第四章
「ああ、くそ」
乱れた髪を直しながら僕は決められた席に着く。
僕のクラスは1ーA、残念なことに堺さんとトミ--ブラッドフィールドさんとは別のクラスになってしまった。
「一緒が良かったよなあ」
皆から敬遠されがちな僕に対しても普段通り接しようとしてくれる二人。
女子だということを差し引いても高校生活が楽しくなりそうだったのに。
「いや、二人がいても変わらなかったかもしれない」
人懐こい堺さんに上品なブラッドフィールドさんは人気者になるだろう。
その場合、異性の僕は居心地が悪くなるだろう。
「嘆いても仕方ない、新しいクラスで友達でも作ろう」
覚悟を決めた僕は席から立つと--何故か周囲の人間が一斉に引いた。
「……何の真似?」
僕は片眉を上げる。
なにその危険人物扱いは?
「み、御神楽が立った」
「有名な新入生を圧倒した御神楽圭一だ」
「学園最強の一角である有村先輩を打倒した怪物が」
口々に恐れを呟くクラスメイト。
……失敗した。
目立ちすぎた。
最初からあんな大立周りを演じてしまった結果、誰も近寄ろうとしない。
「……頑張ろう」
しばらくは敬遠されることを覚悟しよう。
時間をかけて誤解を解いていこう。
僕の高校ライフは初っ端から躓いてしまった。
「はーい、皆さんこんにちはー」
僕が黄昏ていようがいまいが時間は過ぎて行き、担任らしき教師(?)が現れる。
「皆さん初めまして、私の名はうるま陽美と言います、現国と時を操るスキル担当の先生です」
時を操るスキルって……
一万人の中に一人いるかいないかの激レアスキルだぞ。
しかも担当をいうことは最低でも二十人いなければならない。
通常ならまずありえない担当だが。
「……第ゼロ学園ならありえるか」
奇人変人が集められたこの学園ならいてもおかしくないだろうね。。
「フフフ、皆さん私の若さに驚いているでしょう。何を隠そうこれが時を操る魔術師の強み。若く美しい姿を永遠に留められるのです」
成長を止めているのか確かにうるま先生は若い、同い年みたいだ。
しかし、僕が気にしているのはそこでない。
時を止めるという大層なスキルでなくても、幻術使いならいくらでも若作りが可能。
気になっている部分がある、しかしそれを質問していいのか分からない。
恐らくクラスメイトは皆、そう思っているだろう。
「あの、うるま先生、よろしいでしょうか」
だからこそ僕が聞かなければならない。
「先生って教師ですよね? どうして僕達と同じ制服姿なんですか?」
そう、うるま先生は女子の制服を着ていた。
しかも異常なほど似合っており、僕達も先生が名乗らなければ教師として認識できなかった。
「フフフ、決まっているでしょう、私は第ゼロ学園の生徒だからです」
「もう卒業しているはずですが?」
僕のそんな指摘を受けてもうるま先生は怯まず、大きく張った胸を強調させながら続ける。
「何を言っているのでしょうか。私は永遠の学園の生徒ですよ?」
ボブカットの黒髪を揺らしながら満面の笑みでそう宣言されては僕も引きざるを得なかった。
「さて、皆さん。寮より先に校舎に案内されるのは不思議だと思いませんか?」
それは思った。
けど、先ほどのあの出来事が強烈すぎてどうでも良くなってしまっていたよ。
「実は今のクラスと皆さんが住む寮とは関係が深いのです」
え? そうなの?
「はい、男女で別れていますが、ワンフロア全体がクラスで占められるのです」
つまり同じ階層にはクラスメイトしかいないということか。
「そしてクラスには基本自治が求められます。つまりクラス内での問題はクラスで解決するのがスタンダード、どうしても手に負えない場合だけ各委員会で構成される組織の手を借ります」
それはそれは。
詰まる所、委員長や風紀委員といった者の責任が大きいわけか。
「最低限決めなくてはいけないのが学級長や風紀委員といった各委員会です」
他にも他のクラスとの交渉役や催し物を決める役もあるけど、委員会は必須。
彼らがいないと何も決まらない。
「委員会は大変ですよ。特に学級長と風紀委員は部活など出来ず、休日などないと思ってください」
一年間、最悪三年間休みなし。
うわー、いやだなあ。
選ばれた者には合掌しよう。
と、僕が他人事と捉えていると。
「では、御神楽圭一君。学級長をお願いします」
「え!?」
突然僕が学級長に指名された。
「あの、どうして僕が学級長になるのでしょうか?」
こんな強引なやり方は納得できない。
が、うるま先生は笑って。
「いえ、むしろ御神楽君以外の学級長が思いつかないんですけど」
そんなことを言い放った。
当然僕は抵抗する。
「うむ、当然だ」
「御神楽君、一択」
「学級長は御神楽君の指定席だよ」
しかし、クラスメイトの意見が僕の抵抗を無に押しやった。
誰もが疑いなく僕が学級長をやることになっている。
「……」
教師命令だから拒否はできない、代替案の多数決も意味がない。
詰まる所八方ふさがり。
こうなれば僕のできるあがきは。
「断わります」
それでも拒否させてもらおう。
誰が何と言おうと、納得できない限り僕は従わない。
「なのでこうしましょう。勝った者が全てを決めるということで。そして、指名されれば絶対に拒否できないというのは?」
勝者が全てを決め、敗者は全てを決められる。
その方が分かりやすくていいではないか。
「分かりました。では前田さんと山本さん。ドアに鍵をかけて下さい」
先生は笑顔を崩さずそう学生に命令する。
「ガラスは全て強化ガラス、机も椅子も乱暴に扱っても壊れませんので遠慮なくやってください」
「分かりました」
先生が許可したんだ。
戸惑っている暇が惜しい。
僕は脅威になりそうな学生を屠った。
そして始まるバトルロワイヤル。
最後に立っているのは?
「ふう、やれやれ」
とてつもなく長いホームルームが終わった。
時々ヒヤッとしたがクラスメイト全員をノックアウトにさせることに成功。
僕は晴れてクラス代表という名の奴隷を回避した。
「けど、凄いよねえ」
果たしてこれが第ゼロ学園の伝統なのかそれともうるま先生の怠慢なのか。
他のクラスで答え合わせだ。
「さて、堺さんやブラッドフィールドさんのいるクラスに行ってみようか」
別れる際に互いのクラスを教え合っていた。
二人は一緒のクラス、僕だけ仲間はずれ。
聞いた瞬間少し悲しくなったよ。
と、まあ僕のそんな感傷は捨てといて、二人のいるクラスに行こうとした僕だけど。
「あれ? 僕のクラスが一番早かった?」
どのクラスの扉も閉められたまま、中で激しい議論が行われているらしい。
「あかーん! そんなん認められへんわ!」
「そちらこそ却下ですわよ!」
……あの声は堺さんとブラッドフィールドさん。
相当白熱している様子から終わるのはまだまだ先そう。
「ふむ」
僕は腕を組む。
「これからどうしようか?」
終わるまで待つという選択肢もある。
妹に手紙を書いても良い。
その他にも今から教室に引き返してうるま先生と話しても良い。
「迷うねえ」
突如出現した選択肢に僕はそんな感想を漏らした。
「ちょっとこれは真剣に考えようかな」
確証はない。
が、この選択によっては今後の学園生活ないし人生に多大な影響を与える気がする。
「よし--決めた」
四つの選択から一つを決めた僕は口を開いたその時。
「やあやあ御神楽君。奇遇だね」
「おわ!」
妙に陽気な声が僕の耳元から聞こえたので慌てて振り返ると、いつの間にか名誉学園長がいた。
「分岐点かと思いきや実際は一本道かい!」
だったら教室から出た時点で名誉学園長に会わせろや!
「……御神楽君、どうしたの?」
不味い、僕の意味不明な発言に名誉学園長がドン引きしている。
「申し訳ありません、聞かなかったことにしてください」
正直僕も何を言っているのか分からなかった。
「こんにちは、名誉学園長」
「なかったことにする気満々だね。けど、それでいっか。ええと、御神楽君が廊下のど真ん中に一人仁王立ちしていたから何をやっているのかなぁって?」
「ハハハ、少し考え事をです」
未来の選択をね。
「そっか。じゃあ暇なんだね。私と少し付き合ってよ」
「ああ、はい」
名誉学園長に誘われて断る理由がない。
なので僕は素直に名誉学園長の後ろについていく。
「ああ、そうそう御神楽君」
少し歩いた後、名誉学園長は振り返って。
「私のことは翼師匠って呼んでほしいな?」
「それは命令ですか? それとも希望?」
「フフフ、どちらでしょう?」
こちらを試すような人を食ったような笑みを浮かべる翼。
「何時か呼ばせていただきます、名誉学園長」
無条件に従うほど僕は名誉学園長を信じていない。
僕は言外にそう伝えると。
「うん、最初はそれでいいよ」
名誉学園長は満足したようだった。
「お茶を用意するね」
名誉学園長は僕の返事を聞かず、コーヒー粉とカップを用意する。
「もしかして紅茶派だった?」
「いえ、僕はコーヒーが大好きです」
嘘を言っても仕方ないので正直に述べる。
「そっか、良かった」
名誉学園長は笑みを浮かべて作業を再開した。
「はい、どうぞ」
かちゃりと音がしてカップが置かれる。
「砂糖とミルクはご自由に」
「ありがとうございます」
僕は礼を述べ、カップに口をつけたその時。
「飲まないの?」
「……」
体が硬直し、コーヒーが口に届くことが叶わない。
「気にしなくて良いよ。誰だって私の出した物に口をつけられないから」
僕の動きが止まってしまったのを見た名誉学園長は意外にも許容している。
「……」
僕は考える。
名誉学園長はこうなることを知っている。
考えられるのは。
「もしかしてスキルを発動しています?」
恐らく相手の行動に影響を与えるスキル。
何かしらの条件を満たさないと行動が制御される系統と推測する。
「凄いね御神楽君。それだけで私のスキルに目星をつけたの?」
「過去、そういったスキル保持者と戦った経験がありますので」
大分苦しめられたのは良い思い出だ。
「なので名誉学園長、申し訳ありませんがレジストさせて頂きます」
僕は魔力を発散させる。
制限された行動を取るためには魔力を支払わなければならない。
「ん~、十何年も生きていないひよっこからレジストねえ」
「あれ?」
いくら魔力を払おうとも行動が元に戻らない。
「私のスキルを解除できる魔力量を持つ魔術師なんて誰もいない、それこそ神様でもなくちゃ」
「……」
そうだった。
名誉学園長--夢宮翼は歴史上屈指の大魔術師。
そっちは軽いジャブのつもりでもこちらでは必殺のストレートと同じであることは予想するべきである。
「--と、納得すると思いましたか?」
スキル発動、神の領域。
「条件は--スキルの作用を遅らせる」
僕のスキルはレジストを含め、抵抗されにくい。
例えスキルであろうと、格が違い過ぎてでもだ。
遅延によって名誉学園長のスキルが僕に及ぶのに時間が生まれる。
その時間を使った僕はコーヒーを一気飲みした。
「アイスでよかった」
ホットだったらどうなっていたか。
「……やってくれるねー」
空になったカップを見た名誉学園長は驚きに目を見開く。
「普通ならここで格の違いを思い知り、挫折したり諦めたりするのが常なんだけど」
「他人にとっては挫折する時でしたが、僕にとってはその時でなかっただけだと思いますが」
頭を悩ませるまでもない問いかけだ。
まさか他人がそこで挫折しているから僕もそこで同じように挫折しろと言っているわけではあるまいな?
「ふーん。その『自分と他人は違う』というエリート意識は危ういね。私も今に至るまで何度も死んだほうがましという目に遭って来た。人生の先輩から忠告させてもらうけど、その考えは改めた方が良いよ?」
「心に留めておきます」
やっかみか真心か判断は付かないが、一つの情報を与えてくれたことは事実。
礼を述べるのが正しいだろう。
しかし--
「変えようとは思いません」
名誉学園長が指摘した僕のエリート意識は先天性の才能と後天性の経験を通して培われた代物だ。
妹以外の家族・親族から天才だと褒め称えられ、少年時代は身分と釣り合っていない才能だと疎まれ、中学時代は大して努力もせず、優勝したことに憎まれた。
もし名誉学園長が言うように『自分と他人は同じ』との意識があったらどうなっていただろう。
確実に潰れていたよ。
「やれやれ、昔の自分を見ることほど辛いことはないよ」
名誉学園長はクツクツとのどを鳴らして。
「けど、それで良いかもしれないね。行ける所まで行って、そして盛大に挫折すれば景色が変わるよ」
どうやら僕は遠い日の名誉学園長と瓜二つらしい。
名誉学園長の過去を知らない僕は当たり障りのない返事をしておいた。
「横道にそれちゃったけど、本題に入ろうか。御神楽君はうるま先生が送り込んだ刺客なのかな?」
「うるま先生ですか?」
僕の脳裏に浮かぶ教師の姿。
いや、あれはありえないだろう。
「永遠の学園生といってずっと制服を着ているあの教師だよ」
「やっぱり」
思わず頭を抱える。
あの人と同列に扱われた気がして滅入る。
「いやいや、うるま先生って優秀なんだよ。本人は『時間』を操れると言っているけど、本当は違う--何せ時間ループを扱えるんだから」
「時間ループ!」
出てきたとんでもない言葉に僕は絶句する。
僕の法則を操るスキルや名誉学園長の行動に制約を課すスキルのさらに上を行くスキル。
己が生きている過去と未来の任意の時間軸に術者本人を移動させるチート。
あまりに強力すぎるがゆえに都市伝説と化している代物じゃないか。
「そんなうるま先生が何故生徒の服を着て教師を?」
未来を知れるなら政治や経済の世界の方がその力を発揮できる。
僕の疑問に名誉学園長は意味深な笑みを浮かべる。
「うるま先生曰く、『未来を勝ち取るため』だ、そうよ」
「……」
もし名誉学園長とうるま先生のスキルを知らなければ鼻で笑っただろう。
「うるま先生曰く、『どのような選択肢を選ぼうとも私の前に貴女が立ちはだかる』……私って魔王や破壊神と同列らしいね」
今日の天気を話すかのように名誉学園長は続ける。
「うるま先生曰く、もう何百回も人生をループしているそうだよ。何も為そうとしなければ私は現れない。けど、何かを為そうとすると私が現れ、息するだけの存在になり果てるとさ」
「……」
「諦めれば良いのに」
名誉学園長は他人事のように言う。
「タイムループっていう、どんなにチートなスキルを持っていようと、どうにもならないものはどうにもならない……その『運命』を受け入れないから無駄に苦しむ。そう思わない?」
「いいえ、そうは思いません」
名誉学園長の言葉を僕は否定する。
「何かを為すなら……それが己の命を賭ける価値があるのなら僕は何十回何百回……僕の精神がすり果てるまで繰り返します」
例え神が立ちはだかろうと、世界を敵に回そうが構わない。
「世界が変わるか、それとも僕が死ぬか。その二択しかありえません」
「……そう」
僕の言葉に名誉学園長は笑う。
「うるま先生に御神楽君……どうして私が気に入る人は『運命』に抗おうとする人ばかりなのかな?」
その表情の頬に一筋の涙を流しながら。