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ひゅー、と思わず口笛を吹きたくもなってしまったが、そんな暇を彼女は与えられなかった。
ハラハラと散っていくシャオの亜麻色の髪。
喉元を掻き切ろうとする剣筋には色を重ねすぎて真っ黒になったような殺意が込められていた。
垂れ下げていた髪の片方の長さが中途半端になったことに気が付かない。
シャオはのけぞったまま、その背後に両手をつく。
交わした勢いのまま、ぐるりと宙でまわる身体。
距離を離された骸骨は、殺すために掻き切ろうとした刀身を傍らにおろしている。
とても、静かだ。
シャオの顔が強張る。あらぬ方向を向いている髑髏に戦慄を覚える。
冗談でしょう? と。
骸骨の動き出しをシャオは目にすることができなかった。
瞬きひとつしていないにもかかわらず。気がついたときには目の前に凶刃が伸びている。
準備ひとつもできないまま、本能だけで一閃をかわしてみせた。
が。
(そんなことを何回もできるわけがない)
日本についてから、かいたこともない冷や汗が、初めてシャオのうなじを流れる。
(まったく、冗談じゃない)
骸骨の動きを、逃すことなく目にしているつもりなのに、それだけでは、胸をなでおろすこともできない。
そんなことをしていても、無駄だったのだから。
「ははっ」
笑いたくないのに笑いたくなる。
「なんて腕前」
乾いた喉からうまくつばが飲み込めない。
舐めていたわけではないと言っても、心の底では、この国のことを見下げていたようだ。
本土の、魔都と呼ばれた渦巻いた欲望があらぬ怪物を産み出していたそこよりも。
「歯ごたえはありそうな、相手みたいね」
向こうでは、一癖も二癖もある、魑魅魍魎とやり合ってきた。
子供の遊びではなく殺られるか殺るかの争いに。
人間でも、異形のものであったとしても。
枯れ木のような骸骨は、刀身をまだ、下に向けている。
値定めをするかのように、からっぽの眼窩を彼女に向けたまま。
がちゃがちゃと、わざとらしく刀をならすわけでもない。
すべてが抜け落ちたような佇まいなのに、その姿からは枯れることがない。
塗りつぶされた情念がにじみ出ている。
目もそむけたくなりそうなほど。
ずっと。
「物寂しいものね。何十、何百年、繰り返したかは知らないけれど、楽しい?」
シャオもまた、得物を下ろす。
物言わないそれに問いかけたところで反応は期待してない。
答えは、あからさまだからだ。
「妄執だけに取り憑かれて、ヒトをやめるのは、どんな気持ち?」
答えをくれようにも。
「そんなこと、考えることも忘れてるでしょうね? 今の貴方は」
人間であったときの感情が、どうしてそうなってしまったのか。
それらはすでに忘れているのだから。
そうでなければ、そのような存在に成り下がることはない。
かつての感情だけが刷り込まれてしまった、亡霊のようなものに。
胸の中にしまっていたはずの問いの答えに思いを馳せるのは、生き物だけの特権で。
人ならざるものには永遠に与えられるものではないからだ。
下を向いたシャオ。それは、数秒だけだった。
「遊んであげるわ。剣客さん、心行くまで付き合ってあげる」
再び顔を上げた少女は、にぃ、と口角をあげた。