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9 お互いに自己紹介

9 お互いに自己紹介


 ケンジが北の大門前にやって来た時、

「ストライダー殿!」

 後ろから呼び止められる。

 振り返ると、そこにはローブ姿の男、ヨネスがいた。

「あなたは……初対面ですよね?」

「ええ、私の名はヨネス。瘴気を調べるために魔術師協会から派遣された者です」

「と言うことは……本当の魔術師!」

「え、ええ。そうです」

 妙に目を爛々と輝かせるケンジに、ヨネスは少し驚いたようだった。

 ケンジとしてはフィクションの中の存在でしかなかった魔術師という存在を目の当たりにして、ここでテンションを上げるなという方が難しい。

「うわー、スゲェ、本当にローブ着てる……あ、杖とか持ってないんですか!?」

「大魔術を使用する際には杖を用いたりしますが……そんな話よりもです」

 コホン、と咳払いをしてヨネスが仕切りなおす。

「先ほど、あなたは街の壁を飛び越えるほどの跳躍を見せていましたが……あれはあなたの意思によるものですか?」

「え? えっと……無我夢中だったので、少しでも早く町に戻りたい、と思ったらああなってました」

「やはり……お気をつけください、ストライダー殿」

 真剣な眼差しを向けるヨネスに、ケンジは少し怖気づく。

「な、何か悪かったでしょうか?」

「良し悪しは今のところ判断しかねますが、あの人知を超えた跳躍はあなたに蓄えられたマナを消費した事になっているのです」

「ボクの中にマナがあるんですか?」

「私も聞いたことがあるだけですので、実感としてはわからないのですが、ストライダーと言うのは元々マナが存在しない世界からこちらにやってきて、マナを吸収する事によって身体能力を全体的に向上させる存在だと伺っております」

 確かに、エストから受けた説明でもそんな感じであった。

「だとしたら、ボクの中に蓄えられていたマナが、あれほどの脚力を発揮できるほどに蓄えられたのでは?」

「恐らくそうではありません。あなたはこちらの世界に来てまだ日が浅いはずでしょう。そんな短期間でそれほど身体能力が向上するとは考えにくい」

「……となると、何か別の法則が発動した、と」

「そうです。マナを急激に消費する事により、あなたは瞬間的に現状をはるかに上回る身体能力を手に入れた。しかしそれは瞬発的なものでしかない。それどころか、蓄えたマナを消費してしまったために、あたなの身体能力は落ちているはずです」

 言われてみてケンジは軽く身体を動かしてみる。

 だが、それほど不自由はないように感じられた。

「どうって事なさそうですけど」

「私の杞憂ならばそれで良いのですが……しかし気に留めておいてください。マナを消費して身体能力を向上させるのは、極短期的に見れば有効な手段ですが、その後は格段に身体能力が低下するはずです。使いどころは見極めねばなりません」

「わ、わかりました。覚えておきます」

 真に迫るようなヨネスの言葉を、ケンジは深く心に刻んだ。

 実際、今は外壁を飛び越えられるような気がしない。

 思い切りジャンプしてみても、大して高く飛び上がる事が出来なかった。

 仕方なく、大門の傍にある通用口から外に出ることとなった。


****


 北門から出てすぐに、山の麓に広がる森がある。

 そこは既に瘴気の領域となっており、街の中心に刻んだ神字の効果はギリギリ町の中までしか広がっていないようで、森の中は昼間だというのに薄暗い。

「……誘ってるつもりなのか」

 ケンジが地面を窺うと、明らかな足跡が見て取れる。

 外壁の外に急に現れている足跡。恐らくは町の中から壁を飛び越えてこちらに着地したのだろう。子供が話していた証言と一致する。

 足跡は真っ直ぐに森の中に入っており、トーメントによって薄れていく瘴気を避け、森の中に逃げ込む姿が幻視できるようであった。

「足跡を消す余裕もなかった可能性もあるな」

 そんな風に呟きながら、ケンジは足跡を追いかけて森の中へと入っていった。


 鬱蒼と茂る森の中は、エストの湖がある南の森よりも奇妙な植物が生えているようにも見えた。

 足元には奇妙に捻くれたシダ植物のようなものがのた打ち回っており、木の幹も枝も葉も、奇形であったり色がおかしかったりと、普通の状態ではない事は一目瞭然である。

 これも瘴気の影響と言うことなのだろうか。

 瘴気が噴出してから二年ほどと聞いているが、町の付近まで瘴気が近付いてきたのは恐らく最近である。瘴気が影響して植物などに変化が起きているのだとしたら、更に奥はどうなっているのだろうか。想像も出来ない。

 そんな事を考えながら森を進む事、しばらく。

「来なかったら挑戦状でも叩きつけてやる予定だったが、アンタが乗り気で助かったぜ」

 奥から声が聞こえる。

 ケンジが茂みに身を隠し、声のした方を窺うと、そこには半人半獣の魔物がいた。

 上半身は毛むくじゃらの犬、もしくは狼。下半身は人間の様である。また、身体にはラメラアーマーを着込み、手には剣を握っている。

「コボルド……」

 ケンジの第一印象としては、ゲームなどに登場する下級のモンスターの名前が浮かんだ。

 先ほど、レデニアに現れた魔物もゴブリンのような出で立ちだったし、もしかしたらこの世界の魔物と言うのも元の世界の伝承に語られるモンスターと大差がないのかもしれない。

「隠れる必要はねぇぜ。こちとらアンタの位置も気配も、耳と鼻で追いかけられるんだ」

「……くそっ、出来ればマリナさんの位置だけでも確認しておきたかった」

 油断であった。

 相手の索敵範囲も弁えずに堂々と近付きすぎたのだ。

 敵に察知される前に攫われたマリナの位置の把握が出来ていればよかったのだが、ここからでは彼女の姿は見当たらない。

 しかし相手は犬頭のコボルド。五感は人間よりも鋭く、こちらの位置などはかなり離れた場所から察知していただろう。

「こっちはこの瘴気の所為で具合が悪いってのに……」

 瘴気は人間の身体に悪いという。

 その中にいるだけで体調が蝕まれ、最悪は死に至るとまで聞いている。その上、瘴気は結構臭い。

 市販のガスのような臭いだ。それを大分濃くしたものである。

 もし仮に体調に影響がなかったとしても、この臭いだけで具合が悪くなりそうであった。

 この異臭の中でも鼻が利くのだから、コボルドの鼻はかなり良いのだと見える。

「出てきなぁ。サシで話そうぜ」

 コボルドが手招きをしている。

 こちらの位置がバレている以上、このまま隠れていても仕方ない。

 ケンジは茂みから立ち上がり、コボルドを真っ直ぐ見据える。

「おや、ガキじゃねぇか。単騎のようだし、もっとゴツい戦士がやってくるもんだと思ったが」

「侮るなよ。ボクはそこいらの戦士よりも強いぞ」

「カッ! 驕るじゃねぇか。良いぜ、嫌いじゃねぇ」

 コボルドは大きな犬の口を歪め、器用に笑ってみせる。

 その顔は下卑たもので、物凄く神経を逆撫でてくる。

「……マリナさんはどこだ。お前が連れ去ったはずだ」

「クヘヘ……そう簡単に喋ると思うかよ?」

「言わなければ、斬る」

「どっちにしろやりあうには変わりねぇだろが」

 ゆっくりと剣を抜くケンジ。対するコボルドは余裕綽々に構えもせずに待っている。

 どうやらケンジを子供だと侮っているらしい。

(人質を取りながらそれを盾にもしないのか……どういう意図がある……?)

 コボルドの行動には謎が多すぎる。

 あまり易々と挑発に乗るのはまずいかもしれない。

「来いよ、ガキ一人、俺様の相手にならねぇことを思い知らせてやる」

「犬っころが泣き喚くなよ。泣くなら負けてからにしろ」

 挑発文句に軽く返しつつ、ケンジは剣を構える。

 ブレイヴによって植えつけられた剣術を行使することは出来る。だが、それはまだ上っ面の付け焼刃に過ぎない。

 これがどこまで実戦で通用するのか、この場面が試金石であった。

(いきなり実戦か……出来れば何度か試しておきたかったけど……ッ)

 手をこまねいてもいられない。瘴気の中では長く行動できないし、マリナを探さなければならないのだ。コボルド相手に時間はかけられない。

 意を決し、ケンジは地面を蹴る。


 身を低くした体勢で、コボルドまで一気に駆け寄る。

「……ぐっ!?」

 その速さに、コボルドも意表を突かれたのか、判断が一瞬遅れていた。

 その隙を見逃さず、ケンジは逆袈裟懸けに剣を振り上げる。

 鋭い剣閃が弧を描き、コボルドを切り裂こうと襲い掛かる。

 だが、ガリガリとラメラアーマーを削るのみで、肉どころか毛皮にすら到達しなかった。

(浅い……っ!)

 体感でそれを察する。そしてそれにしては大振りだったと後悔もする。

 二の太刀が遅れてしまい、コボルドが距離を取るのを許してしまう。

 咄嗟の回避によって崩れた体勢を戻すコボルド。次にこういった奇襲は通るまい。

「なるほど、大口を叩くだけはある!」

 本気の目になった敵を前に、ケンジの心根が揺れる。

 元の世界のいじめっ子ですら、あんな敵意に満ちた目はしない。コボルドの目から感じられる気迫は、いっそ殺意と呼んで相応しいものであった。

 敵を斃す。その事を真っ直ぐに告げてくるその視線に、平和な世界で生きてきた少年の心は弱すぎた。

 それを一瞬で看破したコボルドは、その殺意を乗せた剣をケンジへと向ける。

「だが、場数はねぇと見たぁ!」

「くっ!」

 喉が鳴る。こちらの弱味を一瞬で見切られてしまった。

 いくらブレイヴで強化していると言っても、心根ばかりは一朝一夕で鍛えられるものではない。元々いじめられっこ根性が植えつけられていたケンジならばなおさらだ。

 一対一の命のやり取りに、怯えてしまうのも無理はなかった。

 その弱気が足を引っ張り、コボルドの剣閃を前に、回避もままならなかった。

「おわっ!」

 なんとか直撃を免れたが、その回避はお粗末なものであった。

 地面を転がり、起き上がるのにも手間取る。

 ブレイヴによって植えつけられた体術があれば、こんな回避行動ももっと華麗に行えるはずなのに、身体が上手く動かないのだ。

 コボルドの追撃も、なんとか紙一重で避けるも、その無様さはケンジ本人も乾いた笑いが出るほどであった。

(こんな調子でストライダーとは、確かに図に乗りすぎだ)

 そのあとに襲い掛かってきたコボルドの剣を受け止めきれず、そのまま後ろに圧されてしまい、よろめいて何とか構えなおすも、隙だらけであった。

 そこに追撃が飛んでこなかったのは、コボルドの余裕なのであろう。

「カァッ! 笑えるぜ、テメェ! そんな調子でよくあんな大口を叩いたもんだ。ちょっとは認めてしまった俺の言葉を返して欲しいねぇ!」

「ぐっ……確かに、ボクはまだまだ未熟だ。だけど、こんな所で負けてもいられない!」

「残念ながら、そこで死ね」

 コボルドが身を低く構え、そしてこちらに踏み込んでくる。

 防御か回避をしなければ、とすぐに脳内が働き始めるも、同時に耳も働く。

 ガサリ、と葉擦れの音が聞こえた。頭上からである。

(伏兵……!)

 視線は咄嗟に動かないながらも、その音は確かである。

 枝の軋む音も聞こえた。恐らくは木の枝の上に魔物がもう一匹、隠れていたのだ。

 伏兵は上空からこちらに奇襲を仕掛けてくるつもりだろう。それを見越しての、コボルドの下段の構え。

 ケンジの意識を下方向に固めて、本命は降ってくる伏兵なのだ。

 だが、それを理解しつつ、今のケンジに二つのことを処理するような余裕はない。

 このままではどっちにしろ殺される。そう思った。

 その時――


 コボルドの目の前、奇襲の伏兵の真下からケンジの姿が消える。

 コボルドとしては、ケンジの命を取る本命は手下の奇襲。ゆえにケンジに対して深く踏み込むことはなく、剣を振るうこともなかった。立ち位置も一歩引いたところにあり、故に、その状況を客観的に見る事が出来た。

『が、げぇ……』

 樹上に控えていた伏兵、ゴブリンの首が飛ばされる。

 剣閃の名残しか見えなかったが、間違いない。ケンジがゴブリンを殺したのだ。

 ケンジはいつの間にか、枝の上で首をなくしたゴブリンの背後に立っていた。

 その一連の行動は、コボルドでも追う事が出来なかった。

「な、なにが、起こった……!?」

 理解の外を行くケンジの動き。

 それに動揺してしまい、次の行動が出遅れる。

 ゴブリンの死体が倒れるのを待たず、ケンジは枝から飛び降りる。

「なぁっ!?」

 未だ状況の整理がつかないコボルド。攻めるべきか、守るべきか、それすらも判断が出来ていなかった。

 ケンジが急降下してくるのに、コボルドは慌てて受け剣を構える。とっさの構えにしてはまともな防御になっているのは、流石にコボルドの場数ということか。

 しかし、その剣はパキリ、と音を立てて両断された。

「嘘だろ、オイ!」

 すぐに折れた剣の柄を捨てたコボルド。ケンジの追撃に備えたのだが、しかしそれよりも早くケンジが踏み込む。

 今までの及び腰が嘘であったかのように、別人のような動きを見せるケンジ。

 コボルドの首を狙った横薙ぎの一撃が、命中する直前、

「ま、待った!」

 コボルドの命乞いがケンジの剣を止める。

 凶刃が動きを止めたことを確認したコボルドは、肺の中で溜まっていた息をため息のように吐き出す。

「参ったよ、小さな勇者殿……俺の負けだ」

「……」

 ケンジは何も言わず、剣も引かず、そのままの状態でコボルドを見据える。

(ボクは……)

 コボルドの命乞いが聞こえたのは、ケンジにとっても僥倖であった。

 このまま大した覚悟もなく、もう一つ命を奪ったなら、ケンジの心がどうなっていたかわかったものではない。

 彼の手にはゴブリンを殺した感触が残っていた。

 それが、ケンジの心に衝撃を与えたのである。

 一度、南の森で四足獣の魔物を殺したケンジ。だが、それは咄嗟の事で、人助けであった。しかし今回は明らかに自分の意思で、ゴブリンと言う命を奪った。

(ボクが、殺した……)

 見た目が亜人種であることが祟ったのか、獣を殺した時よりもそのプレッシャーが強い。

 命を奪ったという確かな感触。一瞬の出来事であったが、それでも――

 その心中を知ってか知らずか、コボルドが口元を歪める。

「人間ってのは、情があるんだってな」

「……何の話だ」

「自分より弱い者に情けをかける。そこに美徳を見出すんだと聞いたぜ。だが、そんなもんはクソ食らえだよなぁ!」

 コボルドが手を掲げると、ガサリ、とまた音がして茂みの中からゴブリンが現れる。

 しかし、今度は一匹ではない。

 その腕には人間が抱えられていた。

「剣を止めたのが運の尽きだったなぁ! 俺様の合図一つで、人質は死ぬぜぇ!?」

「あ、アイツは!」

 しかも、ケンジはその人間に見覚えがあった。

 この世界に来て最初に出会い、次に会った時には何故か子供との遊びに付き合わされた。

 未だに名前も知らないその少女。

 今は瘴気の影響か、意識がない様子である。目を閉じ、手足もだらりとしている。

「人質を殺されたくなければ、その剣を置きな」

「卑怯な……」

「ここまで人質を盾にしなかったのを褒めて欲しいぐらいだぜ。本当なら剣術でテメェを圧倒するつもりだったんだがな」

 子供相手に人質を使うのをためらったのかもしれない。しかしコボルドはこの窮地にあって、最後の手段を切ったのである。

「テメェは確かに強かったよ。俺も騙されちまった。勝負はテメェの勝ちだ。だが、最後に笑うのは俺様よ」

「……下衆が。やはり魔物は畜生って事かよ!」

「なんとでも言え! 人間なんぞにどう思われようが知った事かぁ!」

 コボルドがその手に隠れていた鋭い爪を剥き出しにする。

 あれで引っかかれれば、生身の身体などズタズタに引き裂かれるだろう。なまじ剣よりも切れ味が悪い分、苦しんで死ぬかもしれない。

 故に、その攻撃に甘んじる必要はない。

「だったらボクも切り札を切らせてもらう!」

 ケンジが懐から取り出したのは液体の入った小ビン。

 エストの湖の水が入ったものだ。

 その小瓶の封を切り、水をあたりにばら撒く。

 その途端、周りにあった瘴気は急激に薄まり、マナが充満する。

「ぐっ!? な、なんだ、それ……テメェ……なに、を……げほ、げほ……!」

『ぐぇぇ! げぇ……』

 咳き込んでうずくまるコボルドと、苦しみ始めるゴブリン。

 魔物にとって空気にも等しい瘴気を失い、酸欠にも似た症状なのであろう。

 もがきながら地面を転がるコボルドとゴブリンを放って、ケンジはマリナを抱える。

「去れ。次にボクの前に現れたら、その時は容赦しない」

「……見逃すってのかよ……テメェ……」

「人間は情に厚い。土にまみれる汚い畜生には憐れみをくれてやるのさ」

「て、テメェ……」

 コボルドの怒り狂う言葉と視線。それを受けながら、しかしケンジは魔物たちに背を向けた。

 本当は違う。憐れみなどではない。

 命を奪うのが怖いのだ。

 肉を切った感触がまだ消えない。きっと今夜の夢に、先ほど殺したゴブリンが出てくるだろう。

 それが、怖い。

「おぼ、えてろ……! 絶対に、絶対に……後、悔させ、て、やるぅ! ゲフ……ごほ」

 苦しみもがきながら、恨み言を叫ぶコボルドの声を聞きながら、ケンジは森をあとにした。


****


「……ん」

「起きたか? 具合はどう?」

 森を出たところ辺りで、ケンジの背中でモゾモゾとマリナが動く。

「ここ、は……」

「もう大丈夫だ。町はすぐそこだよ」

「あ、アンタ……」

「あんまり動かないでくれ。落っことしそうだ」

 だんだんと意識がハッキリしてきたマリナは、ケンジに背負われている現状をようやく把握し始める。

「……そうか、アンタが助けてくれたのか」

「そうだよ。強面の戦士じゃなくて悪かったね」

「そんなこと言ってないでしょ」

「最初にボクを見た時、ストライダーはもっと屈強な男かと思った、って言ってた。そういうのが趣味なのかと」

「勝手に人の趣味を決め付けないで。不愉快だわ」

 コツン、と後頭部が殴られる。

「助けてやったのに、態度がでかいな……」

「何か言った?」

「いえ、別に」

 常に高圧的なマリナに、ケンジは口を噤む。

 下手に言い返すよりは適当に流しておいた方が面倒くさくなくて良い。

「君、フィーナさんの妹さんなんだってな」

「……それが、どうしたのよ」

「似てないなって思って」

「……」

 もう一発、頭を殴られる。今度はさっきよりも強めだった。

「いったいな!」

「アンタが気に障るような事を言うからでしょ!」

「事実じゃないか……」

「うるっさい!」

 もう一発殴られる。

 やはり下手に言い返すのは得策ではないと悟った。

 きっとマリナも怖かっただろうから、適当に会話でもして気を紛らわせようと思ったのに、そもそも彼女と言葉を交わす事自体が間違いだったのかもしれない。

 これからは黙々と町を目指そう、と決めたケンジの頭に、今度は拳ではないものがコツンと当たる。

 それがマリナのおでこだと気付くのに、少し時間がかかった。

「……マリナよ」

「え?」

 本当に小さな声で、彼女の声が聞こえた。

「名前、自己紹介、してなかったでしょ」

「……必要ないんじゃなかったのか?」

「アンタがストライダーとして仕事を全うできるなら、必要だって言ったの」

 確かに、そんな面倒くさい事を言っていた。

 だとしたらケンジの事を認めてくれたと言うことだろうか。

「私が名乗ったんだから、アンタも名乗りなさいよ」

「ケンジだよ。よろしく、マリナ」

「呼び捨て……姉さんはさん付けなのに」

「そりゃそうだ。ボクと君は同い年くらいだろ?」

「ふん、別に良いけど。私もケンジって呼ばせてもらうし」

 跳ねっ返りの言葉を言うと同時に、マリナのおでこが離れる。

 デレは終わりと言うことなのだろう。

 そう思って、ケンジは少し笑ってしまった。

「なに笑ってんのよ」

「いや、別に……」

「気持ち悪っ……そろそろ下ろしてよ。もう歩けるわ」

「いやいや、もう少し休んでた方が良い。もうすぐ町に着くし」

「だから下ろせって言ってんのよ! 町の人にまでこんなかっこ悪い姿見られたくないの!」

「そりゃ良い事を聞いた。是が非にもこのまま門を潜ろう」

「アンタねぇ!」

 ケンジの背中の上で暴れだすマリナ。

 しかしケンジは笑いながら彼女を下ろすことはなかった。

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