翠眼の出会い
――空白の世界で、俺は目覚めた。
あれ、ここはどこだ? 俺はだれ――あれ? 誰だ?
マジで誰だっけ?
名前も思い出せない。ええと、たしか性別は男だ。
日本で生まれて――あれ、日本のどこで育ったんだっけ?
どんな友達がいて、どんな生活を……ああダメだ。思い出せない。
こんなにも日差しが強いから。記憶が焼けてしまう。
そんなことを思っていたら、日差しが喋った。
「我は神。唯一絶対の神である」
神様……?
日光が言うのならそうなんだろう。
でもこの自称神、どうにも信用ならない。
だってさあ。
唯一絶対の神は唯一絶対とかあえて強調しないってそれ一番言われてるから。
きっと嫉妬深い神様なんだろう。
その神とやらは続ける。
「汝らは我が命により集められた名誉ある魂たちである。汝らはこれより転生を行い、魔王領に生まれつく」
汝らってことは俺以外にもいるのね。見渡すと……って眼がねえ。
魂だけの存在ってことか。どうりで日差しが熱いはずだ。
「汝らは我のもとに集められた魂である。人のために尽くすがよい。魔王領を混沌とさせ、魔王を討て」
偉っそーに言いやがって、やなこった。
「なお、我の発言を貴様らは忘れ、同時に魂に刻まれる。それでは行ってくるがいい」
あってめえ、なんてことしやがる。
知らず知らずのうちに俺はこいつの手のひらの中で踊らされるってことじゃねえか。
神様だろうが知ったことか。もう怒った。
ぜってえ殺してやるからなぁー!
なー!
なー
なー
――しかし努力もむなしく、このやりとりを俺はスッカリポンと忘れてしまったのだった。
…
……
………
そして記憶もなく目覚めた先は試験管の中。
俺が入っている試験管を、男は眺めていた。
男はどうやら俺の父親らしい。
「――失敗だな」
生まれて開口一番、親に言われた言葉はそれだった。
俺は呆れてなにも言うことができない。っていうか口がない。
口がない!
喋れない!
俺は目ん玉の魔物だった。さながら妖怪目玉おやじだ。
あれ、目玉おやじってなんだっけ……あれ? まあいいや。
「やはり魔王様と王妃様の血をもってしても、第二の魔物を生成することは敵いませんでしたか」
執事っぽい見た目の悪魔が喋ってる。悪魔かこれ……どっちかっつーと”魔人”って単語が似合いそうだ。
執事おめーの名前知ってるぞー? 絶対セバスチャンって名前なんだ。そういうお約束なんだ。そうだろ?
「いや、それ自体は失敗とは言えないぞ、セバス。だが、それによって生まれたのがただの眼玉一つとは……魔物として失敗としか言えないだろう。これでは人類領へ進軍する役に立つのはおろか、生きることすら不可能だ」
ほらーやっぱりー! やっぱりセバスちゃんじゃないですかー!
と、執事にばかりかまけているわけにもいかない。情報を整理しよう。
①目の前の親父は魔王だった。
②俺は魔王と王妃の血を混ぜて作られた試験管ベビーな魔物だった。しかも失敗作らしい。
③この魔王様、人類領へ攻め込むつもりらしい。
うーんなかなかの情報量。俺の解析能力の高さに自画自賛も許されるレベル。
「その魔物、どうされますか?」
「どうもしない。廃棄だ」
そしてぽいっと、試験管ごと投げられた。
魔王城を飛び出し、下の堀へ落ちていく。
そんなことされたら死んでしまうではないか!
死にたくない!
この恨み晴らさでおくべきか。
この魔王も絶対に殺す!
ああー……
せめてカーチャンの顔だけでも拝んでおきたかったな……
そんなことを思いながら堀ポチャし、繋がっている川に流されどんぶらこっこ。
どんぶらこ。下流に下流に流されていく。
それから数日流され続けた。
…
……
………
餓死寸前。目玉もしわしわになってしまって、もうしにそう。
そんなとき。
「あれぇー、川から変な物が流れてきたのう?」
かわでせんたくをしていたおばあちゃんにひろわれました。
ももたろうかな????
ももたろうってなんだっけみたいなことをかんがえているよゆうはありません。
かんじへんかんするだけのちのうもおとろえました。
「こりゃあしわしわになった目ん玉じゃねーか! ひええ気持ち悪い!」
おばあちゃんはひろったものをポーイ!
しけんかんはパリーンとわれて、ベチャッ。おれは、じめんのうえになげだされました。
どこかのむらの、ちいさなろじでした。
いえのあいだからさしこむたいようが、やけにまぶしくうつります。
じょうはつするからかな、まぶしいひざしは、なんだかにがてです。
ああ、もうおしまいだ……。
なんのためにうまれて、なにもわからないまましんでいくんだ……。
そんなのはいやだとおもっても、それがげんじつのきびしさなんだ……つらい。
らいせは、すーぱーびしょうじょじょしこうせいにうまれかわりたいな……。
そんなことをかんがえていたときです。
「おい、大人しくしろ! お前みたいな弱っちい村娘は、領主である吾輩に従っていればいいんだよ!」
「嫌! もう嫌! もう左目の穴にお〇んちんをいれたり出したりするのはやめて! 死んじゃえクソ領主!」
「ははははは! 言ったな! お前の未来は決まった! 喜べ、今日お前は、右目も失うのだ!」
「ギャアアアア! 助けてー!」
せいきまつもまっさおな、ひどいやりとりがきこえてきました。
……けれどそのとき、おれの本能はこう叫んだのだった。
チャンスだ!!!!!!
と。
ギリギリのところで保っていた、最後の思考能力が呼び覚まされる。
なにがなにやら分からないが、これが俺の生存に与えられた最後のチャンスだと、生存本能が告げている。
テンションの落差に驚くかもしれないが耐えてくれ。俺も必死なんだ。
俺は思念波を送る。
――助けて欲しいか!
――力が欲しいか!
「――え?」
村娘の視線がこちらに向く。
ぶっちゃけ助けて欲しいのは俺もなんだが、それはさておき思念波を送る。なぜ送れるのかは分からない。なんか急にできるようになった。
――力が欲しければ、
――その男の呪縛から逃れたければ、
――その男に復讐がしたいのならば、
――俺を、お前の眼窩に収めるのだ!!!!!!!!
村娘は一瞬迷ったようだが、しかし意を決して俺を掬いとる。
そして俺を自分の左目にあったところに入れる。
ごろごろと回り、村娘の視神経と接続される。神経を通してハッキング開始。
脳を共有する感覚。右眼の視界も認識できる。
と、村娘の思念が俺に流れ込んでくる。
(こわいよ……つらいよ……)
(いやだよ……ゆるして……)
(いたいよ……やめてよ……)
ああ、なんて――
その感情に対して、俺は思わず、こう思ったのだった。
――なんて、美味そうなんだ。
俺は口を大きく開ける――口なんてないが、そういう感覚なんだ。ニュアンスだ。考えるな、感じてくれ。
そして、おれは村娘のその悪感情を……喰った。
うめえ!!!!!!
力が漲る。しわしわになっていた眼球に張りが戻ってくる。視界も上々。
今まで生きて来て一番の元気を得た俺は、こう言っちゃなんだがルンルン気分だ。
なんでもできそうな気がする。
目からビームだって打てる気がする。
あ、出そう出そう出そう!
で、出ちゃうー!
目からビィイイイイイイイーーーーーーーーーーーーーム!!!!!!!!!!!!
出たー!
「あ……」
村娘が呟いた。
目線を共有している俺は、村娘が何を見ているのか分かった。
それは領主の下半身。
おれがビームを打っちゃったところ。
そこにあったはずの御立派様は、宝玉ごとビームで綺麗に蒸発していましたとさ。
「か、は……っ」
領主は白目をむいて泡を吹いて倒れた。下半身から血も噴き出した。
目玉の魔物だから人間の身体についてはよくわからないが、それでも一つ言えることがある。
これは領主死んだね。確実に。
うーん、いきなりまずいことやらかしちゃったんじゃないか、これ?