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社畜 THE エスパー

作者: ミスタードラゴン

あらすじに書いた通り、ふと思いついた妄想を元にさくっと書いてみた短編です。

あっさり読め終えてしまうと思いますので、是非気軽に読んでみて下さい。

――時は2017年。経済の成長は頭打ちを見せ、景気は低迷を脱することができず、人々は苦しんでいた。

 働き先が無い。そう嘆く若人達を甘い言葉で誘い込むブラック企業が世に蔓延り、理不尽な罵声とそれに怯える若人達の悲鳴が日本中に木霊していた……。

 そんな闇に覆われたこの日本に今、一人の青年が舞い降りた。彼もまた、ブラック企業に勤める、どこにでもいる青年の一人である。


 しかし、彼は人とは違う何かを持っていた。


――この物語は、とある超能力に目覚めた青年が一人ブラック企業と世知辛い世の中に立ち向かう、愛と勇気の物語である!



 彼の名は、井海優等(いうみ ゆうとう)。誰が見てもまごうこと無きブラック企業の平社員である。

 彼に与えられた職務は営業。直接会って話を聞いてくれる稀有な企業の担当者が現れるまで一日中電話をかけ続け、約束をこぎ着けられた瞬間から慌てて資料を作り出し、なんとか契約という天国(ヴァルハラ)まで辿り着かんとするのが彼の毎日であった。


 ろくにマニュアルもなく指導してくれる先輩もいない中、いきなり電話をかけろと怒鳴られわけもわからずとにかく片っ端から電話をかけ始めたのが昨年の4月のこと。結局1年経ち2年経ち、3年目の現在に至るまでそのままずるずると誰に教わるでもなく見様見真似で営業っぽく振る舞うだけの生活を続けている。新卒という貴重なカードを切ってまで入り込んだ会社が、ここまでのブラック企業だと2年前の自分に伝えることが出来たら当時の自分はどんな顔をするだろうか。

 みなし残業という名のサービス残業パラダイスに土日出勤は当たりまえ。アポの一つも取れないまま休憩を取ろうものならすかさず上司から嫌味が飛んでくるという拷問のような毎日。

 そんな境遇にも関わらず、その日の井海は朝から様子がおかしかった。いつものなら死んだ魚の目と虚ろにぽっかりと開いた口がトレードマークだった彼が、気持ち悪いほどに気力に満ち溢れ、絶えず笑顔で明るく元気よく会社中に響き渡る声で挨拶までしてみせた。


「なあ、今日の井海、明らかにおかしくね?」

「俺、似たような人見たことある。急にケタケタ笑い出すようになったと思ったら次の週から来なくなってそのまま行方不明になった」

「ついに井海まで壊れちまったか……。あいつ課長に次いで最古参だったのに」


 明らかに異様な空気を纏う井海を前に、同僚たちはこそこそと様子を伺うことしか出来ない。普段ならちょっとした私語でさえも目ざとく見つけてそんな暇があるならアポを取れと怒鳴り散らしてくる課長でさえも、目の前の光景に唖然としてこうして私語をスルーしてしまう始末である。


――そして当の井海はというと。


 よし、誰も俺を不審がっている様子はないな。頑張れ俺! いつも通りを心掛けるんだ。いつも通り糞上司共が帰るまで淡々と電話をかけ続ければいいだけなんだ。

 いいか井海優等。お前は絶対に不審に思われちゃいけないんだ。お前が超能力に目覚めたことは絶対に世間に知られちゃならない……!


――本人としては完璧にいつも通りの自分を演じているつもりらしかった。



 時は9時間程前に遡り、彼が一日の仕事を終えた帰り道のことである。

 いつものように上司が帰った瞬間に帰り支度を始め、上司と道や駅でばったり出くわさないように、しかし1秒でも早く家に帰れるようにという完璧な時間調整の後、会社を後にした。

 そして、いつも通り夕食をコンビニで買い漁り、いつも通りいつ探してもコンビニで売られている所を見たことが無い、井海お気に入りの炭酸飲料デュクシコーラを自販機で買おうとした時、それは起きた。


 なお、デュクシコーラとは、通常よりも尖った形のキャップが備わったペットボトルのコーラであり、子ども達がデュクシ! デュクシ! と言いながらお互いを攻撃し合う玩具としても使えるようにという開発部の心憎い遊び心によって生まれた炭酸飲料である。

 炭酸入りなので飲む前にそんなことをしたらキャップを緩めた瞬間にコーラが噴き出るのは必然であり、デュクシコーラは一世を風靡するどころかこうしてコンビニにすら置かれること無く、寂れた自販機でたまに見かける謎の飲み物として細々と販売を続けられている。

 何故井海がこのデュクシコーラをわざわざ自販機を探してまで毎日愛飲しているかという理由はさておき、井海はいつものようにくたびれたカバンから財布を取りだし、ごそごそと小銭を数えだした。


「えーっと……。10円はさっき全部コンビニで使っちゃって、100円玉も……無いか。おっ500円あんじゃん! ……あぁっ!」


――ポトッ。チャリーン、コロコロコロコロ……。


 日頃の疲れが出たのか、それとも一瞬の気の緩みが悪かったのか。

 井海が取り落とした500円玉は一直線に自販機の下に転がっていってしまったのである。しかも転がる音から推測するに、かなり奥の方に転がっていってしまったという確かな手応えさえ感じる程の美しい転がり方であった。


「ちょっと待ってくれよっ! よりによって500円、500円だぞっ!? 俺の明日の昼飯代がこんな失われ方をしていいのかよっ!」


 ギリギリまで給料を削られ、その癖に奴隷のように働かされている井海にとって500円は非常に大きな意味を持っている。朝食は食べない(というか精神的にも時間的にもそんな余裕は無い)井海にとって500円とは、聞いたことのないボリュームと安さが売りのカップ麺とおにぎりというゴールデンコンビ2食分にデュクシコーラ、即ちほぼ丸一日の食費に相当する大金である。

 それが、一瞬にして手の届かない所に飲み込まれてしまったその悲しさを、井海は決して忘れることはないだろう。

 もしその時、不幸にもその道を通った者が居たとしたら、必死な形相で泣きじゃくりながら自販機の底に手を伸ばすくたびれた男を目にし、ギョッとすることとなっただろう。井海にとっても、そしてその道を普段使っている誰かにとっても幸運なことに、時は深夜。井海の哀れな姿を目撃したのは一匹の野良猫だけであった。


――毎日ボロボロになりながら、わけのわからない難癖で怒鳴られながらも必死で働いている俺への仕打ちがこれかよ。


――俺だってこんな人生嫌だよ。もっとすごい人間になりたかったよ。


――俺に力があれば……。こんなブラック企業が当たり前に蔓延る不幸な世界を変えられるだけの力があれば……っ!



 その時である。井海は、胸の奥で「ドクン」と、今まで感じたことのない何かが力強く脈動したのを感じた。「ドクン」「ドクン」と脈動は勢いを増していき、全身に血液ではない、もっと温かくも凄まじい力を秘めた何かが駆け巡っていく。


「な、なんだっこれは!? 俺、一体どうしたっていうんだよ!? 死ぬの? 俺、500円玉落としたショックで死ぬのっ!? 自販機の下に手を伸ばしたこの状態で翌朝誰かに見つけられちゃうのっ!?」


 己の中で駆け巡る『何か』の勢いが最高潮に達し、井海がいよいよ死を覚悟し目を瞑ったその時、不思議なことに『何か』はスッと消え去り、身体中を駆け巡っていた脈動もあっさりと収まったのだった。

 余りにも突然色々なものが収まったものだから一瞬心臓まで止まってしまったのかと錯覚した井海だったが、とりあえず心臓は今も動いていることを確認して安心した所で、初めて己の身体の異変に気付いたのである。


――なんだこの感覚……? 初めてのはずなのに、何故か温かくて懐かしい……。


 どうして突然こんなことが起きたのかはさっぱりわからない。しかし、井海は自身の身体の変化、それがもたらした新しい力をほぼ正確に理解することが出来ていた。


――来いっ!


 井海が必死で伸ばしたその手では掴むことのできなかった500円玉に向かって、『不可視の手』が伸びる。

 生白く透き通ったその『手』は、井海が落とした500円玉をしっかりと掴むと、シュルルルルと縮んでいき、本来の井海の右手の上に、500円玉をポトリと落とし、消えた。


「……ハハハ。出来ちまった。こんなこと、信じられるはずがないのに、何故か出来るって確信があった。まさか、こんな俺に、本当に力が眠ってたなんて……」


――井海優等、26歳。自販機の下に500円玉を落とし、その哀しみによって念動力(サイコキネシス)に目覚める。


「これだ……。この力さえあれば、俺は、俺はっ……!」


 実は井海はその日のそれからのことをよく覚えていない。

 井海が覚えているのは、その日の晩、近所中を駆け巡って自販機の下に眠る小銭たちを拾い上げていたことと、気が付けば朝陽が昇っていたこと。

 そして、恍惚とした表情を浮かべながら地面に這いつくばって自販機の下に手を伸ばしている中、日の出と共に犬の散歩に出た爺さんと目が合ってすごく気まずかったことだけである。


 まさか、これは夢なのではないか(特に近所の爺さんと目が合った辺り)。そんなふわふわとした不思議な感覚の中、井海が帰路に着いた。結局夕飯も食べずにいたことに気付き、それなら滅多に取らない朝食代わりにでもしてやろうとくたびれた鞄を開いた所で、井海は鞄のポケットからバラバラと零れ落ちる煤や泥まみれの小銭を見て、昨晩の奇跡が、そしてジジイと目が合ったあの気まずい瞬間が現実の出来事だと思い知らされたのである。


「俺、こんなきたねぇ小銭を一晩中かき集めてハイになってたのか。そもそも俺、小銭落としたショックで超能力に目覚めるってなんだよ……。爺さんのギョッとした顔、その後無理やり笑顔で挨拶してくれたけど、すごく悲しいものを見る目だったなぁ……」



――超能力に目覚めた夏。井海は、一人涙を流すのだった。



 まあそれはそれとして、超能力というものは素晴らしく便利だった。

悲しみに暮れていても腹は減るもので、とりあえずお湯を沸かした井海は、早速目覚めたばかりの自身の能力を試してみることにした。


「ヤカンに手を伸ばすイメージで、だけどこの手は使わない。俺の身体の中にあるこの力をヤカンに向かって伸ばすんだ……! よしっ! 出来たっ!」


 意外とあっさり昨晩同様半透明の手を伸ばすことに成功した井海は、そのまま慎重にカップ麺にお湯を注ごうとして、蓋を開け忘れていたことに気付く。


「何やってんだ俺! 蓋開けてねぇのにお湯を注げるわけがねぇじゃん! ……いや、待てよ? この力、同時に何本出せるんだろう?」


 物は試しと井海は次はカップ麺に向かって自身の力を使って蓋を開けるべくムムムと念じて見せると、やはり同じように半透明の手がスッと伸びていく。


「すげぇっ! 同時に二つも操作できるじゃねぇかっ! ってやべっ!」


 どうやら同時に二つ以上の『手』を伸ばすこと自体は可能のようであるが、その場合一つ一つの『手』のコントロールは著しく悪くなるようで、井海は危うく熱湯が入ったヤカンをひっくり返しそうになってしまった。


「あっぶねー……。いきなり熱湯入ったヤカンを持ったまま挑戦することじゃなかったな。よくよく考えれば俺のこの両手は空いてるんだから、普通に手を使って開ければよかったんだな」


 カップ麺に沸かしたお湯を注ぐ。ただそれだけのことが超能力という非日常が入り込んだことによって妙に楽しくてしょうがない。

 気が付けば井海は、実に1年ぶりに自然な笑顔を浮かべていたのであった。なお、彼の中では昨晩恍惚とした笑みを浮かべながら自販機の下を漁りまくったことは早くも黒歴史として心の奥底に封印することとなった。だから今この瞬間浮かべた笑みは実に1年振りの笑顔だったのだ。彼の中ではそういうことになった。


 数年ぶりの朝食を堪能した井海は、シャワーでも早速超能力を試しまくった。

 まずは目を閉じていてもこの『手』を操ることは出来るのかどうか。これを井海はシャンプーをした後今までは目を瞑ったまま右手で蛇口を探していたが、これからは違う。

 シャカシャカと両手で頭を洗うと同時に、不可視の『手』でシャワーヘッドを手に取りもう一本の『手』で蛇口を捻る。

 井海はもう洗い残しを心配したり、一通り全身を洗い終わり、お湯を止めようとした所で蛇口に付いた泡を流し忘れていたことに気付きちょっぴり悲しい気持ちになるという苦痛から解放されたのだ。


――この『手』を使えば、俺は何でもできる。


 手を切るのが怖くて中々手を出せなかった自炊も、不可視の『手』で切る物を抑えれば怪我をする心配はない。満員電車で痴漢を疑われる心配なしに、チ〇ポジだって直せる。



――その日久々に見上げた太陽は、井海のことを祝福するように、さんさんと輝いていた。

 一応、続きとして井海が超能力を職場で使うとしたらどんな風になりそうかなぁという妄想は広がりつつあるものの、そこまで広げると短編としては収拾がつかなくなりそうなのでここで切ってしまいました。


 連載作品の傍ら、気が向いたときに息抜きとして続きを書いていければなぁと思っています。


 もしよろしければ、初の投稿作品にして現在連載中のこちらもよろしくお願いいたします。


『一発逆転! ドルカちゃん!』

 ありがちな魔王と勇者がいる異世界冒険者ファンタジーにおいて、かつて魔王を封印した勇者……ではなくその仲間の遊び人に着目した作品です。

 主人公はかつて勇者と共に戦った伝説の遊び人の子孫……に目を付けられた巻き込まれ体質の少年です。

 ドタバタラブコメ要素を交えつつ、平凡な少年が頭のおかしい冒険者達の中で必死に生きる姿をお楽しみください!

http://ncode.syosetu.com/n1513ed/

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