【逃亡編】5.あなたのそばに
はーい、だだあま警報、置いときます。
本日二話目です。
※20151206 改行位置修正
空が明るくなってきた。
手頃な低木と水場をみつけて、あたしは馬車をそこへ寄せた。馬を馬車から離すと長い綱をつけ、水場と草場を動けるようにする。
ここの水はどこかからの湧き水のようだ。手を差し入れてみるとかなり冷たい。
山奥で見つけたあの清水を思い出す。
あれから何日経ったんだろう。そんなに経ってない気もすれば、すごく昔のような気もする。
ラトリーも、ここにはいない。
首を振ってそのことを追い出すと、水をすくって顔を洗った。目が覚めるほど冷たい。
もう少しぬるければ水浴びをするんだけど、さすがにこの冷たさじゃ入れない。
本来ならもうビリオラについてる頃だ。宿屋で風呂に入って、美味しいものに舌鼓を打ってたはずだ。
――せめて、上半身だけでも拭いとこうかな。今ならリュウも寝てるし……。
飲用水もだいぶ減ってきた。ビリオラまで持つかどうかわからない。ここの水は大丈夫そうだから水袋に詰めて持っていこう。他に容器があればいいけど……。
あたしは意を決して、馬車に戻った。
そっと幌をめくると、リュウは毛布に包まってる。規則正しい寝息が聞こえるから、ぐっすり眠っているのだろう。
足音を極力立てないようにして入り、奥の荷物をできるだけ静かに漁る。水袋は四つあった。それ以外にも、水筒が二つ。一つはリュウの横にお茶を入れて置いてあるから使えないけど、とりあえずこれだけでずいぶん助かる。
落とさないように持ち出して水場に戻ると、水の濁っていないところを探して水を詰める。それなりの重さになった水袋たちのうち、一つは馬車の入り口あたりに置き、残りは奥の水樽近くに下ろす。
それからリュウの額を冷やすのに使っていたたらいを出して、入り口においておいた水袋の水をそこにあける。
綺麗なタオルを浸して絞り、幌をきっちり閉めると天窓を開けた。馬車の中が明るくなる。
リュウがまだよく寝ているのを確認してから、あたしは上半身だけ服を脱いだ。
自分の体に鼻を寄せてみる。昼間に動いてないからかあまり匂いはしなかったが、肌ざわりが油っぽい。
恐る恐る自分の首にタオルを当てる。あまりの冷たさに声を上げそうになった。必死で唇を噛み締めながら、リュウに背を向けたまま体を拭き始めた。
拭き終わって服を元のように着込み、たらいとタオルを持って外に出る。
タオルをざっと手もみ洗いし、たらいの水を捨てて戻ると、リュウがもぞもぞ起き上がろうとしていた。
「リュウ、起きたの?」
たらいにもう一度水を張り、タオルを浸して絞る。リュウの額に手をやると、脂汗でぬめっていた。体温も若干高い。
「まだ熱あるじゃない。寝てて?」
体を横たえさせ、脂汗の浮いた額と顔、首周りを拭う。
目を閉じ、赤く上気した顔のリュウは、時折つらそうに息を吐いた。
「体……拭こうか?」
そう言った途端、リュウは目を見開き、大きく首を横に振った。
「いい……」
体を拭くのも負担なのかもしれない。あたしはおとなしくタオルをたらいに戻した。
もう一度額に手を置く。
冷たい水で冷え切った手にリュウの額は燃えるように熱く感じる。手が冷たいせいかもししれない。リュウの前髪を払いのけると自分の額をくっつけてみた。やはり燃えるように熱い。
気のせいじゃない。昨日より熱が上がってる。
どうしよう。せめて額だけでも冷やしておいて……ひどい熱の時は脇の下と太ももの付け根を冷やすといいんだっけ。
そう思って額を離そうとしたが、伸びてきた手ががっちりとあたしの首の後ろを押さえてる。
「リュウ?……んっ!」
力づくで唇を奪われる。そのままぐいと引っ張られてリュウはあたしの体を抱き込んだ。
「ちょっ、離してっ、体、冷やさないと……」
「動かないで……サーヤの体、冷たくて気持ちいい」
どきっとして身じろぎする。でも体が動かない。片方の腕が腰に回ってる。
毛布をはねのけたリュウに、前からガッチリ抱き込まれてた。足も絡められて、びくともしない。リュウの吐息が首筋にかかってくすぐったい。
「サーヤはやっぱり黒髪のほうがよく似合う……」
そう言われて初めて、金髪のウィッグを外したままだったことに気がついた。
この辺りは通る馬車も少ない。ここまでですれ違ったのは一台だけだ。だから――気が緩んでたんだ。
いつから? ……昨夜こっちに来てからずっとだった?
「ごめん……忘れてた」
リュウは頬ずりするように首を横に振った。
「でも気をつけて……今の僕は君を守れないから」
「うん……ごめん」
返事の代わりに首筋にチリっと痛みが走る。
じんわりとリュウの体から冷えた体に熱が移ってくるのが分かる。
――このままリュウの熱があたしに移ればいいのに。
リュウの肩に額をすりつけながら、あたしはリュウの体に手を回してぎゅっと抱きしめた。
急展開は次かなー?