大地の神
この種族とたき火を囲んでいろいろと話すうちに、この種族は自分たちのことを『アヴァルの民』と呼んでいることが分かった。
一族の中で最も年老いたアヴァルによると、元々は更に北の豊かな土地に住んでいたらしいが、寒さに追われて転々と移り住みながらここまで流れてきたらしい。
その途中で人口はどんどん減ってゆき、この一族だけが最後に残った。
「私の氷河期のせいですね・・・。ごめんなさい」
僕の隣で話を聞いていたロリ少女が悲しそうにうつむく。
「ダガモウダイジョウブダ!ホノオガアレバサムクナイ!ガウムモコナイ」
(だがもう大丈夫だ!炎があれば寒くない!ガウムも来ない)
そう言って彼等を鼓舞する僕にそのアヴァルは不思議そうに尋ねてきた。
「ナゼ、ホノオヲシッテタノダ?ドコデシッタノダ?」
(なぜ、炎を知ってたのだ?どこで知ったのだ?)
彼にとってその疑問はもっともだろう。今まで一緒にいた奴が突然、炎を熾したんだから。
そして僕自身も、なぜその知識があったのかが分からない。
「ワカラナイ、トツゼン、ヒラメイタ!」
(解らない、突然閃いた!)
そうとしか答えようがなかったが、何故かその老アヴァルは納得したようにうなずく。
「キットコノダイチガ、『ユルズ』ガワレラスクッテクレタノダ・・・。ワレラヲイツクシミ、ハグクンデクレタハハナル『ユルズ』ガナ・・・」
(きっとこの大地が、『ユルズ』が我らを救ってくれたのだ・・・。我らを慈しみ、育んでくれた母なる『ユルズ』がな)
老アヴァルは目を細めながら壁に掛かれた、在りし日の豊かな大地の壁画を眺める。きっと幼き頃に過ごした豊かな故郷のことを思い出しているのだろう。
おそらく彼等の中で『ユルズ』というのが自分たちを生んだこの大地に対する認識なのだろう。
「ありがとう、私の子供達・・・。私はあなた達を失いたくない、絶対に・・・」
ロリ少女は慈愛に満ちた表情でたき火を囲んだ最後のアヴァルの人々を見つめる。それはまさに我が子を見守る母親そのものだった。
考えてみればこの子のことをロリ少女と呼んでいたが、名前を聞いてないことに今更気が付いた。
「君って名前はなんていうの?なんて呼べばいい?」
「なまえ?何ですかそれは?」
あ、そうか。他者が居ない以上、自分と他者を区別するための名前なんてある訳ないか。
それに星が自分自身に名前を付けるはずもない。
「君の子供達は君のことを『ユルズ』って呼んでるみたいだから、君はこれからユルズだ」
「ユルズ・・・、それが私?私の名前・・・。なんだか嬉しいです!ユルズ、ユルズ、ふふ」
両手を胸の前で握り、ユルズはその名前を噛みしめるように何度も嬉しそうに反芻していた。
「では、あなたは何て呼べばいいのでしょう?」
自分の事が分からない以上、自分の名前なんて解る訳がない。
う~ん、いずれ思い出すかもしれないが呼称が無いのも不便だ。僕はこの種族を救い、導く存在だし、こうして憑依も出来る・・・。
「まるで、神様だよな・・・」
「わかりました!神様ですね!」
僕が思わず呟いた言葉を聞いて、ユルズは素直に受け入れてるが、なんかすごくバチ当たりな気がする。
でもやってることは同じだし、この際神様でいいか。
だが神様の最初の仕事として炎を与え、暖を取る方法があっても食料が無ければ状況は何も変わらない。
そこで僕はみんなにどんな武器があるかを尋ねた。
木の棒を削ったこん棒。
投げやすい大きさの石。
石を打ち合わせて砕いた石ナイフ。
たったそれだけの武器であの獰猛なガウムを戦うのは無謀だ。
今までどんな獲物を食べていたのかを聞くと、地面に穴を掘って暮らすラビというウサギや木に住む小型の猿、シカなどを追い立てて罠に掛けていたらしい。
どうやら本格的に何かと『戦う』ということはしたことがないのだ。ここまで逃げ延びて来れたのが奇跡に近い。
僕は何か武器になるものは無いかと辺りを見回す。
遠くに火山が見えるってことは、この辺は火山地帯のはずだ。
ということは、あれがあるかもしれない・・・。
予想通り、周囲の石壁は黒く、崩れた石は鋭角的に尖っている。
この黒い石は黒曜石質が含まれている。
僕はこの石の破片を失敗しなかがらも何度か打ち合わせて尖った石片を作ると、天井の割れ目から垂れ下がった木の根を寄り合わせる。
そして出来た紐と尖った石片をなるべく真っすぐな枯れ枝の先にしっかり結わえ付けた。
「コレハヤリダ。コレデハナレテコウゲキデキル。ミモマモレル」
(これは槍だ。これで離れて攻撃できる。身も守れる)
なぜ僕がそんな知識があるかは自分にも解らないが、即席の槍にアヴァル達は感嘆の声を上げ、みんなで奪い合うようにいじくりまわしたり、素振りをしたりしている。
そして自分の槍が欲しくなった者から僕のマネをして作成に取り掛かった。
みんなに槍造りの手ほどきをしつつ、この日の夜が来る頃には全てのアヴァルが新しい武器、槍を手にしていた。
そして次の日の朝早く、僕に率いられたアヴァルの男たちは両手に槍を持ち、外の森で眠っていたガウル達を襲撃した。
夜行性のガウル達は最も苦手な時間帯に襲われ、這う這うの体で逃げ出した。
二匹のガウルを仕留め、アヴァルの一族は久しぶりの食料にありつくことができた。
そして、ガウルの肉を炎で焼くことによってさらに美味しく食べられることも彼等を喜ばせた。
暖かな炎に照らされ、こんがり焼けたガウルの肉を頬張り笑い合う一族を眺めながら、あの老アヴァルはしんみりと僕につぶやいた。
「ユルズガ、オマエヲツカワセタノダロウ・・・」
(ユルズが、お前を遣わせたのだろう)
見透かしたようなその言葉に僕はたじろいた。この老アヴァルは中身が僕だって気が付いたのだろうか?
「キットオマエニハ、ユルズノタマシイガヤドッタノダ」
(きっとお前には、ユルズの魂が宿ったのだ)
きっと老アヴァルはこの若いアヴァルに神が降りて助けてくれたように感じたのだろう。
彼等にとってみれば、この出来事はそう考えるしかない奇跡なのだ。
やがて、老アヴァルは立ち上がると一族のみんなに告げる。
「ミナ、キケ。ワレラニチエト、ブキト、キボウヲアタエテクレタ、『ユルズ』ニ、トワノカンシャヲササゲヨウデハナイカ!」
(皆、聞け。我らに知恵と、武器と、希望を与えてくれたユルズに、永久の感謝を捧げようではないか!)
そう叫んだ老アヴァルは大地の風景を描いた壁画の前に跪く。
誰もがうなずき合い、それを見習って一族の全員が壁画の前に跪いた。
「「「ハハナルユルズニトワノカンシャヲ!」」」
(((母なるユルズに感謝を!)))
僕の横にたたずみ、ユルズは穏やかな笑みを浮かべてその光景をいつまでも見つめていた―――