プロローグ
僕の意識は真っ白な雲の中で目覚めた。
正確に言えば、呼び掛ける声に目覚めさせられたと言える。
全く音の無い静謐な世界に響くたった一つの声。
「あの、わたしの声が聞こえますか?お願い・・・」
ほんの微かな、鼓膜を撫でる程の声に耳をすます。
それはまだあどけなさを残した女の子の声。
まるで小さな鈴の音にも似た、凛とした澄んだ声だ。
やがて小さくなってゆくその声を逃さぬように、僕は声の主を探して周囲を見回す。
ふと気がつくと、自分の身体が見えない。いや、無いのだ。
あれ、僕って身体あったよな?え?
身体、というより自分自身がなんなのか解らない。あれれ?
そこに再びの声に、聞こえたら方向に目をこらす。
雲の濃淡の合間に人影が見える。
「わたしのこと、気がついてくれたんですね!やっと会えた・・・」
その影が駆け寄ってくる気配に反射的に後退り、踵を反す。
「な、なんで逃げるんですか?」
「え?だってこんな訳の解らない所で変な人影が向かってきたら逃げるでしょ?」
「影?・・・あなたまだここに慣れてないんですね」
こんな何もない、方向もわからない虚無空間になんて慣れたくないし、長居もしたくない。
「じゃあ、『私の姿を見よう』って強く意識してください」
そのぼやけた人影に従い見ようと意識する。
というより、『見ようと意識する』なんて感覚がよくわからないから、人影に目をこらすしか出来ないけど。
もし身体があったなら、さぞ間抜けな光景だったろう。
だがそうするうちに人影が色彩を帯び始め、その女の子の姿が見えた!
それは声のイメージそのままに、小柄でパッチリ大きな瞳がチャームポイントの可愛い女の子だった。
が、その格好がベタというか、なんちゅうか・・・。
頭にピンクのリボン、肩までのボブカットの髪に可愛いおへそが覗く短いヒラヒラのブラウス、揃いのレースがついた短いスカート。
そして小さなリボンをあしらったニーソックスにピンクの靴。
まさに絵にかいたようなロリ少女。
「な、な、なんですかっ!これはっ!」
と、最初に驚いたのは俺でなくその女の子だった。
「あなた、こんな恥ずかしい格好で私の事を想像したんですか?」
「想像した覚えはないけど、見ようと思ったらそうなった」
「ここは認知が全ての世界ですから、あなたのイメージする私の年齢の女の子はこういう姿なんでしょう・・・」
それはそれでなんかショックだ。僕はそんなロリ趣味な人間ではないはず・・・、あれ、僕?
やはり自分の事が解らない。
「認知が全て世界?ここはなんなの?それに自分のことも解らなくて・・・」
「私もここの事はあまり解りませんが、・・・たぶん『意思』だけの世界なんだと思います。あなたがここに来る前にどんな姿だったかは解りませんが、『意思』をもって存在していた事だけは確かですね・・・」
そのロリ少女は人差し指をぷにぷにほっぺに当てて、思案しながら難しい顔で答える。
だからこの子を見ようとしたら、無意識に想像した姿で実体化したのか。
つまり自分が見えないのは、自分の事が解らないからだろう。
「たぶんあなたの『何かを探そう』という思いが、私を見つけてくれたんだと思います!長い間、どれだけ叫んでも、誰も私に気付かなかった。だけど、あなたは気付いてくれた。ほんとうにありがとう・・・」
そう言ってロリ少女はとても嬉しそうに笑った。
「君はいったい何の意思なの?どうしてそんなに気付いて欲しかったの?」
「私が何なのかは分かりません。他に私を定義付けてくれる存在が他に無かったので・・・。私はここで、私の子供達を救い、導いてくれる存在を探していました」
「え?君の歳で子供がいるの?!それも複数人!」
「ええ、本当に小さな偶然が重なり、やっと生まれた大切な子供達なんです。どうかあの子達を救ってください!私には見ている事しか出来ないから・・・」
ロリ少女の大きな瞳が涙に潤み、そして溢れた涙がこぼれ落ちる。
こんなロリ少女に子供が出来るなんてどんな偶然なんだろう、と思ったがこんな風に泣かれたら放っておけない。
このままこの虚無空間をさ迷っているよりましな気がした。
「わかった、僕に何が出来るか解らないけど、やってみるよ!」
その言葉を聞いたロリ少女は目に涙を湛えたまま俺を見上げ、本当に嬉しそうに微笑む。
「ありがとう・・・、ほんとうにありがとう」
涙に濡れた少女の笑顔はまるで、朝露に濡れた小さな花のように可憐で、儚く見えた。
「では、私と私の子供達が居るところにご案内しますね!私の後に付いてきてください」
そう言うとロリ少女は白いもやの中に歩きだした。
その姿を見失わないように後を追う。
それからどれくらい歩いただろう。ここでは時間の感覚も距離感も解らない。
歩みを進めるロリ少女の姿だけが『移動している』だろうと感じさせてくれる。
やがて周囲を包む白いもやが薄れ、だんだんと黒くなってゆく。
前方を歩くロリ少女の姿を囲むように大きな円が現れた。
もやが完全に晴れると、そこは全て星空。僕は星空の中に居た。
「着きましたよ。あれが私です」
僕に向かい合っていたロリ少女が脇によけると、目の前には星空に浮かんだブルートパーズのような、蒼く美しい星があった。
どうやら僕は今、宇宙に居るのだ。
太陽からの光を受けて輝くその星は真っ青な水を湛え、幾つかに別れた大陸は大部分が白く覆われていた。
それはまさに宇宙に浮かぶ宝石。
「・・・すごい、綺麗」
思わず洩らしたその言葉に、ロリ少女が顔を真っ赤にする。
「そ、そんな綺麗だなんて!・・・始めて、言われました」
照れたようにうつむくその姿にキュンとしてしまったが、それよりも確認すべき事がある!
「そんな事より、あれが私って言ったよね?!もしかして君は、あの星?」
「ほし?というのがよく解りませんが、あれが私です」
つまりこのロリ少女は、あの星の『意思』ということだ。
「あなたが元居た場所では、私のようなものを『ほし』というんですね!」
ロリ少女の言葉にふと気がつく。
俺はあの物体を見て、すぐに星だと思った。それにあの星の姿に懐かしさを覚えている。
このロリ少女と一緒に居れば、きっと自分自身のことも思い出すかもしれない。
「君があの星だって事は解った。その助けて欲しい子供達ってどこなんだ?」
「はい、こちらです!」
再びロリ少女の姿についてゆくと、バビューンってな感じにその星の地表近くの上空まで引き寄せられる。
落ちる感覚に似てこそばゆい。
遠くから見たように大地はどこまでも白い雪に覆われ、凍りついた木々の間には寒さに強そうな大型の生き物が蠢いていた。
遥か遠くの地平線には噴火したばかりらしい火山の噴煙が見える。
「なんだか、あなたにアップで見られるのって恥ずかしいですね・・・」
微かに肌を赤らめるロリ少女に呼応するように、遠くの火山がポンと火を吹いた。
どうやらこのロリ少女がこの星なのは間違いないらしい。
「あそこの洞窟です!」
ロリ少女に続いて更に地表に降りて行くと、ノコギリの歯のような山の麓に洞窟が開いていて、その中には数匹の猿に似た生物が身を寄せあって寒さに凍えていた。
外を闊歩する獣と違って体毛はほとんどなく、獣の皮で僅かに肌を覆っているだけだった。
母親らしき一匹の抱いた小さな子供はぐったりとしている。おそらく寒さで息絶えてしまったのだろう。
この寒さでは食べるものも少なくも、この種族は長く生きられそうもない。
「この子達はこれまで生まれたどんな種とも違って、私を認識してくれました!これほど可能性に溢れているこの子達が、私のせいで消えてしまいそうなんです。どうかお願いです、この子達を救ってください!」
見ると、その洞窟の壁画にはかつて栄えていたであろう動物や草花、そして太陽と豊かな大地が描かれていた。
この大地を称え、感謝を示す壁画をロリ少女が淋しそうに見つめる。
一人ぼっちで宇宙に漂う彼女が、ようやく自分自身を認識してくれた唯一存在はこの世界から消えようとしていた。
自分自身の記憶をなくし、何もない空間で僕が出会ったロリ少女はまだ若いこの星の『意思』だった。
彼女は僕にこの種族を救い、導いて欲しいと願ったのだ。