第4話
「そうかい、そうかい。道に迷ったんかい。そいつぁ難儀したねぇ」
馬車の荷台に寝っ転がり空を見上げる。
雲のない快晴。
「ここいらは物騒でねぇ。山賊が出るって聞いてたからぶるっちまったよ。はっはっはっ」
「はっはっはっ、山賊など私の筋肉で一網打尽だよ」
筋肉ダルマの無駄にいい声が風に消えていく。
「そいつぁ頼もしいこって、はっはっはっ」
「はっはっはっ」
なんでもう打ち解けてるの?
筋肉万能なの?
俺も筋トレしようかな。
☆☆☆
ゆったりとした時間の中、荷台に腰掛けガタゴトと馬車に揺られているとおっさんの村に着いた、
ちょっとケツがいてえ。
何もないとは聞いていたが、本当に何もない。
まばらに家があるだけ。
一番大きな建物が村の中央にある教会。
村長の家ですら壁に穴が空いてる始末。
「ほんとに何にもないな」
「ま、マスター!」
「はっはっはっ、ええって、ええって。ほんとのことだで」
「す、すみません」
ノエルがしどろもどろで謝る姿を眺めながめてると、馬車が家の前で止まる。
「明日街まで案内してやっから、今日はうちに泊まっていきな。なんもないがな」
「すみません。すみません」
「はっはっはっ」
☆☆☆
「ありがとうございます。とても助かりました」
おっさんの家について一息つく。
ノエルがしきりにお礼を言ってるのを横目に床に座り込む。
「はぁー、ケツがいてえ」
「マスターは筋肉が足りないな。大臀筋を作るにはスクワットがいいぞ」
はあ、こいつはいつから俺のインストラクターになったんだよ。
「おじ様、何かお礼をしたいのですが今は何も持っていないのです」
「いーって、いーって。困ってんだろ。気にすんな」
「そうだよ。困った時はお互い様って言うしね」
「おば様」
おっさんとおばさんの純朴さに浄化されそうだわ。
ノエルもちょっとうるっときてるな。
「ノエル」
「な、なんでしょうかベルント様」
「僕らにもできることがあるんじゃないかな」
「できること…… そうですね。おじ様おば様、この辺りで狩ができる場所はありますでしょうか?」
「狩? お前さん剣士だろうに、狩なんてできるのかい?」
「もちろんです。騎士団では野営もよくありました。ベルント様とよくボンガ鳥を捕まえたものです」
「懐かしいね」
ベルントが頷く。
一緒の騎士団だったのね。で、ベルントはやめて傭兵になると。
「そうかい…… それじゃあ、頼もうかね」
「お任せください」
☆☆☆
「はあ、なんで俺まで」
「マスターは基礎体力もつけないとな」
そんなものとっくの昔に捨てたよ。
公共の交通機関が網の目のように張り巡らされた現代人に体力なぞ不要だ。
「決めた。街に行ったら引きこもる」
「……マスター」
「はっはっはっ」
「なんだよ。いいだろ」
「まあ、その辺は街に行ってからということで」
「そうですね。そろそろ狩場です」
「うさぎだっけ?」
「そうですね。アーチャーがいると仕事が早いのですが」
「アーチャーかぁ。後衛アタッカーだな。マジシャンに火力は一歩譲るがDPSでカバーできる」
「マスター、ディーピーエスとは?」
「ダメージ・パー・セカンド。一秒間にどれだけダメージを与えられるかだな」
「なるほど。それならノエルの剣技もいい線いくと思うのですが」
「そうだな。それにアーチャーは接近されると攻撃力が途端に下がるからパーティーの編成に気を使う必要もあるな。どんな敵と戦うかにもよるが、飛行系の敵だと遠距離攻撃持ちが欲しいな」
「ハーピーやワイバーンなんかですね」
「まあ、そういうのがこっちにいるのかわからんがな」
ノエルとベルントが急に立ち止まる。
「マスター」
「何かいます」
「え?」
「しっ、静かに」
俺はとっさに口を手で押さえる。
ノエルが音もなく腰の剣を抜く。
ノエルの剣はいわゆるショートソードで、一撃は軽いがその分を攻撃回数で稼ぐことになる。
ゲームでの話になるがヒット数が重要で、コンボボーナスと言って攻撃が連続で当たると与えるダメージが増える。同じような職業でローグがありこっちは完全にコンボ要員だ。
そういう意味ではノエルは最初のキャラとしては有用だな。
レアリティが高ければもっと良かったんだが。
逆にベルントのディフェンダーは、職業的にハズレだな。
大楯で戦うディフェンダーはヒット数が重要なゲームではどうしても敬遠される。
ロール的には重要なタンク職なのにシステム的にアタッカー偏重になるのが避けられない。
しかも、重騎士は移動が遅い。
スマホのソシャゲだとちょっとした動作でも遅いと、だるいとか面倒臭いと思われてしまう。
素材集めなど同じクエストを周回することが多く、面倒だと思われるとそれだけで使用されなくなる。ましてや男キャラだしな。レアリティも高いわけじゃないし。
間違いなく倉庫の肥やしになってただろう。
大きな盾を構えるベルントの後ろに隠れる。
ベルントの鍛えられた背中には鬼がいた。いや、般若か。
普段なら気持ち悪いと思うところだが、今はとても頼もしい。