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翠眼の魔物  作者: ミドリのヤツ
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投石よりもつらい瞳

「そのへんのどこにでも神様がいるわけねえだろ」

「それがいるの。まあ私ほど『どこにでもいる』神さまなんてそうはいないけどねえ。ウェッヒッヒ」

「そうか」


 まあ神が一柱しかいないとは考えていないが。

 ……あれ、なんで俺はそれを知ってるんだ? まあいいか。


「あんたは俺とこいつをどうするつもりだ?」

「なんもしないさ。可愛い村人の一人なんだから、見守ってやるだけだよ」


 見守る、ねえ。

「神だっていうのなら、この村の状況もなんとかできるんじゃないのか?」

「領主のことかい? それとも侵攻を受けること? ……どちらも無理だよ。私に、それをなんとかできる信仰は無いものでね」

「信仰?」

「そう。信仰。つまりはプネウマの波動さ」


 この婆さんがなにを言っているのか、いまいちわからない。

「そのプネウマってのはなんなんだ」

「説明が面倒だねえ。なんとなくで理解しておくれよ」

「それがわからないんだよ」


「あんたには見えていないものだね」

 神は片目をつぶって人差し指を出した。

 美人のおねーさんならサマになったんだろうが、ババア相手じゃあ「可愛い子ぶるな」という感想しか出てこない。年齢を考えろ。

「あんたみたいな魔物は見たことも聞いたこともないけれど、でも魔物だってことは分かる。だから言わせてもらうけど……」


 そう言って神は続けた。

「あんたは目の魔物だ。だから目で見て理解するのが一番なのさ。

 あんたにはプネウマとその波動が見えていない。まだ・・ね。だからどういうモノなのか分からない。つまりはまだその話をするのには早すぎるってことさ。口で説明されたって実感なんか湧かないだろう? なに、生きてりゃそのうち分かるようになる。それまでこの話は適当に聞き流せばいいのさ」


 なるほど、と納得しかけたが……。

「ただ説明が面倒なだけだろう」

「あひゃひゃ、バレたかねえ」

 婆さんはケタケタと笑った。


「とにかく、あんたにはなにかする力は何もないわけだな?」

「そうだねえ。私はただのカマドの神。生活神でしかない。晩のおかずを一品だけ増やしたり、非日常に転げ落ちそうになっている個人を拾い上げたりするくらいの力しかない。だからこんな風に世界が大きく動く流れには、逆らえないのさ」

「だが今、こいつの体力を回復したぞ」

「怪我は治せないけどねえ、元気を与えることはできるというだけの話なのさ。普通の風邪くらいならどうとでもなるのさ」

 大したことが無いように言っているが、事実ネリネの体力は挽回している。

「デスマーチ二徹目終了時のギリギリ感」から、「仕事終わりの気怠さ(定時)」くらいまでには回復している。きついことには変わりないが、控えめに言ってなかなかの回復力だ。

 力にはなってくれそうにないが。


「ありがとうよ」

「ん? おまえ、今まさか私に礼を言ったのかい? これは驚いたねえ。あんたは性格が悪そうに見えたが」

「性格が悪いのはネリネに対してだけさ」

 態度はでかいかもしれないが。

 ネリネに嫌がらせするのは、あいつの悪感情を引き出すためだ。

 どうでもいいやつに無駄に嫌がらせをしたりはしない。

「かわいい子に対しては意地悪になってしまうみたいな少年心かい? そんな風には見えないけどねえ」

 なにか勘違いしてくれたようで結構結構。

 どう考えてもらっても別に構わない。


 まあ確かに?

 嫌がらせするのって楽しいし?

 好き好んで積極的にやっている部分はありますが?


 っと、お?

「……ん、あれ、私。寝てた……? っと、わっ」

「あらら、ネリネちゃん大丈夫かい?」


 体力の回復により気絶するように眠っていたネリネの意識が一気に回復し、

 それによって肉体の支配権が俺からネリネに戻り、

 立ちながら眠るという奇妙な状況をネリネの脳が把握できずにバランスを崩し、

 それをあわてて婆さん(神)が抱きかかえて助けたのだった。


「あれ、おばちゃん、どうしてここに?」

「それは私の台詞だよ。あんたボロボロの身体でここまで帰ってきたんだよ」


(あ、そうだ……。私、魔犬に挑んで、左目のおかげでなんとか勝って、でも疲れて寝ちゃったんだ)

 ネリネはようやく自分の状況を思い出したらしい。


(あんたが私の身体をここまで運んできたの?)

(ああそうさ。お前が寝ている時は俺がその身体を乗っ取れるみたいだぜ?)


(そうなんだ。ありが………………ねえ、ヘンなことしてないよね?)

(なんのことだ? やったことといえば人間のメスの身体の感覚が面白くって乳首を摘まんだり、おっぱい揉んだり、股間に手を当てたりしたくらいだぜ?)

(やっぱりしてるぅぅぅうううううう!!!!)


 まあ本当はしてないんだけど。

 必死だったし。

 ネリネが涙目になればそれでいいのだ。


 さて恒例の美食ターイム。

 グルメな俺は飽くなき知的探求心をもって、常に新しい悪感情を追い求めていくのだ。

 うぅ~ンむ。

 これは「羞恥」と「怒り」。それから「気色悪さ」と「不安」「恐怖」か。

 ほどよく混ざっており、絶妙なハーモニーを作り出している。

 すばらしい。

 嗚呼、マンダム。

 ……マンダムってどういう意味なんだろうな。


(あんたのその感情が、知的探求心であるなんてことは、絶っ対にない!!!!!!)

 憤ってる憤ってる。うまうまー。

 あとやっぱあれだ。

 こいつイジメるの、すっごく楽しい!


「どうしたんだい? ぼおっとして」

「あ、ううん。なんでもないの。おばあちゃん」


 婆さん(竈の神)の声で我に返り、身を起こすネリネ。


「なにかやることがあるんじゃないのかい?」

「そうだ、そうだった。おばあちゃん! 魔物が村を襲おうとしているの!」

「なんだって、それは大変だねえ。すぐにみんなに知らせてあげなくっちゃあいけないね」


 さも今知ったかのように驚いてみせる婆さん。

 白々しい。

 しかしそれに気づかずネリネは走る。

「そうなの! 私、知らせてくる! おばあちゃんもすぐ逃げて!」

 婆さんはただ笑って手を振っていた。


 ネリネは村の真ん中まで来た。

 そして叫んだ。

「大変なの! 魔物の軍勢がすぐそこまで迫ってるの!」


 ネリネは期待していた。

 皆が真剣に自分の話を聞き入れてくれることを。


 だが、周りの反応はあまりに淡泊だった。

「なんだあ? うるせえな」

「あの娘、とうとうおかしくなったかな」

「いつもの法螺でしょ? 目のケガを領主様のせいにしてたみたいに」

「あそこの親もこんな気難しいのを産んで大変ねえ」


 ぴしり、とネリネの心に亀裂が入った音がした気がする。……しただけだ。

 意外なことに、思ったよりはショックを受けていない。

 ショックというよりは、「やっぱりね」という感じの失望が強い。


 と。

 一人の修道女が、ネリネの前に進み出る。

「ここまで大変でしたね。けれど、そのように自らを苦しめることはないのです」

 なんだこいつ。なにを言っている?

「嘘をついてまで人の関心を買おうなどと考えても、人は決してついてきません。人は人を騙そうとするものではなく、人を信じようとする者を信じるのです」

 この修道女、ネリネをオオカミ少年だと思って説教しているつもりらしい。

 哀れんでいる視線が俺を苛立たせる。

 そんな風に見下ろして、何様のつもりだ。

 ネリネに嫌な感情を湧かせる材料になってくれるのは嬉しいが、どうにも好かないね。

「あなたの本当の不幸は、あなたの境遇そのものではなく、あなたがそのように心を濁らせてしまったこと。ねえ、まずは信じましょう? 人と、そして神を信じるのです」

 修道女はネリネの前にひざまずいて両手を絡めて祈ってみせた。


 ネリネは目の前の修道女に対して、なんの感情も抱いていない。

 あえて言うならば、軽蔑――だろうか。


 ああ、と俺は理解した。

 多分、昔からこんな扱いだったのだ。ネリネは。


(……じゃあなんでお前はこいつらを助けようと思ったんだよ)

 なんだかイライラする。

 そんなにこいつらに認めてもらいたいのか?

 そんなにここに居場所が欲しいのか?

 こんな奴らに?

 逃げちまえばいいのに。

 新しい場所を探せばいいのに。


(偉そうなこと言わないで! ……それができれば、人間は苦労しないんだよ)

 溢れてくる感情は、泣きそうなくらいの「無力感」。


 はっ、どうだかね。

 お前には、ただ勇気がなかっただけなんじゃないのか?

(馬鹿言わないで。勇気ですって? 力もないただの村娘のガキにどうしろっていうのよ! ……自分の実力を見間違えるほど、私は馬鹿じゃないのよ)


(…………詭弁だね)

(どうとでも言ってろ)

 ネリネは吐き捨てる。


 だが詭弁だ。

 こいつにはノリと勢いが足りてないだけだ。

 実力が足りてないのは確かだけどな。


 俺はそれほど見くびっちゃいねえのさ、このネリネってガキを。


 だからイライラする。

 どうしてこいつは魔犬から逃げずに飛び出した?

 どうしようもなく無力なお前が。

 なにもできるはずがないお前が。

 黙ってやり過ごすことだってできたはずなのに。


 あのとき俺に「負けた」と思わせたものはなんだったんだ。

 あのとき見せた勇気は――

 ああ、イライラする。


 人間って、こんなにクソだったか?

 ネリネって娘は、こんなに――。


 いいさ。カリカリしたってしょうがない。

 俺は魔物。人間に寄生し、感情を喰らう魔物。

 どんな胸糞展開でも、黙ってモリモリ食ってりゃいいのさ。



「おいあの娘おかしいぞ」

 なにがおかしいってんだ、ああ?


「――目がある」

「そんな」「どうして」「化け物だ!」


 しまった、と思った。俺もネリネも。

 ネリネの左目は前髪で隠している。だがそれでも違和感というモノはある。

 無残に潰れた目が回復するなんてことはない。

 ましてや、緑色の瞳の目に変わっているなんてことはあるはずもない。ネリネの瞳は青だ。


「裏切り者!」

 石が投げられた。

 俺はじっとその石を見て躱すように急かす。

 だがネリネは避けられなかった。

「痛っ……」

 おでこにあたる。ネリネは傷口を手で抑えた。


 ネリネの心には、衝撃が走っていた。

 村人の無関心ではそんな風には思わなかったくせに。

 その声、その台詞、その表情に、ショックを受けている。

 その個人が、誰よりも大切であるから。


 ゆらゆらと、ネリネはその方向を見る。石が投げられた方向を。

「うらぎぃもの……! どうして……仲間だって言ったのに……」

 石を投げたのは、村娘だった。

 泣きながら、叫んでいる。

 叫びながら、石を投げる。

「どうして、目を持っているの!?」


 片方しかない目で、睨みながら。


「アネモネ……」

 ネリネが彼女の名を呼ぶ。

「許さない」

 アネモネの声が低く届く。彼女は踵を返した。


「アネモネ!」

 ネリネは手を伸ばすが、アネモネは走ってどこかに行ってしまう。


「化け物は消えろ!」

「死ね!」

 村人が石を投げてくる。

 修道女が「やめなさい」と庇うけれど、


 ネリネはそんなことは目に入らない。

 ただアネモネが消えた先を見ている。もう誰もいないのに。


 これはかなりショックらしいな。

 母親の時と同じくらい「辛い」という感情が溢れている。

 だから俺は食べまくる。

 絶望で時間を消費している暇はないぞ。さっさと次の行動をとれ。


 ネリネの思念が聞こえてくる。

(アネモネだけは、助けたいのに……)

(あの子がいたから、まだなんとかやってこれた)

(村の人たちが信じてくれなくても、一緒だから頑張れた)

(同じ境遇ということで縛られていただけだとしても、親友だった)


 随分と入れ込んでいるようだ。

 ……ふうん。ようやく理解したよ。

 よくわからない誰かのためじゃなく、あの子のために、お前は命を懸けたのか。

 魔物がすぐ来ているっていうのに知らせるようなことも、全部あの子のためか。

 ――あの子がいたから、お前は単身、魔物に挑んでいけたのか。

 理解はしたよ。だがよ。


 しかしそれにしては相手の反応が酷いんじゃないか?

 ただ「左目がある」ことだけであんなに敵意を向けてくるなんて。

(「片目なし」という境遇が、私とアネモネを繋いでいる友情の証だったんだ。だからショックを受けたんだよ)

 いやいや、そのこともだけど。

 順番があるだろう。魔王軍が来るっていう話よりも優先度の高いことなのか? それ。

 冷静さを欠いていると思うがね。

(そんな村人にはどうしようもない話よりも、目の有無のほうがよほど堪えるものがある。だって「話」は実体じゃないけど、「左目」は実体として見えるもの。……私があの子の立場だったとしても、私はアネモネと同じことをしたかもしれない)

 疑わしいね。

(あの子も悪い子じゃない。頭が冷えたら、おかしいことに気づいてくれる)

 そんなものか。

 まあ女って生き物は、感情に流されてなんでもやる生き物だからな。

 偏見だけど。

(問題は、その頭を冷やす時間もないってことよ)


 っつーか、ネリネなんぞのために随分と同情的になっちまった。

 いかんいかん。もっともっと俺はこいつに恨まれて、悪感情を絞り出さなきゃいけないっていうのに。

 いやつになっちゃ魔物失格だろうに。


 気づけばもう二人、石から庇っている人がいた。

 その二人のおかげで、石はもう振ってこない。

 一人はさっきの婆さん(神)。

 もう一人は身長の高い優男風のイケメンだ。足が悪いわけでもないのに杖を持っている。


「僕は宮廷魔術師の一人、ルアーキだ。僕の顔に免じて、この少女に石を投げないでやってほしい」


「そいつはあるはずのない左目を生やした、化け物ですよ!」

「緑色に光って不気味だ。あんたも逃げろ!」

「領主が死んでいるのが見つかったんだ。きっとそいつの仕業だ!」


「ルアーキ……」

 修道女が宮廷魔術師様の名前を呟く。どうやらお知り合いらしい。

 おそらく二人でこの村まで来たのだろう。


「この娘は僕が責任をもって預かる。僕は宮廷魔術師だぞ? 文句はないだろう」

「そ、そこまで言うんなら……」


 村人たちの語調が萎んでいく。

 宮廷魔術師様とやらに楯突くのが怖いのだろう。

 面倒事を押し付けることもできて、ラッキーと考えているのかもしれない。


 ルアーキは振り返ってネリネの方を向く。

「僕は魔王軍がすぐそこまで迫ってきていることを知っている。君の話を聞きたいんだ」

 優しげな瞳で、ネリネを見る。


「は、はいっ。あのっ」

 急いで説明しようとするネリネを、ルアーキが手で制す。

「ここじゃなんだ。落ち着けるようなところがいい」


「でも、魔犬たちはすぐにでも攻め込んで――本当にすぐ近くにいるんです」

「魔犬は夜行性だ。驚くかもしれないけど、犬のくせに猫よりも夜目が効く。日のあるうちは斥候を出すくらいしかしないだろう。日没まであと二時間ある。それまでは問題ない」

「は、はい……」


 魔物のことをよく知っている人物なのは本当らしい。


 こいつは頼りにできそうだ。


「じゃあ移動しよう。僕が泊まっているところでいいかな。娼館なんだけど」

「……え?」

「かわいいお姉さんたちがいると、なごむんだよね」


 ルアーキとかいう宮廷魔術師様は無邪気な笑顔でネリネを見ている。

 

 性的虐待を受けた娘に――

 そうでなくても女の子を、それもまだ十四の幼い娘に案内する場所が、娼館?



 前言撤回。こいつは碌でもないやつだ。







 ……ちなみに、良識ある修道女のお叱りによって、娼館行きは却下された。

ろくでもない人間ばかりが増えていく……

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