孤独な魔術師の寂しい誘い
魔犬の本隊は息をひそめ、村の様子を伺っている。
これで斥候を放つのは三度目だった。
一度目の斥候は魔術師によって足を砕かれた。
二度目の斥候は村娘の驚異的な身体能力を前に制圧された。
三度目の斥候は……今のところ驚異を感じるものに出会っていない。
襲撃をかけ、今夜中に一気に六つの町村を殲滅するつもりだった。だというのに。
このような辺鄙な村で同朋を六体も失うとは予想だにしなかった。場合によっては九体目を覚悟しなくてはならないだろう。
しかしそれは一つの成果でもある。
魔犬の最も重要な目的は「夜襲の成功」ではなく、「情報の収集」だからだ。
魔犬が魔物たる眷属としての権能――「共有」における情報伝達こそが、魔王軍としての役割だ。
彼らの生みの親である魔人ベーロス・ケェルトは魔王城にて、魔犬の得た情報をリアルタイムで取得している。
斥候が死んだということは、この土地に魔王軍の予想していなかった不確定因子が混ざりこんでいるということ。初戦から不穏であると言えるが、また同時に立て直しのための時間稼ぎができるということでもある。
魔王軍は情報の力を決して軽視しない。不確定因子の発見は、一つの功績なのだ。
――魔犬の主ベーロスより伝達だ。襲撃は時間通りに行え。
「共有」の能力により通達された文言を、魔犬は他の魔物たちにも伝える……といっても他の魔物など、ゴブリンとオークしかいなかったが。
三度目の斥候が探索を終了した。他にイレギュラーな戦力は、この村にはない。
じき日が暮れる。
魔犬に命令違反をしたり、独自行動をするほどの自我は与えられていない。
それでも魔犬は考えた。
魔術師は丸腰。魔術の回数は二桁もない。あの謎の村娘も、明らかに人体に無理を強いた戦いをしていた。あんな戦い方は、できたとしても三日に一度がせいぜいだ。
我々の数なら、たとえイレギュラーたちの戦力を足したとしても、押し切ることができる。
もしここで負けるのだとすれば、それは。
更なるイレギュラー要素が潜んでいる場合のみだろう。
♰
行き着いたのは村はずれだった。
ネリネ(と俺)、魔術師ルアーキと修道女は、森を眺めている。
婆さんは来なかった。まあ大した力もないらしいし、いいだろう。
あの「回復」も、今日はもう使えないらしい。一週間に一度くらいが限界なんだそうだ。俺にしか分からないような迂遠な言い方で、そんなことを言っていた。
神様のくせに弱っちい婆さんだ。そういえば名前を聞くのを忘れた。
「まさか本当に魔物が襲ってきて、それも魔王が本格的に侵攻を開始するだなんて……。ネリネさん、正直に申し上げますと、私ヤルタ、あなたの話を信じておりませんでした。疑って申し訳ありません」
修道女は深々と頭を下げると、ネリネは恐縮ながら両手を振った。
身分の高い者に頭を下げられて困っていた。
「あ、いいえ。信じられるものではありませんよ。あまりにも突然のことなんですから」
ネリネ、こんな女にそんなに畏まらなくてもいいんだぜ。
むしろここで弱みを握ったとばかりに金銭をふんだくってやらなきゃ。
俺としてはこの感情もそれなりに不味くはないからいいけどな。
「嬉しい」って感情が混ざっているのが気に入らないが。
「やはり信じることから始めなくてはならないのだと、改めて実感させられました。ルアーキ、あなたも私がいない間に魔獣を倒していたというのなら、どうしてそれを報告しないのです」
「面倒くさくて」
「だからあなたはいつもいつも――」
修道女のヤルタは小言を始める。
ルアーキは実に面倒くさそうな表情をしていた。
この二人に関わるのは初めてだが、なんだかこの二人はいつもこんなやりとりをしている気がする。
そんな感じがした。
「この村は魔王領に最も近い村の一つだ。魔王軍は他の村と並行して攻め上ってくるだろう。とはいえこの村の戦略的重要度は低い。魔物の数は多くて六十がせいぜいだろう。魔人がいるとも考えにくい」
「話に聞いているとは思いますけれど、魔物・別名魔獣は魔人が眷属として生みだした存在です。魔人は一人につき一種類の魔獣を生み出す権能を持ち、魔獣は一種類につき一つの権能を持ちます。ネリネさんが戦った魔犬の場合は「共有」です。あなたのことも、既に理解していると思います」
ああ、魔犬みたいな魔獣って、魔王とか魔人が生みだすのか。普通の動物とは違うわけね。
基本的に生殖能力もなさそう。
これまでもそれらしい説明はあったような気がする。俺が生まれた瞬間の魔王の話とか。
でもここまではっきりと体系的なことはなにも言っていなかった。
ネリネには特に反応はない。とっくに知っていたようだ。
この世界では常識なのだろう。
……くそ、ネリネが知っていて俺に知らないことがあるって、なんか腹立たしいぞ。
(変なプライド持たないでよ。私はあんたの玩具じゃないんだから)
(うるせえ)
「……あれ?」
「どうしました?」
「魔獣の能力って、一つだけなんですか?」
「ええ。そう言われています。夜目が効くとか、鼻がきくとか、足が速いとかの生物的特性はありますけど、魔術じみた特殊能力は一つだけです」
「そうなんですか……」
(違和感の正体は分かるぜ。俺のことだろう?)
確かに俺は能力として「目からビーム」「鷹の目」「ゾーン」の三つを持っているように見える。
だがそれは厳密には違う。「鷹の目」と「ゾーン」は生物的特性だ。
眼神経の接続および脳のハッキングは俺の生物としての性質・習性だ。悪感情を食らうのも生物的特性だ。
そして鷹の目とゾーンは、お前の脳をハッキングすることで、お前自身の潜在能力を引き出しているに過ぎない。
両方とも才能があれば人間にもできることなんだよ。
俺の特殊能力はビームだけだ。
(そうなんだ)
まあ、特にゾーンに関しては無理矢理引き出しているところがあるから、いろいろ削れる。
お前の寿命とか。
(えっ)
動揺・困惑・不安あたりの感情を採集できたな。いただきまーす。
お、なんか別の感情が浮き出てきたぞ? これは「理解」・「納得」?
(そうやって私が知らないことを自慢げに話してプライドを保とうとするの、浅ましいよ)
ごふっ、食ってるものが喉に詰まった。
喉なんてないけど。
……ち、違うもんね! お前が知らないことを知ってたことが悔しくて、俺だけが知ってることを教えたくなったなんてことはないんだからね!
勘違いしないでよね!
駄目だ。ますます疑われるような言い方をしてしまった。
……本当に違うからな?
「それにしても、ネリネさんはどうやって魔獣を倒したのですか? ただの人間に倒せるほど、魔犬も弱くはないはずなのですけど」
「えっと、それは……」
「言わなくてもいい。だいたいわかっているから」
ルアーキが話を遮った。
魔術師はネリネの翠眼を見て言う。
「君はおそらく魔の物と混ざっている。僕のようにね。だったら答えは一つだ。魔術を使ったんだろう?」
「えっ? 私、魔術使えるんですか!?」
「えっ?」
ネリネの反応に、動揺するルアーキ。
動揺しながらも、ルアーキは答える。
「ああ、君は魔物との混血だろうから、魔術が使えるはずだよ」
「私、魔物との混血とかじゃないですけど」
「ええ? でもその左目は……」
「いや、これは別の要素です。魔物繋がりではありますけど」
そんなことを喋りながら、ネリネは別のことも考えていた。
(魔術の才能があるのは人間のほんの一握りと言われていたけど……そんな理由だったんだ)
ネリネも魔術のことはよく知らないようだ。
敵対関係である魔物と子供を作ろうとする人間は確かに少ないだろう。
っていうか魔獣と子供を作ろうとする変態がいるのか?
……いないとも限らないか。世の中は広いと云うし。
(そいつのことを思い出させるのはやめて)
(あー、そんなつもりはなかった)
今のは正真正銘うっかり。でも悪感情にはありつけた。
俺の辞書に謝罪という言葉は無いのだ。
(減らず口。ちょっとは申し訳ないと思ってるくせに)
ネリネが悪態をついた。
思ってない。思ってないですぅー!
(器がちっちゃいなあ)
な、なんだとぉ!
貴様、ネリネのくせに生意気だぞ!
そんなことを言い合っているうちに、ルアーキとヤルタも言い合いをしていたらしい。
「ちょっとルアーキさん!? 魔術師の才能もちが少ないのはそういう理由だったんですか!?」
修道女ヤルタも知らなかったらしい。
「聞かれなかったから」
「まったくあなたはいつもいつも……そんな重大事、お偉方に報告しないと」
「やめたほうがいい。奴ら、人間と魔物をまぐわらせ始めるぞ。生殖能力のある魔獣だっているんだから」
「人間はそんなことをするほど愚かではありません。ましてや高貴な身分にあらせられる方々ですよ」
「高貴な身分の方々だからこそだ。君は人間を信じすぎだ。人間は愚かだし、そういうことを平気でやる」
「あなたこそ、人間を信用しなさすぎです!」
いやー、信じるべきじゃないと思うぞ。
この世界に来てからロクな人間に会ってないもの。
「まあそれはそれとして、ネリネちゃんは混血ではないにしろ魔物と混じりあっているわけだから、知らないうちに魔術を使っていたかもしれないね」
「いや、それはどうでしょう……」
「ままあることなんだよ。魔術は攻撃や防御に使うモノだけじゃなくて、様々なものがある。いいかい、やってみるよ。――肉体と心は別々のものだけれども繋がっている。それは二つが根源的に同じものだからだ。僕はそれを魔力と呼んでいる。まずはそのアルカを自分の中に意識するんだ。そしてそれを自らの形に変換し、そして、相手にぶつける!」
ルアーキが魔術を行使すると、一本の木の幹が崩れ落ちた。
「すごい……」
「僕の魔術は<台無し系>と呼ばれている。魔獣と同様、魔術師も一つの魔術しか使えない。けど人間の魔術は強さや範囲を色々と選べるものが多いね」
「ルアーキは当世唯一の攻撃魔法の使い手なのです」
なぜか誇らしげにヤルタがルアーキの魔術を自慢する。
ネリネは自らのうちに湧いた疑問をルアーキにぶつける。
「でも、アルカという力は肉体と心の根源だというのなら、どの生物も等しく持っているものですよね? なら人間はどうして、魔物と混じっていないと魔術を使えないのでしょうか?」
「うん、よく分かってはいない。というのもその真実を知っているものが限られているからだ。だから僕の予想になるんだけど、魔物は他の生き物たちと比べてアルカの質や濃度が格段に高いのだろう。その濃いアルカを身に宿すことによって、人間ははじめて魔術を行使できるわけだ。――ヤルタ、くれぐれも誰かにバラすことの無いように。信じているからね」
「……信じられてしまったのならば、それに応えるしかありませんね」
「これがヤルタのちょろいところなんだよ。信じていると言ってしまえば、必ず約束を守るんだ」
「信じることが至高であるのですから、信じられたとあればその至高の使命を遂行するほかにありません。信じるものは救われるということが、唯一絶対たる主神ヤルダバオトの第一教義でありますから」
ふうん、この修道女の崇める神はそういう名前なのかい。
唯一絶対の神を名乗るってことは、他にも神がいると言っているようなもんだぜ?
まあ俺は既に他の神に出会っているわけだが。
……なんかこの思考、デジャヴ……気のせいか……?
「と、そろそろ自己紹介のようなことばかりやっているわけにもいかなくなってきましたね」
「ああ、日が暮れそうだ。とはいえどうしたものかな。僕の魔術はどんな敵も回避不能で当てられて、魔獣の足を挫くことができる便利なものだけど、あいにく使用回数があと七回しかない。僕だけで止めるのは無理だ」
「村の若者たちに頑張ってもらえないものですかね?」
「まあ、あの状況で出ていってしまったんだから話しても信じてくれないだろうね」
「そんなことはありません。人は信じてくれるものです」
「生憎とヒトは信用ならないものなんだ。それに領主が唐突に死んでしまったわけだから、この村のお偉方も浮足立っているだろうから、まともな指揮を取る期待は薄いだろう」
「領主暗殺となると、これも魔王軍の仕業でしょうか」
「充分に考えられるね」
「……っ」
(おい、やめとけ。言うんじゃねえぞ)
(でも……)
(下手に罪悪感に突き動かされて領主殺しを暴露なんかしてみろ、どうなるかわかんねえぞ)
(…………)
(そんな罪悪感は俺が食っちまうから、絶対に言うんじゃねえぞ)
「まあ、再度忠告するくらいのことはしておいても損はないだろう。準備をさせておくだけでも最悪の事態を回避できる可能性はある。ヤルタ、お願いできるかい」
「分かりました。お二人ともに、神のご加護を」
「ああ、はいはい」
「お気を付けてください……」
ヤルタは村に戻っていった。
村の者も魔獣たちの群れを見たら立ち向かわざるを得ない。どうであれ戦力にできるのならば、あてにするに越したことはない。
「あの信心深い敬虔な修道女様は、きっと彼らがうんと言うまで説得を続けるだろう。善良ではあるんだろうけれど、あの頑迷さには恐れ入るよ。魔物どもよりもよほど化け物だ」
うんざりしたように、ルアーキは呟いた。
「僕はね、正直この村が滅びようがこの先の町が滅びようが知ったことじゃないんだ」
ルアーキは気だるげに独白する。
「人間はクソだ。性根が腐りきっている。人間と魔人の間に生まれた僕にはよくわかる。今でこそ宮廷魔術師様と騒がれちゃいるが、昔の僕の境遇はひどいもんだった。魔人の子と呼ばれながら人の世を渡ることがどういうことか、誰にだって想像はできる。あの態度の変わりようには反吐が出る。どいつもこいつも僕を利用することしか考えちゃいない。
ねえ、ネリネくん。君もそう思っているんじゃないか? 君さえよければ、このまま逃げてしまうことだってできる。どうだい?」
ルアーキの寂しそうな瞳に、ネリネは俯いた。
(こいつの話に乗るのは悪くないかもな)
(そうなのかな?)
(こいつはろくでもない男だが、今の言葉は真実だろう。そしてこの村の人間がクソだってのは疑いようのない事実だ。お前も見捨てたって心は痛まないだろう?)
(どうだろう……)
(第一、今の状況をどうにかする力がお前にあると思うか? 俺は最初から反対なんだ。英雄になる必要なんかない。逃げちまえよ。命あっての物種だぜ)
(…………)
ネリネは少し考えた。だが、出した答えは変わらなかった。
「私の考えは変わりません。村人を守ります」
「どうしてもかい? ここで死ぬかもしれないんだよ?」
「はい。私には親友がいて、母がいます。二人とも私に酷いことを言ったけど、私は二人と仲良くしたいんです。後味の悪いまま終わらせたくは無いんです。そのためには、ここに来る迷惑なお客さんたちを追い払わなくちゃいけません」
(おい、いいのかよ。その発想は危険だぜ? 俺がいじめるまでもなく、お前はいじめられに行こうと言っているんだぞ)
(うん。いい。やる)
(やっぱり悪感情を食いすぎてポジティブ人間にさせちまったのかねえ……どうして俺はネリネのこういうところに「負けた」と思っちまったんだか。あーあーちくしょう)
俺にできるのは、せいぜいこいつの悪い緊張を食ってやることだけか。
「まったく……君はまだ、人間を信じているというのかい?」
「私だって人間ですから。魔物を左目に受け入れてしまったのは事実ですけど」
「左目が魔獣……翠眼の魔物だって!? そんなの聞いたこともない!」
「聞いたことがなくても、いまここに見ているんですから、受け入れてください。緑色だから、グリって言うんです」
「随分と……その、かわいらしい名前だね」
「自分でつけたんですけど、結構気に入っているんです」
おい!!! その名前を他人に広めるな!!!!!
俺は気に入ってないの!!!!!!
もっとかっこいいのにしてくれ!!!!!
おい無視すんな!!!!
「そういう事情だとしても、君が魔物との混じりものだということは変わらない。混血でないということが気になるが、魔術の素養をもつ可能性は十分ある」
(おっと、突然で悪いが敵影発見だ。村のほうからくる)
「え、森のほうからじゃなくて、村から!?」
「突然どうしたの?」
(魔犬一匹、ゴブリン二匹のスリ―マンセル構成――前に戦ったのよりは戦闘に比重を置いた斥候たちってところだな)
「村から斥候部隊が帰ってきたみたいです」
「ふむ。村が戦闘に移行した気配はない、か」
(ゾーンってやつ、使えない?)
(まだ疲れが残ってるんだ。これ以上やると死ぬぞ)
(じゃあ目から出すやつ)
(ビームは力が戻りきってない。ダメだ――と、悪い知らせだ)
「今度はなに!?」
(斥候部隊の魔犬が俺たちに気づいた。それを受けて森の本隊のほうも動き出した。挟み撃ちされるぞ!)
「冗談でしょう!?」
♰
村において、ヤルタは村人たちに説得を試みていた。
「ですから、魔獣たちが来るのは本当だったのです」
「そんなこと信じろって言ってもねえ、領主殺しの犯人を捜す方が先ですよ」
「そんな平和ボケなことをおっしゃらないで」
「魔王軍進駐なんて伝説みたいなことより、身内の驚異のほうは現実に起こっていることなんだ」
そんなこんなでまるでとりあってくれないやりとりを続けていると、唐突に鐘が鳴った。
すごい勢いで慌ててかけてくる男を捕まえて、村人は聞いた。
「火事か?」
「平和ボケしてる場合か! 魔物の群れが襲ってきたんだ!」
「お前まで――」
「本当のことなんだよ! あの娘のいうことが気になって、少し注意して物見台から観察してたんだ。そしたら本当に出やがった! 六十匹くらいいるぜ!」
「六十も!?」
いきなりてんやわんやで慌てる村人たち。
逃げようとするもの。立ち向かおうと武器を取る者。家の中に閉じこもる者。なにをしたらいいのかわからず呆然と立ち尽くすもの。それぞれがそれぞれに動き出す。
「本当だった! あの娘のいうことは本当だったんだ!」
その叫びを聞いて、ヤルタは「どうだまいったか」といわんばかりに仁王立ちした。
「だから言ったのです。信じるものは救われる! 信じないから、こうなるんです!」
♰
「今のままでは死ぬしかない。ネリネちゃん、魔術を使うんだ!」
「やってみます!」
ネリネが意識を集中させる。
(肉体と心の源泉を、解き放つ。肉体と心の源泉を、解き放つ――)
「――えいっ!」
ネリネが目の前の魔犬に向けて腕を振る。
俺は確かに、ネリネの中から「なにか」が消費されるのを感じた。おそらく今のが魔力というものだろう。
たしかに魔術は発動したはずだ。だが――
魔犬は獰猛な笑みを浮かべている。
「なにも、起こっていない?」
魔犬が襲い掛かってくる。
前のときよりも明らかに速く、そして強そうだ。
…………これはもしかすると、詰んだかもわからんな。