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翠眼の魔物  作者: ミドリのヤツ
9/20

 思っていたよりも時間が経っていたらしく、ネリネが家を出たときには祭の準備が整っていた。

 そこでネリネはスピーチをすることになって、俺のせいで赤ッ恥をかいた。

 簡単に話すと、こうだ。


 まず親友のアネモネのところに行こうとするとネリネは村人に引き留められた。


「簡易的なもので申し訳ありません」

「これから祭を始めますので、ぜひご挨拶をお願いします」


 のろまなネリネはそんなことを言われてずるずると祭の舞台へ引きずり出されてしまった。

 大勢の前で挨拶なんてしたことのないネリネは困惑していたので、俺が適当にでっち上げた文面を読み上げさせた。

 時々早口言葉を混ぜたりして失言を誘導してやったら、ネリネは見事にそれに引っかかった。

 そのときの快感と言ったらなかった。ネリネが肩を震わしながら羞恥に身もだえする感情の奔流は、何物にも代えがたい甘美な味わいだった。

 ネリネは舌を噛んだことにしてやり過ごしたが、そのあと俺に対する罵倒が絶えることはなかった。

 ちなみにルアーキのほうが先にスピーチを頼まれていたようだが、奴はそれをネリネに押し付けていた。

 つまり俺とルアーキの共犯ということになる。


 はい、回想終わり。


(もうグリのバカ! オタンコナス! 死ね!)

(オタンコナスとはなかなか古い言葉を知ってるでねえのwww語彙力が豊富でございますことwwww)

(うるさい! あんなこと乙女に言わせるなんて恥知らずもいいところじゃないの!)

(そのように仰られるのであればwww豊富な語彙力をお持ちのネリネ様におかれましてはwwwご自分でスピーチの原稿をお考えになればwwよろしかったのではwwwwありませんかねwwwww)

(――今に見ていろ。この借りは返してやる)


 ネリネさん最後キレすぎてキャラ変わり過ぎだし声低すぎ。


 しかし俺はこのやりとりに心地よさを感じていた。

 そうそう、こういうのでいいんだよ。

 感謝なんてされるもんじゃない。

 俺は邪悪な魔眼様なんだから、寄生先には嫌がられていなくてはいかんのだ。

 あー実家のような安心感。罵倒されてると落ち着くわー。


 ネリネは、用意された食事をもしゃもしゃと頬張っているルアーキに近づくと、ドスのきいた声で親指を下に向けた。

「おいてめえも共犯だからな。あとで裏に来いよ」

「ごっふ、ネリネちゃんちょっと性格豹変しすぎじゃない? そんなに大勢の前で話すの嫌だったの!?」


 ルアーキも驚いて食い物をのどに詰まらせていた。

 大丈夫大丈夫。こいつ羞恥心を怒りに変えて八つ当たりしてるだけだから。

 恥ずかしい気持ちを誤魔化してないとやってられないだけなの。

 なにしろ今、俺は一切感情を食ってないから!

 辛い気持ちをもっとネリネに味わってほしいの!

(ほんとにグリてめえマジで覚えてろよ)

(やーい図星でやんの)

 俺相手に感情を誤魔化そうなんざ一日遅いんだよ。


 それにしても腹が減る。

 美味そうだなそれ。彩り豊かな野菜や穀類が添えられている。この辺りは川があり森があり、すこし歩けば山がある。海は無いので塩は貴重品のようだが、しかし山の幸は豊富なようだ。

 そしてその中央に位置しているのは、魔犬の丸焼きだった。


「え、これ魔犬? 食べて大丈夫なの? というかほかに肉ないんですか?」


 この辺りは畑作だけでなく酪農をやっているところが多い。さっき村はずれから牧場がいくつか見えた。

 他にも肉はあるだろう。


「肉にしてもなんにしてもやっぱり食い物は採れたてに限りますからね! 燻製にするしか保存ができないんですから、じゃんじゃん使っていかないと」

 塩が貴重品ということは、それだけものが腐りやすいということでもある。胡椒などこの村にあるわけもないし、当然の帰結といえる。


「大丈夫大丈夫、食えるよ。昔は殺した魔物の肉を食って勝利を祝ったって記述があるんだよ。あっちはゴブリン肉でしゃぶしゃぶしてるし、オーク肉はしまりが良くてジューシーなんだ」

 太鼓判を押しながら肉を詰め込んでいくルアーキ。


「清貧を貴ぶ修道女には肉を口にすることは許されていないのですが、ルアーキの言うことは本当です」

 肉は食わねえがワインはガバガバ飲んでいるヤルタ。

(肉は駄目でも酒はアリってこれわかんねえな)

 このひとは絡み酒っぽい気がするし、近寄らんとこ。


「ネリネちゃんもガンガン食べないとだめだよ。育たないよ」

「いまどこ見て言いました?」

「いやいやネリネちゃんは歳の割には育ってぐふっ! やめてやめて犬の胴体を丸ごと口に突っ込もうとしないで!」

「セクハラ、ダメ絶対」

「せくはらってどういう意味?」

「性別的特性を用いた嫌がらせのことです。グリに教わりました」

「その左目? ふうん……」


 なにか意味ありげに俺を見てくるルアーキ。

 やだ、求められてる? 駄目よ、私はオスなのに……。オスとオス同士だなんてはしたないわ!(裏声)


(それもセクハラの定義内でしょ、私知ってるんだから)

(思想の自由を主張します)

(却下。考えてはいけません)

(ひどい、人権侵害だ!)

(あんたは人じゃないでしょ)

(そうだったぜ)

 こいつは一本取られたぜ。

 まいっちまったぜ。


「でも本当に食べておかないとダメだよ。魔力アルカの生成には肉体サルクスも消費するんだ。食べておかないと魔力量が減衰してしまうし、なにより回復しない」

「あ、はい。でも私はこれからアネモネのところに行くので」

「じゃあその子の分も持っていけばいい。魔術師は一に食欲・二に睡眠欲・三四が我欲で・五が性欲だごがっだからやめてやめて君がエッチ方面ダメだってのはいま分かったから!」


「たくましいですね。私も見習いたいものです」

「ヤルタさんほどじゃありませんよ」

 それには俺も同意だ。ゴブリンの頭蓋骨を拳で破砕する修道女ほどはネリネもゴリラじゃない。

「いま誰かが失礼なことを考えた気がします」

 鋭い、さすがゴリラだ。

 逃げなきゃ。


「じゃあ、私は親友アネモネのところへ行ってきますから」


「そういえばあの子見てないな」「自分の家で塞ぎこんでるよ」

 話を聞いていた村人が世間話を始める。


「ああ、行ってらっしゃい。あ、これ美味しかったから。あとこれも」

 ルアーキがネリネに料理を渡す。


「はい、それじゃあ」

 ネリネは親友のもとへ、肉と共に歩いていったのだった。

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