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翠眼の魔物  作者: ミドリのヤツ
4/20

共有と領域

 ネリネは木の上から強襲したが、魔犬は驚いて飛びのき、躱されてしまった。


 ろくに武器も持っていないネリネの攻撃など高が知れているので、あまり意味は無いのだが。

 とはいえ高所からの攻撃はネリネの取れる最大級の攻撃だったため、それがまったく無意味となってしまったと考えれば痛手ではある。


 魔犬どもは「なんだこいつ。やる気? 正気?」といった調子で、怪訝そうにネリネを取り囲んでいる。

 こういうときに鷹の目は便利だ。上から見下ろす視点を常に持っていられるので、視界の外でもいつ飛びかかってくるか分かるからだ。


 サンドバッグになれとブチギレてみたはいいものの、俺には動かせる手足がない。

 八つ当たりができないのはこの身体の辛いところだな。

 指示だし役をやるしかないわけだ。

 いざとなればビームがあるが、あれはもう残弾がないに等しい。


 と、後ろから来るぞ。

「!」

 ネリネは咄嗟に屈んで躱す。魔犬は空中で方向転換、着地即再び襲い掛かってくるのを、ネリネは転がるようにして躱す。

「っ……」

 ギリギリだ。三匹同時でこられたら到底敵わない。

 一匹が「力量は把握した。こんなものか」とでも言いたげな調子で鼻をならす。

 かーっイラつく~。


 まずは落ち着け、冷徹になれ。冷静な怒りの感情こそ殺意に最も近いモノだ。

 すーはーすーはー

 よし、落ち着いた。まずはやるべきは分析。


 ネリネのやつ、なかなか身のこなしは軽い。

 だがそれだけでは勝てない。速度で人間が犬に勝てるわけもなく、逃げることさえできない。

 勢いで飛び出したはいいがどうすればいいかまるで分ってないな。まともな攻撃手段がない。


「偉そうに。あんたならどうにかなるっていうの? 早く目からヘンなの出しなさいよ」

 あ? てめえが勝手に突っ込んだんだろうが。

 やり方がないでもないだろうよ。とりあえずそこにある石を掴みな。ほら回避しながら!


 そうだ、そうそう。人間ってのは道具を使う動物なんだから、武器なしじゃ子猫にだって勝てやしないんだ。石だって立派な武器だ。

 そいつを握って殴るだけでも、ただの握りこぶしよりは強いんだよ。

 なんで知ってるかは知らないがな。


 躱してて気づいたことがある。

 魔犬ども、こいつら鷹の目を持っている。

 いや、正確には「鷹の目もどき」と言うべきか。

 一個体では把握できるはずがない情報を掴んで戦っている。

 一匹が観察し、一匹が動き、一匹は動き終わって体勢を整えている。

 その役割分担を間断なく行っている。


(……「共有」か?)

 おそらく魔犬という魔物の特徴だろう。固有能力と言ってもいい。

 俺の「目からビーム」みたいなものだ。

 個々の犬の視覚や嗅覚といったものをお互いにある程度共有している。


 ビームで仕留められるのは一匹だけだ。しかも今は威力が低くなっていて、相手の目からでないと充分な威力が出ない。感覚がそう告げている。

 だからあと二匹はネリネが自力でどうにかしないといけない。


 切り札はあと一つだけある。

 さっき強くなったことで得られた力を使うことだ。

 だがアレは強力な攻撃手段とかじゃないから、こいつにいろいろ用意させなきゃならん。


 ほら石を拾え、右から来るぞ躱せ。

 そこで、左後ろに振り向いて石を投げろ。落ち着いて。外したか。問題ない、時間稼ぎだ。

 手が片方空いたな? そこの枝を拾え。ああ、そのガキが振り回してそうな丁度いい長さの枝だよ。

 おっとしゃがめ。すぐさま上に向けて殴れ。次が飛びかかって来たな。


 よし。ここだ。一回きりの切り札を使う。


「ゾーン」――発動。


(これ……)

 感覚の変化を感じたネリネが思考する。

 そうだ、これがさっき手に入れたばかりの新しい力だ。


 視界が白黒に切り替わっている。

 その代わりに時間の流れがゆっくりに感じられ、かつ物の形や距離がきわめて正確に分かるようになる。


(一秒が十秒に感じられるだろう。一回きりなんだから、ほら、速く動くんだよ)


 まずは今にも飛びかかろうとしている犬と目を合わせろ。そう、今一番遠いやつだ。しっかりとな。

 チュン、っと。

 よし、奴の眼球から脳までビームが届いた。

 アレで死んだようなもんだな。

 皮膚からだと殺せないが眼球からなら殺せる。狙うのは難しいが「ゾーン」中ならどうとでもなる。


 次だ。

 今飛びかかってきている犬。そいつは間抜けにも大口あけてやがる。

 口の中に石を叩きこめ。そして枝を顎に突っ込め。

 よし、喉を貫け。支点、力点、作用点ってな。


 次だ。

 おまえがアッパーで殴って吹き飛び中のその犬だ。

 そいつの頭を抱きかかえて、そうだ。俺がつたえたイメージ通りの動きをすればいい。

 思いっきり頭を捻り殺せ。体重をかけろ。全力だ。オラまだ力出せるだろ。殺意ってのは、もっと容赦なくやるんだよ。リミッター外せ。

 まだだ。もっと力を出せ。

 死ねとか殺せって思ってるんじゃねえ。そんなんじゃ力なんかでねえよ。

「殺せ」じゃない「殺す」だ。そんな沸いた感情じゃねえ。冷たく、自分で確固とした意志で、殺るんだよ。


 そら、ゾーンが切れるぞ。

「バウッ」

「ガギッ」

 グキッ

 ゾーンが切れると共に。

 一匹が目と脳を焼かれて死に、

 一匹が顎の枝が貫通し悶え苦しみ、

 一匹が首をねじ折られて泡を吹いて気絶した。じきに死ぬだろう。


 苦しみながら一匹がこちらを見ている。

 驚愕、警戒、命の危険。視線からはそんなものが感じられる。


「はあ……はあ……」

 本来、こんなの人間が一秒でできる行動じゃねえ。

 無酸素運動にしても無理がある。それくらいの運動をネリネはやった。とっくに限界は越えてる。

 だからこその一度きり。


 仕留めきれなかったのが厳しい。あとはどうするか。

(息が足りない)(筋肉が悲鳴をあげている)(詰んでる)(死んじゃう)

 まあ、俺にできることはもうほとんどない。

 せいぜい、こいつの苦痛を食べることくらいだ。


 うーむ、肉体的苦痛も、なかなか美味だな。肉の味……そう、鶏ももに似ている。

 串にしてよし、照り焼きにしてよし、から揚げによし。かぶりつきたくなる感じだ。フィーリングの話ね。

 肉体的苦痛を俺が食べれば、こいつは苦痛を感じなくなる。

 肉体的限界は越えていても、完全に逝くまで動き続けることができるってわけだ。

 なんてデスマーチ。ブラック社畜の完成で圧倒的成長だ!!!


「グリ……ぜえ……ちょっと……はあ……うるさい」

 おまえは早く呼吸を整えろ。

「あんたは……黙って……私の苦痛を食べてろ」

 ……戦意は消えてないわけね。あいよ。


 ムシャムシャ

 ムシャムシャ

 ムシャムシャ


 なんか葉物食べてる擬音だな。まあいっか。


 最後に喉を貫かれた犬が飛びかかる。

 ネリネが倒れ込んで躱す。喉から出た血がネリネの服を汚す。

 そこで最後の魔犬も力尽きて死んだ。


「…………」

 おい、起きろ。

(無理、力が入らない)

 ネリネはピクリとも動かない。


(眠い……)

 あ、おい寝るな。

 寝たら死ぬぞ。寝たらやばいんだって。

 これから魔犬どもの本隊が来るっていってんでしょーがー!

 逃げないといけないの!


 眠気って食えるのか?

 あ、食える。

 あーあーでも駄目だこれ。眠るのを止められないわ。

「眠い」という感情を食うことはできても、「眠る」という生理的行為を止められない。

 多分、朝の微睡みを吹き飛ばしてスッキリ起きるとかしかできないわ。


(おやすみなさい)

 おやすみじゃねーんだって、まずいんだって。

 あー

 あーあー

 あー……


 寝ちまったよ。


 どうするよ。困ったな。

 うーんうーん。

 うー……ん?


 あれ、まてよ。

 ネリネは寝たのに、俺は起きてる?

 宿主が寝ても、俺は元気?

 いや、でもあれだ。ネリネの脳にハッキングしてた分は無理だ。思考力下がってる。

「鷹の目」も「ゾーン」も使えないわ。

 あれ系は人間の脳に計算させてたからな。残当か。


 なんとかこの身体を移動させなきゃならんのだが……。

 あれ、脳の深いところには指令が送れるっぽい。

 じゃあなんとか体を動かせるかな。

 立て。立てー。

 あ、ピクリと動いた。

 もーちょい。

 ぴく、ぴくぴく。

 難しいなこれ。

 よし、よーしよしよし。

 なんとか「はいはい」はできそうだ。

 十四歳女児の這い這いだ。


 けっこう乳酸が溜まって来ている感じがある。けど、完全に限界って感じでもないな。

 身体が限界っていうよりは、心が限界って部分もあったっぽい。

 領主にレ〇プされそうになる→殺人→母親に裏切られる→怖い魔犬と死闘。の連続コンポだからな。

 しかも俺が煽るしな。

 俺は表層にある感情を食うことはできるが、無意識まで把握できているわけじゃない。

 状況と感情から推測することはできても、本当のところまで分かっているわけじゃないのだ。


 ちとやり過ぎたか?

 ……なんてな! ガハハ。

 こいつの心配なんてしてやらねえ。

 こいつの心が弱いのがいけないのだ。

 ……大丈夫かな? いやいやいや、容赦などしてはいけないのだ。


 そんなことを考えながら、

 足を引きずりながら(歩くことができるまで上達した)村まで帰ってきた。


 さて、どうするよ。

 この身体じゃあ休む必要がある。安全地帯を探さないとな。


「あれまあネリネちゃんどうしたんだい!?」

 気づいたおばちゃんが駆け寄ってくる。

 いろいろボロボロだしな。

 血も浴びてるし、心配もするだろう。


 おばちゃんはネリネを抱え込む。

 俺はそこで安心して気絶したふりをする。


 ん……?

 身体に力が戻っていく?

 回復魔法? いや、そんなものがあるのか?


 ……だが敵ではない。それは明らかだ。ならば。


「おばちゃん。あんた人間じゃないよな?」

「あんたも、ネリネちゃんじゃないよね?」


 俺が振り返って放った一言に驚くこともなく、おばちゃんはにっこり笑って返した。

 ほんとこのおばちゃん、ただものじゃないわ。


 ……思い出した。俺がどんぶらこしてた時に拾い上げたおばあちゃんだ。

「あんた、何者?」


 怪訝な俺の問に、おばあちゃんは穏やかに答えた。

「プネウマの波動集積体。つまり、どこにでもいる、ただの神様だよ」


 ん、プネ? なんだって?

 ……カミサマ?

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