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第1話

「こうして、聖女が現れない年でも、プロセティア国は今も尚、平和であり続ける……」


 パタン……と、薄暗い部屋の隅で静かに歴史本を閉じる少女。

 少女は短い溜め息を吐くと、手に持っている本をギュッと抱きしめる。

 何かを憂いているような溜め息をする少女の名はアリシア・ハーデ。ちょっぴり裕福な家庭に産まれた女の子。


 そして、父の名はアーノルド・ハーデ。アーノルドは元々貴族の生まれだが、次男坊なので家督は継がず好きな職業に就き自由な恋愛結婚をした。

 母のメアリーも貴族の末娘なのでこれといって縛りは無く、すくすくと育ち、アーノルドと恋愛をして結婚をした。

 その二人の間に産まれたのが、部屋の隅でこじんまりと座り込んでいるアリシアだ。


 アリシアが再び溜め息を吐くと、誰かが部屋のドアをノックした。アリシアはそれに驚き、ビクリとその場で飛び上がった。


「はぅっ!?」

「アリシア。私だ」

「……お、お父様?」


 本を床に置き、恐る恐るドアに歩み寄り扉を少しだけ開けると、アーノルドが心配そうにアリシアのことを見ていた。


「アリシア、今日の気分はどうだい?」

「最悪な気分です……」

「そう落ち込まないでおくれ。これも、国が決めた定め事だ。今晩、使者達がやって来るが……私は、お前が心配だよ。アリシア」

「お父様……」


 フード付のコートを深く被っているアリシアの頭をアーノルドが優しく撫でる。死んだ魚のような目で、生気を失っていたアリシアの表情がホッと和らいだ。

 それでも半分近くは憂鬱そうな顔をしているが、その些細な表情を読み取れるのはアーノルドかアリシアの母メアリーぐらい。アーノルドは、アリシアの和らぐ顔を見て愛娘に優しい笑顔を向けた。


「私も同行出来ればいいのだが」

「お父様……。私……が、がが頑張ります。す、少しだけ……だから心配しないで。ね?」

「わかったよ。……それじゃぁ、使者たちが来たら、また来るから」

「……はい」


 アーノルドはアリシアの頭を再度撫でると背を向け廊下を歩き、一階の応接室へと向かった。

 アーノルドが扉の前から去るのと同時に、アリシアも扉を静かに閉める。扉が開いていた時は、そこから廊下の電気の光が部屋に差し込んでいたが、閉めたせいで部屋の中は再び薄暗くなった。


 アリシアはその薄暗さに心が落ち着くと、思わずホッと小さな息を漏らした。


「ここが一番落ち着くわ……」


 足音が無くまるで、幽霊のように部屋の隅に移動する。アリシアはその場に座り込み、足を曲げ膝を抱えた。そして、床に置きっぱなししていた本を手に取った。


 本の表紙はレッドカーペットのように紅く、金色の文字で『プロセティア国伝記』と、記されている。何度も読んだ本だが、アリシアはこの本を繰り返し読んでいた。

 元々、本が好きということもあるが、アリシアは自分の国の成り立ちや聖女の話が昔から好きだった。


 だけど『好き』は、決して聖女になりたいぐらい好きということではなかった。むしろ、アリシアは恐れていた。

 この部屋から出ることを、自分の姿が人目に晒されることを。


「はぁ……」と、溜め息を吐いた瞬間、突然部屋の家具がカタカタと揺れ始めた。

 部屋の薄暗さは一層暗くなり、月明かりも無い本当の暗闇に近くなっている。すると、床のカーペットから黒い煙が立ち込めた。

 天井に向かって黒煙が部屋に広がると、誰かの含み笑いが聞こえ始め、やがて黒煙は薄くなり、中から誰かが現れた。


「ふふふ……ふふふふふ……あー、ははははっ!! 喜べ、娘! お前は、この魔界の王である俺の嫁に選ばれた! どうだ、驚いたか? 恐ろしくて声も出ないか??」


「まぁ、それも理解出来よう……ククッ」と、一人で言って一人で納得し笑いながら頷く男。


 男は、いまだに何も言葉を発しないアリシアを見る。余程驚いているのだろうと思っていたが、アリシアは男の存在すら気にもとめない様子で本を読んでいた。


「って、本を読んでいるだとー?!」


 すかさずツッコミを入れると、男はズカズカとアリシアに歩み寄りアリシアの手から本を奪った。


「あっ、私の本! 私の現実逃避を返して下さい~!」


 本を奪われたアリシアは、手を伸ばし読んでいた本を取り返そうとする。しかし、男はそれを許さなかった。


「本を読んでいる場合か!」

「うぅ……私は駄目な子なんです。現実逃避がしたいんです……」


 突然泣き始めるアリシアに男は驚く。一見アリシアに睨んでいるように見えるが、内心はアリシアが泣き始めたことにかなり動揺していた。

 男はそんなアリシアの涙を止めるため、慌てて同じ目線になり肩に触れようとする。しかし、あと数センチで肩に触れるところで、アリシアは泣き止み顔を上げ首を傾げた。


「……あれ? 人? こんな所に? 人……ひと……人っ?! にぎゃぁぁぁ!!」

「うぉっ?! な、なんだ?!」


 慰めようとした手を慌てて引っ込め、アリシアから距離を置き男は驚いた。

 アリシアは、目の前に見知らぬ人物がいるということで、今度はなんとも言えぬ悲鳴を上げ、脱兎の如くベッドの隅に逃げ込んだ。


「ひひひひひ人っ! みっ、みみみ見知らぬ人、がががっ!!」

「おっおい、落ち着け」


 男が歩み寄ろうとした瞬間、アリシアが「ひゃうっ!!」と、短い悲鳴を上げ、その場で大きく跳ね上がる。団子のように丸くなりブルブルと震えるアリシアを見て、男は言葉を失っていた。


「…………」


(なんだ、この娘……まるで、怯える兎のようだな)


「は、はううう……。ひっ、人がいる……人がいるぅぅぅ。うぅ、私はもう死ねます……死にます……もう無理です……さようなら」

「なっ、何?! 待て待て待てっ! 死なれては困る! お前は、この俺の嫁に決まってしまったのだからな!」

「……よ……嫁、ですか?」

「そうだ!」

「…………??」


 訳がわからないというような表情で子犬のように首を傾げるアリシアに、男は「ふっ……」と、鼻で笑う。すると男は腕を組み、ポカンとしているアリシアに自信ありげに自分の自己紹介を始めた。


「聞いて驚け娘。この俺は、魔界の王でもあり、ルシファーの血を受け継ぐ者――レオナール・ルシファーだ!」

「…………はぁ」


「そうですか。へぇ〜」と、言うような興味がなさそうに返事をするアリシア。すると、ふと、この状況について不思議になった。


(あれ? そういえば、私……普通に人と接してる?)


 『部屋の中が暗いから』という理由もあるが、人見知りなアリシアは、普段、こうやって誰かと接することはできなかった。

 両親以外の人と接すると、アリシアは極度に怖がり、口数も減り、喋ったとしても壊れた機械のようになってしまうからだ。しかし、今は違った。

 言葉が詰まったりはするが、アリシアは目の前の男と普通に話しをしている。これはアリシアにとって稀で、とても不思議なことだった。


 アリシアは、魔界の王と名乗るレオナールをジーっと見つめた。


「な、今度はなんだ……。そんなに見られてもなにも出さないからなっ!」

「ジーー」

「む、むぅ……」


 アリシアに見つめられ、少し気恥ずかしくなったレオナール。

 レオナールは、そんなアリシアから顔を逸らし、恥ずかしそうに頬を掻いた。すると、アリシアが思い出したかのようにハッとなった。


「あ、わかりました!」

「うぉっ?! な、何がだ?!」

「あなたは闇が濃いいのです。だから私は、あなたと接することができるのですね!」


 緊張し恐れていた自分が馬鹿らしくなったアリシアは、早くもレオナールに対して心を許し、まるで子犬のようにレオナールの傍まで近寄った。

 レオナールは口を開け、アリシアにもう一度自分のことを伝える。


「いや……俺は魔界の王だから、闇が濃いのは当たり前でだな……」


 しかしアリシアは、レオナールの言葉が耳に入っていないのか目を輝かせながら一歩、また一歩と、レオナールとの距離を縮めていった。


「人の話しを聞いていないのか?!」と、レオナールが言った矢先、アリシアは歩み寄る途中で羽織っていたコートの裾を踏んずけてしまった。

「きゃっ!」と、小さく悲鳴を上げながら前に倒れるアリシア。突然伸し掛るように倒れ込んできたアリシアを支えきれず、レオナールも「うわっ!」と、言いながら一緒に床に倒れる。

 レオナールはアリシアを抱えるように尻餅をつき、アリシアはレオナールの胸にもたれるように床に膝をついていた。


「い、いつつつ……ん?」

「す、すみません~。うぅ……ん?」


 部屋が暗いせいでお互いの顔がハッキリとわからなかったが、今は息がかかるほど二人の距離が近い。そして、お互いの姿も目視できた。

 アリシアの被っていたフードが転んだ拍子で取れ、髪がフードから溢れ落ち、レオナールの顔を掠める。


「…………」

「…………」


 お互い、それぞれの容姿をジッと見る。


 アリシアの容姿は、綿アメのようにフワフワで細く、綺麗なクセのあるピンク色の髪だった。まるでローズクォーツの宝石のように美しかった。肌はひきこもっていたせいで、日焼けを知らない真っ白な真珠のよう。しかし、頬と唇だけは血色がよく、ほんのりと赤みがかかっていた。

 長い睫毛の奥には、エメラルドのような瞳。この娘を見た途端、男女問わず誰もが思うだろう『まるで、天使のようだ』と。

 それほど、アリシアは神々しく見えた。


 反対にレオナールのほうは、宵闇のような漆黒の髪をしていた。腰まである長髪は艶があり、左サイドでまとめて三つ編みで結われている。三つ編みを留めている髪留めは、金色で紅い宝石のような物が埋め込まれていた。よく見ると、髪留めには文字が刻まれているが、アリシアには見たことのない文字でなんと書かれているのかはわからなかった。

 そして、アリシアと同じく、肌は光を知らないほど白かった。顔筋も端麗で、目元は涼やかだ。

 瞳の色は青でも紫でもない、角度を変えると両方に見えるような不思議な色をしていた。その瞳で見つめられると、思わず心を奪われるような気がした。これが人を惑わす〝悪魔の魅力〟という物の一つかもしれない。


 二人は見つめ合い、その美しさに見惚れていた……はずだったが――


「ぎゃぁぁぁぁ!!」

「にぎゃぁぁぁぁ!!」


 二人は突如悲鳴を上げ、お互い顔を手で覆う。そして、同じ言葉を同時に発した。


「「眩しすぎるっ!!」」


 何とも残念過ぎる展開だろう。しかし、これをきっかけに、二人は離れられない運命となったのだ。


 アリシアがネガティブ思考でひきこもっていたから、魔界の王が〝贄〟として好み、こうなったかもかもしれない。それとも、これは神の悪戯心でそうさせたのか。

 どちらにせよ、二人は出会ってしまった。


 ――そしてこれを機に、二人は始まりを迎えるのだった。

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