第九章
--そして、その時が来た。
僕は堺さんとフィールさんを伴って港の倉庫街を歩く。
手紙には何時にここに来るよう記した。
もし優香が今の状況を非と感じているなら来るはず。
さあ、答えは如何に?
「お兄ちゃん!」
「優香か?」
賭けに勝った。
時刻通りに優香が僕の前に現れる。
偽物の可能性を疑い、念のためスキルを発動して確認してみるが問題はなかった。
けど、まあ全て僕の予想通り進むことはないよな。
「後ろの三人は?」
ここにいるのは優香一人ではない。
「新しいパーティーメンバーだよ」
壊れてしまった三人に代わって補充された生贄達もいた。
「待っていたぞ御神楽圭一」
優香の前に進み出た男がそう叩き付ける。
「豪徳寺彰……その名前に聞き覚えはないか?」
「豪徳寺? いや、全然」
無知を隠しても意味がないので正直に答える。
「俺は覚えているぞ。二十三区内で優勝したこの俺を一度ならず二度までも叩きのめしたことを俺は一日たりとも忘れたことはない」
有村先輩を輩出した二十三区内出身か。
それは凄い。
「後ろの二人もか?」
「ああ」
豪徳寺が代弁する。
剣呑な様子から三人とも僕を目の敵にしているのだろう。
けどね。
「残念ながら僕は君達のことを全く覚えていない」
その言葉に他の二人も騒めく。
『なんて奴だ』
『俺達のことを道端の小石程度しか思っていない』
聞こえよがしにそう弾劾してくる。
そんな彼らの非難に僕は肩を竦めて。
「憎しみや怒り、侮りでしかない人間など覚えるに値しない」
どうして誹謗中傷を重ね、恨みを持ってくる輩のことなど覚えておかなければならないのか。
記憶に留めて欲しくば信頼や愛情、正義感を以て接してくるんだな。
「なあ、豪徳寺ってあの?」
ここで堺さんが口を出す。
「いやあ、二年の時にいっぺんやった覚えがあるんやけどな。『こんな化けもんがおるんかい』と戦慄したもんや。けど、三年時に見いひんかったけどなんで?」
堺さん、傷口に塩を塗るような真似は止めて欲しい。
「それはですね、小さなところで御神楽さんと当たってしまったのでしょう」
フィールさんの言う通り。
関東大会ぐらいになると僕も記憶があるので、恐らく都大会あたりだろう。
「あれから俺は卒業するまで地獄だった。都大会如きで終わってしまった以上に同じ相手に二度敗北、しかも二回目は完膚なきまでにやられた。分かるか御神楽、俺がどんなに辛かったのを?」
いや、知るわけないだろ。
僕としては対戦相手に勝利しただけで、それ以上もそれ以下もない。
大会のことを日常にまで引きずられるのは正直迷惑だ。
「分かった、なら三度目の敗北を味わらせてやろう」
まあ、だからといってやることは変わらないんだけどね。
立ち塞がるなら叩き潰す。
その相手がどんな背景や背負うものがあったとしても関係ない。
誰に対しても平等に潰すだけだ。
「堺さん、フィールさん。優香を連れて逃げてくれるか?」
僕は二人だけに聞こえるよう小声で話す。
「僕は恨みを持っているあの三人を叩きのめしてから向かう」
うるま先生の言葉が確かなら僕はあの三人に対して負ける可能性が高い。
まあ、もし負けるとしても構わないんだけどね。
最終的に優香が船に乗って第ゼロ学園に辿り着き、転入できたのなら。
僕はどうなっても満足だ。
「分かった、絶対に来てな」
「待ってますから」
来る可能性が低いから待たなくてもいいんだけどな。
と、言わない方が良いだろう。
たとえ負けるにしても僕は最後まで足掻く。
むざむざ負けを受け入れられるほど僕は素直じゃない。
「優香を頼む。出来れば友達になってくれ」
僕はそう言い残し、豪徳寺を始めとする三人と戦うために一歩踏み出した。
「覚悟は良いか御神楽!」
豪徳寺が吼える。
右手が微かに光っていることから魔力が集中しているのだろう。
「……」
迎撃に赴いても良い。
だが、彼らの後ろには優香がいる。
堺さんとフィールさんが妹の優香を安全な場所へ移動してから反撃を行うのがベターだと考えた。
「レジスト」
魔力の無駄遣いは避けたい僕は密度を調整する。
このぐらいなら学生が覚える魔法を防げるだろうと目論んだ僕。
「ククク」
が、豪徳寺の歪んだ笑みが気になる。
いくつもの負の感情をぶつけられてきた僕の経験が訴える。
注意しろと。
あれは単にこちらが膝をついて満足する類ではない。
もっと深い--殺意だ。
「っ」
刹那の判断、レジストのはそのまま、顔を傾けて弾道から逸らす。
チュン。
僕の頬を掠める熱い感触。
レジストは貫通されただけでなくはるか後方の壁に穴を穿つ。
「軍用魔術--ライトニングレーザーと言えば分かるか?」
豪徳寺の歪な笑いがますます深まる。
軍用魔術。
学生や一般人が習う魔術とは一線を画し、相手を効率よく殺傷することを特化させた代物。
ライトニングレーザーもそう。
亜光速の速度で放たれるそれは全てを貫通し、防御不可能とされる魔術。
当然、当たり所が悪ければ致命傷となり得る。
「ヴォルカニック・カノン!」
「ハリケーンカッター!」
僕が躊躇している間に残る二人も魔術を唱える。
しかも軍用魔術。
超高熱の火の玉が、不可視の刃が僕に迫る。
『条件--威力が十分の一!』
不可避と判断した僕はスキルを発動、威力を殺す。
しかし。
「ぐっ」
さすが軍用魔術。
十分の一のはずなのに大層な衝撃を与えてくる。
「君達、僕は冗談が嫌いなんだが」
軍用魔術を使用することは、ボクシングに拳銃を持ち込むことに等しい。
まあ、石を握り込んでくる輩もいたが、軍用魔術と比べるとまだ可愛かった。
「何をやっているのか分かっているのか? これ以上使用しないならまだ引き返せるぞ?」
これは僕一人のためじゃない。
豪徳寺達の人生がかかっている。
それほど人を殺せる軍用魔術使用の代償は大きい。
倫理が麻痺を起こす。
「逆に聞くが御神楽、軍用魔術以外でどうお前に勝てというんだ?」
殺傷力の高い軍用魔術さえスキルを使用した僕相手に通らない。
ゆえに、どうやれば良いのだと?
「君たちなぁ……」
呆れ果て、頭をかく僕。
「何も魔術に限らなくても良いだろ、勉強だったら十分君達にも勝機がある」
ぶっちゃけ今、僕は平均点を越えるかどうかで気をもんでいる程度の学力しかないぞ。
第ゼロ学園……意外と学業に力を入れているんだよね。
「ふざけるのもいい加減にしろ! 魔術で勝たなくては駄目なんだよ!」
「だから禁忌に手を出すか! 人として絶対に犯してはならない領域--人殺しまで足を踏み入れて! --どこまで僕が憎いんだ!」
僕は幾たびも敵を撃退してきたが、相手の命まで奪おうとは考えなかった。
どれだけ相手が憎くとも、僕はその一線を越えなかった。
だが、もしも向こうが越えるというのなら--
『条件変更--威力を十倍』
「え?」
僕の変更が意外だったのか豪徳寺の目が丸くなる。
「何を驚いているんだか。折角そっちの土俵に乗ってやったというのに」
通常の魔術でも威力が十倍も上がれば軍用魔術の殺傷力に匹敵する。
「良いだろう、そっちが殺す気で来るのなら僕も殺す気で立ち向かうまでだ」
まさか文句など言わないよな?
「っ、ファイアアロー」
豪徳寺は通常魔術を放つ。
まあ、通常魔術で可能ならそっちを選ぶよな。
大量の魔力を消費する軍用魔術を控えるのが道理。
だが、浅はか。
見たことのない軍用魔術に比べ、通常魔術は腐るほど見ているから対処は容易。
そして何より--豪徳寺達が動揺している。
互いに致命傷を与えられる状況の出現に戸惑っている。
「やれやれ、豪徳寺。君は全く成長していなかったな」
二度の敗戦から何を学んできたのかと責めるか、それとも三つ子の魂百までなんだなと呆れるか迷う。
ふと、僕は優香たちの場所が気になったので辺りを見渡す。
「ほう、もうあんなところに」
あれほど離れていれば流れ魔術に当たる心配はないだろう。
威力が十倍になっている以上、無防備に喰らえば即死だからな。
「さあ、豪徳寺達よ、始めようか」
君達が望んだ殺し合いを。
「目的地はこっちだったな」
僕は脳内にて集合場所を再確認する。
「腐っても鯛、魔術師としての力量はあるな、あいつらは」
戦闘は呆気ないほど簡単に終わった。
具体的には三人の攻撃をかわし、一人ずつ魔術をぶつけて終わり。
多少加減していたとはいえ、豪徳寺達は生きている。
彼らのレジストが功を奏し、九死に一生を得た。
「これでもうあいつらと会うことはないだろう」
もはや決着はついた。
魔術師を続けるか、それとも辞めて別の道を進むかは彼ら次第。
「結局最後まで分かり合えなかったか」
嫉妬に狂ったあいつらと分かり合えることはない。
そう理解しているにも拘らず、僕は一抹の寂しさを覚える。
「けど、僕は進むしかないんだけどな」
僕はこの生き方を変えようとは思わない。
最期の最期まで貫くつもりだった。
脳内地図を浮かべながら走る僕。
次の倉庫を左に曲がろうと思った矢先、上空から魔力の高まりを察知する。
「っ」
迷う暇はない。
条件反射に近い形で僕は横に転がる。
「あぶなっ」
一瞬後に僕がいた場所と進もうとしていた場所に落ちる炎の矢。
「ほ、通常魔術か」
変な感性かと思うが、不意打ちされたことよりも軍用魔術でなかったことの安心感の方が大きかった。
「……」
上を見る。
ヘリコプターが頭上を旋回しているのが目に留まる。
恐らくあそこから放たれたのだろう。
上から無防備で攻撃を受け続ける趣味はないので早いところ何とかしたいが、あの高度は届かない。
「そうなると、安易に進むのは危険だな」
防御を上げる条件とレジストを使えば目を瞑ることは可能だろう。
しかし、この先に何人もの手練れが立ち塞がればどうなるか。
豪徳寺レベルより一段下だとしても上から狙われている状況は厳しかった。
「まずはあれを落とさないと話にならないな」
目的を変更。
ヘリコプターの撃墜を優先する。
「……」
素直に認めよう。
君達の連携は見事だ。
倉庫街の角を曲がるごとに発生するエンカウント。
それだけでなく、三人一組で襲い掛かってくる人間。
「お前達は第一学園の学生か」
この統制された動きは第一学園しかありえない。
しかもご丁寧なことに僕を倒すのではなく弱らせることを主眼に置いた戦い。
身体へのダメージはもちろん、残り魔力も余裕がなくなってきた。
「けど、もう少しで目的地だ」
上空に陣取るヘリを落とすための要素がこの先にある。
そこまで耐えれば楽になるだろう。
「よし、着いた」
目的の場所まで到着。
「大分騒ぎになるけど大丈夫かな?」
事を起こす前の最後の確認。
被害が大きすぎるので僕としても使用したくない。
「けど、仕方ないか」
喧嘩を売ってきたのは向こうだ。
だから僕はこの状況を抜け出すため、あらゆるものを利用させてもらおう。
「支払いは第一学園で」
ここまで大規模な戦いをしている以上、組織が関与している。
その組織たる第一学園に損害賠償を払ってもらおう。
「中級魔術--メテオインパクト」
僕の頭上に出現した巨大な火球。
それを僕は躊躇なく隣の倉庫にぶつける。
魔術障壁を施していない倉庫は壊れ、中の荷物に飛び火する。
その荷物とは。
「花火やプロパンガスといった可燃性の代物……どうなるか分かるよな?」
僕は近くにあった鉄板を持って屋根まで移動。
そしてバランスを取った瞬間に引火し、巨人に殴られたような爆風に襲われた。
巻き上がる爆風は鉄板ごと僕を天空へと放り投げる。
よし、この位置なら攻撃が届く。
「さっさと出て来い! トルネード!」
跳躍し、風の魔法を放つ。
発生した小型の竜巻がヘリを捕え、そしてヘリは体勢を保てずに落下していった。
「……つつ、いったあ」
激突の直前、スキルによって威力を抑え落下によるダメージを最小限にする。
体のあちこちが痛かったが、火急の事態ではない。
「これで終わってくれたらいいんだけどねえ」
そんな都合の良い展開は当然起こらない。
ヘリが墜落する直前、人影が飛び出し僕の方へと向かってきた。
優しげな風貌と、それに相反する冷たい眼。
すらりと背は高く、日本人離れした体型。
「やってくれるねえ、御神楽君」
感情の読めない平坦な声を発する人物といえば僕の中でただ一人。
「君だったか、阿部」
阿部鎌足。
去年の全国大会にて優勝を争った人物。
スキルをコピーするスキルを持つ要注意人物だった。
「その通り。全ては僕の差し金、豪徳寺達が軍用魔術を覚えたのも、学園を上げて君の抹殺しようとしたのも」
「遊びにしては冗談が過ぎる」
「何を言ってるんだか。この世は遊びそのもの--愉しんだ方が勝ちなのさ」
阿部は端正な顔に喜びの感情を浮かべる。
「死ねば全てが終わり、あの世はない。だったら思いっきり愉しんだ方が賢いだろう?」
「阿部がそう信じているのなら僕は何も言わない。が、賛同はできないことを伝えておこう」
「どうして?」
「決まってる。僕が平和主義者だからだ。遊び半分で平和を乱すことを許してなるものか」
「アハハハハ! 最高のジョークだよ御神楽君。やはり君は飽きないねえ」
「何が飽きない?」
「君の存在全てさ。御神楽君だからこれだけの規模で行えたんだ。君を抹殺するという名目なら軍用魔術を覚えることも、学園の腰を上げることも、そして大規模火災が起こっても君を狙うことを止めないで済んだ--被害者ぶっているけど、御神楽君は加害者だよ。彼らを動かした最後の一押しが君の存在さ」
つまり一線を越えさせたのは偏に僕だったからか。
まあ、否定はしないがな。
嫉妬の狂った輩に対して下げる頭はない。
「豪徳寺達の事はどうでも良い。問題は妹の優香がスキルを抑制から暴走へと昇華させた。それに君は関わっているのか?」
「うん、関わるどころか思いっきりね」
「そうか、ならその責任を受けてもらおう」
遠慮はいらない。
潰させてもらおう。
「フフフ、僕のおしゃべりに付き合ってくれてありがとう。おかげで体制を整えられた」
見ると十数人が僕と阿部を囲んでいる。
「加えて君の妹のスキルをコピーさせてもらったよ」
リミッター解除か。
阿部を含め、十数人の魔力が膨れ上がるのを感じる。
「愉しませてもらってなんだけど、君を再起不能にまで陥れないと周りが納得しないんだ。何せこれだけのことをやらかしたから、それなりの成果がないとね」
豪徳寺達に軍用魔術を教え、第一学園の学生を動員。
果てはこの倉庫街で起こった被害の弁償を鑑みるなら至極当然だと言える。
「最期の最期で詰めを誤るとか、本当に変わらないな阿部は」
はた目から見れば絶望的な状況なのに僕は笑う。
「魔術大会の時もそうだった。決勝も以前と同じよう面白おかしく戦っていれば良かったものを、余計な重圧を感じ、思考を硬直させたから負けた」
条件を変えても対応してくる阿部は僕にとって最も相性が悪い。
実力も拮抗していたことを鑑みると、僕は負けてもおかしくなかった。
しかし、結果は僕の勝ち。
どうしてか?
「最後まで己のやり方を貫けばよかったのにな」
阿部は教科書に載るような定石通りの戦法を取ってしまった。
どう攻めてくるか予測できる以上、罠を仕掛けるのはたやすい。
僕の目論み通り、引っかかった阿部は一撃で沈んだ。
「少数を多数で囲む--それは定石だ。そして確実に仕留めるため、優香のスキルを使用してリミッターを解除させるのも正しい--けどな」
僕はスキル発動のトリガーとなる黒球を出現させる。
「優香のスキルは一度食らった。だから対策済みだ」
条件変更を物理法則からさらに広げる。
糸口は名誉学園長の運命系のスキルを破ったこと。
あれを応用すれば優香のスキルを攻略出来るのかと考え、練習した。
『条件変更--スキルの副作用率を引き上げる』
僕のスキルの副作用は魔力の多量消耗。
そして、優香のスキルは破壊。
「さて、君達が壊れるのが早いか、それとも僕が壊されるのが早いかの勝負だ」
ここから先の結末は神のみぞ知る。