
そのお陰で作業時間はかなり短縮され、魔術師の入植も予定より大分早くに行われた。
町の農業も軌道に乗り始め、町の中にも人が増え始め、その話を聞きつけた商人などがやってきて商いを始める。
最初は危険地域に足を踏み入れるのをためらった商人がほとんどであったが、形振りを構ってられない切羽詰った商人などが商機を求めてやってくる。
そこで魔術師の特殊な需要などを学び、また工房で作られた鉄製品を買い付けて外へと向かい、他の町で商いを行ってまた戻ってくる。
行商人と呼ばれる商人がレデニアに多く出入りするようになった。
行商人は旅をする商人。彼らは時にレデニアに滞在する事もある。そこで必要になるのは当然宿。
レデニアの宿は放棄されていた大きな屋敷を改築し、それを利用して運営される事となった。
最初はグラナルが出資者となり、町が運営する公営宿として旅人を宿泊させていたが、驚く事に行商人の一人がその宿を買い取る事となる。
宿の経営者が外から入植された事を聞き、旅人の印象も変わってくる。
瘴気に晒された危険な町、と言う印象のレデニアであったが、ここ最近の活気付いた町の様子を饒舌に語る行商人などの旅人たち。それを聞いた別の旅人がレデニアを訪れ、話に聞くほど危険な町でない事を知り、またその噂を広げる。
そうしてレデニアの評価は徐々に好転していき、町に住み着く人間もジワジワと増えてきた。
気がつけば半年が過ぎ、農奴が育てた作物が初めての実りの季節、秋を迎えることとなり、その収穫を祝って祭りが開かれる。
そこでの入用を聞きつけ商人がやってきて財布を潤す。
健全な町の様子が、やっと戻ってくるのだった。