表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翠眼の魔物  作者: ミドリのヤツ
8/20

空っぽの家、火の無い竈

(入るのか?)

(……うん)


「ただいま」


 自分の家の扉を開いたネリネ。

 決意とは裏腹に、門扉は軽かった。木が擦れる嫌な音を立てて家の中が覗かれる。

「…………そっか」


 ネリネの家にはもう誰もいなかった。

 家財はあらかた引き出され、物がなく閑散としていた。


「あんたの母さん、さっき出ていったよ」

 祭の準備をしている村人の一人がネリネに声をかけて通り過ぎていく。


 母親はこの村を捨てて逃げたのだ。


「もう戻れないと思って逃げ出したけど……もう、帰るところは無いんだね」

 ぽつりと、ネリネは呟いた。

 腰かけたベッドは冷えていて、台所の竈に火の気はない。


 母親がいないこの家は、ネリネにとってはただの抜け殻なのだろう。

 寒々とした空気がそれをネリネに実感させている。


 はい! 突然ですがここで美食ターイム。

 今回の感情は言うまでもなく「寂しさ」! ですがそれだけじゃありません。

 ネリネのバカは今、「あの時逃げ出さなければよかった」なんて愚かなことを考えています。

 つまりは「後悔」!

 逃げなきゃあのとき母親に殺されていたはずなのに、

 あそこで母親に対してできることはなにもなかったというのに、

 それを頭で理解できているというのに、心が納得していないんですねー。

 バカですねー。

 でも俺が一番バカだって思ったことは、

 あんなことした母親にまだ愛情を捨てきれていないってことですよ。

 俺なんか親の愛情なんて一瞬で千切れましたよ。

 生まれた瞬間、魔王城からゴミ呼ばわりされてポイですよ!

 川に流されながら、恨みばかりが溜っていきました。

 あそこでおばちゃんに拾われなければどうなっていたか。

 今では殺意しかありません。


「居てくれてありがとね、グリ」


 あん? 感情を食われすぎてバカを通り越して痴呆になったか?


「そうかも」

 と言ってネリネは笑う。

「そりゃ最初は酷い性格の魔物だと思ったし、なんでこんなものを身体に入れちゃったんだろうとも思った。感情を食べられるのは喪失感もあって、いろんな感情が無理矢理整理されていくみたいで気持ち悪いよ。でもね、私の悪い感情を食べてくれたから、私は前向きに考えられる。私のつらさとか寂しさとかをグリが受け持ってくれるから、私は絶望していられなくなる。前に進んでいけると思うんだ」


 とんだポジティブ思考だな。

 俺がいなけりゃお前は領主を殺すこともなかったし、母親とも一緒に居られたし、魔物と戦う羽目にならずに済んだし、お前の親友にだって裏切者呼ばわりされずに済んだんだぜ。


「そうだね。でも、グリがいなかったら私はあのクソ領主にいいようにされて、そして惨めな気持ちのまま魔物に襲われて村ごと死んでた。それに比べれば命があるだけ幸運なんじゃない? それに、お母さんがいなくなっちゃった私と一緒にいてくれるのは、きっとグリだけだと思うんだ」


 ネリネは左目を抑える。

 前みたいに水面に自分の姿を映す。左目には翠眼――つまり俺が収まっている。

 左瞼には傷がある。自前の眼球を失くしたときについた傷だろう。

 その傷と眼窩のうつろを隠すために、ネリネの前髪は左側だけ長く伸びている。

 けれどネリネがその場所に感じているのは、もはや辛いことだけではない。


「いまだっていきなり美食タイムなんて言い出したのは、私をこれ以上辛い気持ちにさせないためなんでしょう?」

 俺に対して暖かい感情が向けられる。


 ……やめろ、気持ち悪い。

 不味いものを俺によこすな

 なにいってんだお前は。

 お前が辛くなくなってどうすんだよ。お前が悪感情を出してくれなきゃ腹が減るんだよ。

 俺が悪感情を食えてうれしくないわけないだろう。

 だからてめえはさっさとまた不幸になれ。


(否定しないんだね、やっぱり)


 今のが否定じゃなかったらなんだってんだよ。

 ちっ、さっきからなんなんだよ気持ち悪い。

 依存先を俺に変えるんじゃない。


 ったく一日でコロコロ態度変えやがって。

 俺が感情を食ったからって、心情変化が早すぎるんだよ。

 もっと嫌悪感を抱いてもらって、常時補充されるご馳走を食っていたかったのに。


 さっさと次いくぞ次。つぎはおめえの親友(笑)のところだろ?

 またきっと不幸になるんだ。さっさと俺に飯を提供しやがれ。


「……うん、行こう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ