第七章
「うん?」
僕は珍しい光景を見る。
うるま先生と有村先輩が話し合っていたのだ。
「なんか珍しいな」
両方とも掴みどころがないという点で一致しているので、誰かと一緒にいること自体が珍しい。
「こんにちは、有村先輩、うるま先生」
なので僕は声をかけることにした。
「二人が一緒というのは新鮮ですね。一体どういう関係で?」
「ああ、私は学生会の顧問だからですよ」
「そうそう、学生会の一員としての連絡事項をね」
にゃはは、と有村先輩が笑う。
「学生会か……」
いいな、僕も入りたかった。
けど、何故か僕は面接で落とされていた。
「いやあ、だって御神楽君をいれるとねぇ」
「危うい関係で成り立っているパワーバランスが崩壊します」
「……」
二人とも苦笑い。
失礼だな、入ってもいないのに。
「うーん、つまり学生会内と部活の連合そして委員会の間で駆け引きがあるのか?」
「まあ、そういうことですわ」
「すっごい絶妙なんですなこれが」
「……」
二人の表情はなんだかさえない。
どうやらパワーバランスの維持は望んでいない事態のようだ。
「僕を入れれば学生会一強体制を築き上げることが出来るよ?」
これは冗談ではない。
事実、中学時代の僕は有名無実化していた学生会を全ての上に君臨させた経験がある。
まあ、その副作用として恨まれることになったのは愛嬌だけどね。
「……御神楽君ならやりそうです」
どうしてうるま先生は首を振るのだろう?
まあ、何千何万回もループを繰り返しているらしいうるま先生の考えなど知りたくないからスルー。
「にゃはは、やっぱり御神楽君は危険人物だね」
剣呑な目つきで睨んでくる有村先輩の方が重要だ。
「私はね。そうやって誰かや一部の機関に権限が集中するのは危ないと考えているんだ。みんな違ってみんな良い--ウィンウィンの関係が理想だと思わない?」
「それも一つの真理だね」
「にゃあ?」
僕の肯定が意外だったのか有村先輩は首を傾げる。
「誤解されやすいけど、僕は真っ向から相手の意見を否定することは好かない」
相手が主張する正しさの中には僕が信ずる正しさも含まれている。
それを否定することはそのまま自分の正義を否定することになりかねない。
「僕が問題にしているのは、組織上は学生会が頂点という事実だ」
学生の中でなら最も上が学生会にあり、その下に各委員会そして部活動が位置している。
「だったら力関係もそうしなければならない。そこを転動させることが衰退の始まりとなる」
王より力を持った貴族。
社長より決定力のある役員。
そのような存在は健全な発展を妨げてしまう。
「断わっておくけど僕は力こそ全てと思っているわけではないよ。ただ、学校内の位置はそうなのだから正しくしないと駄目だということだ」
嫌なら組織図を変えれば良い。
学生会と各委員会、そして部活動を同じ位置に置くというのなら僕はそれに従おう。
「……」
この反応。
有村先輩は僕を完全に敵と認識したな。
「嬉しいね」
僕のその言葉に有村先輩が怪訝な顔をしても僕は笑いを抑えきれない。
「有村先輩、今度一緒にご飯食べない? 有村先輩となら面白い時間が過ごせそうな気がする」
本音を隠しての仲良しこよしなど僕は求めない。
本当の友情というのは本音をぶつけ合い、時には殴り合って生まれるものだ。
「にゃはは、私は死んでもお断りかな。御神楽君と食べるご飯は不味そうだ」
「あらら、それは残念」
僕は肩を竦める。
この発言にイラつくほど僕は子供でないし、何よりこういった拒絶は何度も受けてきた。
まあ、時間をかけて友好を作っていこうか。
僕は手をヒラヒラと振って幕を引き、この場を引き下がった。
最悪に近い形で妹と別れて以降、僕はもう手紙を出さなくなった。
僕としてはもう妹に関わりたくない。
妹などいなかった、存在しなかったことにすれば互いに傷つくことはあるまい。
そして、ここ一か月の忙しさはありがたかった。
通常の授業に加え、クラスメイトを抑える毎日。
時たま堺さんやフィールさんと一緒に愚痴を言い合う。
「いやあ、楽しいなあこの学園は」
「だったら少しは抑えに回ってくれません事? どうして私が毎回毎回尻拭いを!?」
「適材適所や。うちは騒ぐ役、トミ子は抑える役」
「勝手に決めません事!?」
「ハハハ……」
言い合う二人だが顔は口調よりも優しい。
互いが互いをよく理解しているから喧嘩も出来るのだろう。
それに比べて僕は--。
「……まあ、妹のことは気にするなっちゅう方が無理やな」
「そうです。いつかきっと分かり合える日が来ますよ」
「ありがとう、二人とも」
二人の心がこもった励ましに僕は頭を下げた。
時の忘却は偉大だ。
あれほど懊悩していたことなのに、時間が経つと頭の片隅へと移動する。
それに伴って僕も心が軽くなり始めた頃、妹の優香から一通の封筒が届いた。
「……」
自室にて僕はその封筒をどうしようか迷う。
普通に考えるなら開けるべきだろう。
が、僕としてはもう優香と関わり合うことを避けたい。
何が来ようと、例え本人が来ようと一切無視をする。
それも一つの答えだと僕は思う。
「…………はあ」
僕は溜息を吐き、鋏を手に取る。
「なんだかんだ言って僕も甘いよな」
優香からの手紙に不覚にも心が弾んだ僕。
その心は僕に封筒を開けろと催促していた。
中の手紙を切らないよう注意を払って開けた僕。
丁寧に折られた手紙に礼儀正しい文字。
やはり優香は几帳面だな。
と、僕は当初微笑んでいたが、読み進めるにあたって顔が強張っていくのを感じる。
「そうか」
全てを読み終えた僕は立ち上がる。
向かう先は決まっていた。
優香からの手紙。
その内容は『あの三人が壊れた。意識はある。けど、二度と魔法は使えないって。一人になった私は他の人と組むことになった』
恐れていたことが現実になった瞬間。
「っ」
僕は手紙を握りしめ、その足で先生の元へ向かった。
「妹のことですか?」
僕に会うや否や先生はそう断言する。
「私は何度もループしていますからね。この時期になると御神楽君が島を出る許可証をもらいに、学園長への面会手段を尋ねに来るのですよ、妹を救いに」
「……」
先生が本当にタイムループできるほどの魔術師なのかどうかは僕にはわからない。
そんなことを検索する余裕は今の僕にはない。
「でしたら説明は不要ですね、そしてこれから僕は何をするのかも」
「はい、その通りです。なので教えましょう。ああ、言いふらして良い類ではないのでメモは取らず、覚えて下さい」
事情も何も聞かない。
先生の言葉が本当ならこういったやりとりを何度も行っているからだろう。
「拒まないんですね?」
「拒んだところで諦める御神楽君じゃないでしょう。私と敵対し、またループを繰り返す事態に陥るよりも、こちらが折れた方が互いにとってプラスです、ね?」
先生の言うことは否定しない。
僕はどんな手段を用いても聞き出すつもりだった。
「分かりました、ありがとうございます」
僕は礼を言い、踵を返そうとする。
しかし、何故かうるま先生は僕の肩を掴んでマジマジと僕の顔を覗き込む。
「ん~、私は何度もループしてきたのだけど、御神楽君はこれまで一回も未来を聞いてきたことはないの」
「ああ、それは簡単ですよ。僕のやるべきことは決まっている。だったら結末を聞くのは野暮でしょう」
妹の優香を救い出すのは確定。
他のこと--僕の身などは考慮に値しない。
何が起ころうとも、僕に退くという選択肢はない。
正確には、ここで退く状況に陥ったことがない。
理性が拒否しようとも、長年培った経験と性格が僕に進むことを強要していた。
「悲しい生き方ですね」
「否定はしません」
もし、ここで踏みとどまるような賢しい性根だったら僕はここにいないよ。
出来なかったから僕は最強という名を手に入れたんだ。
うるま先生と別れた僕は名誉学園長の部屋に入る。
当然ながら名誉学園長は不在。
彼女に会おうとすれば一定の条件を満たさなければならないからだ。
「確かその条件の一つが……」
僕はコーヒーを沸かし、そしてお菓子が入った引き出しを開ける。
運命によって一つしか取り出せないお菓子。
「舐めないで欲しいね」
レジスト不可のスキルを発動、多少疲れたが目論み通り二つ取り出せた。
「よしよし、後は並べるだけ」
コーヒーカップを二人分用意、砂糖とミルクを置いて取り出したお菓子を並べた時。
「うわぁ、まさかまた会えるなんて思わなかったよ」
条件を満たした結果、名誉学園長がドアを開けて姿を現した。
「ふんふん、なるほどねぇ」
コーヒーを飲みながら名誉学園長は僕の話に耳を傾ける。
「許可証が欲しいんだね?」
「はい、僕の分のをお願いします」
島から出る許可証の発行は名誉学園長の特権だ。
「そして、できればもう一つ願いを叶えてくれないでしょうか?」
「具体的には?」
「夢宮学園への転入の許可です」
最善はこの学園への転入。
少なくとも安全は保障される。
「断わった場合は?」
「……」
僕は笑う。
断わられた場合、僕は二度とここに帰ってこない。
優香とともに落ち着ける場所を探す。
それが次善だ。
「……それで良いの?」
名誉学園長は静かに問う。
「そんな茨の道を歩まなくても、君が妹を諦めれば済む話なんだよ?」
「ありがとうございます」
名誉学園長の気遣いに僕は頭を下げる。
「愚かだねえ」
「否定はしません」
そんな自問は呆れるほど繰り返した。
けど、止められないのだから付き合うしかない。
優香の言う通り、この身が破滅するまで。
「うん、分かった。妹の転入を許可する代わりに堺さんとブラッドフィールドさんをお供に付けて」
「あの二人ですか?」
「そう。許可証は私が用意するよ」
立ち上がり、机の引き出しから何かを取り出してペンを走らせる。
「……」
その間、僕は考える。
これは僕と優香の問題だ。
正直に言えば部外者の二人を巻き込むのは良心が痛む。
「ごめんな、二人とも」
巻き込んだ代償は必ず償う。
それで許してくれれば嬉しいんだけどな。
「はい、出来たよ」
「ありがとうございます」
僕は思考を止め、差し出された許可証を素直に受け取った。
「いやー、まさかまた本土に行けるとはなぁ」
「ええ、私も少しは気分転換できそうです」
堺さんとフィールさんの弾んだ声が波風に乗って僕の耳に届く。
僕の心配とは裏腹に二人は快諾してくれた。
「本当に悪い。お詫びに何でも御馳走しよう」
もう僕にお金は必要ない。
持っていても邪魔になるだけなら惜しげもなく使わせてもらおう。
「いやいや、ええって」
「そうです。気持ちだけ受け取ります」
しかし、二人とも笑って断る。
「その金は妹さんに使ってあげえな」
「そうです。手紙で何度かやり取りしましたが、あの一件で大分落ち込んでいるようですよ」
「ん? 優香と文通していたのか?」
「ええ、二人で追いかけて行って捕まえましてね。当初は渋っていましたが堺さんの言葉で」
「優香ちゃんかわええなあ~。うちもあんな妹が欲しかったわ」
胸の辺りで両手を組み、目がハート状態の堺さん。
「忠告させてもらうが妹はノーマルだぞ?」
一瞬妹の貞操が心配になったので思わずそう言ってしまう。
「安心せい、うちは正常や。けど、こっちは違うけどな」
堺さんは笑ってフィールさんを指差す。
「ちょ? 何出鱈目言っていますの!?」
キラーパスを投げられたフィールさんが慌てる。
「私だってそんな性癖はありません!」
「何言うとるんや。女装した少年を専門に載せる雑誌をいくつも持っとるやろ?」
「何で知っていますの!? 厳重に保管していたはずなのに!?」
「ほんまに持っとんたんか……いやあ、時々トミ子がかぐらんを見る目がおかしくてな。カマかけしてみたけど、ビンゴやったとは」
「ハハハ……」
悲しいかな、僕は十六歳の高校生なのに中学、下手すれば小学生に間違われる。
もう少し威厳のある容姿だったらなぁ……
思わず黄昏てしまう。
「あの、違いますのよ御神楽さん。私は決してそのような目で--」
慌てた様子で弁明を始めたフィールさんが可愛く思えた僕は悪戯してやろうと考え。
「ううん、大丈夫だよお姉ちゃん」
上目遣いでフィールさんの顔を見つめてみた。
「……なあ、かぐらん。キモイで?」
「はい」
堺さんに呆れられながらそう突っ込みを入れられ、僕は恥ずかしくなる。
「やれやれ、トミ子も言うたれ。似合わんことは止めえやと--」
首を振りながらフィールさんの肩を叩いた堺さんだが、不意に硬直する。
「おうトミ子。早う戻ってこいや」
「ハハハ……」
堺さんはジト目で注意し、僕は乾いた笑いを漏らすしかない。
「はう……」
何故ならフィールさんは天を仰いだ姿勢のまま、一片の悔いのないような安らかな表情を浮かべていたからだ。
無事、本土に到着した僕達は時間を確認する。
「優香との待ち合わせ時刻は今から二時間後。一時間半ぐらい自由時間を取ろうか」
「うちはええよ」
「私もです」
二人は了解する。
「ほんでなかぐらん。行きたいところがあるんやけど、付き合ってくれへんか?」
堺さんからの誘い。
しかし、僕は首を振る。
「ごめん、僕は一人で集中したい」
後悔はしたくない。
来るべき時に備え、準備とシミュレーションを欠かしたくなかった。
「そっか。やったらまた今度にしようや」
「ええ、妹さんと一緒にね」
「ありがとう」
二人は理解を示す。
その屈託のない笑顔に僕の良心が痛む。
二人には優香の救出が僕の命と引き換えであることを伝えていない。
「叶うならば僕の分まで優香を可愛がってほしい」
堺さんとフィールさんなら必ず優香の友達になれるだろう。
僕がいたせいで優香には心苦しい思いをさせた。
その分、幸せになって欲しいと僕は願う。
「さて、と」
二人を見送った僕は近くにあるベンチへ腰を下ろす。
もう感傷には浸らない。
あるのは如何にして任務を達成させるかどうかだ。
「うん、よし。これで問題ないな」
あらゆる選択肢を頭に思い浮かべ、そして瞬時に消していく作業。
その反復によってやるべき手順を頭に叩き込んでいった。