ブリキの王子は、微笑む妻に花を捧ぐ
僕は明朗かつ簡潔。そして論理的にものを述べている。
これだけ理路整然とした話に納得ができないなんて、あの女頭がいかれている。
ブリキの王子はタイプライターで打ち出した文章を三度見する。文字列が美しく横に揃っていることに満足してから、侍女のチタンに手渡した。
ゴシックドレスのような、スカートの丈の短いメイド服を着たチタンは、文章をまじまじと見る。
信じられないという顔で紙を遠ざけ、また近づけ、主人に訊ねた。
「マジですか。これ、本当にマーガレット様に渡すんですか」
「そうだ」
ブリキの王子は当然、とうなずいた。
鈍色の前髪が白皙の美貌にかかる。
「ただの離縁に、離婚式をやりたいだなんて、あの女は頭がおかしい」
だから理路整然とした文章で諭したのだ。
・金の無駄である。国庫は君の命より重い。
・新しい出立の儀式とはなんだ。僕はただ日常に戻るだけだ。
・そもそも離縁を言い出したのは君である。僕の責任じゃない。
・君の感情論は聞いていて飽きた。もっと論理を勉強してきたまえ。
・花を育てるよりも弁論を磨け。君の頭が悪いのを人のせいにするな。
・君との日々は僕の貴重な時間を無駄にしてくれた。これ以上無駄にしたくないので、さっさと消えてくれ。
「直接言った方が、まだ誠意が伝わるんじゃないんですか」
「はあ? これ以上理性のない動物の鳴き声に付き合えというのか。そんな暇があったら法律書を読んでいた方がマシだ。こちらは心が落ち着く」
机の横に常備してある法律書。
分厚い革の表紙をなでた。
「はあ、まあいいですけどね。これで王子も離婚二回ですかあ。あっという間でしたね」
「つくづく女は堪え性がないな」
「そういう意味ではないんですけどねえ。あ、王子、交換のお時間ですよ」
「うむ」
ブリキの王子はシャツのボタンを外し、白い上半身を裸にした。
左の胸にはブリキの小さなドア。
開けるとそこには、何もない。
チタンがドアの内側にあるくぼみに、生命の代わりの宝玉を入れ替える。
赤く灯る、生命の輝き。
「ブリキの」とあだ名された王子、セレスティン・フェライトはこの国の王太子。
魔女の呪いによって、『心臓』を取られた王子だった。
無事相手を激怒させて離婚を成立させたブリキの王子の元に、もう次の嫁がやってくることになった。
次は西国の、高位貴族の娘らしい。
なにせ国王の子供は王子一人。とうに成人になっている王太子に、結婚は待ってくれない。
最初の嫁は、隣国の王女で世話好きだった。
常日頃無表情の彼の日々の生活に心を配り、何事も先んじては心を砕いてくれた。
だが、ブリキは感謝の一つもない。
そもそもそれは侍女や侍従の仕事だろう、と考えていたからだ。
ある日、王子の机のゴミ箱に彼女の手作りのクッキーが捨てられていた。
「食べろというから食べてやった。だが、美味くないものを出すとはどういうことだ」
速攻離婚となった。
次の嫁は、高位貴族の嫁で ワガママいっぱいだがとにかく美しかった。
美しい彼女は毎日自分を磨き、王子に自分を見てもらいたかった。
だが、ブリキは感嘆の念も湧かない。
顔なんて、皮一枚の差だろう、と考えていたからだ。
相手をしてくれない王子に、ある日「君は美しい、愛していると言ってください」と強請ると断わられた。
「それはオウムの仕事だ。ちゃんとエサをやっているのか」
先ほどの離婚式騒動を終えて、離婚となった。
王子はやれやれといつもの法律書をなでる。
「女とはどうしてあれだけ非論理的で、感情的で、意味が分からないのだろう」
「私からすれば、王子の方が意味が分からないですがね」
「君は割と理性的で僕は助かっている。その胸、本当は女ではないんだろう?」
「主でもしばきますよ」
◇◇◇◇
そうして、新しい嫁がやってきた。西の国からやってきた、小柄な少女。
白いプリンセスラインのドレスを着た彼女は、夫に挨拶をする。
「ヴィヴィ・ステンレス・アダマンタイトと申します」
背中にかかる長い黒髪。
顔を上げると卵型の幼い顔に、叡智に輝く黒い黒曜石の瞳が印象的だった。
鈴の鳴るような声で、彼女は言い切った。
「あなたが私のATMですか。今日から国の税金でお世話になります」
そして、王子を上回る、理論家だった。
ブリキの王子は最初は満足していた。
この女はきっと自分に絡まず、夫のペースを守りつつ日々の平穏を保ってくれるだろうと。
しかし一つの予想外が、ブリキの生活を乱し始める。
この静かで、理性的かつ理論的な少女は、とにかく有能であったのだ。
書類は誰よりも早く正確に作れる。
侍女や侍従への采配も的確。
国民への施策やサービスも抜け目がない。
あっという間に王宮や国民の心を掴んでしまった。
官僚も騎士も、貴族も国民も、彼女の真摯な姿勢と論理的な実行力にすっかり魅了されてしまった皆が、「王子いらないんじゃね」と評判を立てるほどに。
王子の部屋。
ブリキの王子は法律書の上に腕を掛け、手に顎を乗せてチタンに聞いた。
「どう思う?」
「いや、どう思うって言われても……有能な方なんじゃないですかねえ」
「あの嫁、父上の相談役も時々しているそうだ」
「あー、頼られていますねえ」
「普通、父上が頼るのは理性的で論理的思考ができる僕だと思わないか?」
「でも正直あなたより、義娘の提案の方が解決早いらしいですし?」
ブリキの王子は腹立たしかった。
論理的な人間こそが、王に頼られるのではないか?
人間的に完成している自分こそが、王の補佐には向いているのではないか?
ブリキの王子は何よりも、王の役に立ちたかった。
王妃が死んで、もう十年は立つ。
血族ですら王座が絡めば信用できない。孤高の王を支えるべきは、息子だけだろう。
しかし、最近王は義娘をよく呼び出している。
ヴィヴィにどこまで自分を差し置いた行動をするのだと文句を言ったこともある。
しかし、彼女は相手を夫とすら思っていない、感情のこもっていない目で答えた。
「セレスティン様は、そんなことにかかずらうほど、お暇なのですか」
撃沈した。
「女が男より上でいるなんて認められないな」
「あ、男の本音が出ましたね」
「うるさい、お茶を持ってこい」
はいはい、とチタンはお茶を用意する。
最近ブリキの王子は感情が豊かになったよな、と思いながら。
お茶と一緒に、次の替えの宝玉の準備も始めるのだった。
ある日、ブリキの王子はかんかんに怒った。
以前から王に進言していた大橋建築の案が、嫁の持ってきた公的事業の効率化に対する提案に負けて流されてしまったのだ。
「あいつは許さない。なんとかして追い出してやる」
王子はヴィヴィの欠点を探すべく、侍女や侍従に調査を頼んでいた。
しかし、公平でかつ彼らの事情も配慮した人事ができる彼女の魅力に虜になっている彼らは、なかなか報告を持ってこない。
その事実が更に自分を苛立たせる。
しかたない、自分で探すしかない。
城をうろつくと、ようやく内庭の大きな木の下で、彼女の小柄な後姿を見つける。
じっと様子見をするが、全く動く様子がない。
まさか、立って居眠りか?
そんなところまで器用なのか嫁と思ってよく見ると、彼女は泣いていた。
衝撃が走る。
あの人形のようなに綺麗だが、感情のないオートマトンなやつが!?
よくよく見ると、彼女は手に故郷からの手紙を持っていた。
ふと、気が付く。
彼女がどうして西の国から選ばれてきたのか、なぜ自分と結婚することになったのか。
自分は全く知らないでいたことを。
自室で、自分が手に入れることができだ謎の嫁・ヴィヴィの情報を眺める。
・西の国の高位貴族である。だがどうやら養女であるらしい。
・小柄なのはどうも過去の栄養不足が原因。
・彼女が養女になった経緯は不明だが、十年ほど前のことらしい。
・その後高等教育をたたき込まれ、国政の才能を開花させる。
・この国の第三の花嫁として選ばれた理由は、その才能ではないかと噂されている
「あまり、参考にならないな。弱点については全く分からん」
「まだやってるんですか?」
「チタン、この女の弱点をが知りたい。一体どうしたら効率的に知ることができる」
「もっと身近なところから攻めればいいじゃないですか」
「というと、なんだ」
「嫌いな食べ物、嫌いな動物、嫌いな人間。人間なら何かしら一つはありますよ。もっと日常的なところから、観察すればいいんですって」
「……チタン。お前意外に頭がいいな」
「王子は意外に頭悪いですね」
まあ、頭が悪く見えるのは、それだけ彼女に興味が出てきていた証拠なんでしょうね。
チタンは激怒する主を無視して宝玉の準備を始める。
しかし、金庫にしまわれているストックの数が、大分減ってきていることに気が付いた。
「まずいですね。隣国の供給が足りるでしょうか」
一つを取り出して、赤く透明に輝く宝玉を眺めた。
ブリキの王子がよく観察すると、オートマトンのようなヴィヴィにも、意外な好みというものがあると分かった。
食事中に、ソテーされた苦菜をさりげなく避けている。
庭園で昼寝をする野良猫を、立ち止まってガン見している。
加齢臭と口臭の強い大臣とは、他の大臣よりも三歩離れて会話している。
婦女子の茶会では、人よりも数枚ずつ多めにお菓子を食べている。
背中のリボンの位置が決まらないのが嫌なようで、むずむずと揺れながら廊下を歩くことがある。
そして意外と、うなじが綺麗だ。
そして。
彼女は自分の父親にだけ笑いかけるのだ。
知ってしまった、あの幸せそうな笑顔は、本来夫に向けるものではないのだろうか。
ブリキの王子の胸にはないはずの心が、うずき始めていた。
◇◇◇◇
夜のある一室。
国王アイゼン・フェライトは、遠い国からやってきた小柄な少女に深く頭を下げる。
鋼鉄の王とも謳われる、赤鋼の髪をした壮年の偉丈夫が、自分よりもずっと年下の少女に謝罪する様子は、誰が見ても奇異だった。
「本当にすまん、ヴィヴィ。君にしかできないことなのだ」
「いいのです、アイゼン様。これも運命だったのでしょう」
「私は、本当に残酷なことをお願いしてる。いくらでも恨んでくれて構わない」
「残酷だったのは、過去のことです。貴方は私の心を救ってくれました。私は今、幸せなのです」
黒髪の幼い顔には、誰よりも年を重ねたような陰影が映る。
幽かな微笑みを浮かべ、自分の命の恩人を見つめる。
「私は、幸せなのです」
◇◇◇◇
隣国がきな臭い。
前から第一王子と第二王子の陣営の仲が悪く、政情が不安なところがあった。
しかし今回は内乱の気配が漂ってきている。
出戻ってきた王女が第二王子の陣営に組みしたため、勢力バランスが大きく第二王子に傾いたのだ。
隣国の飛び火で、こちらにも戦火がおよぶ恐れがある。
「つまりは王子のせいですね」
「うるさい」
王子の部屋。
ブリキの王子は、報告書を見ながらチタンに突っ込みをもらってた。
「しかし困りますね~。無事に宝玉は出荷されるのでしょうか」
チタンのつぶやきをよそに、ブリキの王子は必死に考えていた。
父上には見せるあの笑顔を、どうすれば自分にも向けてもらえるのだろうか。
鋼鉄の王として君臨する父親を尊敬しているし、自分を大切にしてくれる唯一の存在でもある。
しかし最近は、ヴィヴィの笑顔を独占する様にいらっとすることが増えたのだ。
彼女の意外なほど優しく綺麗な笑顔は、小さい子供や、動物にも与えられる。
しかし、同じ男に向ける笑顔に、こんなにも負の感情を沸き立たされるとは思ってもいなかった。
「どうすればいいんだ」
「……王子。最近可愛いですね。脳内の言葉が漏れていますよ」
「聞いてしまったのならお前は同罪だ。解決策を提案しろ」
「はあ。私だったら花でももらえたら嬉しいですけどね」
「そんなものでいいのか。よし、庭園を探してみよう」
「……王子。昔は花を育てるくらいなら~って言ってませんでしたっけ」
「知らんな。そんな遠いことは忘れた」
ブリキの王子は庭園に咲き乱れる花を見て、茫然としてた。
こんなに色鮮やかに植物が、繁茂していたのかと。
今まで書類と法律書と図書館の無機質な世界しか知らなかった彼には、あまりにも生に溢れる世界はまぶしすぎた。
赤・白・黄・緑・紫・青・黒、そして太陽の光と青空。目がつぶれそうだ。
「どうすればいいんだ」
無理やり同行させたチタンが、呆れて言う。
「好きなの選んでくださいよ」
「花なぞ興味はない」
「ヴィヴィ様のイメージを思い浮かべるんです。ちょっとでも印象が重なりそうなものを選んでください」
ちょうど廊下を、ヴィヴィが侍従に本を抱えさせて歩いて来る。
ええい、これでいいと適当な花を引きちぎって、ブリキの王子は嫁の前に立った。
花は後ろ手に隠してある。
「嫁」
「なんですか。セレスティン様が以前おっしゃっていた大橋の件は、ちゃんと目途を付けましたよ」
「違う」
「では、以前おっしゃっていた騎士団の学童保育の件でしょうか」
「いや、そうではなくてな」
「珍しいですね。論理を愛されるはずのあなたなのに、歯切れがずいぶんと悪いではないですか」
ブリキの王子は逡巡しながら、背中の花(引きちぎったせいでボロボロだ)を握りしめる。
「ちょっと僕からお前にやるものが」
その時。
ヴィヴィの後ろについていた侍従が、さりげなくブリキの王子の後ろに回った。
胸元に隠していたナイフを背中に突き立てようと迫る。
「王子、死ね!」
「危ない!」
「ヴィヴィ!?」
咄嗟に彼女が王子をかばい、血が舞った。
振り返ると、彼女の華奢な体躯が自分の腕の中に落ちてくる。
赤い。
「まずいですね。隣国のテロリストです。政情の不安定化が狙いでしょう」
チタンがとっさに差した侍従を投げ飛ばす。
次から次へと、侍従や騎士に化けていたテロリストが襲い掛かってくる。
片っ端から捕まえては叩き付け、ナイフを奪い取って切りつける。
ブリキの王子は腕の中で、真っ青になるヴィヴィに必死に声を掛けた。
「ヴィヴィ! チタンがあいつらを片付けたら、すぐにでも医者がくる!
もう少しの我慢してくれ」
ヴィヴィは王子の無事を確認してほっとする様子だった。
安心したように微笑んでいる。
王子が必死に手で抑えるが、溢れるものが止まらない。
「良かった……あなたを死なせてしまったら、私が存在している意味がありません」
「何を言うんだ! 君は僕の妻だろう! まだ君を論理的に言い負かしていないんだ!」
「王にもよろしくお伝えください。私は一生懸命、自分の生を全うしました、と」
「だから何を弱気なこと! 僕が君を一生養うんだよ! ATMだって言ってたじゃないか!」
ヴィヴィは目を見開く。
そして微笑ましいものを見る表情で笑った。王子が見たかった笑顔だ。
「ふふ、嬉しい」
そしてそっと、目を閉じた。
「ヴィヴィ!」
「王子邪魔! 避けてください!」
チタンが切り飛ばした、半死体がガツンと王子の頭に激突した。
暗転―――—。
目が覚めると、王子の部屋だった。
横にはチタンと、父である王がいた。
「父上、テロリストたちは?」
「南の魔女である、チタンがちゃんと始末してくれた」
メイド服を着たチタンが、ふふんとない胸をはった。
そしてもう一人、いるべき人がいないことに気が付く。
「父上、ヴィヴィは!? 私の妻はどうしたのですか!?」
「遅かれ早かれ、こうなるはずだったんだ」
王はほの暗い顔で、王子に告げる。
「何を言っているのですか? それよりもヴィヴィは」
「ヴィヴィは、そこにいる」
王はブリキの王子の胸を指さした。
王子が自分の胸元を触ると、そこにはいつもの金属の感触がない。
まさか、と服をはだけると、そこには人間の肌。
おそるおそる触ると、心臓の鼓動。
十年間存在しなかったはずの、心臓が戻っていた。
「え、これが、ヴィヴィですか?」
王は悲痛な顔をして、王子に告げた。
「ヴィヴィは元々、お前のドナーとして連れてきたんだ。お前の心臓の適合者としてな」
王子は十年前に魔女の呪いで心を奪われた。
『心』はともかく、宝玉を使えば、『命』は長らえさせることはできる。
しかし、宝玉はそもそも滅多に手に入らない命の形。別名、賢者の石。
ごくたまに産出する隣国からは莫大な金を掛けて、しかし、少しずつしか手に入らなかった。
遠くの産出国とのルートを持っていた高位貴族は、娘が王子との離縁したことで融通が難しくなった。
滅多に手に入らない、数少ない賢者の石。
残りは、生きた人間からの移植しかなかい。
だから王は、十年前から伝手を最大に生かし、ドナーを探し求めた。
西の国の貧民街で適合者を発見した高位貴族が、親から少女を買い、養女として育てることになる。
取引の道具として、彼女に様々なものを仕込んでいった。
より冷静に、より論理的に、より優秀な手駒として。
王は殺すための人買いをする、自分の行いに苦しんだ。
せめて、少しでも、それまでは。人間らしい生活を送ってほしい。
彼女を援助し続け、度々様子を見に行った。
実の両親にも虐待されていたという彼女は、王を父親の代わりとして慕うようになる。
「でも私は、最初から彼女を殺すつもりだった。自分の欲望のためにな」
それでも彼女は、死にゆく運命を突きつけられた少女は、受け入れたのだ。
親の愛を与えてくれた王に、報いるために。
「私は罪深い。私を恨みたいのなら、いくらでも恨め」
王は語り、執務室へと去っていた。
ブリキの王子は、ベッドの上で愕然としていた。
彼女は自分のために生かされていた?
死ぬことは分かっていた?
それでも最後まで国の、王のために仕事をし続け、命を散らした。
なのに自分は何をしていた?
彼女の有能さを羨んで憎み、彼女が父親に気に入られていることに嫉妬し、ただ嫌ってばかりだった。
……自分はどんなにちっぽけな存在なんだろう。
彼女の強い覚悟を、前にしたら。
何か論理だ。
何が理性だ。
何が完璧な人間だ。
「僕は……」
心臓の鼓動が、体中に響く。
「僕は……」
物心ついた時から、母が亡くなった時でさえ出てこなかった涙が、熱くこぼれだしてくる。
彼女が最後に自分にくれた笑顔が目に浮かぶ。
「ヴィヴィ!」
喉がつぶれんばかりに、泣き叫んだ。
チタンは静かに自分を見守ってくれた。
そして、落ち着いてきた頃に、南の魔女として提案をしてきたのだ。
「移植をしたのは私です。心臓を移動するのは魔女くらいにしかできませんからね」
ヴィヴィの移植後の体は魔女の権限で保管している。
静かに眠る彼女にないのは、心臓。
だが、今は残り少なくなった賢者の石で生命をぎりぎり維持できているらしい。
「もうあまり時間はありません。
ヴィヴィ様はもともと王族のように賢者の石と相性が良くありません。起きることも難しいでしょう」
「じゃあ、僕の心臓を彼女に戻してくれ!」
「それはできません」
「なぜだ!?」
「魔女として、王と契約しているからです。魔女は契約を決して違えません」
しかし、一つだけ方法があるという。
「十年前に西の魔女に取られた、貴方の心臓です。
貴方が心臓を取られた時の契約を確認しましたが、取られた本人が、魔女から直接返すと言わせれば取り返せる可能性があります。
その心臓があれば、適合性の高いヴィヴィ様に移植することは可能でしょう」
やれますか?
チタンの冷たい水色の瞳が、今はブリキではなくなった、王子を見据える。
もちろん、と頷いた。
心が激しく打ち付ける。
彼女に教えてもらった感情が、全身を強く満たしていくのが分かる。
自分は彼女の覚悟を受け入れた。そしてさらに、彼女の熱い血を持って、変わるのだ。
彼女の笑顔を取り戻して見せる。
南の魔女はにっこりと微笑んだ。
「では決定ですね。貴方の心臓を、あなたの心であるヴィヴィ様を、取り戻しましょう」
————やがて。
「心のない」ブリキの王子はやがて、「強き心をもつ」白銀の王と謳われるようになる。
南の魔女を筆頭に多くの魔法使いの協力を得、永く善政を敷くことに成功する。
彼の隣には、かつて西の国からやってきた王妃がいた。
昔は有能さで人々の信頼を得た女性で、彼女の幸せな笑みは、見るもの誰もを幸せな気持ちにさせた。
王は毎日、彼女に花を捧げる。
彼女の幸せな笑顔を見るために。