第18話
小さな村は厳戒態勢を取っていた。
村の男衆は交代で見張りを立て、村の周囲を巡回する。
女子供老人総出で村の周囲に穴を掘り、柵を立てる。
村の中心では常に大きな篝火をたく。
ただ、それもそろそろ限界になってきていた。
村人は疲労がたまり、ストレスでギスギスとした空気が漂う。
だが休もうにもオーク襲撃の恐怖があり安眠とは程遠い。
夜にかすかな物音でも目が覚めてしまう。
備蓄も限界が見えてきていた。
食料もだが薪が限界にきていた。
生活で使用する薪をだいぶ節約しているが、それでも森に取りに行けないため消費するばかりになっており、ジリ貧になっている。
被害者が出て五日がすぎた。
カペルは焦っていた。
このまま、オークが見つからないと村が崩壊する。
だが、オークが見つかっても勝てるかわからない。
いくらカペルが元テンペストのメンバーでも勝算は低く、それどころか今のメンバーをいたずらに危険に晒すだけかもしれない。
それこそ当時のテンペストと今のギルドでは比較にならない。
メンバーの練度、装備、どれをとってもアリと巨人ほどの差がある。
しかし。
「腹をくくるか」
小さく息を吐く。
ここで逃げるわけにはいかない。
ギルドの信用?
そんなもののためじゃない。
テンペストが解散した時、師匠と呼べる人が“後は任せる”と言ったのだ。
その信頼を裏切りたくはなかった。
☆☆☆
村に構えた真新しい家はギルド・イヴニングスターのギルド会館。
その一室。
「ソーダスの姿が見えないが、あいつどこに行った?」
「カペル…… あいつ助けを呼んでくるって、タイタスなら近いからって……」
「行かせたのかっ! しかもタイタスだとっ! まさかおやっさんに泣きつくつもりじゃないだろうなっ! ええっ!」
カペルに胸ぐらを掴まれ、グレッグの腰が浮く。
「ぐっ! く、くるしぃ……」
「くそっ!」
グレッグから手を離し、カペルは部屋を出て行く。
しばらくヘタリ込むグレッグの咳き込む音だけが部屋から漏れた。
「なんで! よりによってタイタスなんだっ!」
廊下の壁に拳を打ちつける。
悔しさ、惨めさがこみ上げる。
それと同時に、ダレオスのおやっさんが来てくれればなんとかなるという安堵が胸に広がる。
その安堵がさらにカペルを締め上げる。
「くそっ! くそっ! ちくしょう!」
カペルはギルド・イヴニングスターのギルドマスターだ。
いつまでも昔のギルドに頼っていてはいられない。
まして自分にはあのテンペストの元メンバーとしての矜持がある。
「いつまでたっても俺はひよっこだ」
だが……
「意地ってもんがある」
☆☆☆
すっかり日が落ち、夜のとばりの中。
それは現れた。
だらしなく締まりのない口からよだれを垂らす豚顔。
大きく張り出した腹。
筋肉質の腕と、大きな手には棍棒が握られる。
煌々と焚かれる松明に照らされた体は、鼻を鳴らすたびブルブルと揺れる。
「オーク…… オークだっ! オークが出たぞっ!」
「フゴッ、フゴッ、グフフ…… ゴォァアアアああ」
空気を震わすオークの咆哮。
「ひっ、ひぃっ」
見回りをしていた村人が咆哮にあてられ恐慌状態に陥る。
悲鳴を聞きつけカペルらがギルド会館から飛び出す。
「大丈夫か! どうした、下がれ。こっちだ」
駆けつけたカペルが呼びかけるが、恐怖に震え座り込む村人は動かない。
「くそっ! 俺が奴の気をひく! その隙にグレッグとクリスで助けだせ」
「「おうっ!」」
槍を担いでカペルがオークに向かって駆ける。
腰の袋から臭い玉を出す。
臭い玉は強烈な臭気を出すキノコと辛味のある樹液を蝋で固めた投擲武器。
オークの顔めがけ臭い玉を投げつける。
一つは耳にあたり、続けて投げた二つ目は見事ブタ鼻にあたった。
「よしっ」
「ベェッ、フゴッ、フゴッ、ベッベッ…… ゴォァああああああ」
怒り狂うオークは、唾を飛ばし威嚇の叫びとともにカペルを睨みつける。
「かかってこい豚野郎! こっちだ!」
足を止めず叫びながらオークから距離を取る。
オークはめちゃくちゃに棍棒を振り回しカペルを追いかける。
「よし、食いつい…… な!?」
振り返ると、カペルを追いかけてくるオークと。
もう一体、別のオークがギルドメンバーに襲いかかろうとしていた。
「待てっ! やめろぉ!」
村人を担ぐグレッグとクリスに、棍棒を振りかぶるオークの大きな影が覆った。
「グレッグ! クリス!」
オークの丸太のような棍棒が振り下ろされる。