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最強と破滅と運命と  作者: シェイフォン
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第二章

「なあなあ、あんたが御神楽圭一やろ?」

「うん?」

 自販機の前のテラスでコーヒーを買った僕はそう声をかけられる。

 振り返ると人懐っこい笑みを浮かべた女子がいた。

 女子なのに僕より背が高く、凛々しい印象を与える。

 姉御という言葉が似合いそうだ。

「そうだけど、君は?」

「うちか? うちの名は堺穂香って言うねん」

 自分の顔を指さして自己紹介する堺さん。

 自分のことをうちと呼ぶ人なんて初めて見た。

「もしかして関西人?」

「ああ、そうや。うちは大阪から来たんや」

 正解とばかりに親指を立てる堺さん。

「けっこうこてこてな関西弁だね」

 堺さんの凛々しい容姿も相まって一度聞いたら忘れそうにない。

 ギャップがすごい。

「そうか? 地元ではこれが普通やからなんとも思わんで」

 眼を見開いて素で驚く堺さん。

 まあ、地元から離れなかったらそうなるよね。

「堺さん、良かったら標準語を使ってみない?」

 僕はそう提案する。

 堺さんほど容姿がきれいだったら標準語が似合う。

「ハハハ、嬉しいけど断わらせてもらうわ。東京弁なんてうちには似合わん」

 が、笑って断られた。

「そっか、残念」

 僕は肩を竦める。

 勿体ないと思うが、堺さん自身が拒否するなら仕方ない。

「けど、もし標準語を習いたくなったら僕に言ってね。協力するよ」

 日本は僕の喋りが基本。

 知っておいて損はない。

「おおきにな」

 僕の言葉に堺さんは笑顔を見せた。

「何飲む?」

 ここで出会ったのが何かの縁。

 奢るよと提案すると。

「ほんまええんか?」

 眼を輝かせてきた。

「ああ、良いよ」

 僕はそのテンションに若干引きながら肯定する。

「んじゃ、これもらお」

 堺さんが指し示したのは一番高いエナジードリンク。

 飲もうと思いつつ一度も飲んだことのない一品だ。

「これが好きなの?」

「いんや、一番高いから選んだだけ」

 ……なにそれ?

 ちゃっかり具合に思わず脱力する。

「なんでそんな顔するん? ただやったら一番高級なのを普通選ぶやろ?」

「いや、そこは遠慮しようよ」

 人の金なんだから。

「気にせん、気にせん」

 僕の指摘に堺さんは笑ってごまかし、それを押した。

「うん、飲まないの?」

 手に取ったのは良いがいっこうに開けようとしない堺さんに僕はそう問いかける。

「あのな、一つ言ってええか?」

「どうぞ」

 堺さんは真面目な表情で咳払いした後。

「実はうちな。こういうエナジードリンクの類は嫌いやねん」

「……」

 何やってんの?

 僕の変な視線を受けてか堺さんは弁解をするように。

「これが関西の呪縛や。ただやったら、例えゲロ吐くような嫌なもんでも買わなあかんねん。でないと関西の面目が立たん」

 堺さんは握りこぶしを作ってそう力説する。

「うん……例え核地雷があると分かっていても踏みに行かなくては駄目なんだね」

「そうなんや、分かってくれるかこの苦しみ! 名も知らん通行人から斬りかかる真似をされたら絶対に堪えなあかんねん! そうしいひんとノリが悪いって親から怒られる」

 ……うん。

 とりあえず関西ないし大阪には絶対住めないことは分かったよ。

「良かったら交換する?」

 僕は缶コーヒーを差し出す。

 まだふたを開けていないから交換する抵抗感もない。

「ほんまええんか? おおきにな」

 すると堺さんは眼をパッと輝かせて快諾した。

 交換し、初めてのエナジードリンクを飲んだ感想は。

「高いな」

 この味でこの値段はちょっと出せないなと思った。


「しっかし、御神楽はんの友人は面白いなあ」

 一息吐いた堺さんはそう話題を振る。

「腹の底から爆笑させてもらったわ」

「アハハ……」

 嫌な記憶を思い出して顔が引きつる。

 あいつら、覚えておけよ。

「ああいうノリのええ友人がいたら毎日が面白かったやろうなあ」

「毎日がバイオレンスの素晴らしい日々だったよ」

 あいつらは僕が怒ると分かっているのにやらかしてくるからね。

 少しは学習しろよ。

 僕はもう一度溜息を吐いた。

「かぐらん、うちを見てなんとも思わんか?」

 突如振ってきた話題に僕は顔を上げる。

「うちやうち。初対面のはずなのにあんたの名前を知っといたやろ?」

「……まあ、確かに」

 本来なら真っ先に疑問に思うはずだったけど。

「堺さんが濃すぎたからね」

 外人かと思うほどのノリとパワーに押され、その疑問は忘却の彼方に行ってしまっていたよ。

「なんで? 関西やったらこれが普通やで?」

「関東だったら特殊なの」

 あのバカ共でさえ初対面は礼儀正しく、一歩引いてからだったよ。

「……まあ互いの価値観については置いておこ。話が進まへん」

「同感」

「あんたな、去年と一昨年の全国魔術師大会に出て優勝したやろ」

「ああ、そうだったね」

 中学だけでなく、高校の部、大学、そして社会人とそれぞれクラス分けされた魔術師の力量を試す大会が年に一度開催されている。

「凄いなあ、大会二連覇なんて普通なら出来ん」

「別に、中学生同士の戦いは先天的才能--スキルがモノをいうから褒められても嬉しくない」

 魔法的にも身体的にも、頭脳的にも未発達な中学生での戦いはスキルが大きく勝負を左右する。

「もし僕がルールを好き勝手改変できる神の領域を使えなかったら普通に市大会でさえ突破できなかったよ」

 炎が得意な相手なら炎を封じるルールを。

 精霊を召喚する相手なら異界からの参戦者にペナルティを。

 大人なら二の手三の手を用意しているが、悲しいかなまだ中学生。

 それをするだけの知恵も経験もない故第一の刃を叩き折れば簡単に勝てた。

「謙虚やなあ御神楽はんは。けどな、謙虚も行き過ぎると嫌味やで?」

「事実を述べたまで。それに三連覇がいる」

 誇るまでもないので僕は淡々と返す。

 中学大会三連覇という猛者が僕の二個上にいる。

 運の悪いことに都大会の一回戦で当たってしまったためそれより上には行けなかった。

 閑話休題。

「うちはな、一昨年の魔術大会で関西で優勝してん」

「へえ、それはそれは」

 僕は二年連続関東優勝だったけど。

 とは、言わない。

 空気を読まなくては。

「関西っていうのは激戦区でな。魔術師大会が始まって以来二回連続で関西を優勝した者はあらへん。何故か?」

「力の大阪、技の兵庫、そして知の京都の二府一県が鎬を削っているからね」

 東京に継ぐ人口規模と経済力が押し込められた大阪。

 弱肉強食を地で行く府であり、そこから成り上がった魔術師は強い。

 五つの地域から成り立ち、加えて外国からの文化が入り込んでくる兵庫。

 特色の違いに加え、外国から摩訶不思議な魔術が齎される兵庫は魔術師の坩堝化している。

 最後に古都千年の歴史を持つ京都。

 古くから妖怪や悪霊が跋扈する魑魅魍魎の魔窟ゆえ、京都が扱う魔術は独特なものがあった。

 それら二府一県が争うため、関西大会の勝者は年によって違う。

「関東と大きく違う」

 対して関東は東京一強。

 それは国策によって全国の優秀な魔術師の卵を東京二十三区内に集めているから。

 豊富な人材、巨額の投資そして最先端の教育プログラム。

 この三つが揃った東京は別格の一言。

 都大会の優勝者がそのまま関東の優勝者になるだけでなく、関東大会のベスト四に東京選抜の三人が残ることもしばしばある。

 現在関東大会二十連覇、全国大会十連覇。

 大会優勝数も他に比べて飛びぬけて多い。

 都大会で優勝することは全国大会でベスト四に入ること以上に難しい。

 特に去年の全国魔術大会は十年や百年に一人と言える天才魔術師が集結し、他と隔絶する戦闘を繰り広げ、それに勝ち抜いた僕は東京皇帝と呼ばれていた。

「うちからすればもっと分散せえよと思うが、その話は後でええやろ。で、一昨年の全国大会での初戦バトルロワイヤルを覚えてへんか?」

「バトルロワイヤル……ああ、確かあったな」

 魔術というのは独特なため、多人数や障害物ありの条件で行われるのが普通。

 運も実力の内である。

「二年ながら京都と兵庫を下し、これで全国大会も優勝できると天狗になってたんや。なのに一回戦負け、何故か?」

「……もしかして僕が条件に『威力二分の一』にしたから?」

 思い出してきた。

 参加者をざっと見渡し、攻撃を得意とする者が多いと判断した僕はその攻撃を封じる条件で神の領域を発動。

「そや。で、うちは陸に上がった河童状態となり、なんもできずに終わってもうた」

「謝らないよ」

 あれは勝負。

 ルールに則っている以上、卑怯ではない。

「当たり前や。あれは勝負内での駆け引き、悔しいけど特別な恨みはあらへん。けどな、こうして出会ってしまったから、ちょっとお礼参りしなあかんなあと思ってな」

「思わなくていいのに」

 そんな面倒くさいことは中学時代に全部置いていきたかった。

「そんなん無理や無理。うちらは漫画やゲームやないんや。ハイかイイエで割り切れるほど単純やないで?」

 まあ、確かにね。

 もし国から『妹の優香は国の尊い犠牲になった』と告げられてもはい、そうですかと納得できるわけがない。

 何故こんなことになったのかと悶え苦しみ、場合によっては国を滅亡させ、何も知らない国民全員を僕が受けた苦痛を味わらさせてやると誓うかもしれなかった。

「じゃあ、やろうか」

「なんや、もう戦ってもええんか?」

 僕のあっさりした態度に今度は堺さんが目を丸くする。

「構わないよ、どうせ僕が勝つし。何なら早い方が良い」

「えらい自信やなあ。前のうちを見ているようで恥ずかしい」

「確認しておくけど、船を沈めるような威力は駄目だよ」

 大阪の破壊姫と呼ばれるだけあって堺さんの魔法とスキルは破壊に特化している。

 具体的なスキル名は技の破壊力増大。

 別に珍しくないありふれたスキルだが、その分戦術が確立され、スキル使用の際魔力量も少ない。

 王道と言えば王道のスキル。

 余談だが破壊力増大のスキルを持つ高名な魔術師同士が決闘した際、一都市が灰塵に帰した例も珍しくないのである。

「オッケーや。で、なあかぐらん、一つ聞いてくれん?」

「何」

 何故か堺さんは急激に顔を青くして。

「酔い止め持ってへんか? うち、船っちゅうのは初めてやねん」

 ……酔ったのか。

 だったら大人しくしておけばいいものを。

「本当に堺さんは大阪人だね」

 ここまで体を張ったギャグをやれる者はそういない。

 が、それをあえてやった堺さんに僕は惜しみない拍手を送った。


 船に乗ること一日。

 その間堺さんが酔い止めでは止められなくなった吐き気を解消しにトイレへと消え、僕はずっとデッキにいた。

 中に入って疲れをためないことも大事だと思うけど、今回は無理させてもらおうか。

「ああ、これが海か。とてつもなく大きい」

 潮風にあたりながら海を見る方が一興だと考えたからだった。

 そうして船内を過ごしていると、進路にポツンと島が見えてきた。

「……二度と来たくなかった」

 オープンハイスクールに参加した際に見た光景とほぼ同じ。

 小規模の港にうっそうと茂った木々、デコボコのコンクリートはまるで何年も人の手が入っていないかのよう。

「さあ、かぐらん! 戦うで!」

 船から降り、回復した堺さんが勢いよく宣言する。

 大きな荷物はすでに送っているため抱えているのはリュックといった小荷物のみ。

 案内のバスが来るまでの間に堺さんが喧嘩を売ってきた。

 酔ったことなどなかったかのようなその振る舞いは称賛しよう。

 しかし、もうその段階は過ぎていた。

「騒ぎを起こしてどうするんだよ」

 第ゼロ学園から引率の先生が来るのに。

 わざわざ悪印象を与える意味がない。

「なんやあんた。さっきまでと違ってえらいノリ悪いなあ?」

「大阪人なら空気ぐらい読め。こんな衆人環視の中でやれと?」

 今、周囲には僕たちと同じ第ゼロ学園の新入生が大勢いる。

 堺さんのスキルは攻撃特化。

 万が一周囲にけがをさせたら面倒くさいことこの上なかった。 

「ええやん、ええやん。ちょっとぐらい巻き込まれても皆も目え瞑ってくれるって」

「……大阪の破壊姫と東京皇帝との戦闘がちょっと?」

 笑いながら手を振った堺さんにそう突っ込みを入れる。

 すると堺さんは何故か目を三角にして。

「だー、もうまどろっこしいわ。やったらうちからやったるかいな!」

 戦闘モードに突入した。

 こうなると僕も応戦せざるを得ない。

「やれやれ、大阪人はせっかちだな」

 僕は肩を竦め、戦うことを選択した。

「おい、あいつらを見ろよ」

「おお、皇帝と破壊姫だ」

「少し離れようぜ」

 僕と堺さん--いや、堺の気配を察したのか自然と輪ができる。

「塵も何も残さへんで!」

「贔屓はしない、平等に叩き潰す。それだけだ」

 堺さんが手のひらと拳を合わせたのと、僕が黒球を出現させたのが同時。

 僕はあまり時間をかけたくない。

 スピード勝負に持ち込む条件を設定しようとした時。

「ちょっと待ったー!」

 乱入者が多数現れた。

 しかも一人ではない、複数だ。

 彼らは人垣から飛び出してくる。

「九州の支配者たるのおいをば忘れんば!」

「奥州藤原! 聞いたことあら!」

「山陽山陰の王、ここにあり!」

 他にも出るわ出るわその数十数人。

 出身地も姿形もバラバラな彼らの共通点は。

 「「「東京皇帝御神楽許すまじ!」」」

 僕に対する恨みだった。

 ……もはや何も言うまい。

 そこまで僕が、東京が憎いなら纏めて相手をして思い知らせてやろう。

 誰に喧嘩を売っているのかと!

「神の領域発動--魔法の威力五倍!」

 僕はまずスキルを発動させる。

「次にスモッグミストを発動させる!」

 水系初級魔法--スモッグミスト。

 水滴を操作して周辺に霧を発生させる。

 通常なら五メートル以内だと見渡せるが、僕のスキルによって濃霧となり手の先すら見えない。

「フライを使う」

 風系初級魔法--フライ。

 これはわずかな間空を飛ぶ魔法。

 大体二十メートルでいいか。

 飛び上がった僕、そして僕がいたところに爆発音が多数発生する。

 恐らく僕を狙った魔法なんだろうな。

 けど、んなことやっても同士討ちが関の山だ。

「さて、フィニッシュといこう。吹き飛ばせ、メテオ・インパクト!」

 火系中級魔法--メテオ・インパクト。

 術者の魔力に応じた、炎を纏った塊を作り出して発射する魔術。

 通常でも結構周囲を吹き飛ばせるが、スキルによって五倍の威力。

 これを投げつける。

 発射されるメテオ・インパクト。

 尾を引いたそれを見送ること数舜、とんでもない爆発音と暴風が吹き荒れた。

「当然の結果だ」

 霧が風に吹き飛ばされたので周囲の視界が晴れる。

 そして現れたのは誰も立っていない光景。

 濃霧があるから火傷を負ってはいない。

 しかし、それを差し引いても熱波と暴風は無視できないダメージを与えていた。

 降り立った僕。

 勝者は誰なのか一目瞭然。

「す、すげえ」

「さすが東京皇帝御神楽」

「他より抜きんでている」

 そんな畏怖と恐怖の感嘆が僕の耳に届いた。


「となり、いいかしら?」

 第ゼロ学園からの送迎バス内。

 外を眺めていた僕にそんな声がかけられる。

「ああ、どうぞ」

 僕は反射的に振り向き--一瞬声を失う。

「あら? どうされまして?」

 僕の反応を不思議に思ったのか小首を傾げてきた。

「ああ、すまない。外国人は初めて見てね」

 金髪碧眼に彫りの深い顔立ち。

 同世代では抜群のプロポーションを誇る体つき。

 黒髪に中背な日本人の中だとさらに目立つ女子がいた。

「随分と日本語が上手いんですね」

「ウフフ、よく言われるけど。私ってハーフ。だから生まれも育ちも日本よ」

「ああ、なるほど。だから変なイントネーションがないのか」

 外見では日本人と韓国人、そして中国人の見分けがほとんどない。

 どうしても分けようと思えば話しかけて発音を確かめること。

 そうすればほとんどわかる。

「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前は御神楽圭一、青梅中学の出身だよ」

「はい、御神楽さんのことは良く存じています」

「え? そうなの?」

「フフフ、先ほどあれだけの大立ち回りを演出すれば嫌でも知りますわ」

「ハハハ……」

 身を守るための不可抗力とはいえ、こう指摘されると結構応えるね。

「まあ、降りかかる虫払いを払ったことはともかく、君の名前を教えてほしいのだけど」

「私ですか?」

 何故かこの女子は端正な顔に苦悶を浮かべる。

「ええと……生まれは兵庫の神戸。私の名字はブラッドフィールドです。名前よりも姓の方が気に入っていますので、よろしければそちらでお呼びください」

「ふうん。分かったよ」

 名前を明かさないことに少しだけ眉根を潜めた僕だけど、無理に聞き出して機嫌を損ねても仕方ない。

「ブラッドフィールドさん--印象的な苗字だね」

 日本語に訳して流血の場。

 仰々しいことこの上ない。

「だからフィールと呼んでいいかな?」

 少しでも親しみが持てるようそう提案すると。

「まあ! それは素晴らしい愛称です」

 両手を合わせて歓迎のポーズをした。

「う、うん。喜んでもらえてよかった」

 そんな大げさな反応をするなんて。

 やっぱり異国の価値観が混ざっているんだな。

 と、僕がフィールさんについてそう考えていると。

「やっぱり一号車かい。ずいぶんと探したで?」

 けたたましい声とともに堺さんが僕の後ろに現れた。

 場所的にメテオ・インパクトの威力を大いに受けているはずなのに。

 攻撃攻撃とか言いながら防御も優れていたんだな。

「おお、なんやトミ子もいたんかい?」

「トミ子?」

 聞き慣れない名前に僕は軽く目を開くと。

「ん、ああ、トミ子って言うんはこいつや」

 堺さんが指差したのは金髪碧眼の女子。

「トミ子=ブラッドフィールドって言うねん、面白いやろ?」

「全然面白くありませんわ!」

 笑っている堺さんの指摘にフィールさんは血相を変えて。

「名前で呼ばないで下さい!」

「何言うてるん?親から貰った大切な名前やろ? もしかしてトミ子は親を大事に思うてないん?」

 その指摘にフィールさんは頭を抱えて。

「うう、確かにお父様とお母様は尊敬していますし、感謝もありますが、唯一の汚点であるその名前だけは許容出来ません!」

 復活したフィールさんはそう吠えた。

 彼女はだいぶ名前についてコンプレックスを持っているらしい。

「ええと、どう読んだらいいのかな? トミ--」

「は?」

「--フィールさん」

 肉食獣を前にしたさっきを感じ取った僕はとっさに変更する。

「フィールでお願いします! 絶対に! 何があっても!」

 金髪を振り乱しながらフィールさんはそう懇願してきた。

「ハッハッハ、トミ子はほんまに変なところにこだわんなあ」

「っ」

 フィールさんはメデューサのごとく堺さんを睨み付ける。

 この空気はまずいと判断した僕は話題を変更することにした。

「二人って知り合いだったんだね」

「そや。ちっちゃい時にパーティーで知りおうてな、それ以来の仲や」

「私は出会いたくありませんでした」

「そんな悲しいこと言わんといてぇな」

「ふん」

 堺さんの悲しげな声をフィールさんは全然意に介さず、鼻を鳴らした。

「パーティー? どういうこと?」

「つまらん見世物や。大人たちが見栄を張るための場やな」

「堺さんはもう少し教養を身に着けたらいいですわ。ただ笑って過ごして良いのは中学生までですわよ?」

「あー、あー、聞こえへんなあ」

 耳をふさいで頭を振る堺さん。

 ん?

 もしかして二人とも結構お金持ち?

「あれ? 知らんのかいなぁ。うちは堺財閥の一族やで」

「え?」

 てっきり庶民かと思っていたんだけど。

「ハハハ。庶民でもええよ。堅苦しくされちゃあ肩が凝ってまうわ」

 堺さんは態度を改めるなと僕の頭をぐりぐりと動かしてきた。

「で、御神楽はんはどこや?」

「何処と言われても……」

 サラリーマン課長と専業主婦の家庭です。

「嘘つかんでええで。全国大会で二連覇してんねんから相当な英才教育を受けとんのやろ?」

「……」

 いえ、小学校はKUM○Nのプリント塾、そして中学生は普通の学習塾に通った程度の教育です。

 魔法教育どころか専属講師もいません。

「……あんた、マジ?」

 マジです。

 両親の祖先が偉大な魔術師だったとか、幼い頃から闇の世界で生きてきたとか、僕の内に魔人の魂を内包しているとかそんな凄まじい背景はありません。

 重ねるなら僕は生まれも育ちも青梅市のどこにでもいる中流階級の出身です。

「よく親に言われるよ『圭一は突然変異、トンビが鷹を生んだ事例だ』と」

 勝つための努力はほとんどしていない。

 さすがに魔法大会一週間前になったら相応の練習をしてきたけど、それだけ。

 何か月も前から大会に向けての努力などしなかった。

「もし、そのことに不満があるのなら遠慮なく相手になるよ?」

 努力らしい努力もせず二十三区の精鋭達を撃破し都大会優勝、そして全国大会優勝。

 しかも超激戦区の都大会は優勝することに中学時代全てを投げ打った人もいる。

 恨まれたよ、憎まれたよ。

『どうして自分が負けるのか?』『世界は不公平だ』

 理不尽な現実へ慟哭や怒りをそのまま僕にぶつけてきた。

「で僕はそれら全てを叩き潰してきた」

 誹謗中傷を受けてもなお平然とできる聖人君子じゃない。

 悪意や怒りには力を以てねじ伏せよう。

 簡単なことだ。

 僕を打ち負かすという至極単純明快なことなのだから。

「軽蔑したかい?」

 僕はあえて嫌味たっぷりな口調で。

「繰り返すようだけど、そんな僕に不満を持つなら勝てばいいんだ」

 僕を倒すことで満足するなら。

 ウサギと亀が登場する童話のように、亀が勝ってほしいなら。

 安全な場所で吠えず、ここまで来い。

「……かぐらん、固い固い」

 凍った空気を振り払うかのように堺さんは大げさなリアクションで。

「さっき言うたやろ? うちはあんたが何をしようが別に構わん。何もしてへんにも拘わらず勝ち続けていることで文句言うほどうちは心狭ないで?」

「そうですわ。わざわざ敗者の言い分に合わせる必要はありません。御神楽さんは御神楽さんらしく振る舞えばいいのです」

 堺さんとフィールさんは僕を肯定してくれる。

「ありがとう、本当に嬉しいよ」

 異性であっても僕の生き方を認めてくれるというのは嬉しい。

 感謝の意味を込めた僕は二人に笑いかけた。


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