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翠眼の魔物  作者: ミドリのヤツ
7/20

ネリネの魔術

 魔犬は前回よりもはるかに速いスピードで疾走する。


 体格も明らかに大きい。筋肉もモリモリでマッチョだ。


 っていうか、今大きくなっているイングなうじゃないか?


 魔犬は大きく口を開けてネリネに噛みつこうとする。


(……そうか理解わかったぞ。ネリネの魔術がなんなのか)


足砕きルイン!」


 ルアーキが魔術を放って魔犬の脚を折った。

 魔犬はつんのめって転がり、ネリネの脇を通り過ぎていく。


 なるほど、魔物に対してはああ使うのか。

 ルアーキの魔術は「台無しルイン」と呼ばれているものだということは、恐らく「土台を壊す」ような魔術なのだろう。

 魔物の肉体の土台は足――だからこそ骨折させる魔術に変換できる。


 脚がなければ移動ができない。移動ができないのなら、大抵の敵は無力化できたに等しい。

 これだけでも強力だが、それだけではない。

 この魔術は「放って、当てる」という行程を踏まずにダイレクトに作用する。

 つまり回避不可能攻撃という側面を持つということだ。

 必中かつ、ほぼ一撃必殺――これはかなり強い魔術だぞ。


「ルアーキさんすごいです!」

「でも、あと六体しか無力化できない」


 かなり遅れてやってきた斥候の残り二匹――ゴブリンたちにも「足砕き」を使用するルアーキ。


「これで一応退路はできた。まずは村のほうに逃げよう」


「は、はい!」


 駆け出すルアーキに、ネリネもついていく。


 背後には六十匹の魔物の群れ。

 背中にひしひしとプレッシャーを感じながら走っていく。

 が、俺は「鷹の目」で確認しているから後ろの状況も分かる。


 ネリネが俺に思念で尋ねる。

(敵はどこまで来てるの?)

(俺は潜在能力を引き出してるだけで、「鷹の目」を使ってるのはネリネおまえなんだぞ? 自分で確認できるだろ)

(そ、そうだね)


 ネリネが緊張しているのが分かる。

 いかんなぁ、こんなときだからこそ気楽にならなきゃ。

 でないと勝てるものも勝てないぞ。


 ……食べるか。

 もぐもぐもぐもぐ。


 さて、「緊張」のお味は……うーむ、悪くはない。が、良くもない。

 形容しがたい味だ。

 なんていうか……そうだな、冷えて固くなったこんにゃくみたいな味だ。


 なにを言っているのか分からないだろう? 俺もよくわからん。


 あえて食べるようなものでもないということだろう。

 ほどよい緊張は良い効果をもたらす。「緊張」は必ずしも悪感情というわけではないのだろう。


(あ、気持ちが落ち着いてきた。どうしようもない状況だけどなんとかなる気がする)


 充分な量を食べたようだ。別に食べたいもんでもない。


(ありがとう)


 やーだねえ、お礼なんか言うもんじゃないぜ。

 お前がそんなだと俺も死んじまうからやっただけだ。


(うん。それでも、ありがとう)


 ……ちっ、調子狂うぜ。


(ところで、私の魔術ってなんだったの?)


 ああ? そんなん少し考えれば分かるだろ。


 と、そろそろ決めに行かないとヤバいぜ。

 追いつかれる。


 魔犬のほうが人間よりも遥かに速く走れるのだから、追いつかれるのは時間の問題だった。

 ここは村からすぐ来たところに位置する。村の連中のこともよく見えるわけだ。


 おお、なかなかにてんやわんやしてる。

 まるで準備が整ってない。

 壊滅は目に見えている。


 ルアーキは柄にもなく決死の表情をしている。


「あ、そうか! こう使えばいいんだ!」

 ネリネが自分の魔術の正体に気づいた。

 まあ不正解だったとしても、基本の部分はおさえられているだろう。


 ネリネが意識を集中する。

 魔力アルカを練って、放たれる――

「えいっ」

「えっ?」

 ――ルアーキに向かって。



 変化は極大だった。

「お、おおっ? おおおおおお―――――ぉぉぉおおおおおおおおお!!!!! ネリネくん!!!! こいつはすごいぞ!!!!」


 ルアーキの身体からオーラが漏れ出しているようにも見える。

 これが魔力か。


 ネリネの魔術は強化付与エンチャントだ。

 ネリネの魔術にかかった魔犬はそれまでの魔犬よりも速く、強く進化していった。

「成長」などの可能性もあるにはあったが、掛けた相手にメリットを生み出す効果であることは間違いない。使い方は変わらない。

 強化付与エンチャントであるほうがこの場を切り抜けることには有利なので、賭けに勝ったといえる。

 この魔術によってルアーキの魔術が大幅に強化される。


「すごい力だ。これなら……足砕きルイン!」


 瞬間、魔物の動きが止まった。

 前線にいた魔物が一斉に「足砕き」を食らったのだ。

 後ろにいた魔物たちは前にいた魔犬の突然の停止につんのめり、急停止をかけるが激突する。

 玉突き事故が発生していた。


「一撃であんなに……何匹だろう?」

(15匹だ)

「15匹!? そんなに? よくわかるね」

(目はいいんだ)

「ネリネちゃん、魔物は匹ではなく体と数えるんだ」

「あ、そうなんですか!(グリが匹って数えているからそうなんだと思って)」


 うるせえ、どっちでもいいだろ。

 そこの宮廷魔術師様だってお前のことを「くん付け」したり「ちゃん付け」だったり一定しねえじゃねえかよ。


 魔物たちが骨を折られた者たちを乗り越えて進んでくる。


「残りあと三回……ネリネちゃん。もう一度頼む!」

「はい!」


 ネリネが再度魔術をかける。

 ルアーキが「足砕き」をして、さらに魔物の数が減る。

 これで半分。


(ルアーキのは回数制限があるようだが、大丈夫か?)

(まだまだ打てるよ)


 ならいい。


 慌てていた村の連中もいつの間にか静かになって、ルアーキの魔術の力に見入っている。


「さらに頼む!」

「はい!」

 残り15体。

 魔物たちとの距離は、もう二十メートルもない。


「最後だ。よろしく!」

「はい!」

足砕きルイン! ……しまった、取り逃がした!」


 残り――1体。

 さいごのゴブリンが一矢報いんとてルアーキに襲い掛かる。

「うわああっ」


(まあ役割は果たしたわけだし、こいつには退場してもらってもいいか)

(そんなひどい! ルアーキさんがいなかったら私たち死んでたんだよ!)

(ああ、死んでから感謝しようぜ。いいだろ別に。ゴブリン一匹くらいなら村人でもどうにかできんだろ)


 そんなことを考えていたのに――


っ!」


 修道女ヤルタの鉄拳がゴブリンの頭蓋を打ち抜いた。

 ゴブリンは死んだ。

 こうしてすべての魔獣は戦闘不能になった。


 ……ヤルタさん、戦えるんかい。

 殺ルタさんだったんか。

 ヤルタさんマジやるぅ~↑ ひゅ~(口笛)。


「や、やった……! 村は救われたんだ!」

 村人の一人が泣きながら叫んだ。

「うおおおやったああああ」

「魔術すげえええ」

「救世主だあああ」


 村が勝利に湧きたつ。

 ルアーキはほっとした表情を見せた。

 ネリネも笑っている。

 ヤルタはなんかよくわからんが祈っている。


「祭りだ!」

「もうこれは祭しかない!」

「祭りを開こう!」

「宴会! 宴会!」

「祭!」「酒!」「肉!」


 若者が騒ぎ出す。

 お前ら祭したいだけだろ。


「僕は疲れたから休ませてもらうよ」

「まあまあ魔術師様そんなことおっしゃらずに」


(私も休もう……ああ、でも家には)

 嫌なことをおもいだしたな? いいぞー。

(もぐもぐ。でもこれで一躍、村の英雄になれたんじゃないか? そしたら母親だって悪いことは言わないだろう)

 それですべてが解決するわけじゃない。母親の言ったことは消えない。

 それでも母親と仲直りしたいとネリネは言ったのだから、その機会くらいは貰っても悪くはないだろう。

(そっか……。私、もう一度お母さんとやり直してみるよ)

 俺はやり直さなくていいと思うけどね。


「祭りの用意に取り掛かるぞ! おいそこの娘、お前も手伝うんだよ!」

「え、私?」


 意外なことに、呼ばれたのはネリネだ。

「当たり前だろ! お前は魔物どもをこの村まで引き連れトレインしてきた厄介者だ。魔術師様に処理していただけなければどうなっていたか――」

「おまえは魔術師様の隣にいて無意味に腕を振っていただけで、何もしていないじゃないか!」

「い、いや私、でも――。それに一緒に逃げてきたのはルアーキさんもじゃないですか!」

「魔術師様を本名で呼ぶとは何事だ!」


「村を救ってくださった魔術師様に感謝の祭を!」

「魔物を連れてきた厄介な娘に贖罪の処刑まつりを!」


「え、ええー……」

 さすがのネリネも引いている。


(やっぱりこの村、救わない方が良かったんじゃね)

(い、いや、そんなことは、ない、よ……?)


 まったく自信無し。

 厄介な方向にしか動かんな。


「いやいや、ネリネさんは私の弟子になりまして、私の魔術の手助けをしてくれたのです。魔獣を連れてきたわけでもありませんよ」

「え?」

 ルアーキの言葉に耳を疑う村人たち。

 ルアーキが懇切丁寧に人々の誤解を解くと、

 村人の反応は180度変わった。


「そうだったのか! 村娘すげええええ」

「こいつ名前なんだっけ?」

「ネリネでしょ」

「そっか! ネリネ様マジ聖女!」


 こいつらの手のひら返し、鮮やかすぎるでしょ。

 どんだけだよ。


 人間ってこんな奴らばっかりなら救う価値ないだろ。


 ……?

 なんで俺は人間を救おうとしている?

 魔物なのに?

 なにを……誰かに、なにかされた……?

 そういえば知るはずのない知識を……どうして……。

 だが生まれてから俺になにか仕込むタイミングなんてなかった。

 なら、生まれる前……?

 いや、まさかな。


(どうしたの?)

(いや、なんでもない)


「でも、私も手伝いますよ」

「いえいえいえネリネ様はそこでじっとしていてください。ルアーキ様とお二人で祭りの主役なんですから」


 日が暮れる。

 太陽が沈む。

 日の光が消えていく。

 そのことが、どうにも俺を穏やかな気分にさせる。


 じき、夜だ。

 かがり火が焚かれる。


「大変な一日だったね」


 ネリネが俺に向けて言う。

 そうだな。

 俺たちにしちゃあ、今日はずっと大変な一日だった。

 これ以上なにかあるとかだったら、勘弁してくれ。

 流石に俺も目が持たんぞ。


 ルアーキがぼやいた。

「やれやれ。今夜は、騒がしい夜になりそうだ」


 そういうフラグやめて。

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