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翠眼の魔物  作者: ミドリのヤツ
11/20

眠り月夜の来訪者

 すっかり月夜だ。


 ネリネは自分の家に帰ってきていた。

 かがり火は未だ絶えず、祭の賑わいは消え去ってはいない。


 だがネリネは今日はもう体力を使い果たしていた。

 だから寝に帰って来たのだ。


 だったらアネモネの家で眠ればいいのにと思ったのだが、そうもいかないらしい。

 アネモネにはアネモネで、家族関係に問題を抱えているらしく、同衾でお泊りは許されないというのだ。

 同性同士だというのに、ご苦労なことで。


(あんな言い方で良かったのかな)


 ネリネが思い出しているのは、さっきアネモネに言った言葉だった。


 そりゃどういうことだ?

(私のためにあんたを救う――。相手の感情なんて知ったことじゃない利己的な救済。でもそれって、私のお母さんの言っていたこととなにか違いがあるのかな)


 ――おまえは、あたしの幸福・・・・・・のために犠牲になっていれば良かったのに!


 ネリネの脳内で、母親の言葉がフラッシュバックする。


(私がやっていることは、お母さんが私にやったこととなにも変わらないのかもしれない)


 アネモネは救済を拒否した。だというのに無理やり救うというのは、やはり利己的な行為だ。

 自分自身の幸福のためにアネモネを救済するという構図は、ともするとネリネの母親と同じことをしていることにもなりかねない。


(へっ、そう思うんならそうなんだろうよ)

 なんにせよ、同じものに成り下がるか、そうでないかはお前次第だ。

 お前は馬鹿でのろまだから、そういう結果に転ぶかもな。


「そうかもね」


 口では肯定するネリネだったが、あまり不安はないようだ。


(妙に自信がありげだな)

「まあ、私とあいつのことだからね」


 本当にどうにかなる気がしているらしい。

 こりゃ不安を煽ってもちょっとやそっとのことではブレなさそうだ。


「ま、後のことは明日から………………すぅ」


 ネリネはベッドに横になるや眠ってしまった。

 元から寝つきが良いのもありそうだが、疲れていたのだろう。

 今日は怒涛の一日だったから。


 俺は眠らない。


 魔物としての特性かも知れんが、夜の方がなんだか目が覚めた気がしている。

 俺も夜行性なのかもしれない。



 …

 ……

 ………


 暇だ。


 夜明け前になろうとしている。


 いつの間にか祭の喧騒も止み、かがり火も消えている。


 辺りはすっかり暗くなっている。

 月と星の光だけが夜道の頼りだ。

 といっても夜道を歩いたりなんざしていないが。


 ネリネの身体を動かすこともできただろうが、今日は止めておくことにしていた。

 体力の回復を優先するためだ。


 だがそうすると俺はやることがない。

 じっと部屋の中を見つめているしかない。


 暇だ暇だといっても、退屈には耐性がある。

 なにしろ試験管の中でなにもできずにずっと河を渡り続けてきたのだ。

 とはいえ景色が変わらないというのは退屈するものがあったが。


 というわけで自分自身のことについて感じとっていた。


 ビームは回復していた。

 かなり高出力で打てるし、前よりも多く打てそうだ。

 あれはあれで魔力アルカを消費しているっぽい。


 どうも俺自身の魔力と、ネリネの魔力は独立しているみたいで、魔力の受け渡しなんかはできないようだ。


 肉体と心が必要というところがネックなんだろう。

 直観的にそう感じた。



 ――と?


 誰かがこちらに歩いて来ている。

 足音が聞こえる。


 人間か? 足音は一人分。

 獣の類ではない。


 だが、魔人という可能性もあるのか。

 なんにせよ、こんな深夜に出歩いているというのが不審だ。


 足音はなおもこちらに向かってきている。

 扉の前に立った。この家の前だ。

 どうする?


 ……まずは様子を見よう。

 俺のビームはもうすでに溜っているんだ。大抵の相手なら、問題はない。


「ネリネちゃん、起きてるかい?」


 足音の主は声をかけた。


 ああなんだ、ルアーキか。


「夜分遅くにすまない。ちょっと話があってね。まあ寝ているだろうが入らせてもらうよ。もっとも――」


 ルアーキが家に入る。

 その姿は紛れもなくルアーキだ。

 間違いはない。


「――話をしたいのは、翠眼の魔物くんのほうとなんだけど」


 ルアーキはベッドの前に椅子を持ってきて腰かけた。距離はそれなりにある。

 俺はルアーキをじっと見る。ルアーキも俺を見た。


「君がネリネくんと会話をしていたのは知っている。だったら、僕とも話ができるんじゃないかと思ってね」


「…………」

 俺は口を開かない。


「ま、といってもそう簡単に口を開いてくれるわけじゃないだろうから、まずは僕が勝手に話させてもらおうか。そうだね、どんなことが君は興味あるだろうか」


 ルアーキは少し考えると、いろいろ喋りだした。


「なぜこの村の連中は魔王領の近くにいるのにこんなにも魔王に対する危機意識が低いのか知っているかい? さっき娼館の女の子たちに教えてもらったんだけど、ここは本当に田舎だからここ何百年近くも攻め入られたことがないらしい。しかも魔王領とはここ数年前までそれなりに交易もしていたらしいから、敵対するという考えが浮かばなかったみたいなんだ。ここは交易においてはただの宿場町としての役割が多少はあるけど、それも少数の行商人しか来ない。この村は基本的に外界からシカトされているんだ。だから外から攻めてくるという発想がそもそもなかった」


「けれど実はこの土地ってそう悪い位置にあるわけではないんだ。絶好の場所でもないけど、村じゃなくて、街と呼ばれるくらいには発展していてもおかしくない場所なんだ。だというのにこの場所はどうして経済があまり回っていないのか。それはね、ここら一帯を治めていた領主の秘密の保養所・・・・・・になっていたからなんだ」


「つまりは色事さ。辺鄙な村なのに、立派な娼館が建てられているのがその理由だ。僕も詳しくは知らないけど、領主には他人にバレるとマズイような特殊な性癖があったらしい。その性欲を発散するのがこの村。つまりは隠れ里だったというわけさ。隠れ里なら専門のスパイ集団でも育成すればいいのに、色事のためだなんて、馬鹿だよね。まあ、僕が人間領から逃げる進路上にこの村を置いたのも、友人に穴場の娼館があるとこっそり教えてもらっていたからだから、人のことは言えないんだけどね」


「ああ、そうそう。その領主が殺された件についてだけど、暗殺とかではないらしいよ。だからこの村にいま暗殺者がいる可能性は低くなった。そこは安心してくれ」


 ああ、そんな話もあったな。

 犯人はネリネだし、どう誤魔化そうか困っていたところだから、勝手に自己解決してくれてて助かった。


「うーん。あとはなにを話すべきかなあ……。何か知りたいことない?」


 まだ喋らない。

 まだ信用できない。


「……まだ口を開いてくれないか。それとも本当にしゃべれないのかな。まあいいや。もう少し喋らせてもらおう。そうだなあ。魔犬の能力は『共有』だけど、ゴブリンとオークの能力はなにか? 魔物図鑑によると、ゴブリンは『簡易武器作成』で、オークは『肉体増強』らしいよ。もっとも、魔物の君は知っていたかもだけど」


 いや知らなかった。

 だからって喋んないけど。


「ゴブリンの『簡易武器作成』は、石ころや木の枝なんかを剣や弓矢なんかに変えることができる能力だ。といっても品質は低いけどね。ゴブリンの嫌なことは、とにかく数が多いことと、バリエーションが豊かなところだと言えるだろうね」


「オークの『肉体増強』は読んで字のごとく肉体を強くする能力だ。使っている間は筋肉が大きく盛り上がる。肉体の一部に使うこともできて、そうすると効果が高くなる。興味深いのは、この能力には裏技があるってことだ。エッチなことに使えるんだ。……よし。ネリネちゃんは本当に眠っているらしい。ここでいきなり起きだして叩かれなくてよかったよかった。僕も男の子だから、下ネタ吐いてないと気が滅入っちゃうんだよね」


 それは男の子だからじゃなくて、お前が下半身に正直すぎるだけだ。

 イケメンなのに勿体ないよな。


「魔物のほとんどは生殖能力がない。退化しているか、元々ないかの二択だ。オークには非常に退化しているパターンの魔物なんだけど、オークが股間に『肉体増強』を使うと、その間だけ生殖能力が復活するんだ。しかも、著しく発達した状態でね。ちなみにオークはオスしかいない。それで生まれた魔術師が『治癒』の能力を持っているんだけど、これが傑作さ。彼は『治癒』って感じじゃない。明らかに前に出て殴りに行くような体格さ。だっていうのにヤルタに勝てないってんだから面白いよね」


 ルアーキはケラケラと笑う。

 やっぱこいつ性格悪いな。

 人のこと言えないが。


「ついでに言うなら現在確認されている魔術師は現在六人……いや、ネリネちゃんを入れて七人だ。そのうち攻撃系魔術師はぼく以外一人もいない」


 と、ルアーキの顔つきが変化した。

 いよいよ話の本題に入るらしい。


「けれど、強化付与エンチャントの能力は別の魔術師と組んでこそ真価を発揮する魔術だ。様々な場面でネリネちゃんは活躍できるだろう――」


 そこまで言われれば、なにが言いたいのか理解できる。

 つまりルアーキはネリネに――。


「ネリネちゃんに僕と一緒に王都に来てほしいんだ」


(…………)

 ふむ。

 確かに、いつまでもこの村にいるわけにはいかない。

 ネリネは村を出る。出させる。それは俺の中でも決定事項だ。

 ここが空白の安全地帯だったとしても、それはすでに過去の話だ。ここには安全は無い。

 それに領主殺しがバレてしまうリスクを考慮しても、ここにいるのはどう考えても得策ではない。

 アネモネという娘の存在がここに留まる要因になっているが、どうにか処理してネリネを連れだすつもりではあった。

 その方法も、この夜の間に考えていたことではあるのだ。


「彼女――と、当人の前で言うのはなんだかおかしいけれど、ネリネという女の子はきちんと魔術師としての才能を磨く必要がある。その未来をここで潰してしまうのは惜しいんだ」


 ネリネの力を磨くのは悪い選択肢ではない。


 それに魔術師ともなれば戦場に行かせられるだろうが、同時に重用されるため前線には送られにくいはずだ。なにしろネリネの魔術は前線向きとは言えない。


 そしてその状況は俺にとって理想的な立場となる。


 戦場の後方ということはこの魔王との戦いの情報を多く入手できる場所だ。魔王に恨みがある俺にとって奴らについての情報は喉から手が出るほど欲しい。大きな脅威である魔王軍の動向を把握できるということは、身の安全確保においても最適な立場だ。ともすると市井に身を置くよりも安全だ。


 しかも、戦場という場所はネリネにストレスを与えることができる。戦争がネリネに与える負の感情を俺が喰らうことで、俺はもっと強くなれる。


 ルアーキの要求は俺の目的と合致する。


 合致はするのだが――。


 ルアーキは少し寂しそうに席を立つ。扉を開いて、俺に向かって言った。


「君の言葉が聞けないのは辛いところだけど、言いたいのはそれだけだ。考えておいてくれ」



 ドアを閉じる前に、俺はネリネの口を操作して喋った。

「一つ、解せないところがある」


 ルアーキの動きが止まった。

 驚いた顔でこちらを見る。


 俺は続ける。

「お前は人類領から逃れ、魔王領に入ろうとこの村まで来た。その動機を捨ててまで、ネリネの面倒を見ようとお前は言う。目的はなんだ?」


「ああ、なんだ。そんなことか」

 ルアーキは応えた。


「ただ、事情が変わったんだ。ネリネちゃんという存在によって僕の――――」


 そのとき、巨大な影が月を覆った。雲ではない。

 次の瞬間、爆発かと聞き間違えるほどの、爆音。それが単なる着地の足音であると、誰が予想できただろう。


 そいつは家のすぐ目の前に降り立った。


「ウソだろ……」

 それを見たルアーキが青ざめた顔で呟く。


 爆音はネリネを一瞬で起こしたようだ。

 村の連中も跳び起きて騒ぎ出している。


 ネリネが家の外に出ると、そいつを見た。


 魔狼――そう呼ぶべきほどに巨大な魔犬。

 十メートルは超えると思わしき体躯が、空から降ってきたのだ。


 これは明らかに強い。

 数多ある傷痕が歴戦を物語る。

 ネリネを見下ろす瞳が、それだけで委縮させる。


 そして、その魔狼の上に――人影。

 ゆらりと、立ち現れる。


魔犬ガルムの魔人。ベーロス・ケェルト」

 ルアーキがその人影の名を呟いた。


「魔人が直々に、この地にお出ましだって……!?」


 立ち振る舞い、それだけで十分に分かる。

 マズイ……!

 魔狼だけでもヤバいっていうのに――

 この魔人、俺たちの手に負える相手じゃない!


 魔狼の上の人影――魔人ベーロス・ケェルトは、ネリネに向かって呟いた。


「翠眼の左目を持つ少女よ。貴様はこの戦争最大のイレギュラーだ」


 魔犬の親玉である魔人ベーロス・ケェルトということは、「共有」によってネリネとルアーキの戦いを見ていたのだ。

 そして村人のように総てがルアーキの力であるという勘違いを起こすことなく、冷静にネリネを重大な戦力と見定めた。


「イレギュラーの少女よ。『共有』のみならず我が目でもって、貴様を見定めさせてもらう!」


 魔狼が咆哮する。

 ビリビリと空気が震え、それだけで戦闘開始のゴングが振りならされたのだと分かった。


 ああ、くそ。だからフラグはやめろって言ったんだ。


 本当に、今夜がさわがしい事態になっちまったじゃねえか!

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